京セラ創業者の稲盛和夫名誉会長が死去 90歳
京セラの創業者で名誉会長の稲盛和夫(いなもり・かずお)氏が24日午前8時25分、老衰のため京都市内の自宅で死去した。90歳だった。連絡先は同社総務部。葬儀は近親者で行った。お別れの会を行うが、日取りなどは未定。
鹿児島市出身。鹿児島大学工学部卒業後、会社員を経て1959年に京都セラミック(現京セラ)を設立、66年に社長に就任した。小集団単位で厳格に収益管理する「アメーバ経営」と、積極的なM&A(合併・買収)を原動力に、京セラを電子部品から携帯電話端末、太陽電池、事務機器まで手がける世界企業に育て上げた。
通信自由化をにらみ、84年に第二電電を設立して通信市場に参入。KDDなどとの合併を経て現在のKDDIを誕生させた。2005年に京セラの取締役を退任し、経営の第一線から退いた。その後、経営塾「盛和塾」と、文化や技術の発展に貢献した人を顕彰する「稲盛財団」の活動に軸足を移した。
「日本をよくするには政権交代が可能な国にすることが必要」との思いで野党時代から民主党を支援。民主党が与党となった09年に行政刷新会議の議員に就任、10年からは日本航空の会長を務め、再建に奔走した。
経営破綻した日航の再建では会長に就いてアメーバ経営を導入。コスト管理の徹底などで業績を回復させ、再上場にこぎ着けた。内閣特別顧問も務めた。
著書は「アメーバ経営」「人を生かす」など多数。1984年紫綬褒章、97年に得度。2001年3月、日本経済新聞に『私の履歴書』を執筆した。
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