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  • 2024年12月6日

中小企業の合併・買収(M&A)トラブル相次ぐ 社員全員が退職迫られるケースも 注意すべきポイントは

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働いている会社の経営者が突然代わり、急速に業績が悪化、退職を迫られた…。 

いまこうしたトラブルが相次いでいます。 

経営者の高齢化や跡継ぎ不足などで、中小企業の間で、合併や買収を通じて雇用や事業を存続しようとするM&Aの件数が急増。 

ところが「雇用や事業が守られていない」ケースも。なぜこうしたことが起きているのでしょうか。

 

当事者たちの証言からトラブルの背景にせまる「ネタドリ!」の見逃し配信はこちら↓

配信期間 12/6(金)午後7:30-12/13(金) 午後7:57

新たな経営者への不信感

2023年12月、勤めていた会社を辞めざるをえなくなった、井上さん(仮名・50代)です。

会社は従業員およそ15人の中小企業。スマホケースの販売などを行っていました。

去年3月、M&Aによる事業承継が行われました。 

企業の買収や合併を行うM&Aは、売り手の経営者が買い手の経営者に対し株式を売り、その対価を受けることで、経営権と従業員が引き継がれます。

当時、営業担当の責任者だった井上さん。新たな経営者に不信感を抱く出来事がありました。 

経営者が主要な顧客に対して、一方的に商品の販売をやめるというメールを送っていたのです。

井上さん 
「経営陣は、いわゆる商道徳というか、そういった常識が一切ないんだなという気持ちでした」

さらに異変は続きます。

事務所家賃や取引先への支払いが滞り、経営者はほとんど出社しなくなりました。 

そして、M&Aが行われてから9か月後。 

“経営悪化による事業整理”として社員全員が退職することになったのです。

井上さん 
「まさか無職になるとは全く想像していなかったです。本当にいまでも怒りしかないです」

なぜ事業承継は、うまくいかなかったのか。 

会社を譲り渡した元経営者の山本さん(仮名)が取材に応じました。

会社は、創業から10年あまりで年商約30億円まで事業が拡大していました。 

しかし、コロナ禍で売り上げは3分の1まで減少。 

同時期、山本さんに病気も見つかりました。 

そこで事業承継を決意。売却先となったのが、都内の貿易会社A社でした。 

M&Aにあたって、山本さんとA社が交わした契約書です。

従業員について、「1年間は雇用契約を継続させる」とされていました。 

しかし、その約束は守られることはありませんでした。

元経営者 山本さん 
「“会社をそのまま残す、社員は残すことは、きちっと約束しますよ。安心してください。従業員の方にも安心するように言ってください”と言っていたのに…。本当に許せないですね」

“お金を抜くだけ抜かれた”

買い手の狙いは何だったのか。 

貿易会社A社が行ったもう一つのM&Aの事例を取材しました。 

新潟県にある会社を、A社に譲り渡した元経営者の永井さん(仮名)です。

農業機器などの部品を製造していた永井さんの会社。 

A社が引き継いだあと、生産はストップし、17人いた従業員もすでに退職しています。 

永井さんはA社の目的が“会社の資金を吸い上げることだったのではないか“と、考えています。 

契約では、会社の運転資金およそ6000万円をいったんA社の指定する口座に入金。 

必要な経費がその都度、A社から振り込まれるとされていました。 

しかし資金の記録では、その後、振り込まれた金額は、1300万円ほど。運転資金が不足し、2度の不渡りが起きてしまいました。 

M&Aからわずか半年。 

会社は事業の停止状態に追い込まれたのです。

元経営者 永井さん 
「初めから会社を経営することは全く考えていなくて、お金は全部抜くだけ抜いたんだから、もうこの会社に用はない、そういう意図があるんじゃないかと」

会社の事業の停止は、地域経済にも影響を与えています。 

永井さんはいま、損害を与えた取引先や下請けの会社に元経営者として謝罪の訪問を続けています。

この日訪れていたのは、長年、部品加工の下請けをしていた会社の社長です。

下請け会社社長 
「被害は、売り掛けや未払いをいれると700万円近く。その稼ぎを出そうと思っても、年も年だし弱ったのお…」

永井さんが把握している範囲で、損害は10社以上、のべ1億円以上にのぼるとみられます。

永井さん 
「私たちがつきあっている会社というのは、零細企業が多いんですよ。ちょっとのお金でもすごく影響するものですから。本当に皆さんに申し訳ないと思うんですけれども、わたしもどうすることもできない」

取材に応じたA社の代表は…

貿易会社A社はなぜ、こうしたトラブルを引き起こしているのか。 

A社代表の男性は、“後ろめたいことはしていない”と取材に応じました。

A社代表 
「トラブルが起きていることは否定したこともないし、もちろん認識しています」

なぜ、引き継いだ会社の雇用や事業が守られなかったのか。

男性の主張によると当初はA社の出資に加え買収した企業から資金をひとつに集めて管理。

経営状況にあわせて配分していくという計画でした。 

ところが買収先の企業の経営が相次いで悪化し、資金の供給が追いつかなくなった結果だと言います。

A社代表 
「火の車になっちゃった会社が同時発生的にいくつか起きると、うちからの出資も含めて、追いつかなくなる。それによって輪をかけて トラブルが大きくなったというのはあると思います。だけど、今まで順風満帆だったものが、M&Aしたら突然事業が停止しちゃったみたいな表現になるのはちょっと違うなと」

M&Aのねらいは、買収企業の資金を吸い上げることではなかったのか。代表の男性に問いました。

「資産狙いであれば、もっといい会社を狙うじゃないですか。そんなカツカツなところを狙わないですよね。僕の判断で、あるとき八百屋さんを魚屋さんに変えるだとか、3つある工場の2つを閉鎖して売ってしまうとか、そういうのは本来僕の自由なわけですね」

その上で、現在の状況はあくまで“事業再生の途上”であると、主張しました。

「年単位で見てほしいですよね。例えば、じゃあ5年後、細々とでも黒字出してやっているよね、みたいになったら、それはそれでいいじゃないですか。そこまでの道のりの途中だと僕は思っているので、そこはあんまりせっつかないでほしいなというのは本音ですよね」

苦境に立たされる元経営者たち

事業承継トラブルでは元経営者たちも苦境に立たされています。

新潟の会社の元経営者、永井さん(仮名)は、現在、金融機関から元の会社の債務について、返済を求められています。

永井さん 
「督促状が金融機関から来ているんです。1400万円くらいですね。これはほんの一部です」

永井さんが、金融機関から融資を受ける際につけていたのが「経営者保証」。いわば会社の連帯保証人になることです。 

会社をA社に譲り渡すにあたって、「経営者保証」については「A社の責任で解除する」という努力義務が契約書に定められていました。

「『その実現に向けて最大限の努力をする』と契約書に書いてある。それを見て解除してくれるだろうと思ったんですよ」

しかし、「経営者保証」が解除されないまま会社は事業停止。 

金融機関から返済を求められるようになりました。

「目の前が真っ暗になって、どうしようかな、どうしようかなと思って。本当に人生変わりましたね」

貿易会社A社の代表は、「経営者保証」の解除はあくまでも努力義務だとしています。

A社代表 
「気持ちは分かるんですよ。でも違うよねと。前代表者と銀行の個人として結んだ保証契約に関しては口も手も出せないですよね。本来はね。だって会社は買収したけど 個人は買収できないわけです」

永井さんはその後、裁判に訴えた結果、契約書の文言からA社側に賠償責任があるという判決が出されました。 

しかし、A社側は現在まで返済を進めていないため、いまも金融機関からの返済を求められています。

仲介会社の責任を問う声も

企業を譲り渡した経営者の中には、売り手と買い手の橋渡しをする「M&Aの仲介会社」についても、疑問の声が上がっています。 

中小企業に対するM&Aを活発に行っていたルシアンホールディングスという会社。 

現在、10社以上の中小企業がトラブルを訴え、警察が捜査を進めているものとみられます。 

トラブルを訴える元経営者のひとり、研究機関向けの分析機器を製造・販売する会社を経営してきた山口千秋さん(76)です。

コロナ禍で経営が悪化したことに加え、妻の介護が重なり、事業承継を検討し始めました。 

そんなとき、M&Aの話を持ってきたのが、都内の仲介会社B社。 

担当社員に強く勧められたのがルシアンホールディングスでした。

山口千秋さん 
「“ルシアンホールディングスはビジネスとしてはもうかっていますよ”“非常に健全に運営されている。だから安心してください”と言われました」

中小企業のM&Aでは、契約が成立するまで売り手と買い手の企業が直接連絡をとらず、間に入る仲介会社が連絡や調整をするのが一般的です。 

山口さんも、仲介会社B社から得た情報だけで契約の判断をしてしまったといいます。

「“すごくいい会社ですよ、社長は真面目ですよ、これだけ資産を持っていますよ”と担当者は言っていたのですが、資料は何もない。担当者が来て書類を渡して“ここにはんこを押してください。これで契約終了します。とりあえず今日はここにはんこをください”ということで」

会社は売却後、1年半がたった2024年1月に倒産。 

山口さんにも2億円以上の負債が残りました。 

現在、山口さんはB社の対応に問題があったとして裁判に訴えています。 

NHKの取材に対しB社は、「秘密保持、契約上の観点からお答えできない」としています。

山口千秋さん 
「買い手、それから仲介業者、この2つの選別をきちんとやらないと、私みたいにひどい目に遭います、本当に地獄に行きますと。これをやっぱり多くの人にやっぱり伝えたい」

NHKではルシアンホールディングスのトラブルを訴える「被害者の会」の調査内容をもとに、契約に関わった仲介会社10社に質問を送りました。 

11月29日までに回答があった会社は5社。そのうち3社は“契約後トラブルが発生している”として、“契約手続きの際に課題や問題があった”という認識を示しました。 

また、1社は今回のトラブルを受けて、中小企業庁からの対策指示を受けていることを明かしました。 

ある会社は「契約後、ルシアンホールディングス側に複数回面談し、個人保証解除を約束させるなど対応してきたが、連絡が取れなくなった」として、ルシアンホールディングスの対応の問題点も指摘しています。

ルシアン被害者の会 荒川公一さん 
「被害者の立場からすると、仲介会社はこの失敗事例に対して、責任を果たしているようにはみえません。また果たしていく体制にもなっていません。もしトラブルが起きたときに、仲介会社はどうリカバリーしてくれるのか。トラブル被害のあった立場に寄り添った対応をしてもらいたいし、今後の仲介会社側の姿勢を注視していきたいと思います」

トラブル防ぐには…

経営者の高齢化や跡継ぎ不足といった背景から、「事業承継型のM&A」は、国も補助金を出すなど推進してきた結果、ここ10年で3倍以上に増加。 

2024年は11月時点で過去最高を更新することが分かっています。

M&Aによる健全な事業承継を進めていくにはどうすればいいのか、中小企業論が専門の中村智彦さんに聞きました。

神戸国際大学経済学部 中村智彦教授 
「M&Aは企業を残していくために欠かせない仕組みですが、トラブルが起きたときに仲裁する機関が存在せず、罰則を含めた強制力のある法整備も遅れています。 
今後は行政がこの問題に関わり解決を図らなくてはならないと思います。 

仲介会社についても、不動産業における仲介業のように、国家資格のようなものがありません。一定の水準を保てるように、許認可制度にするなどの新しい仕組みが必要です」

相次ぐトラブルをうけて中小企業庁は、次のように注意喚起しています。

「トラブル防止に向けガイドラインの改訂を行ったところであり、M&Aを検討する際には、ガイドライン3版の遵守を宣言しており、悪質な買い手の情報共有の仕組みに参画している支援機関から選んでいただきたい。 

少しでも違和感を覚えた場合には、各都道府県に政府が設置している事業承継・引継支援センターにて無料相談を受け付けているので、相談して頂きたい」

トラブルを回避するために、事業継承を検討する経営者にできることはあるのか。 

M&Aトラブルの訴訟に詳しい大宅達郎弁護士に聞きました。

大宅達郎弁護士 
「中小企業のM&Aに関わることが多いのですが、トラブル相談を受ける事案には共通の特徴があります。 
それは“経営者の方が不安を抱えながらもアクセルを踏み続けてしまった”ということです。M&Aの手続は長く、経営者の負担も大きいため、早く実現したいという気持ちが強くなりがちですし、仲介業者なども成約に向けて走っていきます。そのため、M&A契約の締結や実行を最優先にして、細かい部分が見えなくなりトラブルに巻き込まれたりする中小企業の経営者は非常に多いです。 

M&AのゴールはM&A契約の成立ではなく、大切に育てた自社の事業をトラブルなく承継して発展させるかであり、また、会社を支えてきた従業員の雇用や取引先をしっかり守ることです。 
そのためには、アクセル一辺倒ではなく、M&A後にトラブルになるリスクを回避するために、己をハンドリングしながら時にはブレーキを踏む、そうした心構えを特に事業承継をする際には意識してもらいたいと思います。 

また、トラブルの背景には、売り手はM&Aが初めてでノウハウが十分ではなく、買い手はノウハウにたけていることが多いという格差の問題があります。この格差が大きいほど不利な契約になりやすく、トラブルになるケースが多くなり、契約後では軌道修正も難しくなってしまいます。 
そのため、M&A契約を締結する前に、早めに金融機関や公的支援機関に相談し、また専門家の紹介を受けて、法律的サポートを受けながら進めてもらいたいと思います」

 

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