首都圏情報ネタドリ!
- 2024年2月2日
埼玉・川口市がクルド人めぐり国に異例の訴え なぜ?現場で何が?
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埼玉県川口市で2023年7月、病院に100人近くの外国人が集結する騒動が発生しました。川口市ではトルコから来たクルド人のコミュニティーが拡大し、ゴミ出しのルールや生活習慣などの違いによる、住民との摩擦も目立っています。
一方、クルド人をめぐっては支援が必要だという声も上がっています。そうした中、川口市が国に政策の見直しを訴える異例の事態に。いったい何が起きているのか取材しました。
(首都圏情報ネタドリ!取材班)
川口市に集住するクルド人の現状
2023年に来日し、難民申請したクルド人の家族です。
この日はクルド人の生活を支援している団体がこの家族のもとを訪れ、スマートフォンの翻訳アプリを使って、困りごとがないか聞いていました。
ちゃんと眠れていますか?
毎晩2時間しか寝られません。赤ちゃんがいるから。
それは疲れたね。
川口市にいるクルド人の多くは、中東・トルコの出身です。分離独立を求めるクルド人組織とトルコ政府との対立が激しくなった1990年代から「母国では迫害される」などと訴えて、日本にも難民としての保護を求めて来る人が増えました。
およそ15年で、日本で難民申請したトルコ国籍の人は9700人以上(法務省資料から一橋大学 橋本直子准教授算出)。その多くがクルド人とみられていますが、認定されたのは1人です。
現行の法律では、難民申請が認められず、退去が確定した外国人は、原則として退去まで、施設に収容されることになっています。
しかし近年、新型コロナの感染対策として収容所の密をさけるためや、人道的な観点から、施設の外で生活する「仮放免」の人たちが増加しているのです。
支援団体によると、難民申請を行うクルド人の多くは観光ビザで日本に入国。川口市周辺で暮らす知人などのつてを頼って、集まってくるといいます。
国外への退去手続き中という立場のため、国は就労や健康保険への加入を認めていません。医療費は10割負担で、病院で治療を受けることができず、生活に支障をきたす人も少なくありません。
長年、歯の激しい痛みを抱えていたクルド人の女性が、支援団体に付き添われ、歯科医院を訪れました。治療した歯科医師によると、虫歯がかなり進行した状態だったといいます。
費用を支援団体が立て替えて治療することができました。
川口市が国に異例の要望
今、川口市が把握するだけでも、市内にいるトルコ国籍の仮放免者は900人以上。その多くはクルド人だと見られています。
2023年9月、川口市は、この仮放免制度をめぐり国に要望書を提出しました。
1. 不法行為を行う外国人においては、法に基づき厳格に対処(強制送還等)していただきたい。
2. 仮放免者が、市中において最低限の生活維持ができるよう(中略)就労を可能とする制度を構築していただきたい。
3. 生活維持が困難な仮放免者(中略)について、「入国管理」制度の一環として、健康保険その他の行政サービスについて、国からの援助措置を含め、国の責任において適否を判断していただきたい。
川口市は、なぜ、国に異例ともいえる要望をしたのでしょうか。
川口市 奥ノ木信夫市長
「不満いっぱいですよ、国に対しては。仮放免で帰る人は何%いるのか、国はそれさえも発表もしてない。ほったらかして、全部、地方自治体に任せることは、まったく考えられないですね」
不満の背景にあるのは、仮放免制度の前提と実態とのかい離です。
川口市を拠点に解体現場で働いている日本人の男性は、最近、多くの現場で、働けないはずの仮放免のクルド人を目にするといいます。
深刻な人手不足に直面する解体業界。仮放免のクルド人がいなければ現場が成り立たないと男性は打ち明けました。
解体現場で働く日本人男性
「仮放免者はいっぱいいますよね。現場にいないというのはまず無いと思いますね。僕の知り合いでも、あるときビザが出なくなっちゃったという話を聞いています。
もし仮放免の人を完全に排除しましょうとなったら、確実に人手不足になると思います。日本人は、解体の仕事はやりたがらないですから。『壊してほしいなら、僕ら(クルド人に)に任せて』という感じなので」
仮放免での就労は違法で、発覚すれば施設への収容につながります。なぜ、一線を越えてしまうのでしょうか。
実情を知ってほしいと、仮放免のクルド人が取材に応じました。10年以上前に来日し、解体工として収入を得ています。
今は、週6日、1日10時間以上、現場に出ているという男性。日本で生まれた2人の子どもを育てるためだといいます。
仮放免のクルド人男性
「健康保険もないですね。娘が手術しまして、50万円くらいかかりました。これからもっと生活が大変になると思うので、働いています」
教育や医療 増加する自治体の負担
さらに、市内の小学校にはクルド人の子どもが増えています。
学校に設けられた外国にルーツのある子どものための日本語教室です。この教室には、いまクルド人の児童が20人ほど通っています。
保護者も、日本の言葉や文化がわからない人が多く、個別に対応しているといいます。
小学校 校長
「『集合時刻がいつもより早い』など大事なことは、担任が前の日に念のための電話を入れて確認しています。子どものためと思って、よく動いてくれています」
日本は「子どもの権利条約」に批准しているため、すべての子どもたちに教育の機会を保障しています。
川口市教育委員会 学校教育部 中川猛部長
「クルドの子であっても、日本の子であっても、就学の希望があれば教育を受けていただきたい。それに対して我々も支援をしていきたい」
経済的な理由で就学が困難な場合の援助も国籍などによる区別はありません。所得が基準を下回る世帯に学用品の費用や給食費などを助成する制度を適用しています。
さらに、最近、市議会では医療費への懸念がたびたび取り上げられています。
川口市議会議員
「仮放免者は保険証もありませんから、請求される金額が高額になり、高額な医療費を払えずに滞納してしまうという事案もあります」
今、市の医療センターでは外国人による未払い金が7400万円ほどありますが、その中に仮放免のクルド人の治療費も含まれているとみています。
川口市は、実態に応じた制度の見直しが欠かせないと訴えます。
川口市 奥ノ木信夫市長
「人道的立場で、今にも赤ん坊が産まれそうな人は、病院で受け入れて診なければいけないし、病気で苦しんでいる人をほったらかして、うちでは診られませんとは言えません。
税金を払いたいし、保険証もほしいというクルド人は、いっぱいいるんですよ。在留許可や就労許可を国で出さないと、解決はしないと思います」
川口市の訴えを、国はどう受け止めているのか。出入国在留管理庁に聞きました。
出入国在留管理庁
「仮放免者の中で退去強制が確定した外国人は、速やかに日本から退去するのが原則となっています。よって仮放免者に国費で健康保険などの行政サービスの支援を行うことは困難です」
日本で育った仮放免の子どもたちは…
私たちが取材したクルド人の中には、10年以上日本にいるという人もいました。なぜ長期滞在が可能なのでしょうか。
日本にいるクルド人は、全員が仮放免という状況ではありません。難民申請をして、認定が出るまで平均で約3年かかりますが、その判断を待つ間は、さまざまな条件を満たせば在留許可が出て、働いたり、健康保険に入ったりすることができる場合もあります。
しかし、条件を満たさないと不法滞在となります。原則、収容されますが、最近は仮放免になるケースが多くなり、人手不足の中、労働力としての需要があるので、多くの人が川口市にとどまっています。
中には日本で生まれ育った子どもたちもいます。
10年前に日本に来て以来、難民申請を出しているクルド人の家族です。生後2か月で来日した長女は10歳に、日本で生まれた長男は8歳になりました。
3年前まで、家族には、難民申請の審査中に出される在留資格がありました。仕事ができ、健康保険にも加入することができました。
しかし、難民申請は却下。一家全員が在留資格を失い、仮放免となり、就労も健康保険への加入もできなくなりました。
目の前でガチンと在留カードに穴が空けられました。とても悲しい気持ちにはなりますね。
いま、両親の一番の懸念は日本で育った子どもたちの将来です。子ども達に将来の夢を聞いてみると…。
消防士になりたい。
私は弁護士。お父さんとお母さんに、何かがあったときに助けるため。
いま、子ども達は市内の小学校に通い、学ぶことができています。しかし、教育が保証されているのは義務教育まで。その後も学び続けられるか不安を抱えています。
さらに、進学できたとしても、現状のままでは働くことができないのです。
学校に行って卒業して、何かできる技術はあっても、在留資格はないと働けない。痛いですね、やっぱり、悲しいことなんです。
いま、家族は毎週末、支援団体が運営する日本語教室に通っています。
他の日本語教室にも週に1~2回通って、時間を作ってめちゃくちゃ勉強されています。
日本の文化や言葉を身につければ、家族の将来を切り開けるのではないか。子どもたちのために、いちるの望みをかけているといいます。
父親
「将来、子どもが何かをやりたいときに、役に立てたらいいなと思っています。在留資格のことは、日本の政府にお願いしているんです。日本で生きていこうかなと思っているわけなんです。どうなるかわからないけど、でも私はそういうのを希望しています」
仮放免のクルド人 どう見る?
仮放免のクルド人の問題について、どうとらえればいいのか。国連機関などで移民・難民政策などの実務に長年携わってきた一橋大学の橋本直子准教授に聞きました。
一橋大学 橋本直子准教授
「課題は、入管とクルド人に認識のギャップがあることです。入管は『難民ではないので帰れるはず』と考え、クルド人側は『危険だから帰れない』と主張しています。
収容を解かれた仮放免の人が増えること自体は、一概に悪いこととは言えません。
収容されている期間は、費用は全額国費・税金で賄わなければなりません。長期にわたって身体拘束されているのは、人権・人道の観点からも望ましくはありません」
川口市の要望については、2023年以降の国の方針によって、今後はある程度カバーされる可能性があると橋本さんは見ています。
政府は2023年8月、日本で生まれ育っていても在留資格がない小学生から高校生の外国人の子どもについて、親に国内での重大な犯罪歴がないなどの一定の条件を満たしていれば、親子に「在留特別許可」を与え、滞在を認める方針を示しました。
また、入管が認めた監理人と呼ばれる支援者らのもとで生活ができる「監理措置」という制度が改正入管法の下で近々導入され、就労をすることが可能になる予定です。
クルド人をめぐっては、川口市の住民の間で不安の声も上がっています。橋本さんは、住民側のデータと事実に基づく現実の認識と、クルド人側の日本語・文化の習得が重要だと考えています。
「川口市の広報によれば、犯罪の認知件数は10年ほど前と比べて半数ほどになっています。問題は『体感治安』です。日本語で意思疎通ができない人が夜中に集まっていたら、恐怖を感じる人も多いと思います。
クルド人側も日本で中長期的に暮らしたいと思うのであれば、日本語をしっかり習得し、日本のルールや文化に合わせる必要があります。コミュニケーションができるようになれば、住民側の『体感治安』も改善していくのではないでしょうか。
さらに国としても日本語教育制度をもっと充実させて、しっかりと日本のルールや文化を習得して頂けるよう『共生政策・社会統合政策』を十分な予算をつけて徹底する必要があると思います」
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