京都市左京区北白川。街の喧騒から離れたビルの2階に、小さな喫茶店があります。店名は「深夜喫茶しんしんしん」。営業時間は午後8時から午前3時まで。ささやかな夜を求めて深夜喫茶に集う人たちの様子を定点観測しました。
最初のお客さんは大学生2人「昔ながらの感じで好きですね」
午後8時10分。この日は少し遅れて「深夜喫茶しんしんしん」オープンしました。
最初のお客さんは、京都産業大学に通う2人組。SNSでこの店と出会い、初めて来店しました。
「魅力的ですよね、夜やってる喫茶店って。なかなかいいと思います。畳とか今、少ないじゃないですか。こういう感じも昔ながらで好きですね」
店主がこつこつ集めたものが所狭ましと置かれていて、まるで昭和にタイムスリップしたような空気が流れています。
「(Qカップルですか?)いや、友だちです」
深夜喫茶には人と人との距離を近づける空気も流れています。
午後8時30分にやってきた2人も、京都産業大学に通う学生。お酒ではなくコーヒーで「乾杯」しているのには理由があります。
「就職活動を早く終わらせて、納得いくまで頑張って、早く自由な時間がほしいですね、いまは。(Qきょうはほっと一息?)ちょっとやります、作業」
学生時代に店を開いた店主 店名の由来は「はっぴいえんど」の名曲
「布でこしていれてます。ゆっくりじっくりコーヒーを入れて出せば、ゆったりした時間の渦になるかなと思って」
こう話すのは、深夜喫茶しんしんしんの店主・西條豪さん。店名の由来はロックバンド・はっぴいえんどの名曲「しんしんしん」(1970年)です。会社員として働くことが想像できなかったと話す豪さん。京都大学文学部の学生だった2020年3月にこの店をオープンしました。
(店主 西條豪さん)「ちょっといつもとは違うことを考えられたりとか、少し自分を振り返るとか、そういうきっかけにしていただけたらありがたいなと思いますね」
大学生「気軽に来られるもう一つの家みたいな感じ」
午後9時10分。続いて来店したのは同志社大学の2年生。
「深夜まで開いていて、たばこ吸えて、なんかいいなと思って。家でちょっと退屈だなと思った時に気軽に来られる。もう一つの家みたいな感じじゃないですかね」
何をするわけでもなく、それぞれの時間をゆっくり過ごします。
そして、大学生同士の会話も。
(同志社大2年生)「北区の方に住んでいるんですか?」
(京都産業大3年生)「京産生なんですよ、すみません」
(同志社大2年生)「いやいや謝らないてくださいよ、なんで謝るんですか?」
(京都産業大3年生)「あほやなってばかにされんのかなって思って」
(同志社大2年生)「全然」
(京都産業大3年生)「就活してるんで、なおさら感じるんですよ」
時にはそれぞれの時間が交わる深夜喫茶。夜はまだまだこれからです。
読書を楽しむ女性「この店があることが引っ越した決め手の一つ」
午後10時40分。窓際の席に座る女性がいます。
「本を読みたくて、本を持ってきょうは来ました。(Q小説ですか?)そうです、いまちょうど読み始めたところで」
近くに住んでいるという会社員の女性、実は…。
「今年の1月に引っ越してきました。京都市内に引っ越してきたんですけど、近くにここの喫茶店があるからいいかなと思って、実は引っ越した決め手の一つだったりして。近所なので、本当にふらっと『今から行こう』という感じで行けたり。本を読んで、また家に歩いて帰って。大したことじゃないかもしれないですけど、温かくなりますよね、心が」
そんな彼女にはこの店でのもう一つの楽しみがあるそうです。
「店主の方が、絶対帰る時に『おやすみなさい』って言ってくださるので、ゆっくり眠ることができる場所ですかね」
彼女は1時間、読書を満喫しました。
(女性)「(Qどんな夜でした?)いい夜でした。ありがとうございます」
(豪さん)「おやすみなさい」
看板の光に誘われて店を訪れ…家族になった店主と常連客
午前0時になりました。開店直後からカウンターに座る女性、滞在時間は約4時間です。
(女性)「さっきのモモンガの歌が一番好き」
(豪さん)「あれ麻布の暗闇坂」
店主の豪さんとの音楽談議に花が咲きます。豪さんの表情がいつもより柔らかく見えます。
(記者)「豪さんの素の顔が見られた気がします」
(豪さん)「家族なんで」
(女性)「確かにな」
女性は常連の柚さん。実は去年の6月、2人は結婚しました。東京の外資系企業に勤めている柚さん。在宅勤務になったことをきっかけに、2021年に京都に移住してきました。当時はコロナ禍。バスで家とジムを往復するだけの日々を過ごしていました。
(柚さん)「バスの中でぼーっと外を見ていた時に、真っ暗な中を進んでいく中でここだけぼーっと『深夜喫茶しんしんしん』という看板が浮かび上がって」
光に誘われるようにお店に入ったと言います。
(柚さん)「入ってすごく不思議、なんなんだここはみたいな。いつからやってるお店なのかもわからない。すごく昔からあるお店なのかなって思って、いつからやってるんですか?と聞いたら『2~3年前』って感じで、えー?と思って。ニ代目だと思っていたので、この人が一代目なんだってめっちゃびっくりした」
1人の男性と1人の女性の時間が交わり、そして人生が交わる深夜喫茶。
飲み会帰りの“ひとり時間” 日記を書く男性
午前0時45分、1人の男性がやってきました。
「深夜に入れるところを探していたので、タイミングがちょうど良かったです」
建築事務所で働いている男性。会社の飲み会の帰りにしんしんしんに初めてやってきました。
「黒板があったり、換気扇が上についていたり、おもしろい場所ですね。新しいツルツルしたものっていうよりも、こういう年季が入ったものが集まっていて、落ち着けますね」
男性が取り出したのは手帳。
「書き留めたい言葉とかをここに書いたりして、自分の頭を整理するために使っていますね」
入店から1時間。男性はもくもくと日記を書き続けていました。
それぞれの時間を静かに見守る深夜喫茶。京都・北白川の夜はしんしんしんとふけてゆきます。
豪さんに会いに来たミュージシャン「きのう来ていいなと思ってきょうも」
午前2時。最後のお客さんとなる男女2人組がやって来ました。
「彼女は初めてで、僕はきのう友だちと一緒に初めて来たんですよ。きのう来ていいなと思って、きょうも来た」
岡山から京都のライブハウスに出演するためにやってきたミュージシャンの男性。はっぴいえんどをリスペクトする男性は、この店を作った豪さんに会いに来たといいます。
(男性)「この空間をつくった人ですよね?」
(豪さん)「つくったというか気が付いたらできていた」
(男性)「それもまたすごいですね。冷静に考えたら(時間が)だいぶ深いんですけどね、こういう夜はそういうふうにあんまり感じないですね」
午前3時の閉店時間まであと30分。
(男性)「今、何の話しとったっけ?…民主主義は本当に実現可能なのかという話をしていました。午前3時くらいになったらでてきますよね?そういう話が」
結局2人が帰ったのは閉店時間を過ぎた午前3時30分でした。
(豪さん)「ありがとうございました。おやすみなさい」
ようやく閉店です。
(店主 西條豪さん)「夜の闇から出てきて、また夜の闇へと消えていくという感じで。不思議なことなんですけどお客さんは来ますね」
豪さんが店を出たのは朝日がのぼる少し前。柚さんの眠る家に戻ります。おやすみなさい。