ドライブに欠かせないカーナビゲーションシステム(以下、カーナビ)ですが、現在使われているカーナビには大きく2つのタイプがあります。
ひとつは、マップデータごと、ナビ本体に内蔵された、いわば伝統的なタイプです。マップデータの記憶媒体はCDから始まり、DVD、HDD(ハードディスクドライブ)とどんどん大容量化して、現在はさらに高速なフラッシュメモリー式が主流になっています。
こうした伝統的なカーナビは、現在地をGPSとジャイロセンサーを組み合わせて測位することで、動作が非常に安定しているのが特徴です。また、カーナビ本体の機能とマップデータを融合させることで、基本となるマップはもちろん、ルート案内用の交差点やジャンクションの描写もとても緻密で美しいです。
ただ、このタイプは基本的にカーナビのハードウェア本体にマップデータが内蔵されているので、マップはカーナビを購入した時点ですでに最新ではなく、しかもどんどん古くなっていきます。最近はネットに接続して、マップを随時更新するタイプも増えていますが、内蔵される日本全国のマップが常に最新か……というと、それは物理的にも不可能です。
そしてもうひとつのタイプが、ご想像のとおり、「Googleマップ」に代表される通信端末で使うウェブマップアプリ(以下、マップアプリ)です。このタイプは端末のハードウェア内にマップデータを持たず、サーバー上の最新マップデータを随時通信で取り込みながら作動します。
スマートフォン(以下、スマホ)で使われるのが前提のアプリなので、現在位置の測位は基本的にGPSのみで、通信状況も刻々と変化するために、安定性という意味では伝統的なカーナビに譲る部分も正直あります。しかし、なによりマップデータが常に最新であることに加えて、渋滞や事故、規制などの交通情報をリアルタイムに加味したAIによる到着予想時刻は、従来の伝統的カーナビとは一線を画す正確さと柔軟性を発揮します。
この種のマップアプリをクルマで使う場合、以前はスマホを固定するしかありませんでしたが、最近は「Apple CarPay」や「Android Auto」を介して、スマホの機能をそのまま車載ディスプレイで使えるようになりました。伝統的カーナビの安定感や凝った案内機能も捨てがたいものがありますが、現在はマップアプリの進化のほうが圧倒的で、確実に伝統的カーナビに取ってかわりつつあります。
Googleマップに代表されるマップアプリの決定的なメリットは、繰り返しになりますが、すべてのデータを通信で取り込むところにあります。ただ、通信機能を搭載したカーナビの元祖は、じつはマップアプリではありません。
日本のパイオニアが、世界初の通信モジュール内蔵カーナビとして「Air Navi(エアーナビ」の愛称が与えられた「カロッツェリアAVIC-T1」を発売したのは、2002年9月17日のことでした。Appleの「iPhone」の発売は2007年、「Android」搭載スマホの誕生が2008年でしたから、エアーナビはそれらより5〜6年は早かったのです。
この初代エアーナビは携帯回線による通信モジュールは搭載していましたが、現在のナビアプリのように、すべてのデータをサーバーに依存していたわけではありません。
初代エアーナビでも、通信ナビに最適化された専用フォーマットのマップデータが本体のメモリーに内蔵されていました。ちなみに、その専用マップ=iフォーマットは、パイオニアとインクリメントP(現在のジオテクノロジーズ)の共同開発によるものでした。エアーナビはその基本マップデータをもとに、登録した自宅周辺の40km四方と、目的地で設定したルート沿いのマップデータだけを、随時更新していく仕組みになっていました。
それには理由がありました。当時の携帯回線は通信速度もまだ遅く、さらに通信料金も高額でした。今のマップアプリのように常時マップデータを取り込み続ける方式では、高速移動中のクルマでの更新が間に合わないケースもあり、また通信料金もとんでもない高額になってしまうからでした。
このように基本となるマップデータこそ本体内蔵(して、それを必要に応じて更新する)タイプのエアーナビでしたが、目的地検索やルート探索はオンラインでおこない、サーバー上のリアルタイムデータにアクセスする点は、伝統的カーナビに対する強みでした。当時高速といわれていたKDDIのCDMA2000 1xの通信ネットワークを使った初代エアーナビの動作レスポンスは、当時の普及型カーナビの定番だったDVD方式と同等か少し遅め……というのが正直なところでした。
エアーナビに標準装備された通信サービスはKDDIが提供。マップ更新や目的地検索、ルート探索、オンデマンドVICSなどの基本サービスのほか、オプションのオンラインサービスも多様に用意されていました。たとえば、最新のコンビニやグルメ情報をマップ上に表示する「マップライブ」、出版社その他の専用コンテンツが手に入る「ライブマガジン」、リアルタイム天気情報をマップ表示する「ウェザーライブ」、さらにエアーナビ固有のアドレスで送受信できるメール機能などです。
あまり知られていませんが、エアーナビが開発されたそもそものきっかけが、ハードウェアを極限まで簡素化した「激安カーナビ」という着想でした。実際、エアーナビのハードウェア自体はシンプルでしたが、本体と3年分の基本サービス料をセットにしたプラン(4年目以降は月額1,980円)による販売にかぎられました。発売当時のプランには、20万7,200円のボーナス一括払いや10万6,000円強の同2回払いをはじめ、“頭金ゼロ+月々3,980円+ボーナス付加算1万5,000円”や“頭金7万9,800円+月々3,980円”などの3年間の分割払いのプランがいくつか用意されていました。
2002年の初代エアーナビ当時はその1年前に同じパイオニアが業界初の触れ込みで発売したHDDナビが大ヒット中で、エアーナビは正直、イロモノあつかいの感がありました。
しかし、まさに今、ナビアプリが伝統的カーナビに取って代わりつつあることを見るに、エアーナビは早すぎた……というか、未来の礎(いしずえ)だったしかいいようがありません。それにしても、1990年に世界初のGPS搭載市販カーナビを発売したのをはじめ、1997年のDVDナビ、そして2001年のHDDナビ、そしてエアーナビ……と、次々との世界初もしくは業界初ナビを誕生させた当時のパイオニアは、その名のとおりのパイオニア=開拓者だったんですね。
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■著者プロフィール
佐野弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。現在はWEB、一般誌、自動車専門誌を問わずに多くのメディアに寄稿する。新型車速報誌の「開発ストーリー」を手がけることも多く、国内外の自動車エンジニアや商品企画担当者、メーカー役員へのインタビュー経験も豊富。2024-2025日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員