脳型や量子計算、AIの限界超える4手法 開発競争に火蓋
知っておくべきこと:
・大規模言語モデル(LLM)の計算需要の増大と消費電力の大きさから、バイオ、脳型、光、量子など新たな計算方法の研究が進んでいる。
・コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)やテック大手の参入は、AIの開発競争が激しくなり、各社がAI向けの次世代計算システムを求めていることを示している。
・新たな計算方法はまだ初期段階だが、処理速度やエネルギー効率、AIの潜在能力に利点をもたらす。
画像処理半導体(GPU)という特殊なチップは多くの小さなサブタスクを同時に処理できるため、現在のAI計算に不可欠だ。米オープンAIの対話型AI「チャットGPT」は30万個近くのGPUを使っているとされる。
だが、GPUは大量の電力を消費し、トランジスタの微細化が物理的限界に達しつつあることから性能はいずれ頭打ちになる。
より複雑なAIワークロードを実行したいとの考えから、投資家やスタートアップはAIタスクの性能を高めることができ、現在のLLMの推論の限界を超える負荷の高いAIシステムに対応可能な低消費電力の新たなプロセッサーや計算方法を探っている。
このリポートでは、AI向けとして有望視されている光、脳型、バイオ、量子の4つの新たな計算方法について分析する。
AIアプリケーションは急速に普及しつつあるため、データセンター事業を持つ企業やCVCはこの分野の動向を特に注視すべきだ。
ポイント
・4つの新たな計算形態はまだ初期段階の技術で、アーリーステージ(初期)スタートアップが市場の大半を占めている。多くはまだ製品を発表していないが、提携や政府との契約により商用化に向けて動いている企業もある。
・CVCは既に関与しつつある。テック系CVCは自社事業とAIの関連性から、各カテゴリーで活発に動いている。韓国サムスングループ傘下のサムスン・ベンチャーズ、米IBMベンチャーズ、米GV(旧グーグル・ベンチャーズ)などの著名投資家が各カテゴリーに出資している。
・AI計算の次の波の主な利点はエネルギー効率の向上になるだろう。LLMを開発しているテック大手はAIの消費電力を抑える方法の解明に取り組んでいる。これを果たせなければAIの成長は頭打ちになるからだ。AIにとっての新たな計算方法の主な利点は、計算負荷の高いワークロードやモデル学習に必要なエネルギーを抑えられることだ。
光コンピューティングのエネルギー効率と高速処理、AI向けとして有望
基本原理と潜在的利点
・光コンピューティングは電子(電気)の代わりに光子(光)を使い、情報を少ないエネルギーでより速く伝送する。光はチップで電子よりもはるかに速く動き、発熱など余分なエネルギーの損失が少ない。干渉を起こすことなく同じケーブルに複数の光線を束ねられるため、多くのデータを伝送できる。
・光プロセッサーは理論的にはGPUよりもさらに処理が速く、多くの並列計算(マルチスレッド処理)が可能だ。
最近の動向と主なプレーヤー
・米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループは2023年、光コンピューティングの活用により機械学習プログラムがオープンAIのチャットGPTに使われている現行システムよりも「数ケタ強力」になることを実証した。
・この分野で最も調達額が多いスタートアップの一つは米ライトマター(Lightmatter)だ。GV、米ロッキード・マーチン、米HPパスファインダーから出資を受けている。23年のシリーズCフォローオンで1億5500万ドルを調達し、企業価値は12億ドルに達した。
・ライトマターは現在、光アクセラレーター「パッセージ」の量産化に取り組んでいる。この製品は光(光子)を使ってコンピューターチップを接続し、AIやデータ処理のタスクを高速化する。
技術的及び実用化に向けた課題
・光コンピューティングは勢いはあるものの、大きな制約がある初期段階の技術だ。さらに複雑なタスクを処理する能力はまだ証明できていない。
・従来のチップと違い、データの保存やアクセスに問題がある。このため情報を光に転換して戻すのが難しい場合があり、広範な応用に向けた課題になっている。
・厳密に調整された部品や、既存の計算インフラと整合させる必要性から、光コンピューティングシステムの拡大も難しい。
脳の効率を模した脳型コンピューティング
基本原理と潜在的利点
・脳型コンピューティングは、シナプスの隙間にアナログ信号を送り、情報を信号だけでなく、周波数のような性質でも送るニューロン(神経細胞)の情報伝達プロセスを再現する。一部のAIタスクにとって、この方法は非常にエネルギー効率が高い。
・脳型チップは処理とメモリーの機能を一体化して保存データの読み出しを不要にし、遅延を改善する。ノイマン型と呼ばれる大半のコンピューターのアーキテクチャーは処理とメモリーが分かれている。
・脳型アーキテクチャーは一部のタイプの計算に拡張性という利点をもたらす。
最近の動向と主なプレーヤー
・米インテルは24年4月、脳型チップ「Loihi 2」を使ったAI向け脳型システム「Hala Point」を発表した。同社によると、Hala Pointは現在使われているGPUやCPU(中央演算処理装置)よりも少ない消費電力で多くのオペレーションに対応できる。
・調達総額が1億4000万ドルに上る米レイン(Rain)は、脳型コンピューティングを活用したAIチップを開発している。知的財産(IP)を半導体企業やテック大手にライセンス供与する計画だ。オープンAIは19年、レインのチップに5100万ドルを拠出する覚書を交わした。オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)はそれに先立ち、レインのシードラウンドに出資している。
・CVCは中国の時識科技(SynSense)などにも出資している。時識科技は米製薬大手メルク傘下のMベンチャーズとサムスン・ベンチャーズから出資を受けている。
技術的及び実用化に向けた課題
・脳型コンピューティングはより複雑なタスクを処理できると実証できておらず、ディープラーニングよりも強力な脳型アルゴリズムとアプリケーションを開発する必要がある。
・人間の脳の機能を理解して再現する複雑さや、脳型コンピューターのハードウエアとソフトウエアの連携を左右するモデルの階層の構築などの課題もある。
バイオインテリジェンス、純粋なデジタルシステムの代わりとして登場
基本原理と潜在的利点
・バイオコンピューティングは人間の神経細胞とシリコンチップを組み合わせ、計算タスクに対応する。こうしたハイブリッドチップはAIの学習を従来のニューラルネットワークよりも高速化できることが示されている。
・神経細胞はデジタルプロセッサーと同じ計算を推定100万分の1の消費電力で行い、エネルギーを大幅に節約できる。
最近の動向と主なプレーヤー
・バイオコンピューティング企業の従業員の伸びは、この小さな市場が勢いづいていることを示している。ただし、そもそもの従業員数が少ない。24年8月時点で最も多いのはオーストラリアのコーティカル・ラブズの25人だ。
・コーティカル・ラブズは人間の神経細胞を組み込んだチップの開発に取り組んでいる。この技術を使って従来よりも消費電力と発熱が少ないバイオコンピューターを開発し、AI学習の消費電力を抑えられる可能性がある。
・スイスのファイナルスパーク(FinalSpark)は人間の脳組織を使ったバイオコンピューターを開発し、既にクラウドを通じて貸し出している。研究者や研究機関、大学はこのプラットフォームを使ってバイオコンピューティングの実験を行っている。
技術的及び実用化に向けた課題
・バイオコンピューターも処理能力が限られ、拡張性と信頼性の課題もあるため、まだ従来のコンピューターと同じ計算要求を処理できない。例えば、コーティカル・ラブズのバイオコンピューターは22年、1970年代のアーケードゲーム「ポン」を学習し、遊べることを実証した。より高度なタスクに関しては大きな進歩が必要なことを示している。
・バイオコンピューティングはGPUよりもエネルギー効率を大幅に高められるが、神経細胞の使用は倫理的な問題を提起している。
・バイオコンピューターを維持するには、神経細胞に栄養を供給する生命維持システムが必要になる。ファイナルスパークのコンピューターの神経細胞は約100日しか生きられない。
量子コンピューティング、新たな機械学習を可能に
基本原理と潜在的利点
・量子コンピューティングは量子力学の原理を使って従来のコンピューターとは全く異なる方法で情報を処理し、これまで不可能だったアルゴリズム(一部はAIタスクに適している)を可能にする。
・量子アルゴリズムは広範なAIシステムで活用できる可能性がある。従来よりも少ないデータでモデルを学習させて高い性能を持てるようにしたり、膨大なデータを高速で検索したり、変数が多い最適化問題を解決したりできる。
最近の動向と主なプレーヤー
・様々なスタートアップがまだ初期段階のこの技術の商用化に力を入れている。IBMやグーグル、米アマゾン・ドット・コムなどのテック大手もこの分野に多額の資金を投じている。
・米ハネウェルからスピンアウトした米クオンティニュアム(Quantinuum)は量子AIと量子機械学習の開発に取り組んでいる。
・クオンティニュアムは量子コンピューティングに基づく新たなAIモデルの枠組みについて研究している。23年11月には量子の枠組みを活用してマシンがデータから形、色、位置などの概念を「学習」し、画像認識を向上した方法について論文を発表した。
・グーグルの量子AI部門は24年8月、臨界しきい値以下で「量子エラー訂正(QEC)」を達成した詳細を記した論文を発表した。量子コンピューターは従来のコンピューターとは違い、環境のかく乱の影響を極めて受けやすく、迷光などの些細なものでも計算エラーが起きる可能性がある。今回のマイルストーンはこうしたエラーのかなりの部分を訂正できるようになったことを意味する。同部門はこれまで、大規模な量子コンピューティングの実現に向けた6つのマイルストーンのうちの2つを達成している。
技術面及び実用化に向けた課題
・現在の量子コンピューターはエラーを起こしやすく、実際の問題の大半でまだ従来の計算方法を上回ることができていない。
・量子コンピューターの商用化の時期は極めて不透明で、用途次第となるだろう。だが、最近のマイルストーンは強力な量子コンピューターが大方の予想よりも早く登場する可能性を示している。
今後の見通し
現在のAIの限界と電力需要に対処するため、新たな計算方法が登場しつつある。バイオ、脳型、光、量子の4つはいずれ、AIの性能とエネルギー効率を向上させる可能性がある。
こうした新たな技術はまだ課題があるものの、現在のAIの制約を解決する可能性がある。例えば、
・複雑な推論も処理できる自律的なAIシステム
・少ないデータで新しいスキルを学習するAI
・ローカルデバイスで運用できる低消費電力のAI
などが可能になる。
テック大手はCVCと社内開発の両面でこうした新たな計算方法に投資している。グーグルやアマゾン、米アップル、米マイクロソフトなど多くが米エヌビディアのGPUに代わるAI半導体の開発にも取り組んでいる。
この分野のさらなる投資や発表に目を光らせておくべきだ。例えば、インテルとIBMの脳型コンピューティングでの取り組みから、どちらの方法が先に商用化に至るかが分かる可能性がある。
どれか一つの計算方法が支配的になる可能性は低く、GPUとCPUもすぐには廃れないだろう。それぞれに格好の用途が見つかる可能性がある。
研究や実験以外では、データセンター事業者がこの技術の主な顧客になるだろう。各社はこれらの計算方法の一部を導入し、競争力強化に取り組んでいる。
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