“女性起業家の半数がセクハラ被害” スタートアップ業界で何が
「過去1年間にセクハラ被害を経験した女性起業家が52.4%」。
7月、スタートアップ業界の現状についてインターネット調査の結果が発表されました。
日本経済の起爆剤として期待されている業界で、いったい何が起きているのでしょうか。
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起業で「社会課題の解決」をしたかったのに・・・
セクハラ被害を受けたという女性が「業界の現状が変わってほしい」と実名で取材に応じました。
カウンセリングなどの事業でスタートアップを目指していた松阪美穂さんです。
夫婦間の関係悪化が仕事のパフォーマンスにも影響を与えている実態を知り、課題解決につなげたいと考えていました。
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松阪美穂さん
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「アメリカでは夫婦で悩みがあるとカップルカウンセリングに行くというのが主流ですが、日本では軽視されていて、どんどん離婚率が増えています。日本で普及させたいという思いで事業展開を目指していました」
革新的なビジネスを生み出そうとする「スタートアップ」は、リスクを取って短期間での成長を目指すため、金融機関よりも個人投資家やベンチャーキャピタルなどから資金を調達するのが一般的です。
しかし、松阪さんが事業計画について投資家に説明する中で、耳を疑うような言葉を投げかけられたと言います。
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松阪美穂さん
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「業界内でもよく知られた個人投資家の方に『投資するから、月100万払うから愛人関係になろうよ』と言われました。準備していた事業計画書もろくに見てもらえず、そういったことをしなければ投資をしてもらえないのか、とすごくショックでした」
その後、他の投資家たちとのやりとりの中でも、性的な見返りを求められるなどのハラスメントを繰り返し受けてきたと言います。
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松阪美穂さん
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「仕事の話をしたいと言ってもデートの要求みたいな感じで話をそらされてしまったり、事業計画を見せようと待ち合わせたらそこでご飯を食べることになって、その後に急にキスをされたこともありました。投資をただ断られるだけなら『もう一回頑張ろう』と思うのですが、性的なものを対価として要求されることに対しては心が折れてしまいました」
業界内の知り合いに相談しようとしましたが、「嘘をついて相手をおとしめようとしているのでは」「被害妄想ではないか」と言われ、孤立を深めた松阪さん。
業界への不信感が募る中、うつの症状が現れ、起業そのものを諦めるしかありませんでした。
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松阪美穂さん
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「孤立無援で、お金も人脈も健康も、自分が手にしていると思ったものが全部なくなってしまいました。私の人生は起業する人生だと思っていたし、当時はすごい自信満々で絶対できるしうまくいくと思ってたんですけど、まだ夢を諦めきれない思いがありながらもそうできないから非常につらいです」
女性起業家の半数が“過去1年間にセクハラ被害”
こうした被害は、どれほど広がっているのか。
7月に発表されたスタートアップ業界のセクハラに関するインターネット調査では、回答した女性153人のうち47.7%、女性起業家に限定すると52.4%が「過去1年以内にセクハラ被害を受けた」と回答しました。
被害の内容は不適切な発言や身体的接触のほか、望まない関係や見返りを強要される「対価型セクハラ」が3割に上っていました。
加害者の属性は、投資家や取引先など起業家に対して強い立場にある人が多くを占めていました。
調査に回答した1人、スタートアップの副代表を務めていた30代の女性は、取引先からの被害を受けたといいます。
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スタートアップの副代表を務めていた女性
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「イベントを開催したとき、協賛会社の社長が来て、私だけ関係者がいないところに呼び出されました。『記念写真を撮ろうよ』と言われたので応じたら、いきなりキスをされて写真を撮られました。ほぼ初対面の方からの出来事でとても衝撃を受けました」
学生起業をした20代の女性は、投資家から「お嫁さんになって」と言われたり、腰に手を回されたりした経験が何度もあるといいます。
会社が苦しかったときに、「500万出すからやらせて」と言われたこともありました。
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学生起業家の女性
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「半年ほど前にも、打合せ中にベンチャーキャピタルの人から『肩を揉んであげる』といわれて後ろから胸を触られました。加害者本人は罪悪感など全く感じていないようで、『最近事業は好調ですか?』など他愛もないメッセージを送ってきます。いまだにフラッシュバックし、警察に行かなかった後悔と悔しさにさいなまれています。スタートアップ界隈だからで済まされる問題ではなく、当たり前のコンプライアンスの意識を持ってほしいです」
さらに、女性を軽んじている人が多いとも感じるといいます。
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学生起業家の女性
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「生成AIの事業を展開したいと言っているのに、『女の子なんだから起業なんて頑張らずに結婚すれば』とか『ある程度かわいく生まれたんだから美容系の事業をやれば』と言われることも多いです。有名な個人投資家から『女性だからスケール(規模拡大)しないと思う』と言われたことがあるのですが、その人が主催する投資イベントに顔が出せなくなり、投資を受けるチャンスが一個消えたと思いました」
セクハラが事業の成長にも影響する
セクハラや女性への偏見に対処しようとすると、スタートアップとしての成長に悪影響が及びかねない構造が問題だという声も多くあがりました。
数億円規模の資金を調達し、女性の健康関連の事業を展開している杉本亜美奈さん。
社内の女性メンバーが投資会社から受けたセクハラについて、周囲の投資家や起業家に相談しましたが「今後も事業を成長させたいなら黙っておいた方がいい」と忠告されたといいます。
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杉本亜美奈さん
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「大半の方から『業界では力のある方だから怒らせたらダメだよ、潰されるよ』と言われました。投資家と良い関係を築いておかないと、次に大きな投資や取り引きをするときの評価にもつながるので、見えない力関係があるのです。ああ、日本のスタートアップ業界ってこんなレベル低いんだと。かっこいいことを言っていても結局そのレベルじゃんとなると、この国で起業したのが間違いだったかなと思ってしまいます」
スタートアップは投資家からの資金調達を繰り返しながら成長し、概ね10年ほどで新規上場(IPO)や事業の合併・買収(M&A)を目指しますが、ここまでこぎつけられるのはごく一部。
その出口目前で思わぬ壁にぶつかったという人もいます。
上場準備中のスタートアップCEOの女性は、信頼する女性メンバーを管理職に任命しようとしたところ、上場にあたって会社の審査を行う外部機関の担当者に猛反対されたと言います。
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上場準備中のスタートアップCEO
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「『女性は俯瞰して物を見るのが苦手だから管理職は無理だと思う』とか『女性は子育て介護してるから、生活に困った時にお金を着服するリスクが高い』と言われました。本人はよかれと思って言っているのかもしれませんが、あまりに強い偏見に驚き、不快な気持ちになりました」
ただ、上場にあたってはこの外部機関の審査がスタートアップの企業価値や評価を左右するため、おかしいと思ってもむげにはできないと言います。
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上場準備中のスタートアップCEO
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「彼を怒らせてしまうと大きな資金調達や上場に影響が出る可能性があるので、どう対応すべきか、とても神経を使います。投資家だけでなくこうした外部機関も、スタートアップにとっては成長していく上でのゲートキーパーのような存在で、この人たちが納得しないと次のステージに進めないのです」
セクハラ被害や偏見を生む背景に“男性優位の業界構造”
今回の調査を行った、シカゴ大学の柏野尊徳さん。
スタートアップ業界でセクハラ被害が多く発生している現状について、3つの背景を指摘します。
① ジェンダーに基づく偏見や差別
② 業界内のパワーバランス
③ 保護策の欠如
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柏野尊徳さん
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「社会全般で女性に対する偏見や“女性はこうあるべき”という社会規範が強く残っているなかで、女性の能力を疑問視したり、軽視したりする人たちが少なからずいます。その上、スタートアップ業界は男性ばかりの狭い世界、多様性のあまりない世界なので、より差別や偏見が加速すると考えられます」
スタートアップ業界の男女比は大きく偏っています。
例えば、スタートアップに投資するベンチャーキャピタルで、投資の意志決定権を持つ女性はわずか7.4%。
新規上場企業の女性社長は、2%に留まります。
近年、低迷する日本経済の起爆剤として期待が集まるスタートアップ。
国が投資額を2027年度までに10兆円規模にすると打ち出す(スタートアップ5か年計画)など、本格的な支援が始まるなかで、早急に対策が求められると柏野さんは指摘します。
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柏野尊徳さん
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「政府も積極的にスタートアップを増やしていこうという文脈の中で女性に特化した起業家育成プログラムなども続々出てきています。今まで男性ばかりだったフィールドに女性の方がたくさん出ていくということが近年起こっている。スタートアップの促進策ばかり打ち出して起業家の保護策がない今のままでは、被害を受ける人が増えてしまうのではないかと危惧しています」
多様な人が活躍できない業界は成長しない
問題の根底にある、業界の文化や構造をどう変えるのか。
今年1月から業界有志が参加する勉強会が始まっています。
起業家だけでなく、投資家やファンド出資者、スタートアップ支援組織など50人あまりが参加。
業界の実態を多角的に把握し、相談窓口や行動規範の整備について議論しています。
勉強会の発起人の1人で、自身も大手ベンチャーキャピタルの代表を務めるデービッド・ミルスタインさん。
参加者などから、過去のセクハラ被害についての報告や相談が多く寄せられたと言います。
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デービッド・ミルスタインさん
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「この活動を始める前は、正直あまり問題自体が見えていませんでした。業界的にまだまだ多様性が少ないなかで、何か起きた時に通報しても対応してもらえる環境になっていない。スピークアップする(被害を訴える)こと自体ができず、『黙っていた方が得』という声を多く聞きました。(出身の)アメリカでもこうした問題がないわけではないけれど、何かあったときの対応と業界の反応が大きく違うと感じます」
多様な人材が公正に評価され、活躍できる環境を作ることは、スタートアップ業界全体の底上げにつながるとして、業界内に賛同者を広げていきたいと話します。
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デービッド・ミルスタインさん
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「多様な人材が入ってこないと大きな事業は作れません。女性が社会のタレント(人材)の半分を占めるのに、その女性が働きにくい環境をわざわざ作る意味が分からない。日本のスタートアップ業界が今までの小さいムラからグローバルに展開していきたいのであれば、やっぱり基準を変えていかないといけない。スーパーマジョリティを作らないこと、誰でも働ける環境をどうやって作っていくかが重要なのです」
“セクハラはあたりまえ” その環境を変えるために
今回の取材では、セクハラの被害を受けたという女性起業家10人以上に直接話を聞きました。
それぞれの経験以上に衝撃だったのは、「自分が経験したことは業界ではあたりまえ」「実際の被害は調査よりもっと多いのではないか」と多くの人が語ったことです。
新しいアイデアで事業をゼロから立ち上げるスタートアップ。
リスクをとる覚悟と理想を追う熱量はどの起業家にも共通していました。
ただそうした業界の特殊性を隠れみのに、軽視されてきた痛みや埋もれてきた声、そして静かに業界を離れていく人たちがいることは見過ごせません。
どんな属性の人でも安心して挑戦できる機会や環境をどうしたら作っていけるのか。
日本のスタートアップ業界の成長を考えるうえで欠かせない視点だと感じました。
取材班にだけ伝えたい思いがある方は、下記の投稿フォームよりお寄せください。
この記事の執筆者
2015年入局、首都圏局・前橋局・政治番組を経て現所属。コロナ禍の女性不況・生理の貧困・#みんなの更年期などジェンダーや労働に関わるテーマを取材。
みんなのコメント(33件)
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体験談ペンこ2024年9月13日
- 起業家ではありませんが会社勤めしていた時は当たり前のように言葉や身体的セクハラが多々あり、訴える勇気もなく、妊娠と同時に辞めました。今思えば後輩のために辞めずにセクハラと戦うべきでした。
今の若い人はセクハラなどあり得ない、そんなのしたら社会的に死ぬという常識が根付いていますが、50代から上は男女共に目も当てられません。全てではないですが女性も「そんなのぐらい我慢しろ」などと言ってセクハラを擁護します。男女共に「女性は物扱いされるものだ」が身についてしまっています。彼らの寿命が尽きる後30年くらいは今のままでしょう。
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感想kakugo2024年9月9日
- 著作を書いているような有名投資家でも加害しているという証言を聞いたことがあるが、口封じのスキームも完成されており、口外しないなどの縛りをつけて示談しているという実態もあるとのことでした。投資家側はポケットマネーも豊富なため、資金力に物を言わせて表沙汰にならないようにできるのも問題。投資家という存在、仕組み自体にハラスメントを容易にする構造がある。ここに踏み込まないと監視体制だけでは防ぐことは難しいと感じる。
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体験談まあ2024年9月3日
- 私も起業家ですが、投資家やメンターによるセクハラ発言は業界内に限らず、日常茶飯でした。恩を借りるということは、そういった覚悟ありきだと思っていましたが、そういう女性になるのも嫌だったので、日本政策金融公庫などから融資を受けました。
キスされそうになる、付き合ったらどれだけメリットがあるか語られることは、たくさんありました。
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感想サトウケイコ2024年9月2日
- 昨年度まで勤務していた企業では、主に欧米を中心とした海外スタートアップとの投資や支援を担当する部署の管理職として多くの女性起業家の方ともコミュニケーションをしていましたが、このような実態があったとは・・・。驚くと共に知見の無さに残念な思いがしました。このような実態は日本ならではのことなのでしょうか。
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提言さくら2024年9月2日
- 過去1年にセクハラを受けた人が52%と言うのは、日本で暮らしていると実感できますね。
セクハラや性暴力が許されると思っているオスのクマみたいな人が多いのは、暴力を肯定する考え方が日本全体に定着しているからではないでしょうか。
この考え方を改め、日本全体を啓発するためにも、NHKで包括的性教育の番組を放送して下さい。
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感想またぼう2024年9月1日
- 相変わらず女性を平等に見ない体質がはびこる!女性が起業したくても女性を軽視してセクハラ行為をしても許されると思う考えが有るから女性は二の足を踏む!海外は違う女性は生き生きと働き私生活もゆとりを持って人生を進んでぃます。
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感想ゆうさく2024年9月1日
- 当たり前の話ですが、自分がもついろいろな権力を使って、パワハラやセクハラを行う人物にろくな人は居ません。 投資家に限らずこういった人物はどこにもいます。 一方で起業というある意味人生をかけて理念を実現したいと考えてる方にとって企業資金は必要なのですごく悩ましい問題でもあります。 それにしても対価を求めるってのは人として最低だなと思います。
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感想コニャック2024年8月31日
- 失礼します。
以前、TVドラマでもこういったシーンがありましたね。
これはやはり刑罰相当だと思います。営業妨害であるのと、傷害罪に当たると思います。レコーダーなどに記録を残しておくと良いのでは。
そんな簡単な問題ではないかも知れませんし被害者の皆さんがそこまでの勇気を振り絞るのも困難だとも思います。日本のスタートアップの芽を潰さないようにしたいものです。
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感想ミラ2024年8月31日
- 女性起業コミュニティに入ってます。コミュニティの雰囲気も良いので今後も続けたいですが、メンバーの中に正直直面してるひとがいるのではと懸念してます。私自身も近いことをされたことがありました。今のコンサルから発信の際は「思想的な話はNG」と言われてますが、このまま口をつぐんで良いとは思えません。
勇気が要ったと思います。
対等ではない関係の者からの不当な要求や暴力・人権侵害犯罪行為は、ひどいと思います。
昔の時代ドラマや男性向け小説で、弱い立場の人が、強い立場の人や悪い人から、暴力や嫌がらせ受けている内容のものが、嫌になるくらいたくさんありました。
こんなことは、フィクションだけにしてください。
人権侵害行為、暴力・いじめはやめてほしい。なくなってほしい。
人権侵害行為、暴力・いじめを見て見ぬ振りをする人にはなりたくないです。
もし遭遇してしまったら、すぐには動けないかもしれないけれど、相談先を考えておきたい。声をあげる勇気を持ちたいです。