開発の社会的背景と研究の経緯
コンクリート水路は長期間使用され続けることで、その表面が少しずつ劣化します。劣化が進むと、水が流れにくくなる、水路の耐力が低下する、といった問題が発生するため、劣化が深刻になる前に補修材で補修する「予防保全」が有効です。補修材に求められる性能の一つに「付着性」があり、剥がれることなくコンクリートに確実に付着していることが必要です。この付着性を確認するために、現場付着試験が行われます。
従来の試験方法では、正方形の鋼製ジグを補修材の表面に接着剤で貼りつけた後、ジグの周囲にコンクリートカッターで切込みを入れ、垂直に引っ張りますが、この方法には、例えば水路側壁面で実施する場合に、接着剤が硬化するまでにジグがずり落ちる、コンクリートカッターで一定深さの正方形の切込みを入れる作業が難しいなど、作業時の課題や留意点があります。これらの問題には統一された対処方法がなく、作業者の熟練度やノウハウによる工夫に頼っていました。それらの工夫は人為的要因となって試験結果に影響をおよぼすことがあり、補修材の付着性を正確に評価することが困難な場合がありました。
そこで、農研機構と鳥取大学、サンコーテクノ(株)の三者共同で、新たな試験方法を開発しました。
研究の内容・意義
開発した試験方法は、従来の試験方法と同じ引張載荷試験装置による測定を行う方法でありながら、手順や道具を工夫することにより、作業性と安全性、試験の確実性を大幅に向上しました。
以下に開発した方法の手順と主な特徴を挙げます。
開発した試験方法の実施手順(図2)
まず、従来方法と同様に試験する補修材の表面を清掃・研磨し、藻や土を除去します。次に、
コアドリル3)で切込みをいれます。切込みにゴム製リング4)を設置し、接着剤を塗布した鋼製ジグをゴム製リングに挿入します。接着剤が硬化したら、引張載荷試験装置でジグを垂直方向に引っ張り、補修材を引き剥がします。破壊した時の最大引張強さ(付着能力の強さ)や破壊した深さなどから付着性を確認します。最後に試験跡を補修します。
特徴1:任意の深さで均一な切込み
従来の方法では、コンクリートカッターでジグの周囲に4つの切込みを入れる必要があります(図3a)。ジグに沿って真っすぐ切込みを入れることが難しく、切込みの深さも一定ではない場合があり、これらが試験結果に影響をおよぼすことがありました。
開発した試験方法では、ジグを接着する前にコアドリルで切込みを入れます。接着後に切込みをいれるよりも作業が容易で切込み深さを均一にしやすいというメリットがあります。
特徴2:ジグ接着時の仮固定が確実
従来の方法では、接着剤が硬化するまでにテープなどを使って仮固定するため(図3b)、ジグが試験位置からずれ落ちることがありました。
開発した試験方法では、円形の鋼製ジグをゴム製リングに挿入して接着します。ゴム製リングはコアドリルの内径と同サイズで、この溝に固定できる構造になっています。ジグの接着の際に水路側壁のような垂直な壁であっても、ジグはゴム製リングに保持されるため接着剤が硬化するまでにずれることがありません。
特徴3:試験跡の補修が容易で美観も向上
現場付着試験は、部分的に補修材を引き剥がすので、水路に窪み(試験跡)ができてしまいます。試験跡は補修材料(モルタルなど)で埋める必要があります。従来の方法では、コンクリートカッターによる切込みが井桁状になってしまうため、細い溝へ補修材料をきちんと充填して綺麗に仕上げる作業には、手間と時間を要します(図3c)。
開発した試験方法では、試験跡が円形になるため補修材料の充填が容易で、作業は短時間で実施でき、仕上がりも従来方法と比べると格段に綺麗になります。
特徴4:水路底版に水が残っていても実施可能
非かんがい期に通水を止めても、水路の底に水が残る場合があります。従来の方法では、土のうやモルタルなどで止水しなければコンクリートカッターでの切込み作業やジグの接着ができませんでした(図4a、b)。
開発した試験方法では、20mm程度の水深であれば、止水処理の必要なく試験の実施が可能です。コアドリルによる切込み作業もそのまま実施できます。ゴム製リングには止水性があるため、リング内の水をスポンジ等で排出すればジグ接着面を乾燥させることができ、接着剤を硬化させる際にも水の影響を受けません(図4c、d)。
その他
コアドリルによる切込み作業は、コンクリートカッターによる従来方法に比べると粉塵の飛散が少なく、作業性や作業環境を改善することができます。また、従来方法と同じ引張載荷試験装置が使えるので、新たに必要となる試験道具を導入するコストも大きくありません。
なお、室内試験および現地試験によって、作業者や従来方法との手順の違いが試験結果におよぼす影響を調べ、試験結果(付着強さの値)は従来方法と同等であることを確認しています。したがって、長期モニタリングの途中で試験方法を変更してもデータの比較が可能です。
消耗品である円形の鋼製ジグやゴム製リングの価格は、現在それぞれ1,800円程度、200円程度です。鋼製ジグは従来のものと同程度の価格です。専用のコアドリルは35,000円程度で、直径が特殊であるため類似の市販品より少し高価ですが、引張載荷試験装置は流用でき、試験方法もほぼ同様なので、開発した試験方法の導入に必要なコストは低く抑えられます。
今後の予定・期待
水路の補修材に求められる性能のうち、付着性は最も重要な項目の一つです。補修材が剥がれ落ちてしまうと、補修の効果が失われるだけでなく、通水阻害など安全に水を流せなくなるおそれもあります。また、コンクリート水路の補修材には多くの種類があり、さらに、補修するときの水路の劣化状態や供用環境も非常に多様です。そのため、補修材の付着性を確認するためには、個々の現場での継続的な性能評価が不可欠です。
今回開発した試験方法は、作業性と安全性、試験の確実性を大幅に向上させることができます。本成果が広く使われるようになれば、現場の付着性を正確に評価できるようになることが期待されます。農業水利施設の保全に係る方々に、広く知っていただき、使っていただけるよう普及に努めます。
用語の解説
- 現場付着試験
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水路の材料(母材)であるコンクリートに補修材がきちんと付着しているかを現場で確認するための試験です。補修材に鋼製ジグを接着し、引張載荷試験装置(図2⑤)によってジグを垂直に引っ張ることでコンクリートに付着している補修材を強制的に引き剥がす力を加えます。破壊したときの引張荷重や深さなどから付着性を評価します。
- 鋼製ジグ
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補修材の表面に接着して引張載荷試験を行うために用います。金属製で引張載荷試験装置の引張荷重を補修材に伝達するために必須の道具です。下図の左が開発した方法で用いるジグ(接着面が円形)、右が従来方法で用いるジグ(接着面が正方形)です。
- コアドリル
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コンクリートなどで、コアサンプルの採取や孔をあけるために用いる工具です(右図)。ドリル先端に装着して回転しながら材料を切削します。開発した試験方法では試験範囲の縁切りのための切込み作業に用います。
- ゴム製リング
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専用コアドリルでつくった切込みの溝に固定できる構造です(右図)。ジグ接着時の仮固定を確実にし、接着剤が切込みの中に入り込むのを防ぎます。
発表論文
加藤諭、八木沢康衛、川邉翔平、緒方英彦(2020):円形治具を用いた無機系補修材の付着強度試験方法の開発に関する基礎的研究、農業農村工学論文集、88(2)、pp.I_193-I_201
参考図