女性たちが去っていく 地方創生10年・政策と現実のギャップ
婚活イベントを企画しても参加希望者は男性ばかり・・・地方では若年女性の流出が加速し深刻な状況も。一方、地方を出た女性たちの声を聞くプロジェクトには「魅力的な仕事がない」「結婚・出産に干渉されたくない」といった理由が寄せられ、出生率や人口を目標とする考え方や政策がそもそも現実とかみ合っていない可能性が見えてきました。問題に気づき始めた地域の模索や男性側の思いなど現場の声から“地方の未来”を考えました。
出演者
- 小安 美和さん (株式会社Will Lab代表取締役)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
女性たちが去る“理由”
桑子 真帆キャスター:
こちらは、2024年4月、“消滅可能性自治体”と指摘された全国744の自治体です。消滅の根拠とされるのが、20代から30代の“若年女性”の人口減少です。将来の出生数が減り、最終的には、自治体として維持できなくなるとされています。
この消滅の危機が10年前に初めて指摘され、始まったのが“地方創生”です。国は雇用の創出などとあわせて、基本目標の1つに、結婚・出産・育児の“希望をかなえる”ことを掲げました。そして、その切れ目のない支援を行う全国の自治体を、毎年、30億から100億円の予算を充てて支援してきました。ところが、先週示された政府の報告書では、この10年について
大きな流れを変えるには至っておらず
地方が厳しい状況にあることを重く受け止める
政府の報告書(先週)
としています。
一体、何が欠けていたのでしょうか。
地方創生と現実のズレ
この春、新たに“消滅可能性自治体”とされた富山県・入善町(にゅうぜんまち)。
6月に開かれた議会では、質問が相次ぎました。
「消滅の可能性がある町とみなされた今日、一刻も早く、汚名返上できる新たな考えを示してください」
町長の笹島春人さんです。地方創生が始まった2014年に就任しました。人口減少を止めるには、子育て世代への支援を手厚くし、出生数を維持する事が不可欠だと考えてきました。
この屋内施設は、2021年、およそ6億円かけて造りました。
「北陸地方は雨が多い、雪が降るということから、保護者の皆さん方の意見を聞いて、なんとかしたいなという思いでつくりました」
結婚・出産・育児。国が掲げる“切れ目ない支援”を実現しようと、国の交付金に独自の予算を加え、支援を充実させてきました。
「全国の自治体の子育て支援関係を見ても、どこにも負けていないと自負しています」
ところが、この10年、町から流出する若年女性の割合は2倍以上に増加。出生数は半分以下にまで減少しました。手厚い子育て支援は、若年女性の引き留めにはつながらなかったといいます。
「本当に悔しいなというのが、私の思いです。何が原因かを再度掘り下げて、いろいろと考えてみる必要があるのかなと」
この10年、地方から東京圏への20代から30代の人口流出は、男性でも一貫して続いてきました。ただ、女性の流出は男性を常に上回っています。
この世代の人口移動を都道府県別で見ると、全国33の道府県で女性が男性より多く流出。中には、男性の2倍の女性が去っている地域もあります。
女性に偏った人口流出は、地方に何をもたらしているのか。
若年女性の流出が男性より4割多い長野県の町では、最近、婚活イベントに女性がなかなか集まらないといいます。
「全体の申し込みが42名来ていまして、そのうち女性が3名。今回はちょっと異常ですね。男性、女性がそろってこそ、初めて開催できるイベントなので、やっぱり歯がゆい気持ちは、どうしても出てきますね」
この日、面談した男性は、1年前から婚活イベントに参加してきましたが、出会いがなく、結婚を諦めることも考え始めています。
「これ(婚活)やっててさ、もういいかなって思ってる。だめでもいいやって。焦ってこなくなっちゃった」
「まだ、ずっと一緒にいたい相手と出会っていないだけだと思うんですよ。やっていきましょう。可能性もゼロじゃない」
「町の人口の中だけで出会って結婚することは、やはり全体の人口から見ても、ちょっと難しい」
女性たちは、なぜ地方から離れていくのか。
当事者の目線から考えようというプロジェクトが始まりました。
日本では約8割の地域から若年女性が首都圏へ流出し、人口減少や地方衰退の原因であると言われている。でも、それって、私たちが問題なんですか?
地方女子プロジェクト
立ち上げたのは、山梨県でITの仕事をしている山本蓮さん、24歳です。人口減少の原因が若年女性にあるとされることに違和感を抱いてきました。地方を離れた女性たちの声をSNS動画にして、広く届けようとしています。
「報道とかレポートとかを見てても、そこに当事者である女性の声が全くないなと思って、どうして、そこにいられなかったのか、課題の分析がされていないんじゃないか」
きっかけは、2021年。地元・山梨で就職活動をしていた時の経験です。
「女性の先輩の話を聞いたら、『私は営業で入ったのに事務に回されて、男性が営業、女性が補佐をする体制』『この会社でやりたいことできないと思うよ』ってアドバイスをもらったときに、自分の意志だけではどうにもならない環境があるなと思って」
これまで話を聞いてきたのは、およそ50人。この日は、都内で働く岩手県出身の女性のインタビューを撮影しました。
「岩手にとどまりたい、居続けたいって思ったんですけど、早く結婚して、早く子ども産むって文化なんですけど、私たちは仕事頑張りたい人多いですよね」
仕事を頑張りたいと思っても、結婚や出産を押しつけられる。多くの女性が息苦しさを感じていました。
そして、地方に残りたい気持ちをそぐ、見過ごせない要因がもうひとつ見えてきました。それは、地域の中で、女性の役割を務める母や祖母たちの姿です。
新潟出身の女性(25)
「女性陣が絶対、台所に近い席に座っているんですよね。男の人たちは動かなくていいような席に座りっぱなし。お母さんから『女性は気が利く人間にならないとダメ』と言われて育ってきたので、将来、生きづらって」
山形出身の女性(19)
「地域の人たちで集まって、バーベキューする機会があったんですけど、女の人が料理をよそったり、ビールをついだり、男の人がしゃべって食べてる。私も将来こんなことしなきゃいけないのかな、嫌だなって」
地方女子プロジェクト
山本さんはこうした声を発信することで、自分たちが感じてきた溝を埋められないかと考えています。
「私だけじゃなかったんだなって。当事者以外の違う世代の男性とか、違う属性の人にも声が届いて、見直す所がないか考えるきっかけにしてもらえたら」
女性たちの声をどう受けとめ、何を変えていけばいいのか。
地方消滅の危機に警鐘を鳴らしてきた増田寛也さんに聞きました。
「伝統的な価値観というのが、特に若い人たち、なかんずく女性にとって非常に重苦しい、天井、頭を押さえつけられているもののように感じられるのだろうなと。しきたりを少しでも変えて、開放的にしていく。行政だけじゃなくて、いろんな企業、企業団体も含めて、広域の中でやっていく必要がある」
政策と現実とのギャップ 要因は
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
国や自治体が目指してきたのは、結婚・出産・育児の希望をかなえるという政策だったわけですけれども、実際に地方を出た女性たちから多く聞かれたのは、「働きがいがある仕事につきたい」ですとか、「結婚や出産に干渉しないでほしい」「“地域での役割”を押しつけないでほしい」といった現実だったわけです。
ここからは、地方の自治体や企業のアドバイザーを務めていらっしゃる小安美和さんとお伝えします。よろしくお願いいたします。
もちろん価値観や考え方って本当にさまざまだと思うんですけれども、小安さんが各地の地方自治体を見てこられて、この地方創生のギャップ、今、どういうことを感じていらっしゃいますか。
小安 美和さん(Will Lab 代表取締役)
地方の自治体や企業のアドバイザーを務める
小安さん:
やはり、当事者である若者や女性の声というものが、政策に生かされてないということを強く感じています。ですので、こういった声を聞かずに、人口減少、若者の流出ということで、少子化もあり、女性が子どもを産み、女性がメインで育児をするということを前提とした子育て政策というのは、たくさん生まれていると思いますし、婚活の政策もたくさんあるんですけれども、実は女性の生き方も多様化しています。その中で、女性が結婚・出産・育児もしたいんだけれども、「仕事も同時にやりたい」とか、「自分の自己実現をしたい」といった声を無視した形の政策というものもたくさん行われてるように思います。ですので、結果として、このギャップが生まれているのではないかなというふうに思いますが、声に耳を傾けてこなかったということが、一つ、大きなことかなと思います。
桑子:
この地方創生のギャップの背景を考える上で、参考になる調査があるんですね。
女性の理想のライフコースを、おおむね5年ごとに聞いているものなんですけれども、40年ほど前は、最も高かったのが紫=「専業主婦」でしたけれども、それは徐々に下がっています。最新の調査では、「仕事と育児の両立」というのが、今、最も高い理想のライフコースとなっています。時代によって意識が変わってきているのが一目瞭然ですけれども、この変化が政策に反映されてきたんでしょうか。
小安さん:
もちろん一部の自治体では、仕事と育児の両立といった政策も行っていると思うんですが、やはり、育児にフォーカスをした政策を提供している自治体が多かったのではないかなというふうに思います。ですので、子育て支援、とても大事です。婚活支援も、結婚したいと思う若者にとっては非常に大事な支援だと思うんですけれども、同時に女性にフォーカスしますと、経済的自立というものも大事ですし、地域で、地方で働きたいという女性のニーズに対しての政策は弱かったのではないかというふうに思います。
桑子:
多くの女性が仕事を重視するようになっているわけですけれども、女性・若年層の正規雇用者の増加を地域別に見ますと、東京圏が突出して多いんですよね。ただ、国は、この地方創生を進めるにあたって、地方で若者の安定雇用を創出すると掲げていましたけれども、これ、流れを変えられていないんじゃないかと思うんですけれども。
小安さん:
正規雇用を創出できる企業が大企業、それから、成長産業が多いと思うんですけれども、そういった企業が東京圏に集中しているということが、この結果になっているというふうに思います。
そして、もう一つ大事なポイントとして、地域別の男女間賃金格差というデータがございますけれども、数も大事ですし、地方の賃金を上げていくということ。そして、男女の間に賃金の格差がありますので、地方の女性の賃金ですね。これが低い状況が見えるかと思うんですが、女性が補佐的な仕事でいいとか、女性は結婚したら仕事を辞めるといった、そういった社会規範が背景にあって、こういった結果に今、つながっているかというふうに思っています。
桑子:
この10年、進めてきた政策と現実との溝を埋めるためには、どうすればいいのか。地域全体で女性の役割を見直し始めた自治体があるんです。
どうする?地方創生 職場や役割に“改革”を
消滅可能性自治体に挙げられた町の一つ、宮城県気仙沼市。
2024年から、人口減少対策にジェンダー目線を取り入れ、地域の中小企業と共に改革を進めています。
「誰もが働きがいを持ち、働きやすい就労環境の創出を目指したい」
「男ばかりいると、やっぱりよくねえのかなと」
「意識改革だね。どの企業でも、小さくても大きくても」
取り組みに参加している斉藤和枝さん。3代続く水産加工会社の専務です。
5人いる正社員は、全員男性。パートで働く15人は、全員女性です。
性別に関わらず、働きがいがある職場を作るために、まず始めたのは「力量表」と呼ばれる能力評価シートです。これまであいまいだった一人一人が持つスキルを、誰が見ても分かるよう可視化しました。
「力量表というのは、昇給とか昇格を、みんな公平に判断する、ひとつの大きな指針になる」
斉藤さんが気にかけていた1人が、パート歴9年目の日下美保さん。3人の子育てのため、短時間のパートで入社しましたが、今はフルタイムで働いています。
日下さんの力量表を見た斉藤さん。初めて気付いたことがありました。
「私が思っていたよりも、ずっとできてた。これ見た時、こんなにできてんだって、こんなに全部できるんだって思って」
「書いてみて、結構自分できるんだなって」
「パートさんで入ってきたから、そのまま(パート)っていう。平等に考えたら社員さんだろうなって。がんばろう」
「子どもが生まれた後は短い時間で働きたいだろうと、私が勝手に思っていて、その方が彼女たちのためだろうと。丁寧に聞き取りをしないでしまったなと反省しています」
本人の希望を聞き取り、新たな仕事を任せる方針も打ち出しました。
入社9か月の亘理恵さん。
6月、東京で開かれる商談会を、パートとして初めて担当することになりました。
「食べ方の本とか読んでおいたほうがいいですよね」
「うれしいです。営業というか、自分の商品を薦めるって、やったことないので。自分の挑戦というか、チャレンジしようっていう一歩」
「男の人も、女の人も、同じように尊重されて、自分がなりたい未来を目指せる。そういう地域とか会社を次(の世代)に送りたいな」
地域社会を"土壌"から変えようとしているのが兵庫県豊岡市です。
市内に400近くある自治組織の会長は、すべて男性。市は、ここにメスを入れ、女性の声を取り入れる仕組みを作ろうとしています。
「今まで、男性を中心に担ってきてくださってたんですけど、そこに女性の力もっていう」
これをきっかけに考えが変わったという自治会長の杉山隆一さんです。
杉山さんが最も大切に考えてきた行事、伝統のだんじり祭り。女性たちの声を聞いてみると、全く違う印象を持っていることに気づきました。だんじりを担ぐ男性に、女性たちが料理や酒をふるまう“接待”と呼ばれる伝統。これが大きな負担だと打ち明けられたのです。
「ちょっとぎくっとして、男が楽しんでいる犠牲になってというか、女の人たちが、そんなつらい思いしてたのかな。昔から男の大人たちは、自分たちの都合のいいように仕組みをつくってきた。女性の本当の意見を出してもらいやすい場づくりというところから始めていかないと」
そこで始めたのが、月に一度、地域の行事を見直す話し合い。
ここで、“接待”の規模を縮小することを決めました。
メンバーの半数を占める女性が意見を出しやすいように、少人数の集まりにして、全員に話を振るようにしています。
「男も女も、子どもも、お年寄りも、ひとつの行事を楽しめるようなことをしたら」
参加する女性の側にも変化がありました。
豊岡で生まれ育った鳥田智恵さん。自分から声をあげて、地域を変えたいと思うようになったといいます。
「今までは、ただ内輪(の女性)だけで愚痴を言って終わってたのが、愚痴ってるだけだったらね、意味がないな。子どもたちが我慢しなくて済むように、親目線で言えるんだったら言いたいかな。帰りたいって思えるところを残してあげたいな」
女性たちが去っていく 地方が変わるには?
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
小安さんは、この豊岡も気仙沼もアドバイザーとして関わっていらっしゃいますけれども、この溝を乗り越えるために手を付けるポイント。大きく2つあるということなんですね。「職場」と「地域・学校」ということですけれども。
小安さん:
この溝を埋めるために、まずは、「職場」ですね。先ほどVTRにもあったように、やはり従業員の声に耳を傾けながら、男性だから、女性だからということではなくて、“その人が何ができるか”ということで、しっかりと評価をしていく。そのことによって、働きやすさだけではなく、女性も働きがいのある組織を作っていくということが大事かと思います。そして、地域や学校においても、やはり、男性、女性の役割が固定的な地域がまだまだ残っていますので、そちらを、対話を通して、男性も、もしかしたら食事作りをしたいかもしれない。なので、「男性だから」「女性だから」という役割分担ではなく、それぞれの能力、意欲が生かされる地域づくりといったものを、職場も地域も、そして、教育分野もやっていくということが大事かなというふうに思います。
桑子:
これから地方の未来、どんなふうになっていったらいいというふうに考えていらっしゃいますか。
小安さん:
地方の人口減少といわれていますが、人口が減少しようがしまいが、男性であろうが女性であろうが、選択肢のある地域づくりというものが大事かなというふうに思っています。男性も女性も、「自分がこうありたい」という生き方を選べる、そして、それを対話を通して、そんな多様な人が、共に、よい未来の地域づくりをしていけるということが、これからとても大事になってくるというふうに思います。
桑子:
後は、女性が自分で気づくという機会も大事でしょうか。
小安さん:
そうですね。女性自身が、やはり、これまで物を言いづらい文化風土というのが日本は多くあったと思いますので、女性も、自分がどうありたいのか、地域をどうしたいのか、子どものためにどうありたいのかということを、しっかりと声を上げていく。そんな訓練や学びも重要かと思います。
桑子:
場も提供してほしい。
小安さん:
行政が、そういった場を提供していくということが、非常に重要なポイントだと思います。
桑子:
選択肢のある地域が、やはり、本当の地方創生といえるのではないかなと、今日、伺って感じました。