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「103万円の壁」についての3党合意で補正予算可決へ

自民党、公明党、国民民主党の3党は11日に、いわゆる「103万円の壁」について、1)2025年から引き上げること、2)引き上げ幅については、国民民主党が求めている「178万円を目指す」こと、を明記した合意書を交わした。また、ガソリン税のトリガー条項の凍結解除でも合意した。これを受けて、国民民主党は12日の衆議院本会議における補正予算に賛成することを決めた。

「103万円の壁」を巡るこの3党合意では、与党の自民党、公明党が国民民主党に対してかなり譲歩する形となった。石破首相は「103万円の壁」を巡る議論は、3党の税制調査会で行うように指示していたが、11日の3党合意は、3党の幹事長の間で行われたものだ。

税制のあり方を巡る税制調査会での3党の議論が行き詰り、最終的には政治決着となった形だ。与党は、物価高対策、能登半島復興支援などを含む補正予算の成立を、税制調査会での議論の決着に優先させたのである。

3党合意を受けて自民党の宮沢税制調査会長は、「正直びっくりした」、「一歩一歩前進をしてきた所でこういう話が出てくることについて言えば、釈然としない感じは正直ございます」などと不満を滲ませた。

与党は引き続き税収減を抑える方策を検討か

「103万円の壁」問題の議論では、衆院選挙の公約に掲げた基礎控除などの額の178万円への引き上げ案をそのまま実現することを目指す国民民主党に、与党は今まで押される一方である。

しかし、約8兆円もの巨額の税収減を生じさせるというマイナス面を補うほどのプラス面が、同案にあるかどうかについては、再度慎重に考える必要があるだろう。現在の経済は比較的安定しており、需給ギャップも小幅なマイナスにとどまっている。こうした状況下では、巨額の減税を通じて景気を刺激する必要性は小さいはずだ。

他方、物価高によって低所得者の生活が圧迫されていることは確かであり、それへの対応は進めるべきだろう。それを実現しようとするのが、今回の補正予算に含まれる低所得者向け給付金である。しかし、それと同時に実施するエネルギー補助金は、低所得者支援になる一方、物価高の下でも生活に余裕がある高額所得者も支援することになるという点が問題だ。国民民主党が求める「103万円の壁」対策が実施されれば、それもまた、生活に余裕がある高額所得者も支援する施策をさらに重ねて実施することになってしまう。

大幅な税収減と高額所得層により大きな減税の恩恵が及ぶという問題

先般の衆院選で躍進した国民民主党が掲げていたのは、「手取りを増やす」、「若者支援」だった。生活に余裕がある高額所得者層の「手取りを増やす」ことが有権者に支持された訳ではないだろう。

「103万円の壁」問題は、人手不足を深刻にしてしまう点と、低所得者の所得改善を妨げてしまう点が問題なのである。それへの対応であれば、基礎控除などを高額所得者も含めて一律に引き上げ、高額所得層により大きな減税の恩恵をもたらすという税制改正は必要ではないはずだ。「103万円の壁」が抱える問題の本質と対策の狙いについて、再度、整理する必要がある。

詰めの段階に入った「103万円の壁」問題の議論では、国民民主党もいたずらに減税規模の大きさを求めるのではなく、より大局的な視点に立って、与党との協議に柔軟な姿勢で臨むことを期待したい。

プロフィール

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    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。