春秋
ある会社での実話だ。春、外からかかってきた電話を新入社員が受けた。先方が口にするAという名に覚えがない。困って全員に呼びかけた。「Aさんという方、居ますか」。女性社員のBさんがすかさず答えた。「それ、私の昔のダンナの名字だから。覚えといて」
▼結婚で名が変わり、離婚で戻り、再婚でまた変わり。昔の名刺や知人の紹介で来る連絡がつながらなかったり、過去の業績が検索にかからなかったり。こうした不利益を現実に被っているのは、大抵が女性だ。最近は名前をメールアドレスにする会社も多い。ふつうなら便利な仕組みだが、改姓すれば食い違いが起こる。
▼弊害を避けるため旧姓使用も広がるが、実際は面倒が残る。パスポートとホテル予約の名が違うことでのトラブル。社員名簿や税金の手続きで、総務部などに「お手数をおかけします」と謝る手間。こうしたストレスもまた、あえて繰り返すが、ほぼ女性の社員だけが抱えることになる。現状が理想だと思う人はいまい。
▼先ごろ夫婦に同姓を強いる民法に合憲の判決が出た。憲法判断はさておき、女性がいきいき活躍する社会を現政権は目指すと聞く。同窓会に年賀状と、名前が女性の未婚・既婚などを示す慣習はいつまで続くのか。誰もが名字を名乗り始めてほんの100年余り。夫婦の同姓・別姓ももう少し柔軟に考えてはどうだろう。