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- 2023年6月23日
「管理職になりたくない」77% 負担をどう減らす?改革の現場に密着
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「管理職になりたくない」と答えた人は77%にのぼります(民間企業のアンケート調査より)。「日本の管理職は罰ゲームのような状況。チームのなかでこぼれた仕事をやらなければならないし、部下の属性や価値観が多様化してコミュニケーションをとるのも相当難しくなっている」と専門家は指摘します。
どうすれば管理職の負担を減らすことができるのか。「管理職のポストをあえて廃止する」「孤立しがちな管理職が相談できる場所を作る」など、課題に向き合う現場に密着取材しました。
(首都圏局/ディレクター 梅本肇・高瀬杏・竹前麻里子)
密着 管理職の現状とは…
管理職の働き方に課題を抱え、改善に乗り出そうとしている企業が取材に応じました。自動車や新幹線などに使われる部品、ベアリングの大手メーカーです。

技術開発部門の課長職にあたる千布剛敏(ちふ・たけとし)さん(46歳)に密着取材させてもらいました。管理職になって4年。担う業務の種類は年々増えているといいます。11人の部下の勤怠管理に加え、進捗状況の管理、新しい人材育成制度の運営など、多くの業務を担っています。

朝7時に出勤した千布さん。この日は会議の予定が5つ入っていました。
会社員6000人を対象にした調査によると、管理職(部長級)が会議や打ち合わせに費やす時間は一般社員の2倍以上となっています(パーソル総合研究所・中原淳「長時間労働に関する実態調査」)。
日本精工 技術開発本部グループマネジャー 千布剛敏さん
「打ち合わせは多いです。コロナの影響でリモート会議ができるようになってから、休憩時間がなく、すぐにまた次の会議というパターンもあります」
午前中に2つの会議を終えた千布さんは、午後1時から、新しいビジネス環境に対応する人材を育成するための会議に参加しました。納期の短縮など、急速に変化するビジネス環境に対応するために新しい取り組みが必要になっているといいます。
今までどおりやってきても、お客さんのニーズとかスピードについていけないので、それに対応するためには、やっぱり人材育成かなと。エンジニアの能力が重要かなと思っていまして…。
1時間半後に会議を終えた千布さん。デスクに戻ると思いきや、すぐに違う会議室へ向かう姿も見られました。
午後4時。自席に戻り、今度はタイ出身のノッパソン・コワッタナクルさんと打ち合わせです。

この会社では、多様な人材を積極的に登用しようと、外国籍の社員の割合が20年前に比べると4倍になっています。管理職には仕事に関する考え方や文化の違いへの対応が求められ、ときには私生活の相談に乗ることもあるといいます。
仕事だけじゃなくて、生活についてとか、週末はどこに旅行に行ったほうがいいかとか、千布さんからおすすめを教えてもらいました。
千布剛敏さん
「日本人だと、『この仕事をやって』というと、すぐに『わかりました』と動いてくれる人もいますが、外国籍の人は『この仕事の目的はなんですか』ということを聞かれることがあります。仕事をする上で納期や感覚、休暇の取り方などに違いがあると感じています」
千布さんの日中の予定は定例の打ち合わせなどで2週間先まで埋まっているといいます。予定していた打ち合わせが終わったあとも仕事は続きます。日中にたまったメールの返信や書類の作成に取りかかりますが、承認のサインを求める人や、今後の打ち合わせの日程を相談する人などが、絶えず訪ねてきます。

夕方になってくると、少し目がしょぼしょぼしてきた…。
3人の子どもがいる千布さん。平日は子どもの起きている時間に帰ることは難しいといいます。
千布剛敏さん
「平日、家に帰るとだいたい子どもは寝てるので。下の子や真ん中の子は。しんどいときもありますよ、人間なんで」
それでも、現在の働き方は得ることも大きいといいます。
「もちろん忙しくて長時間労働になっているときはありますが、それ以上に、今日、私が笑顔でいられるのは、みんなと働いていて、やりがいがあって切磋琢磨(せっさたくま)できるからだと思っていますし、これはこれでよかったなと思っています」
朝7時に出社した千布さん。退社は夜8時でした。
この会社では多忙感解消のための1つの方法として、デジタル化で業務量を減らしていこうとしています。例えば、管理職が担っている9つの工程からなる手間のかかる作業。現場の管理職とともに、瞬時に終わらせる仕組みを開発しようとしています。
さらに管理職自身にもデジタル化のスキルを学んでもらい、業務の効率化に生かそうとしています。

人事総務本部 岩根良憲さん
「働き方改革が進むなかで、今まで部下に任せていた仕事も、取りこぼしがないように管理職のほうでフォローしていかなければなりません。短期的な成果と中長期的な成果が同時に求められるなど、業務の多重債務化みたいなことが起きていると思います。
管理職の負担軽減には絶対的な解がないため、非常に難しさはありますが、1つ1ついろんな手を打って、負担を軽減する風土をつくっていくことが非常に大事かなと思います」
“管理職になりたくない”いったいなぜ?
「管理職になりたい」と答えた日本人の割合は19.8%と、18の国や地域を対象に行われた調査で最下位でした(パーソル総合研究所 「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)」)。なぜ管理職の仕事に魅力を感じない人が多いのでしょうか。
管理職の働き方について研究する小林祐児さんは、日本型の組織ならではの構造的な問題や、管理職を取り巻く状況の変化が背景にあるといいます。

パーソル総合研究所上席主任研究員 小林祐児さん
「日本では、チームのなかでこぼれてしまった仕事や、突発的に降ってくる業務を管理職が処理するような構造になっています。
また、社員の価値観が多様化し、属性もダイバーシティーが進んで、かつ、ハラスメントはしてはいけないし、長時間労働もさせてはいけない。そうなると、部下のマネージメントやコミュニケーションが相当難しくなっています。
一方で管理職と一般職の賃金のギャップは縮まっていて、見返りが少なくなっている。端的にいうと、罰ゲームというような状況になってきていると思います」
こうした状況の中、女性で管理職になりたい人は男性よりもさらに少ないというデータもあります。

どのライフテージでも、管理職になりたいと答えた女性は男性のおよそ半分にとどまっています。私たちが取材した、まもなく管理職になるという女性も、子育てと仕事の両立に大きな不安を抱えていました。
まもなく管理職になるという女性
「私の会社では、ロールモデルになるような管理職が全然いません。女性の管理職が少ないので、男性と同じようにバリバリ働かなければ上にいけないのでは、というのを感じます。
私は子どもがいるので、平日は、そんなに遅くまで仕事はできません。自分の生活を犠牲にしてまで仕事はできないので、どこまでやるのか、その線を自分で決めるしかないかなと思っています」
企業の支援で管理職をポジティブな存在に
組織の中で重要な決断を担っている管理職の人材が不足すれば、企業活動が滞り、ひいては日本社会全体に影響を及ぼすことにもつながります。
企業の中には、管理職を前向きな選択肢のひとつにしてもらおうと、キャリアに応じてさまざまな支援を行っているところもあります。管理職など役職に「ぜひつきたい」「ついてもいい」という社員が63%にのぼるという大手菓子メーカーです。

入社5年目の髙田真由さんが取り組んでいるのは、会社が導入した「キャリア探求ノート」という仕組みです。入社した直後から、将来、管理職になりたいかを含め、中長期的なキャリアの志向を入力し、上司とコミュニケーションを行ってきました。

当初は、管理職は負担が大きそうだと、自分がなるイメージは持っていませんでした。しかし、自分が何をしたいか整理する中で、管理職を目指すことが、やりたいことをかなえる方法の一つだと気づかされたといいます。
せっかく海外事業部にいるので、もうちょっと今の展開エリア以上に展開できればなと。
早いうちに、マネージメントにトライすると、海外も含めてそういうことができると思います。たくさん情報が入ってきて、自分で決めていくというのをどんどんこなしていったほうが、経験になっていくところはあると思います。
カルビー入社5年目 髙田真由さん
「管理職は裁量を含め、仕事の幅が広がるというのをすごく感じました。自分がどういう仕事をしていきたいか考えたときに、管理職というポジションにつくということは、一つ、候補に入れてもいいんじゃないかなと思っています」
さらに、この企業では管理職になったあとの支援にも力を入れています。管理職になったり昇進したりするたびに行われるプログラムでは、孤立しがちな管理職に横のつながりを作る機会を設けています。
4月に課長に昇進した女性は、部下との接し方に悩んでいることを、他の管理職に初めて打ち明けました。

いろんな年齢、性別、家庭環境の人がいるなかで、どこまで自分をさらけ出して相手の本音を引き出すか、つかみきれないというか、難しいです。
した男性
こちらが丸裸の方が、相手も話しやすいと思う。こちらが出していない部分は、相手に絶対見えないから
ああ、そうか。ノーガード戦法ですね。
課長に昇進した女性
「他の課長さんたちも同じような悩みを抱えているということを知って、『悩んでいるのは自分だけじゃないのかな』と思いました。いろんな方からのサポートを実感するので、意外と頑張れています」

人事・総務本部 流郷紀子さん
「管理職になりたくないというよりも、管理職になる自信がない人のほうが多いのではないかと感じています。それを自分一人で抱え込まないということ、いろんな頼り先があることがすごく大事だと思います」
管理職を廃止した企業も
一方、管理職が抱えていた仕事を見直し、社員全員で分担することになった会社もあります。社員およそ100人のIT 企業です。業績悪化を機に、組織の体制を見直しました。

体制を見直す前の組織図です。部署ごとに階層があり、管理職は複数の部下の業務進捗について、報告書を作成。上司はそれらを承認して、さらに上の管理職に提出するなど、負担が大きく、仕事が停滞する原因にもなっていました。

そこで、役員以外の管理職をあえて廃止する決断をしました。プロジェクトごとにチームをつくり、リーダーを選定。社長を含めたすべての社員が、リーダーにもメンバーにもなれる仕組みを導入したのです。

報告書の代わりに、社内システムでそれぞれの仕事を見える化しました。 社員は、アポイントメントを何件取れたかなど、それぞれの進捗状況を記入し全員で共有。停滞しがちだった業務が効率化されました。

最終的な目標に対して、どこまで達成できているかも可視化し、全員で共有。以前は主に管理職が把握していた会社の現在地を、社員ひとりひとりが意識するようになったといいます。
さらに、誰もがリーダーを経験するなかで、個々のマネージメントの意識も高まっていきました。この日は、新たに立ち上げるプロジェクトの名前について話し合いました。

アイデアある方いたらぜひ教えてください。
エンプロイー・エクスペリエンス・プロジェクトはどうでしょう。
プロジェクト名なんで、略称はわかりやすい方がいいですね。
エンプロイー・エクスペリエンス。略してEXで、従業員の体験を向上させることに特化したEX。
わかりやすさは大事だからね。
大丈夫ですか。では、エンプロイー・エクスペリエンスで。
カラクル 社員
「リーダーを経験していると、好き勝手な意見を言うだけではなくて、ちゃんと今後の目標のスケジュールに導けるよう、リーダーへのサポートを意識した意見が結構出しやすいかなとは思います」

社長 中村圭志さん
「無駄な管理をなくして、もっと仕事に集中していくという仕組みにしました。みんなが経営的なことを理解しながら、自分がどういうふうにこの会社のために、このチームのために貢献できるか考えてそれぞれ動くようになれば、いい影響があるのではないかと考えています」
管理職の働き方改革 いまやるべきことは…
管理職の働き方について研究する小林祐児さんも、管理職の役割を他の社員に割り振っていくことが必要だと考えています。
パーソル総合研究所上席主任研究員 小林祐児さん
「たとえば管理職ではないベテラン社員に、若手社員のキャリア相談の相手になってもらったり、育成の機能を他のところに移したり、チームのなかでこぼれてしまった仕事を管理職ではない社員にも割り振ったりしていくことが重要です。
管理職がそんなに長時間労働しなくてもいいとなれば、男性も女性も、管理職になりたいという人は増えるのではないかと思います」
さらに管理職だけでなく部下にもマネージメントの研修を行うことが、管理職の負担を軽減する上で重要だと考えています。
「特に管理職の心理的負荷が高いのは、部下とのコミュニケーションや人間関係です。多くの企業は、管理職のスキルを上げることによって、この負荷を克服させようという発想を持っています。しかし、人間関係は相互作用なので、上司だけトレーニングをしても、なかなかコミュニケーションは変わりません。
たとえば上司のフィードバックをどう受け止めるか、自立的に自分のキャリアを構築するにはどうすればいいかといった研修を部下も受けることが、状況を変えていくためには必要ではないかと思います」