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はじめに

ECBは今回(12月)の政策理事会で25bpの利下げを全会一致で決定した。また、声明文からは、「インフレ目標のタイムリーな達成に必要な限り、政策金利を十分に引締め的な水準に維持する」との従来あった表現が削除された。

経済情勢の評価

ラガルド総裁は、第3四半期の経済活動が夏季の消費や企業の在庫投資により想定より強かった一方、足元ではモメンタムが低下していると評価した。

特に企業については、製造業の生産が減少を続け、サービス業の活動も減速しているほか、需要の弱さや先行きの不透明性のために設備投資を抑制しており、輸出も弱いと説明した。この間、労働市場は底堅く、失業率は歴史的低水準にあるが、未充足求人が低下するなど労働需要は減退していると評価した。

これらを踏まえ、ラガルド総裁は、経済活動が想定より弱い点を確認したが、実質購買力と海外経済の回復(ただし後者は通商摩擦の激化がない場合)によって、今後は緩やかな回復をたどるとの見方を維持した。

執行部による今回の2024~26年の実質GDP成長率見通しは、+0.7%→+1.1%→+1.4%となり、前回(9月)に比べて、各々0.1pp、 0.2pp、0.1pp下方修正された。また、先行きのリスクは依然として下方に傾いているとし、貿易摩擦、企業や家計のセンチメントの低下、金融引締めの波及を要因として挙げた。

質疑応答では、複数の記者が米国の新政権による経済政策の影響を質したが、ラガルド総裁は、極めて不透明性が高いため、見通しには国内減税以外の要因は反映しておらず、リスク要因と位置付けていると回答した。一方、域内主要国の政治情勢が不透明化していることの影響に関する質問にはコメントを避けた。

物価情勢の評価

ラガルド総裁は、11月のHICP総合インフレ率の上昇(+2.3%)はエネルギー価格の水準効果が主因で想定内であるとした上で、ディスインフレは順調に推移している(well on track)と説明した。

一方、域内インフレ率(筆者注:通常の国内インフレ率に相当)が10月時点で+4.2%とまだ高い点については、賃金上昇の残存とサービス価格改定の時間的ラグによると説明した。賃金についても、一人当たり報酬の伸びが第3四半期には+4.4%に減速し、生産性が安定している下で、ULCの伸びが低下していると指摘した。

今後のインフレ率については、エネルギー価格の水準効果が残存する間は現状程度で推移するが、その後は賃金上昇圧力の減退や既往の金融引締め効果によって、2%目標近傍に持続的に定着するとの見方を示した。

執行部による今回の2024~26年のHICP総合インフレ率見通しは、+2.4%→+2.1%→+1.9%となり、前回(9月)に比べて、2024~25年が各々0.1pp下方修正された。先行きには上下双方のリスクがあるとし、上方リスクとして、賃金や企業収益、地政学的リスク、異常気象、下方リスクとして、地政学リスクによるセンチメントの低下、金融引締めの波及を挙げたが、通商摩擦の影響は不透明とした。

質疑応答では、通商摩擦の深刻化による影響が取り上げられ、 ラガルド総裁は、短期的には物価上昇圧力だが、長い目で報復関税の影響なども考慮すると不透明性が高いとの見方を示した。

金融政策の運営

ECBは前回に続いて25bpの利下げを決定したが、声明文には変更が加えられた。

第一に、従来の「インフレ率が中期的な2%目標にタイムリーに回帰(return)するよう図る」との表現が、「インフレ率が中期的な2%目標に持続的に安定(stabilize)するよう図る」に変わった。第二に、「上記の目標の達成に必要な限り、政策金利を十分に引締め的な水準に維持する」との文章は削除された。

ラガルド総裁は、金融政策を判断する上での3つの要素-インフレ見通し、基調インフレの動向、金融政策の波及効果-の評価に照らして、25bpの利下げを決定したことを説明した。その上で、今後も毎回の会合でこれらの3つの要素をデータによって評価しつつ政策決定を行う方針を確認した。

質疑応答では、今回会合での議論の内容が取り上げられた。 ラガルド総裁は、①執行部見通しが6回連続で2025年中のインフレ目標達成を予想している、②賃金や企業収益、生産性を踏まえると基調的インフレの減速が見込める、③サービス価格の上昇率はなお高い、が焦点であったと説明した。また、25bpの利下げは全会一致だが、議論の途上では50bp利下げの意見もあったと述べた。

また、複数の記者が声明文の変更の趣旨を取り上げた。まず、 ラガルド総裁は、ECBが累積で100bpの利下げを行ったことやインフレ率が目標に近づいていること、物価の先行きには上下双方のリスクがあることなど、金融引締め当時とは状況が大きく異なるだけに、「政策金利を十分に引締め的な水準に維持する」との表現を削除するのは自然と説明した。

その上で、ラガルド総裁は、次回(1月)会合での50bpへの利下げ幅拡大を示唆したものではないかという一部の記者の見方は否定し、毎回の会合で上記3つの要素を評価して政策決定を行う方針を確認した。ただし、米国の新政権による経済政策や域内主要国の政治情勢による影響は、今後数か月単位で不透明性が残るとの懸念も示した。

さらに、一部の記者が、理事会メンバーが中立金利の水準について異なる見方を有している点を取り上げたのに対しては、 ラガルド総裁は、以前の想定より上昇した可能性はあるが、実際により接近したら理事会で議論するとの考えを示した。

なお、ECBがコロナ期に実施したPEPPに伴う保有債券の再投資は今月で終了する。この点について、一部の記者は、今月初のフランス国債利回りの不安定化を念頭に、現時点で再投資を終了することの影響やTPIの発動の可能性を質した。

ラガルド総裁は、PEPPがECBに対する出資比率(capital key)の制約なく運営できたことは、政策の柔軟性の点で有意義であったと評価した一方、今回の会合ではTPIに関しては議論していないと説明した。

プロフィール

  • 井上 哲也のポートレート

    井上 哲也

    金融デジタルビジネスリサーチ部

    シニアチーフリサーチャー

    

    内外金融市場の調査やこれに関わる政策の企画、邦銀国際部門のモニタリングなどを中心とする20年超に亘る中央銀行での執務経験と、国内外の当局や金融機関、研究機関、金融メディアに構築した人脈を活かして、中央銀行の政策対応(”central banking”)に関する議論に貢献。そのための場として「金融市場パネル」を運営し、議論の成果を内外の有識者と幅広く共有するほか、各種のメディアを通じた情報と意見の発信を行っている。2012年には、姉妹パネルとして「バンキングパネル」と「日中金融円卓会合」も立ち上げ、日本の経験を踏まえた商業銀行機能のあり方や中国への教訓といった領域へとカバレッジを広げている。

※組織名、職名は現在と異なる場合があります。