離婚後の親子のあり方は?
「共同親権」導入へ
両親の離婚を経験した子どもにとって、どのような親子のあり方が利益や幸せにつながるだろうか。
法制審議会は、3年近く議論を行い、離婚後も父と母双方に親権を認める「共同親権」を導入することを柱とした要綱をとりまとめた。その背景や課題について考える。
(西澤文香)
離婚後は単独親権
厚生労働省の人口動態統計によると、婚姻の件数は近年、年間50万件前後で推移する一方、2022年は17万9099組の夫婦が離婚した。
このうち未成年の子どもがいたのは9万4565組にのぼる。
子どものいる夫婦の離婚で大きな問題となるのは、どちらが親権を持つかということだ。
親権とは、子どもの利益のために身の回りの世話や教育を行ったり、財産を管理したりする権利と義務を指す。
日本では現在、離婚した場合には父母のいずれか一方しか親権を持つことができない。
これは単独親権と言って、1898年、明治31年に民法が施行されたときから変わらない。
親権者になれば、子どもの住居や進学先、医療行為なども決めることができる。
ただ、父と母が親権を主張して譲らず協議が長期化するケースも少なくない。
子どもにとっては生活が一変するだけでなく、何より両親が争う姿を見て傷つくこともあるという。
共同親権の議論開始
このため、1つの解決策として議論が始まったのが、離婚後も父と母双方に親権を認める共同親権だ。
その経緯を簡単に振り返ると、きっかけとなったのは2011年の民法改正につけられた付帯決議。
初めて国会が離婚の際に共同親権の可能性も含めて検討するよう求めた。
少子化や共働き、父親の育児参加などが増えてきたという時代背景もある。
2020年には法務省が諸外国の共同親権を調査・研究した結果を公表。
翌2021年2月には、上川法務大臣(当時)が、諮問機関である法制審議会に、離婚後の子どもの養育制度について検討するよう諮問した。
「女性の社会進出や父親の育児への関与で、養育のあり方や国民意識は多様化しており、子どもの最善の利益をはかる観点から実態に即した検討をお願いしたい」
これを受けて2021年3月、法制審議会の家族法制部会で議論が始まった。
賛成派の主張
部会では、共同親権を導入するか否かが大きなテーマとなり、賛成、反対、それぞれの立場から意見が出された。
賛成派の意見はこうだ。
「親子がいったん離ればなれになると、子どもが大きくなって探しに来るまで関係が断絶してしまう」
単独親権のデメリットを指摘する声もあった。
「子どもは父母のどちらかを選ぶことはできないので、大人の都合による引き離しや奪い合いは深く心を傷つける」
欧米各国は
賛成派の主張の背景にあるのは、欧米各国では共同親権が一般的というものだ。
国ごとに離婚の制度や親権の概念などが異なるため単純に比較することは難しいが、法務省の調査によると、日本以外の、G20=主要20か国を含む24か国のうち22か国が単独親権だけでなく共同親権を認めている。
日本では2014年に国際結婚が破綻した際の子どもの扱いを定めた「ハーグ条約」が発効したが、そのあとも日本人の親が相手の承諾なしで子どもを日本に連れ帰るケースが続き問題視された。
2020年7月にはEU=ヨーロッパ連合の議会が日本を名指しで批判するとともに共同親権を認める法整備を求めてきた。
海外から風当たりが強まっていることも議論を後押しする形となった。
反対派の主張
一方、反対派は次のように主張する。
「DV=ドメスティック・バイオレンスや子どもへの虐待がある場合は、別居しないと子どもの安全が守れないし、親権を共同で行使するのは無理なことだ」
離婚しても、共同親権や面会交流を通じて関係が続くことで、DVや虐待から逃れられないことを危惧した。
またこのような声もあった。
「父母に対立があれば何も決められないということが続いてしまう。一方の親に選択の権利がある方が子どもの安定につながるときがある」
子どもの住居や進学先、医療行為など親権者がすべき大事な意思決定が父母の意見対立で進まなければ、子どもの利益に反するおそれさえ出てくるからだ。
反対3人も賛成多数で決定
議論が大詰めを迎える中で、署名活動や法務大臣への申し入れなども行われた。
こうして最初の会合から3年近くたった2024年1月30日。
部会も37回目となり、「議論は十分尽くされた」として採決が行われた。
その結果、共同親権の導入を柱とした要綱案は賛成多数で決定された。
法制審の部会の要綱案は全会一致でまとめられることが多いが、この日は21人の委員のうち3人が反対。
それだけDVや虐待への懸念が根強いことを物語っているとも言える。
これを受けて法制審は2月15日の総会で要綱を決定し、小泉法務大臣に答申した。
要綱・共同親権導入
その要綱の内容がどうなったのか、具体的に見てみよう。
焦点の共同親権は、今の単独親権に加える形で導入する。
つまり、父母の協議によって単独親権か共同親権かを決めることになる。
合意できない場合は家庭裁判所(=家裁)が親子の関係などを考慮して単独親権か共同親権か、単独の場合はどちらを親権者にするか決定する。
子どもや親族がふさわしくないと家裁に請求すれば変更可能だが、子どもにとっての最善を的確に判断しなければならない家裁の責任は極めて重いと言えるだろう。
DVや子どもへの虐待があったと家裁が認めた場合は単独親権となる。
共同親権ではDVや虐待が続くおそれがあるからだ。
また、共同親権の場合、子どもの住居や進学先などは父母が話し合って決めるが、子どもの食事や習い事など日常生活に関わることは片方の親のみで決められる。
父母の考えが対立した場合はここでも家裁が判断するが、それを待っていては子どもの利益に反するケースも出てくるだろう。
子どもの緊急手術や、入学試験の合格発表から短期間で行わなければならない手続きなど「急迫の事情」がある場合は、例外的に片方の親だけで決められることにした。
養育費と面会交流は?
部会では、養育費や面会交流についても大きな議論となった。
離婚に際して養育費の取り決めをする母子世帯は半数以下。
取り決めをしても継続的に受け取ることが難しいのが実情だ。
その結果、貧困に陥り、満足な生活を送れないケースもあることが問題となっている。
このため養育費の支払いが滞った場合は、優先的に財産を差し押さえられるようにした。
また、事前の取り決めをせずに離婚した場合に、一定額の養育費を請求できるように「法定養育費制度」を新たに設ける。
また離婚後、別れて暮らす親が子どもとなかなか面会できないという声もある。
このため調停などで争っている場合でも、結論が出る前に家裁が試しに面会交流を行うことを促せるようにする。
早期に面会の機会を設けることで離婚後の円滑な交流につなげる狙いがあるが、DVや虐待のおそれがある場合は認めない。
さらに子どもが不利益を受けないように行政や福祉などに充実した支援を求める付帯決議も付けられた。
受け止めは?
受け止めはどうだろうか。
共同親権の導入に積極的な立場をとる「親子の面会交流を実現する全国ネットワーク」代表の武田典久さんは「一定の前進をしたと感じている。離婚した後も、親子関係と夫婦関係を切り離して子どもと関わりたいと思っている人たちが、養育に責任を持つことができる」と評価した。
「『離婚後共同親権』から子どもを守る実行委員会」の会見
一方、導入に反対の立場をとる「『離婚後共同親権』から子どもを守る実行委員会」は「共同親権では進学や医療の際に父母の合意がなければ家裁の決定に委ねることになり、子どもが長期間にわたって両親の紛争下におかれる。またDVなどがあるケースでも立証できなければ共同親権になる可能性が高く、到底受け入れることはできない」というコメントを出した。
今後の議論は
法務省は、民法などの改正案を今の通常国会に提出し、成立を目指す方針だ。
ただ、具体的な運用や支援のあり方を決めるのはこれからだ。
家裁の役割も大きくなるが、それを果たせる体制整備も喫緊の課題となる。
何より、DVや虐待などへの不安を抱える人たちにも寄り添った制度にしなければならない。
共同親権が導入されれば、明治以降初めてで、離婚後の法制度は大きく見直されることになる。
「子どもにとって最善の利益となる」制度になるのか。
両親が離婚しても、子どもがより安心して生活できる、幸せを感じられる社会になるのか。
それには現状にあわせた不断の見直しと検討が欠かせないと思うので今後も見守っていきたい。
(1月30日ニュース7などで放送)
- 政治部記者
- 西澤 文香
- 民放を経て2019年にNHK入局。長野局を経て政治部。現在、法務省クラブを担当。