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事実上の基軸通貨国としての特権と責任

トランプ氏は、BRICS諸国が共通通貨の創設や国際決済でのドル離れを志向していることを牽制し、「国際決済で米ドルに代わることはあり得ない」とし、また「共通通貨創設やドル以外の通貨の使用を諦めなければ、100%の関税をかける」と述べた。

きっかけは、10月にロシアで開かれたBRICS首脳会議で、「BRICS間での決済に自国通貨の使用を歓迎する」と共同声明で謳われたことや、プーチン氏がBRICSの共通通貨を模した紙幣を持っていたことだ。

たしかに2009年の初のBRICS首脳会議以降、脱ドルが議論されており、共通通貨創設は目標の一つになってきた。2022年のウクライナ戦争で、ロシアの貿易決済が制裁対象となり、それを回避するために人民元建ての貿易決済の利用も広がってきている。

しかし、共通通貨創設や新たな国際決済システム構築などの具体的な議論が具体的に進んでいる訳ではない。なぜトランプ氏がこのタイミングでBRICSの脱ドル戦略を強くけん制したのかはよく分からないところだ。

他国でドル離れが進み、国際通貨としてのドルの地位が低下することは、ドル安を生じさせる。それは、米国企業の国際競争力を高めることになるが、それこそは、トランプ氏が望んでいることでもあるはずだ。

そもそもドルが事実上の国際通貨であることは、米国が自国通貨を用いて債務返済などの国際決済を無制限にできるという特権を米国に与えている一方、ドルにリンクする国々の金融政策が米国の金融政策に連動することから、しばしば米国の金融政策が海外から批判を浴びるといった厄介な責任も負っている。「米国第一主義」を掲げるトランプ氏にとって、国際金融市場でのドル支配を維持することは重要ではないようにも思われる。

国際決済でのドル支配の低下は米国の安全保障上の優位を揺るがす

それでもトランプ氏がBRICSによる脱ドル戦略の阻止に動くのは、国際決済でのドル支配の低下は、安全保障上の米国の優位を揺るがすことになりかねないからだ。

ドルやユーロなど主要通貨による国際決済のほとんどは、米国が強い影響力を持つ国際決済システム、国際銀行間通信協会(SWIFT)を通じて行われる。そこから排除された銀行は、ドルやユーロなど主要通貨を用いた貿易決済ができなくなる。

米国は敵対国に対して、その主要銀行をSWIFTから排除することで、経済制裁の実効性を上げる戦略をとってきた。ウクライナ侵攻後のロシアに対しても同様の措置を講じた。

これを受けて、米国と敵対する国々では、国際決済での決済通貨をドル以外の通貨に変えて、SWIFT以外の国際決済システムの利用を模索する動きが広がった。その代表は、中国の人民元を決済通貨とし、中国独自の決済システムCIPSを利用した国際決済が、中国とロシアの間で広がったことだ。それは、先進諸国による対ロシア経済制裁の効果を低下させていったとみられる。

米国と敵対する国がドル離れ、SWIFT離れを進めれば、経済制裁の効果は効かなくなり、米国の国際戦略に大きな影響を与える。また、米国はSWIFTと米銀からの情報を用いて、他国の国際決済情報を把握してきたと考えられる。それは安全保障戦略にも活用されてきただろう。

ドル離れ、SWIFT離れは、こうした情報戦における米国の支配力を損ね、安全保障上の米国の優位性を低下させかねない。こうした観点から、トランプ氏はBRICSあるいはその他新興国のドル離れを決して看過できないのである。

(参考資料)
"Trump’s Threat Over an Imaginary Currency Risks Backfiring on the U.S. Dollar(BRICS共通通貨恐れるトランプ氏の対応、ドルに逆効果か)", Wall Street Journal, December 5, 2024
「「脱ドルなら100%関税」=BRICSの動きけん制―トランプ氏」、2024年12月1日、時事通信ニュース
「「脱ドル進めれば関税100%」BRICS牽制 トランプ氏」、2024年12月2日、朝日新聞

プロフィール

  • 木内 登英のポートレート

    木内 登英

    金融ITイノベーション事業本部

    エグゼクティブ・エコノミスト

    

    1987年に野村総合研究所に入社後、経済研究部・日本経済調査室(東京)に配属され、それ以降、エコノミストとして職歴を重ねた。1990年に野村総合研究所ドイツ(フランクフルト)、1996年には野村総合研究所アメリカ(ニューヨーク)で欧米の経済分析を担当。2004年に野村證券に転籍し、2007年に経済調査部長兼チーフエコノミストとして、グローバルリサーチ体制下で日本経済予測を担当。2012年に内閣の任命により、日本銀行の最高意思決定機関である政策委員会の審議委員に就任し、金融政策及びその他の業務を5年間担った。2017年7月より現職。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。