“100円均一“もう限界!?実は大ピンチのワケ
コロナ禍でも成長を続ける100円均一ショップ。しかし今、そのビジネスモデルが存亡の危機に立たされています。物価や人件費の高騰で、いくら売っても100円では利益が出なくなっているのです。一方、消費者の「100円で買いたい」というこだわりは根強い。岐路に立つ大手チェーンの戦略は?ネットで話題の分解人が100円商品を徹底検証。そして、長年100均業界を支えてきた中国の驚くべき変化とは。
出演者
- 渡辺 努さん (東京大学大学院経済学研究科 教授)
- 桑子 真帆 (キャスター)
※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。
成長を続ける"100円均一" でも大ピンチの理由は?
大阪市の中心部にある商店街。そこに長年店を構える100円ショップがピンチに陥っていました。
名物店長の高田日出夫さんは、愛きょうのある人柄で地元の人気者。取り扱う商品は4,000種類以上。台所用品や掃除グッズなど、日用品の品ぞろえに力を入れています。
売り場には、高田さん直筆のユニークなポップが所狭しと張り巡らされています。
「うちは超(地域)密着型。上に超が3つくらいつくわ。はっきり言って。家庭で使っているような、消耗品の買いたいものがほぼそろう。おかずはないけどね」
常連客の一人、福岡麗さん。4歳の息子も高田さんと顔なじみです。
近所で飲食店を営む、福岡さん。コロナ禍で経営が厳しい中、高田さんの100円ショップに助けられているといいます。
「伝票をパチパチ貼っていく、新しい磁石。助かりますよね、100円ショップ。無くなってしまうと困る場所」
長年地元に愛されてきた高田さんの店が、なぜピンチなのか。
その大きな原因の一つが、原材料の値上がりなどによる仕入れ値の高騰です。
「20何年前とかから比べたら、物によっては20円とか25円ぐらい上がっているのもあるし、(仕入れ値が)95円以上の商品って結構ありますよね。下手したら99円とか。ただ100均の場合は100均やから、原価が上がっても100均やから100円で売ってる。その分圧縮される、利益が」
売っても売っても利益が出ない。コロナ禍で客足も減り、高田さんは大きな赤字を抱えるようになりました。
今、全国各地で高田さんのように苦しむ100円ショップが増えていると見られます。消費者が安さを求める中、業界全体の店舗数が増え、競争が激化。一店舗当たりの売り上げは減少しました。そこに仕入れ値の高騰が直撃し、利益を出すのが難しいのです。
こうした中、100円ショップ大手4社の対応は分かれています。業界2位のセリアは現在も100円均一を維持。一方、ほかの3社は以前から一部商品で価格帯を上げています。
しかし、こうしたいわゆる高額商品について街で消費者に聞いてみると難しい現実が浮かび上がってきました。
「100円ショップなんだから、100円のものだけを売ってほしいというのはありますね。(高額商品は)100円ショップじゃないじゃんって」
「僕ら消費者は正直だから、やっぱり100円均一は必要だし、頑張って続けてほしい」
売る側の苦しい事情を理解する声もありましたが、やはり100円均一の魅力にひかれる人が多いようです。
消費者の声に大手チェーンの対応は?
消費者の声にどう対応するか。業界4位のワッツ本社で、週に一度の商品会議が開かれていました。バイヤーたちが商品を持ち寄り、どれを店頭に並べるか議論します。
「次、バーベキュー用品というか、アルミクッカークリップ」
昨今のキャンプブームに当て込んだ商品が議題に上りました。
「(店頭のラインナップに)入れるのは絶対ありだと思うのよね。どっち(の価格)にするかという話でさ」
鉄板などをつかむための、アルミ製クリップ。100円と200円の2種類が提示されました。
200円の商品は大きくて使いやすく、ひっくり返すとトングとしても使用できます。
一方、100円の商品は小さく、ほかの機能はありません。しかも、入荷まで半年かかるといいます。
「今の現状から考えると、入れるとしたら200円のものを入れるしかないってことだよね」
「今採用を考えているのは、200円の方です」
担当者は200円のほうを押しました。しかし…。
「200円のも魅力的なんだけど、いち消費者として考えると、100円のやつでいいような気がしてしまう」
「私も特に、2倍の価格のものを買ってまでとは思わなかった」
「正直言って100円だから売れている感はある」
「100円で進めよう。ただちょっと期間は待ってもらうことになるよっていうことで」
「100円の売る力というのは、これはとんでもないですね。100円のものを200円にしたら売り上げは2分の1かというと、下手したら5分の1とかというところですね。もし状況が許すなら、100円で売れる時代が戻って来るなら、100円に戻したいと思いますよね」
"100円均一"は維持できる?
100円均一はどこまで維持できるのか。
長年、100円商品の製造を担ってきた中国のとある町を訪ねました。
上海から南に300キロ。100均の里と呼ばれる、浙江省義烏市です。街の中心部には世界最大級の雑貨市場があり、さまざまな日用品が売られていました。
「この皮むき器はいくら?」
「25円です。こちらは19円です」
NHKが取材した90年代の義烏。もともとは貧しい農村で、農民たちは家内工業で日用雑貨を作っていました。
そこに目をつけた日本の100円ショップが、大量の商品を注文。やがて、100円均一を支える一大生産拠点となったのです。
それから30年たった今。義烏は目覚ましい経済発展を遂げ、労働者の人件費も高騰しています。
中国政府が推し進める巨大経済圏、一帯一路。義烏はヨーロッパと中国をつなぐ鉄道の始発駅になりました。その中で、長年100円商品を作ってきた工場の多くが、より高値で取引できるヨーロッパとのビジネスに路線変更しているのです。
「日本の100円ショップ向けは、利益が1割もありません。ひどいものだとゼロです。でも欧米向けの利益は高く、3割です」
「日本の100円ショップに輸出しても利益がでないので、中国国内で売った方が日本より儲かります」
家計の味方100円ショップ しかし消えゆく商品も…
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
長年頼りにしてきた中国の工場が後ろ向きだと、このまま価格を維持できるのか厳しいのではないかという気もするのですが、私たちが今、ふだんの生活でどれだけ100円ショップに支えられているのか商品を並べてみました。
例えばパソコンのマウスに毛玉取り器、さらに、つけまつげ。そして、ハンガー。こういったものすべてが、たった100円で売られているんです。私自身もお風呂のいす、愛用していますし、コーヒーフィルターも使っています。
ただ原材料費が上がり、人件費や輸送費も高騰。さらに最近は円安も直撃する中で、100円の維持が厳しくなっている商品も数多くあるんです。
例えばプランターなんですが、以前は大きいサイズのものでも100円で売られていましたが、原材料のプラスチックの値上がりで小さくなり、今では6分の1のサイズにまで小さくなってしまいました。
そして、延長コード。以前はもっと長く1.5メートルあったのですが、これもプラスチックの値上がりでどんどんと短くなり、50センチにまで短縮されました。そして去年、ついにこの長さでも採算が合わなくなり、あえなく販売終了となりました。
これまで、さまざまなコストカットのアイデアで100円均一を実現させてきましたが、いよいよそれが限界に達しつつあります。製造現場の最前線で何が起きているのでしょうか。
分解!100円商品 驚きのコストカット術
100円商品を分解し、その創意工夫を紹介している100均ガジェット分解人、山崎雅夫さん。分解によって見えてくる、ぎりぎりのコストカットに驚かされているといいます。
まず取りかかったのは、太陽電池式の電卓。
「わくわくしますね。12桁の電卓を100円で売れること自体が驚きなんですけど。分解してみます」
「これで開封できました」
価格の高い電卓と比べ、耐久性を高めるためのパーツが省かれ、必要最小限の作りになっていました。
「何回も押し続けると、だんだん接触が悪くなってくると思うんですけど、100円なので割り切っているんだと思います」
電卓のほかに、充電器も開けてみると…。
「プラスとマイナスがあるんですけど、プラスとマイナスのリード線が同じ色がついてますね、これ」
リード線は通常、組み立てる人が間違えないように赤と黒に色分けされていますが、黒一色になっていました。
「割り切っているんでしょうね。同じ(色の)リード線つけた方が安いですからね。こういう細かいところを積み重ねているんじゃないですかね」
さらに別の商品では…。
「ここのところ、プリント基板のパターンがはがれてますね」
本来、ここにはリード線が2本ついているはずですが、この商品はそれが取れてしまっています。しかし、廃棄によるロスを減らすため、リード線の位置を組み替える応急処置をして販売していたのです。
「(コスト的に)ぎりぎりなので、不良は絶対に出さないというか」
「品質的には問題ないんですか?」
「いや…動作的には問題ないと思います。一度不良になったものを、こういう直し方をして、そのまま売るというのはちょっと驚きですね。でもよくできてるな」
苦渋のコストカット 舞台裏に密着
厳しいコストカットを迫られるメーカー。生き残りをかけた闘いの現場を取材しました。
滋賀県にある雑貨メーカーでは、100円ショップ向けの商品が売り上げの4割を占めています。
売れ筋商品だという花飾りは、5個入りで100円。子ども服などに使われています。
「イヤリングとか、こういうところ(服)に付けていただいたり、いろいろなところに付けていただけると思います。お子様のお洋服とか、本当に見せていただくと感激するんですよね。やっぱりここが取れてしまったら意味がありませんので、どうしても手縫いにこだわるんです」
社長の若林さんは、子どもも使う商品だけに丈夫な手縫いにこだわっていました。しかし、その分コストがかかることもあり、いくら売れても利益が出なくなったといいます。
この日相談したのは、あの100均の里、中国義烏の卸業者。
「報酬が低すぎます。最近の作業員は報酬が高い別の商品を作りたがっています。この花飾りは注文をもらっても作りたい人がいないのです」
しかしそのかわり、義烏の業者はある提案を持ちかけてきました。
「接着剤でくっつければ手縫いより簡単になるので管理しやすく、やってくれる作業員も増えると思います。接着剤に変更すれば、できるだけ以前と同じ価格を維持しますよ」
接着剤で作った試作品は、元の手縫いの商品と見た目はほとんど変わりませんが、どうしても丈夫さは劣ります。
「接着剤ですと外れる可能性があります。ただ、お客さんが喜んでくださる価格。これ(100円)を今喜んでくださっているという事実がありますので」
大切にしてきた、手縫いへのこだわり。しかし若林さんは、接着剤への変更を受け入れざるをえませんでした。
100円ショップはどうなる?物価研究第一人者に聞く
<スタジオトーク>
桑子 真帆キャスター:
品質にこだわりを持ちながら、何とか低価格を維持しようとされていました。私たち消費者の100円へのこだわりが、100円ショップの人気を支えている一方で彼らを苦しめてもいるわけです。
何か解決策はないのか。きょうのゲストは、物価の研究がご専門の東京大学大学院教授渡辺努さんです。よろしくお願いいたします。
渡辺 努さん (東京大学大学院経済学研究科 教授)
物価の研究が専門
渡辺さん:
よろしくお願いします。
桑子:
私自身、お店で以前よりも価格が上がっていると、伸びた手が「うっ」と止まる、値上げへの抵抗感があるのですが、日本ではその抵抗感、特に強いそうですね。
渡辺さん:
日本人の消費者と、それからほかの国の消費者というのを比べる研究をしたことがあるんですが、それをみてもやはり日本人というのは少しでも値段が上がると買わないという値上げ嫌いというのが非常に顕著に出ています。
桑子:
実際に実証されているわけなんですね。日本の抵抗感を象徴するデータがあります。
取材をした100円ショップの海外店舗での価格なんですが、なんとタイでは220円、ペルーではおよそ270円以上ということで、輸送費ですとか関税の影響もあるのですが、どこも日本と同じ程度の商品が、日本の1.7倍から3倍を超える値段で売られている。
日本ではやはり100円を求めてしまうというのは、国民性のようなものというふうに考えられるのでしょうか。
渡辺さん:
そうではないんです。
桑子:
そうではない。
渡辺さん:
実は90年代の前半とかのデータをみると、当時は日本の消費者もしっかりと値上げを受け入れていたというのがよく分かるんです。
桑子:
そういう時代があったと。
渡辺さん:
はい。ところが90年代の後半、日本でいいますと金融危機で銀行とか証券会社が非常に危険な状態になりまして、その時期に消費者が値上げを嫌うという傾向が生まれてしまいまして、それがずっと続いているというのが現状です。
なので、消費者が値上げを嫌っていますので、なかなか企業のほうは値上げできないと。100円ショップは当然100円ですから値上げはできませんけど、そのほかの企業も実は価格を据え置くということがずっと長い間続いてきているわけです。
桑子:
日本全体が100円ショップのような状態にあるといっても過言ではないですね。
渡辺さん:
そうですね。
桑子:
価格が据え置かれるのは私たち消費者にとってはいいことのようにも思えるのですが、実はマイナスの影響もありそうなんです。
例えば、企業で新しい商品やサービスのアイデアが生まれたとします。でもそれが「値上げはできない」と却下されてしまう。そうするとそのまま新商品は生まれず、企業は活性化しない、業績が上がらないままです。すると、企業は従業員に対して賃上げをしたいのだけど、その余力がなくて賃金は上がらないままということになるんです。
そうすると働く人の意欲も失われて、なかなかアイデアが生まれない。そして消費者として消費の意欲も上がらないという負のスパイラルに陥っているということなんです。渡辺さん、このスパイラルからどうやって抜け出したらいいのでしょうか。
渡辺さん:
ひと言でいうと、消費者が異常に値上げを嫌うと。それを何とかして企業が頑張って持ちこたえようとしているのが今の現状だと思うんです。売る人たち、企業も経営者も、それから労働者も非常に過酷な条件で頑張ってくれているということが起きているわけです。あまりにも売る側にしわ寄せがいき過ぎているというのがスパイラルの大きな原因だと思いますので。
桑子:
いき過ぎてしまっている。
渡辺さん:
それを逆転させることは多分大事なことだと思います。つまり賃金を上げることがもしできれば、それによって消費者は値上げに対する耐久性というのが出てきますと。
そうすると、企業のほうも値上げができるので新しい商品も作れるし、どんどん新しい分野も開拓できると。こういう新しい循環、いい循環を作ることができると思います。
桑子:
でも、その逆転は簡単にできるものなのでしょうか。
渡辺さん:
私は必ずできると思っています。というのは、ほかの国をみるとみんなそういうことができているわけですので、日本だけができないというのは決してないと思います。
桑子:
実際に過去にもできていた時期は日本にあったわけですからね。
渡辺さん:
そうですね、はい。
桑子:
ありがとうございました。さあ、100円ショップは私たちにとってとてもありがたい存在ですが、それだけに買う側と売る側が高め合う関係になれる新しい道を模索するときが来ているのではないでしょうか。あの大阪の名物店長がそれを教えてくれました。
人情100円ショップの決断 名物店長最後の言葉
時代の荒波に翻弄される100円ショップ。あの大阪の名物店長も、いよいよ大きな決断を下そうとしていました。
2月13日。100円ショップの高田さんが長年手書きで作ってきたポップは、この日が最後の一枚となりました。
店を閉じると決めた高田さん。最後のポップは長年支えてくれたお客さんたちへのお詫びと感謝の言葉でした。
「しんどかったですね。働いてもマイナスやん。ただ、この場所から離れるのがちょっと寂しいな」
夜9時。いよいよ閉店。そこには思わぬ光景がありました。多くの常連客が高田さんを見送ろうと集まってくれたのです。
「びっくりした。あんな来るとは思わなかった。マジで。酒くれるわ、コーヒーくれるわ、パンくれるわ。…ごめん、ほんまに」
最後に高田さんが語ったのは、買う側と売る側が支えあう理想の商売のあり方でした。
「お互いそこそこでええやん。そういうのが日本のええところやった。大変やけどチームワーク組んで。日本経済をちゃんとやっていこうと思ったら、みんなが良くならないとだめなんですよ」