プレスリリース (研究成果) 共生細菌リケッチアに感染した天敵昆虫のメスは増殖に有利
- 共生細菌リケッチアの働きを利用した天敵昆虫の性能強化に期待 -
農研機 構
宮崎大 学
ポイント
農研機構と宮崎大学は、農業害虫のコナジラミやアザミウマ等を食べる天敵昆虫タバコカスミカメに広く感染している共生細菌リケッチアが、感染したメスの子孫が多くなるような生殖への影響をタバコカスミカメに与えていることを明らかにしました。本成果は、リケッチアのような共生細菌の感染状況がタバコカスミカメの効率的な増殖に重要であることを示しています。この知見を活用し、共生細菌によってタバコカスミカメの増殖効率を最適化することで、天敵を利用した害虫防除技術の向上につながることが期待されます。
概要
図1 天敵昆虫タバコカスミカメ
図2 感染系統と非感染系統の交配組み合わせ
多くの昆虫では、健康な状態で細菌に感染していることが知られており、それらの細菌のことを共生細菌1) と言います。共生細菌の一部は、昆虫に栄養を提供する機能や、昆虫の不妊化や性比異常などの生殖操作を引き起こす機能を持っています。コナジラミやアザミウマ等の農業害虫を食べる天敵昆虫タバコカスミカメ2) (図1 )には、リケッチア3) という共生細菌が感染していることがわかっていましたが、その機能は明らかになっていませんでした。
農研機構と宮崎大学は、共生細菌リケッチアに感染したタバコカスミカメが、非感染のタバコカスミカメよりも子孫を残しやすく、増殖に有利であることを発見しました。共生細菌リケッチアの感染・非感染個体を全4通りの組み合わせで交配させると、感染オスと非感染メスを交配させた場合には卵が孵化せず、それ以外の組み合わせでは正常に孵化しました(図2 )。共生細菌リケッチアに感染したメスは、感染オスと非感染オスのどちらと交配しても子孫を残せるため、感染したメスの繁殖が感染していないメスに比べて有利になると考えられます。共生細菌の機能の一つとして、共生細菌に感染したオスと非感染のメスの組み合わせのみ卵が孵化しない現象は、『細胞質不和合4) 』と呼ばれています。共生細菌リケッチアは、コナジラミやアブラムシなど様々な昆虫から発見されていますが、細胞質不和合の機能を持つリケッチアは初めて見つかりました。
天敵昆虫を害虫防除に利用する際は、ほ場や栽培ハウス内で天敵が増殖し、害虫を防除するのに十分な個体数を維持することが重要です。本成果により、共生細菌リケッチアに感染したタバコカスミカメが、効率的な増殖に有利であることが実験室レベルで明らかになりました。今後、ほ場や栽培ハウス等の農業現場で、共生細菌リケッチアに感染したタバコカスミカメの増殖効率や、害虫の抑制能力を実際に確認することで、現場で効率的に増殖しやすい天敵利用方法への発展が可能になり、化学農薬のみに依存しない害虫被害ゼロ農業の実現に貢献することが期待されます。
関連情報
予算 : ムーンショット型農林水産研究開発事業「先端的な物理手法と未利用の生物機能を駆使した害虫被害ゼロ農業の実現」JPJ009237
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 所長立石 剣
研究担当 者 :
同 昆虫利用技術研究領域 研究員大鷲 友多
宮崎大学 農学部植物生産環境科学科 准教授安達 鉄矢
広報担当 者 :
農研機構 生物機能利用研究部門 研究推進室遠藤 真咲
詳細情報
研究の背景と経緯
昆虫の多くは、共生細菌に感染しています。共生細菌は、母親から子へと母子感染で伝わり、通常は感染個体から別個体にうつることはありません。また、共生細菌の一部は、昆虫に栄養を提供する機能や、昆虫の不妊化や性比異常など生殖を操作する機能をもつことがわかっています。しかし、実際に共生細菌の機能が明らかになっていることは少なく、多くの共生細菌の機能は未知のままです。共生細菌の機能を解明することで、天敵昆虫の機能を強化し、害虫防除への応用が期待されます。
タバコカスミカメは、コナジラミやアザミウマ等の害虫を捕食するため、天敵製剤や土着天敵として各地で普及が進んでいます。タバコカスミカメからは、リケッチア、ボルバキア等の共生細菌が見つかっています。国内各地で採集したタバコカスミカメにおける共生細菌リケッチアの感染率は21-96%と地域により異なっており、リケッチアの機能は未解明のままでした(Owashi et al., (2023) https://doi.org/10.1007/s00248-023-02290-y )。私たちは、日本各地でタバコカスミカメに広く感染している共生細菌リケッチアの機能を明らかにすることを目指しました。
研究の内容・意義
共生細菌リケッチアによる細胞質不和合現象を発見
共生細菌リケッチアに感染している「感染系統」と、抗生物質によりリケッチアを除去した「非感染系統」のタバコカスミカメの雌雄を、全4パターンの組み合わせで交配させ、産卵数と孵化率を調べました。産卵数は、どの組み合わせでも6日あたり約20卵と、同程度でした(図3A )。一方で、孵化率は、感染オスと非感染メスの組み合わせのみ0%になり、その他の組み合わせではおおよそ60-80%の卵が孵化しました(図3B )。このように、共生細菌に感染したオスと非感染のメスの交配でのみ卵が孵化しない現象は、細胞質不和合と呼ばれます。これまでに、細胞質不和合を引き起こす共生細菌は、ボルバキアやカルディニウムなど数種類が知られていました。共生細菌リケッチアは、コナジラミやアブラムシなど様々な昆虫から見つかっていましたが、リケッチアが細胞質不和合を引き起こすことを明らかにしたのは本研究が初めてです。
図3 感染系統と非感染系統の交配実験
共生細菌リケッチアに感染しているタバコカスミカメ(赤字:感染系統)と、共生細菌リケッチアを除去したタバコカスミカメ(青字:非感染系統)を、全4パターンの組み合わせで交配させました。(A) 各ペアが産んだ卵の数を示しています。(B) 各ペアが産んだ卵の孵化率を示しています。
見つかった共生細菌リケッチアはBelliiグループに近縁
リケッチアは、系統解析により複数のグループに分類されています。タバコカスミカメに共生しているリケッチアは、カメムシやアブラムシなどの昆虫類の体内でのみ見つかっているリケッチア属細菌が多く含まれるBelliiグループに近縁であることがわかりました(図4 )。Belliiグループは、ダニ類やシラミ類が媒介する病原性リケッチアが含まれるSpotted feverグループやTyphusグループとは異なるグループです。
図4 リケッチアの系統樹
リケッチアは、ゲノム配列の近似性により、複数のグループに分類されています。データベースに登録されているリケッチアのゲノム配列のうち、今回見つかったタバコカスミカメ共生リケッチアの近縁グループをオレンジ色で示しています。
今後の予定・期待
天敵昆虫を利用した害虫防除効果の持続性には、ほ場や栽培ハウスに天敵昆虫のメスとオスを放飼した後に、十分な個体数を維持することが重要なポイントです。本研究の成果により、共生細菌リケッチアに感染した天敵昆虫タバコカスミカメが、効率的な増殖に有利なことが、室内実験でわかりました。今後、ほ場や栽培ハウス等の農業現場で、共生細菌リケッチアに感染したタバコカスミカメの増殖効率や、害虫の抑制能力を実際に確認することで、天敵昆虫の性能を強化した害虫防除技術の実装が期待されます。また、野生のタバコカスミカメ個体群ではどれくらいの頻度で細胞質不和合が起こっているのか、野外環境での実態を明らかにしていくことで、地域に合わせた様々な条件下での応用利用が期待されます。
共生細菌リケッチアの仲間は、カメムシやコナジラミ、アブラムシなど、農業を取り巻く害虫類からも広く見つかっています。今後、共生細菌リケッチアによる細胞質不和合の原因遺伝子や分子メカニズムの詳細を明らかにすることで、多様な害虫類の増殖制御をターゲットとした害虫防除技術の開発が期待されます。
用語の解説
共生細菌
他の生物と共生している細菌。宿主の生存に欠かせない有益な細菌や、生殖を操作する細菌など、宿主に様々な影響を与える。[概要に戻る]
タバコカスミカメ(Nesidiocoris tenuis )
体長3.5mmほどのカメムシの仲間で、コナジラミやアザミウマなどの微小害虫を捕食する。国内に広く分布し、特に西日本の温暖な地域では普通に生息している。土着天敵として害虫防除に活用されるほか、生物農薬として販売もされている。[概要に戻る]
共生細菌リケッチア
昆虫から広く見つかっている共生細菌のグループで、様々な系統が存在する。昆虫に感染している多くの系統は昆虫の体内でのみ見つかり、哺乳動物に病気を引き起こすダニ類媒介性リケッチアとは異なる。一部は昆虫の生存や繁殖に影響を与えているが、機能がわかっていない系統も多い。[概要に戻る]
細胞質不和合
昆虫類に感染する共生細菌に見られる性質の1つで、非感染メスが感染オスと交配した場合、卵が孵化しない現象。感染メスは、感染オスと非感染オスのどちらと交配しても卵が正常に孵化する。そのため、感染メスの繁殖が有利になり、母親から子へと伝わる共生細菌が、宿主個体群内で広まりやすくなる。[概要に戻る]
発表論文
Owashi Y, Arai H, Adachi-Hagimori T, Kageyama D. (2024) Rickettsia induces strong cytoplasmic incompatibility in a predatory insect. Proceedings of the Royal Society B, 291: 20240680.
URL: https://doi.org/10.1098/rspb.2024.0680
2024/7/31論文公開