記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年8月19,20日号より
※本記事のタイトル・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです
快適な日常生活の「大黒柱」運送サービスの危機から分かること
2016/8/20号より
現在の日本国は、生産年齢人口比率の低下により、必然的にあらゆる産業が「人手不足」になっていきます。無論、経済成長とは、
「人手不足(=インフレギャップ)を生産性向上により補う」
ことで実現します。中長期的あるいはマクロ的には、日本の人手不足は歓迎するべき事態です。
とはいえ、産業の現場の方々にとっては、「生産性向上で人手不足を埋めろ」と言われても、一朝一夕にはいきません。今後、四つの投資(設備投資、人材投資、公共投資、技術開発投資)により、生産性は向上していくとは思えますが、現場の生産者にとっては、
「そんなことより、とりあえず目の前の人手不足を何とかしてくれ!」
と叫びたくなるでしょう。
特に、日本で人手不足が深刻化しているのが、介護、土木・建設、そして運送です。
わたくしたちは、この日本国で快適にネット通販を楽しんでいますが、その裏には運送サービスの現場の凄まじい労働環境があるわけです。皆さんは、Amazonで本を買ったときに、送料が「無料(実際にはタダではないのですが)」を当たり前のごとく受け止めているかも知れませんが、これは世界的に見れば「異常事態」です。
適正価格が支払われない限り、サービスに従事する生産者の賃金が下落し、やがては「超人手不足」で維持不可能になってしまいます。
運送サービスは、90年に物流二法が制定され、運賃・料金事前届出制や営業区域規制が廃止されました。いわゆる、規制緩和です。
規制緩和をしても、当初は良かったのですが、1997年の橋本緊縮財政以降、とんでもない状況になってしまいます。
※図:日本の企業向け道路貨物輸送サービス価格指数と道路貨物運送業の賃金の推移(1989年=1)
図の通り、90年の規制緩和以降、確かにサービス価格は下がったのですが、賃金は上昇を続けました。当時はバブルの余波で「需要」が十分にあったため、価格下落は所得縮小に直接結びつかなかったのです。
それが、98年のデフレ化以降は一変します。98年以降、日本の運送サービスの賃金はサービス価格を上回るペースで落ちていきました。
本来、デフレ突入後に規制を強化するなどの調整をするべきだったのですが、日本の規制緩和はいつでも「やりっぱなし」です。無論、サービス価格が抑制されれば、消費者側は得をします。とはいえ、少なくともデフレ期には、物価の下落が「同じ日本国民の所得」を引き下げてしまうのです。
所得が下がった日本国民は、今度は「皆さんが生産するモノやサービス」の購入を控え、結果的に皆さんの所得が下がります。他人の不幸(所得縮小)を喜んでいると、自分の脚も引っ張られるのがデフレ期です。
それでもいいじゃん。などとやっていると、やがては人手不足が限界を超えて(すでに超えつつありますが)、サービス自体が維持不可能になります。わたくしたちは、快適なネット通販生活と強制的にお別れすることになるのです。