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性欲ではなく根底にある人間性とは…「高齢者の性」

高齢者の “性” をテーマにした1本の映画が、全国79の映画館で上映されるまでに広がり静かな話題を呼んでいます。「年がいもなく」とタブー視され、超高齢化社会にも関わらずこれまでほとんど語られることのなかった高齢者の性。

「70代以上の男性の約8割はまだ性欲があって、異性とのスキンシップを求めているんですよ」(映画中の言葉)

取材を進めると、そこには性の問題にとどまらない、誰しもが抱える現代社会の病理がありました。

(「ニュースLIVE!ゆう5時」ディレクター 佐伯 桃子)

コロナ禍に関わらず満席 映画『茶飲友達』

今年2月、渋谷のミニシアターである映画が公開されました。映画『茶飲友達』。舞台は、高齢者専門の売春クラブです。「茶飲友達、募集」という新聞の三行広告をみて連絡をしてきた高齢男性に、同世代の女性を派遣するビジネスを20代の若者がスタートしたことから、物語がはじまります。

「お客様には高級茶葉でいれたお茶をお買い求めになっていただくだけです。その先は自由恋愛ですから」

10年前に起きた実際の事件を元に描かれたこの映画は、高齢者の性を入り口に、現代の幅広い世代が抱える満たされない思いや深い孤独を、問題提起しています。

「私はもう何の役にも立たない人間だから」
「夢みたいだな お迎えを待つだけだと思ってた」

映画を最初に上映した渋谷のミニシアター「ユーロスペース」では、コロナ禍の公開にもかかわらず初日から2日間、計6回がすべて満席。その後も多くの観客が詰めかけ、週末はしばらく満席が続きました。

渋谷のミニシアター・ユーロスペースで上映した時の様子

映画を見た人たちからは、さまざまな感想が寄せられました。

「すごく考えさせられる映画だった。私もどうなるか分からないが、恥ずかしいことをつまびらかに出している映画ですごく良かった。一人になったときにどうなるのか、年取ったらどうなるのかなと感じた」(50代・男性)

「高齢者か若い人かは関係ない。孤独というのは怖いです」(30代・女性)

「映画で高齢者の性を表現したこと自体にすごく意味がある。もっとこうしたテーマを描いた映画を見たい」(20代・女性)

映画館の支配人、北條誠人さんは、若者の街・渋谷には珍しく多くの中高年層が足を運んだ映画だったと振り返ります。

ユーロスペース 支配人 北條誠人さん
映画館支配人 北條誠人さん

新しいテーマと感じ、上映を決めました。しかし入り口はセックス産業を描いているだけに、女性客の多いミニシアターでは敬遠されるのではないかと思っていました。


来場者の多くは60~70代。聞くと口コミでやってきたようで2~3人の女友達と来る人や夫婦で来る人も多く、渋谷の映画館ではあまり見られない現象でした。老舗の映画館の閉館も相次ぎ、コロナ禍で満席になることがない中、中高年層がこれだけ関心をもって来たことに正直驚きました。


これまでの映画では、性は「若者の勢い」「中高年の性は健全ではない」というイメージがありましたが、「シニア世代の問題」として性を語れる時代になってきたのではないでしょうか。時代は変わったと感じました。

「高齢者の性」は私たちの問題― 映画監督の思い

制作したのは、映画監督の外山文治さん42歳です。婚活で新たな人生を見出そうとする高齢女性を描いた『燦燦‐さんさん‐』や、老々介護の厳しい現実を見つめた『此の岸のこと』など、これまで10年にわたり現代社会に生きる高齢者の問題を独自の目線で切り取ってきました。

映画『茶飲友達』の監督 外山文治さん

▼『茶飲友達』は、全国79館で次々と上映されました。どんなところが共感を呼んだと思われますか?

映画監督 外山文治さん

若者は「高齢者に性欲があるのか」とか「孤独を感じているのか」といった驚きを持って見ているんですけれども、シニアは「自分たちの等身大の物語が描かれている」というところへの共鳴が強いように思います。それが数字になって現れたと感じています。


高齢者の性を扱う日本映画がこれまでになかったので、一石を投じる代わりに石を投げられる可能性もあると思っていました。実際は否定的な意見はほとんどなく、好意的に受け止めてもらえました。令和になって、やっぱりシニアのライフスタイルや考え方もずいぶん変わっていると感じています。高齢者の性について語り始める、オープンにしていくというにはいい時期なんだと思います。

2023年2月 ユーロスペースでの舞台挨拶の様子

▼映画の元となったのは2013年に高齢者の売春クラブが摘発されたという実際の事件だということですが、クラブには60~80代の会員が1350人ほどもいたそうですね?

外山文治さん

摘発された売春クラブにそれだけ多くの方々が集まっていたということは、私たちの問題であると思います。これだけの事件が起きていたということに驚きを覚えましたし、誰もが寂しい、誰もが人のぬくもりを求めている。人生100年と言われますが、孤独に生きる100年がどれほどつらいものか、それも明らかになってきていると思うんです。

そこをどう埋めていくのか、豊かにしていくのかといったときに、性の問題や誰かとのスキンシップ・ふれあいということをもうタブーにできない、なきものにできないような気はします。

映画を制作する中、外山監督にとって印象深い出来事があったといいます。撮影で実際の老人ホームを使用したいと願い出たところ、コロナ禍で家族も面会が難しい状況だったにも関わらず、真っ先に撮影許可が降りたのです。

実際の老人ホームを使ったシーン
外山文治さん

高齢者施設を使うことができるのか一番ハードルがありましたが、このテーマに賛同してくださった皆さんが協力してくださいました。老人ホームの医師である理事長も「シニアに性欲がある、性欲の問題で悩んでいるということを、どうぞ世の中に広く発信してください」という風に背中を押してくれました。当たり前のように扱ってくれという圧倒的な支持がありました。

調査で明らかになってきた「高齢者の性」

一般的に「年をとると性欲はなくなる」と考えられがちですが、実際には高齢になっても性欲があることが調査でも明らかになっています。

日本性科学会のセクシュアリティ研究会が2014年に発表した「中高年のセクシュアリティ調査」によると、「この1年間に性交渉をしたいと思ったことはどれぐらいありましたか」という質問に対し、配偶者のいる男性では、60代の78%、70代の81%が「よくあった」または「ときどきあった」、「たまにあった」と回答。配偶者のいる女性も、▽60代で42%▽70代で33%が「あった」と答えました。また60~70代の単身者でも、▽男性の78%▽女性の32%が「あった」と答えています。(「日本性科学会セクシュアリティ研究会 2012年調査」より)

高齢者施設でも、性に対する取り組みが始まっています。入浴介助を行う都内の介護施設では、ヘルパーの半数が利用者からセクハラなどの性的トラブルにあっており、深刻な問題になっていました。

介護施設役員・琉球大学非常勤講師 福住尚将さん
介護施設役員 福住尚将さん

私たちのデイサービスの利用者の平均年齢は、80歳です。入浴介助では個室で1対1になるのですが、「胸を触られた」「体を洗っていたら『元気になっちゃうな』と勃起した陰部を見せられた」などの相談がありました。


介護は「自己犠牲のもとに満足してもらう仕事だ」という考えを持つ人も多く、セクハラを受けた職員の中には「自分さえ我慢すればいい」とうやむやにしていることが多いことも分かり悩みの種でした。

介護施設「いきいきらいふ」の様子

そこで福住さんの施設では5年前、セクハラ対策として利用者の性欲を開放してもらおうと、売店で性のセルフケアグッズの販売を始めました。施設に来た高齢者が集まるロビーにも商品を置き、希望者が手に取れるようにしました。

介護施設「いきいきらいふ」で販売されるセルフケアグッズ

利用者やその家族などからクレームはなく、ある利用者からは「ちゃんと考えてくれて嬉しい」という声もあがりました。しかし、セルフケアグッズの利用者はごくわずかだったといいます。

問題を解消できていないと感じた福住さんは、介護施設の利用者に性の意識調査や聞き取りを行いました。すると、「性欲はあるけれどそれを解消する行為は求めない」という意見が出ました。

「性欲はあるが、性行為までは思わない」(75歳・男性)

「性欲はあるけど、何かしたいとかはない」(81歳・女性)

一方で、こんな意見も。

「性行為までしたいとは思わないが、手を握るなどしたい」(84歳・男性)

「スキンシップをとりたい」(88歳・女性)

「女性を見たら触りたいな、ふれたいなという気持ちになる」(91歳・男性)

手を触るなど、ぬくもりを持ったコミュニケーションを高齢者が求めていることが初めて分かったといいます。

福住尚将さん

「高齢者の性」と蓋をしていたところを開けてみたら、実は我々ともそんなに変わらない、普通のことでした。高齢者になったから性欲はなくなる、「年がいもなく求めるのはどうか」という考えは、人間性の否定だと考えるようになりました。


さらに我々が考えていたより、意外にも、コミュニケーションや精神的な満足に重きを置いていたということが分かったんです。物理的に解決するということより、そうしたことが実は性の問題の解決につながるのかもしれない、と知ったことが目からウロコでした。自分たちの将来にも関わってくる問題ですし、こうしたことをもっと社会全体で考えていく必要があるのではないかと思います。

福住さんの介護施設では、いまでは「高齢者に性欲があるのは当然」という認識が浸透。利用者が性的な言動を取ろうとした際に、介護者がとまどったり、うやむやにしたりしない空気ができ、コミュニケーションを重ねることでセクハラも減ったといいます。

“ぬくもり” は生きる原動力

「高齢者の性」を取り上げ話題となった、『茶飲友達』。映画では、老人ホームで寝たきりの男性高齢者が高齢の売春婦の胸に手を当てるシーンがあります。人が人を求めるその理由が高齢者の性からは見えると、監督の外山さんは話します。

映画『茶飲友達』監督 外山文治さん
映画監督 外山文治さん

いつまでも枯れないスケベ心では片づけられない、ただ触りたいだけじゃないんですよね。心の穴をどうやって埋めていくか。ぬくもりが欲しいとか、誰かと触れあっていたいという思いは人間のあたりまえの感情ですし、いつの時代だってどんな年齢だって、誰かを求めていくっていうことは生きる原動力だと思います。


性欲というものを超えて人間と人間のスキンシップという意味で、何かあり方を見直すべきものなのかという風に思います。

外山さんは、現代の行き場のない孤独感は高齢者だけでなく社会全体の問題だと指摘します。

外山文治さん

孤独は1人の問題ではないということを分かってほしい。寂しいのは自分だけではないということが「希望」になる。それは一見するととても悲しい現実のようにも見えるんです。


けれども自分一人じゃないって分かった瞬間に、"心のパンツ″を脱いで(腹を割って)話し合うことができると思うんですよね。そこさえ目をつぶっていた時代がずっとあったと思うんです。それはもうここで終わりにする。みんな孤独を抱えているし、みんな心に穴が開いている。それをどう埋めていくかということを前向きに考えていくということが必要だと思いますし、そうじゃないと痛ましい事件はもっともっと増えると思いますし、豊かな人生っていうのとはちょっと離れていくような気がしていますね。


誰だって一人が嫌だということは、「現代病」としていまは描くべきものだと思います。その処方箋みたいなものがなかなかないので、高齢者の性の問題を身近なものにすることが求められると思いますね。

取材を通して

映画や実際の高齢者売春クラブの事件を知って、改めてこの先感じるであろう自分の老いや孤独の中、どのように生きるのか突きつけられた気がします。

「高齢者」という年齢やイメージで考えるのではなく、人間としてどうぬくもりを感じながら生きていくか。高齢者のありのままの性と姿を見つめ、考えていける社会になることが
求められていると感じました。


※この記事は、「ニュースLIVE!ゆう5時」で6月27日に放送した「映画『茶飲友達』高齢者の性を描いて…外山文治監督インタビュー」を元に作成しました。

【次に読むなら】東日本大震災をテーマにした映画に込めた思い

「今だから言葉にできる 映画にこめた思いとは」
去年12月に宮城県石巻市で上映された、ある映画。地元出身の女性が、東日本大震災で被害を受けたふるさとと自分に向き合って作った作品です。どんな思いで映画を撮ったのか、今だから言葉にできる思いを語りました。
https://www.nhk.or.jp/minplus/0025/topic063.html

みんなのコメント(3件)

感想
ヒロ
60代 男性
2024年4月6日
「老い」と「エロス」は、現代のひじょうに大切なテーマとなっているでしょう! その意味でこの映画を作って下さった外山監督や俳優、スタッフの皆さんに心から感謝します。そして例えば自分が「生の最後を迎える時」を想像すると、、、老いの中で「充実したSEXを出来た」としたら、おそらくそれは最高に幸せな記憶となるでしょう。世の中には「エロス」を求める方と、あまり求めない方とおられるでしょうが、私の場合は人生の最も重要な体験です。
感想
はるの
19歳以下 女性
2024年1月3日
私にとって、この事をすべて理解することは難しいことです。しかし「一人が寂しい」や「人と触れ合うことで安心する」ということは、なんとなく分かります。

人それぞれ(高齢者とか関係なく)求めているものは違うことも分かりました。でも、その欲求によりセクハラなどの性的トラブルを受けさせてはならないと思います。

私はまだ中学生だから知らないことも多いけど、今後うまく性とつき合っていきたいです。
感想
しろくろ
19歳以下 女性
2023年8月25日
私は小学生ですがなんとなく高齢者のことでもりかいできました。他の方の意見もみてみたいです