種の命名行為に関する再考:
神話や架空の怪獣の名前を使うことが招く
分類学上の諸問題
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
国立環境研究所生物多様性領域の五箇公一は、日本工営株式会社中央研究所の林亮太、総合研究大学院大学統合進化科学研究センターの東山大毅とともに、この手法が分類学や保全活動に対する一般の人々の関心を高める上で有効である一方で、命名規約上の重要な問題をはらんでいることを提起しました。特に具体例として、日本でも馴染みの深い怪獣キングギドラにちなんで名付けられた環形動物の一種キングギドラシリス(Ramisyllis kingghidorahi )※1のほか、いくつかの事例について議論しています。その上で、科学者が種の命名行為を行う際には、国際動物命名規約(International Code of Zoological Nomenclature)※2を十分に理解し、遵守する必要があることを主張しました。本成果は、2024年11月23日付でアメリカ学術誌『BioScience』に掲載されました。
ポイント
・近年、動植物の新種に有名人や架空のモンスターの名前を種名として使うケースが注目を集めているが、本論文ではこうした命名行為ではしばしば国際動物命名規約(ICZN)上の問題が生じうることを論考した。 ・一事例として、空想怪獣キングギドラの名前を冠した環形動物の一種キングギドラシリス(Ramisyllis kingghidorahi )の種名には、現行のICZNでは想定されていなかったために生じた問題点がいくつか見られる。 ・生物多様性の保全という究極的な課題のためには、安定した学名と命名体系を保持することが重要であり、今後、ICZNという国際規約に対する深い議論と理解が一層求められる。
1. はじめに
地球上で正式に記載された種は200万種以上にのぼりますが、実際に存在する種の総数は依然としてわかっていません。未記載の種は、既知の種よりも絶滅リスクが高いとされ、分類学により多くの資材と人材を投入することが地球上の新たな生命の発見と保全に必要とされています。しかし、現実には、分類学や分類学を専門とする研究者に対する経済的支援は急速に減少しています。
そうした中で、近年、新種の生物の学名を著名人や神話、映画などのポップカルチャーに由来して付けられるケースが増えており、分類学に対する一般の関心を惹きつける上で効果を発揮しています。本論文では、その事例をいくつか挙げ、特に最近記載された環形動物の一種キングギドラシリス(Ramisyllis kingghidorahi )に焦点をあてています。この学名は、ゴジラ映画に登場する有名な宇宙怪獣「キングギドラ」にちなんで名付けられました。
これまで国際動物命名規約(ICZN)では、献名する(ある人物に敬意を表してその人物名を学名に含める)場合には、歴史的な人物や著名な科学者など、主に実在の人物の個人名を取り扱っていましたが、架空の人物、特に性別が曖昧な人物の名前を献名することはもともと想定されていませんでした。それゆえに、種名に怪獣の名前を使うというケースに関して、ICZNではどのように扱われるべきなのか、どのような問題が生じるのかを探ることは、現代の分類学に重要な提言を与えるものと考え、R. kingghidorahi の事例を精緻に検討することにしました。
2. そもそもキングギドラは男性(オス)なのか?
Ramisyllis kingghidorahiという種名では、Ramisyllisが属名で、kingghidorahiが種小名となります。この種小名の末尾に「-i」がついていますが、生物学的命名体系において、献名を示すラテン語の接尾辞「-i」は、通常、その名前が一個人に捧げられていることを意味します。したがって、Ramisyllis kingghidorahi の種小名「-i」は、キングギドラという個人に捧げられたことを意味することになります。一方、ICZNの指針では、「-i」は男性単数に使用され、「-ae」は女性単数、「-orum」は男性を含む複数の人物に、そして「-arum」は女性のみの複数に使用されると明記されています。したがって、R. kingghidorahi の命名は、記載者がキングギドラを単独の男性として認識していることを意味します。記載論文の著者は、次のように種小名の語源を説明しています。
kingghidorahi の語源
この名前は、ゴジラのライバルである三頭二尾の怪獣キングギドラに由来する。この二つの怪獣キャラクターは、田中友幸によって日本の神話や民間伝承を基に創造された。キングギドラは、失われた部分を再生することができる分岐型の架空の動物である。キングギドラは男性であると仮定され、ラテン語に基づいて命名された(Aguado et al. 2022)※3。
しかし、実際にはキングギドラの性別に関する科学的根拠はどこにも示されておらず、また映画製作段階でも設定はされていません。
ただ、「キング」という名前から、キングギドラは男性(オス)であると一般的にみなされており(もし女性であれば「クイーン・ギドラ」と呼ばれるべきだという意見)、キングギドラをオス個体とみなすことは合理的であると考えられました。
3. キングギドラは単独の存在か、それとも複数の個体が組み合わさった存在か?
次に問題となる点は、キングギドラが本当に単独のオスであるかどうかということです。キングギドラの三つの首と頭を考慮すると、キングギドラは三つの個体が組み合わさった存在である可能性もあります。実際、日本映画ゴジラvsキングギドラ(1991)に登場する個体は、ドラットと言われる未来の愛玩動物の3個体が組み合わさって作られたという設定になっています(表1参照)。もしそうであれば、キングギドラシリスの種名はRamisyllis kingghidorahorumか、R. doratorumとする方が、ICZNの基準に従っていると言えます。
結局、キングギドラは想像上の怪獣であるため、その解剖学は推測の域を出ず、単独の個体なのか、それとも三個体とみなすのかについては、さまざまな解釈が可能となり、曖昧さは免れないと言えます。
4. キングギドラは個体名なのか、分類群名なのか?
キングギドラの起源は映画ごとに異なり(表1参照)、その形態も大きく異なります。例えば、キングギドラの1964年版と2019年版を比較すると、少なくとも以下のような形態上の違いが見られます。
・頭部:1964年の個体は、後頭部に2本の角を備え、その間に1本の三日月形の中央角を持つ。また、後頭部には金色の体毛が生えている。2019年の個体は複数の角を持ち、体毛は存在しない。1964年の個体には犬歯のような牙が見られるが、2019年の個体にはない。
・頸部:1964年の個体は背側に1列の棘を持っているのに対し、2019年の個体では真ん中の頸のみ対になった棘が存在する。
・翼:1964年の個体は関節のない1対の翼を持ち、真骨魚類の鰭のような放射状の骨格が見られる。2019年の個体は関節のある翼を持ち、コウモリの翼に似た構造をしている。
・脚部:1964年の個体は蹠行性(ヒトのように踵を地面につけて歩行する)の動物であるのに対し、2019年の個体は趾行性(多くの動物のように踵を地面に付けない)の脚を持つ。
以上の違いからだけでも、キングギドラを単一の個体や種として考えることは難しく、「キングギドラ」という名前は、三つの頭と二つの尾という特徴を持つモンスターの集団を指すものと考えることが妥当と判断されます。そうなると、キングギドラという名前は高次分類階級、もしくは一般名とみなされるべきであり、キングギドラシリスの種小名として、男性単数の人物名に使われるべき接尾辞「-i」をつけて使用することは適切ではなかったと判断されます。さらに、命名の由来ではキングギドラの再生能力についても言及されていますが、すべてのキングギドラが再生能力を持つわけではありません。実際、本映画ゴジラvsキングギドラ(1991)に登場する個体は再生能力を持たず、メカキングギドラとして機械化されて復活しています。
この環形動物の特徴がキングギドラに似ていることを示すために命名するのであるなら、人物名として献名するのではなく、接尾辞に類似を意味するラテン語「-oides」または「-formis」をつけて R. kingghidorahoides または R. kingghidorahiformis とする方が命名規約上、適切であったと判断されます。
表1. ゴジラ作品内(実写劇場作品に限定)におけるキングギドラ
公開年 | 映画タイトル | キングギドラのアイデンティティ | |
---|---|---|---|
1964 | 三大怪獣地球最大の決戦 | 宇宙怪獣 | |
1965 | 怪獣大戦争 | 1964の同一個体 | |
1968 | 怪獣総進撃 | 1964の同一個体? | |
1972 | 地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン | 1964の同一個体? | |
1991 | ゴジラvsキングギドラ | 遺伝子操作でうまれた生物「ドラット」の突然変異体 | * |
1998 | モスラ3 キングギドラ来襲 | 宇宙怪獣 (白亜紀型と現代型の二形態あり) | ** |
2001 | ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃 | やまとを守護する護国聖獣の一体 | |
2019 | ゴジラ キング・オブ・モンスターズ | 宇宙怪獣 | ** |
5. 結論
以上の分析から、環形動物キングギドラシリスの種名にキングギドラという怪獣名を使用した事例については、現行の分類学の国際的なルールではスムーズに解釈できない点が多々あることが示されました。
ポップな種名をつけることは、一般の人たちの生物種に対する関心や興味を惹きつける上で有効な手段ではあります。実際に、キングギドラシリスの発見は、多くのメディアの注目を集めました。しかし、生物多様性の保全という究極的な課題のためには、安定した学名と命名体系を保持することが重要であり、われわれ生物学者には、ICZNという国際規約およびラテン語の文法に対する深い理解と遵守が、今後一層求められます。
6. 注釈
※1:キングギドラシリス (Ramisyllis kingghidorahi ) は、多毛綱シリス科に属する環形動物の一種。2022年に日本海より発見された。尾部が複数に枝分かれしている形態が怪獣キングギドラを想起させるということで、キングギドラの名前が種小名に使用された。 ※2:国際動物命名規約とは、動物命名法国際審議会による、動物の学名を決める際の唯一の国際的な規範である。同様の規範である国際藻類・菌類・植物命名規約、国際原核生物命名規約とあわせて、生物の学名の基準となっている。 ※3:キングギドラシリス発見の原著論文;Aguado MT, Ponz-Segrelles G, Glasby CJ, Ribeiro RP, Nakamura M, Oguchi K, Omori A, Kohtsuka H, Fisher C, Ise Y, Jimi N, & Miura T (2022) Ramisyllis kingghidorahi n. sp., a new branching annelid from Japan. Organisms Diversity & Evolution 22: 377-405. 10.1007/s13127-021-00538-4
7. 研究助成
本研究は科研費(19K04683)の助成を受けたものです。
8. 発表論文
【タイトル】 Rethinking nomenclatural acts: questions in taxonomy by the dedications to mythology and fictional monsters 【著者】 林亮太*(日本工営株式会社 中央研究所)、東山大毅(総合研究大学院大学 統合進化科学研究センター)、五箇公一(国立環境研究所・生物多様性領域) *責任著者 【掲載誌】 BioScience 【DOI】10.1093/biosci/biae113(外部サイトに接続します)
9. 問合せ先
【研究に関する問い合わせ】
国立環境研究所 生物多様性領域
生態リスク評価・対策研究室 室長 五箇公一
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)