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新春特別インタビュー/トニー カーン社長に聞く 人に投資するDHLの企業マインドとは

2025年01月06日/物流最前線

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ハワイからサンフランシスコへ、船荷書類を航空機で運ぶサービスを手掛けてから55年――。ドイツポストを親会社に、今や世界を代表する物流企業となったDHL Expressの日本法人が、DHLジャパンだ。カーン社長に、物流業界のみならず社会課題に波及する「2024年問題」について尋ねると、「DHLには影響ない」と言い切る。自信の根底にあるのは「人」だという。その真意を、日本語堪能なカーン社長の言葉から探った。 (取材日:2024年11月14日 於:DHLジャパン本社)

若手が「入社したい」
コロナで物流に脚光

――  さっそくですが、「2024年問題」をどのように見ていますか。DHLのような世界企業の社長の視点が気になります。

カーン  「2024年問題」とは言っても、おそらく、どの会社も2024年より前から問題が起きることを理解していたと思います。ちょうどコロナ禍で荷物が一気に増えた頃でもありました。そこに関わる人たちの働く時間も増える中、2024年4月、トラックドライバーの残業時間の上限規制が始まりました。

日本の場合、人口の高齢化でドライバーが減っていく時期と重なり、より問題が深刻になったと感じます。新しい人がどんどん入ってくるような状況にはなっていません。

他社と話していると、やはり「ドライバーが集まらない」と聞きますし、名刺交換の際に、以前はめったに見かけなかったCLO(Chief Logistics Officer)に出会うことも増え、各社が物流を戦略の重要な一部として位置付けるようになった変化を感じています。

ただ、コロナ禍で「もしロジスティクスが止まったら、誰がワクチンやマスクを運ぶんだ」という状況になり、いかに重要なライフラインかが、広く認識されるようになりました。若い人にもロジスティクスの重要性を知っていただく機会となりました。

<若い頃よく「サザエさん」を見て日本語を勉強したというカーン社長>20241216dhl11 1 - 新春特別インタビュー/トニー カーン社長に聞く 人に投資するDHLの企業マインドとは

――  若い人たちのほうから「DHLに入社したい」と?

カーン  そうなんです。今の若い人たちは「パーパス(社会的意義)を持った会社で働きたい」と考えています。

実は2022年の新卒入社が一番多く、それまで20人程度でしたが、その年は50人近く採用しました。理由は2つあり、1つは、他社で内定を取り消された人が多く出たからです。ならばDHLが採用し育てようということになりました。

もう1つは、「きついと言われる仕事なのに、なぜロジスティクス業界で働きたいのか?」と聞くと、動機が「人のためになりたい」とか「世界をつなげたい」とか、非常にポジティブだったからです。

――  物流の職場は3Kだとよく言われましたが、震災やコロナ禍を経験し、物流を人間の体に例えれば血液みたいなものだと、認識されたようです。

カーン  「物流は止まらない」。もし止めてしまったら、コンビニのおにぎりさえも食べられなくなります。身近な物どれも、どこかの運送会社が、どこかの工場から配達しているのですから。それを一般消費者が理解しつつあると感じています。

<DHLジャパンの国内集配拠点>
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2024年問題「影響なし」
3国際空港が日本の玄関に

――  御社は2024年問題によって、どのような影響を受けていますか。

カーン  率直に申し上げると、影響はありません。理由は簡単で、日本国内で東京・大阪・名古屋と3か所の国際空港を使用したゲートウェイ施設を拠点としているからです。これはDHLが唯一です。

さらに全国の集配センターも27か所あり、地上をトラックで走る長距離輸送が発生しません。この広範なインフラ網は業界トップです。

――  ドライバーの人数はどれくらいですか。

カーン  配送車両は現在714台、ドライバーは700人超ということになります。

集配地域については、東北や九州地方の遠隔地など一部、DHLが集配拠点を持たないエリアは、佐川急便との提携でカバーしています。佐川急便とのパートナーシップは、お互いの強みを生かしたウィン・ウィンの関係です。

――  2024年問題が「影響なし」とは意外な回答でした。DHLの成り立ちから理解する必要がありそうですね。

カーン   DHLは1969年、ダルシー(Dalsey)、ヒルブロン(Hillblom)、リン(Lynn)の3人がアメリカで創業しました。社名は3人の頭文字をとったものです。

当時、サンフランシスコでは、ハワイからの農作物などが入ってきていましたが、暑い中を船で数日かけて運び、さらに船が到着しても書類が届かずに荷揚げができない事態が発生していました。そこで、船荷書類をいち早く飛行機で運ぼうと、サンフランシスコ~ホノルル間の緊急輸送サービスを始めた会社です。

それまで船会社が運んでいた書類をDHLが航空輸送するようになり、アジア、ヨーロッパ、中南米へとネットワークを拡大し成功しました。

<DHLグループ>
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その後、2002年、ドイツポストワールドネット(DPWN)がDHLの100%株主となり、ドイツポストがドイツ国内郵便事業を行い、DHLが国際宅配・輸送・ロジスティクス事業をグローバル規模で展開する、総合物流企業となりました。

DHLジャパンは、ドイツポストグループ(現在ではDHLグループ)が100%出資する国際エクスプレス事業の会社。日本には、「エクスプレス」「グローバルフォワーディング」「サプライチェーン」と、DHLグループの事業部門別に3つの会社があります。

DHL Express(グローバル)については、専用貨物機を300機近く所有し、220以上の国・地域で約500空港を使用。フライトは1日当たり約2300に上ります。

DHLジャパンは、DHLグループの日本支社として品川に事務所を開設したのが1972年ですから、日本で国際エクスプレスサービスを開始して、もう52年が過ぎました。

――  グローバルにおけるDHLジャパンの位置づけや、日本市場のシェアは、どのようになっていますか。

カーン  DHLグループの中で日本の評価は高いです。よく「日本がくしゃみをしたらアジアが風邪をひく」と例えられます。いい意味でプレッシャーもありますね。

エクスプレス部門で見ると、グローバルの2023年の売上高が248億ユーロ(約3兆9700億円)。成長著しいアジア市場では、日本は中国に次ぐ売上をあげています。

エクスプレス部門だけでも従業員はグローバルで約12万人いて、日本では約1800人が働いています。

人に投資するからこそ
人に支えられる会社に

――  それほどの人材をどう確保してきたのでしょうか。

カーン  DHLは人材育成に心を砕いています。社内でのトレーニングもありますし、キャリアアップの仕組みも用意しています。

DHLジャパンで言うと、今、役員は私を含めて8人いますが、ドライバーなど半分は現場経験者です。

社員は全員、パスポート(手帳)を持っています。名前と顔写真のほか、何年働いているのか、どんなトレーニングを受けてきたのか、全部記録されています。これをDHLグループの社員は世界共通で、ドライバーから社長まで全員、持っています。私は1冊終わってしまって2冊目も綴じています。自慢のパスポートですね。

<パスポートを見せながら話すカーン社長>20241216dhl09 - 新春特別インタビュー/トニー カーン社長に聞く 人に投資するDHLの企業マインドとは

――  まさに個人の歴史書です。具体的には、どんな研修を受けたのですか。

カーン  例えば、私のページをめくってみますと、ドライバーのトレーニングを受けた証はもちろんのこと、競合会社との会合はいけないといったコンプライアンス系の行動規範、環境に配慮した再生可能エネルギーに関する知識、そしてファイナンスやマーケティング、空港施設の設備についてなど、さまざまです。

DHLは人によって支えられた会社として、多様性、公平性、包摂性、帰属意識を掲げて人材育成しています。教育内容が国ごとに違うといったことはありません。

グローバルシステムの会社なので、まず世界共通のスタンダードがあるのが良いところです。極端な話、今日、日本の物流センターで人が足りないと分かれば、明日、インドネシアでもパキスタンやペルーからでも、従業員を連れてくれば働けるでしょう。

もちろん言語はできないと思いますが、システムは共通ですから、スキャナーを使ったり、荷物をコンテナに入れたり、メイン業務はできるはずです。

――  DHLの社員は、教育を受ける機会が多そうですね。

カーン  ものすごくたくさんありますよ。面白いのは、上司がトレーナーをやらなければいけないという点です。つまり、研修を外注しません。教えることは、パッション。正しいやり方とノウハウ、そしてお客さんの満足とは何かです。

それから、私も含めて役員全員が毎年、「メンター・メンティー」(助言する人・助言を受ける人)というプログラムを実施しています。ドライバーからシニアマネージャーまで誰でも、「1on1のコーチングを受けたい」と手を挙げることができ、それを受けて役員は1~2時間のプログラムを組みます。

正直、かなり大変ですけど、「トニーさんにやってほしい」と言われるとうれしい。私は外部からトップダウンで入って来た社長ではありません。現場経験も長いので、違和感なく話せるんでしょうね。DHLジャパンで現場から上がった社長は、私が初めてです。でも、これって海外では普通のことなんですよ。

<成田でのゲートウェイ業務など、カーン社長も現場経験者>20241216dhl10 1 - 新春特別インタビュー/トニー カーン社長に聞く 人に投資するDHLの企業マインドとは

――  物流業界では人手不足が深刻です。人材の奪い合いになりませんか。

カーン  今後、競争になるとしたら、「ドライバーが足りない。DHLより給与を10~15%高く払うから来てくれないか」といった物流会社が現れた場合でしょうね。そうなるとDHLを辞める人も出てきてしまうかもしれません。

ただし、重要なのは、会社が、給与だけではない、目に見えない投資をどれだけしているのかです。例えば、インフラに投資しているか、自己成長のためのトレーニングを受ける機会があるか、職種変更や海外赴任などキャリアを広げるチャンスがあるか、そういったところも見て選んでほしいと思います。

DHLジャパンの役員の半分は現場出身だと言いました。若い人たちには「私もなれる」というメッセージになります。ドライバーとして入社し、マネージャーになった女性もたくさんいます。女性ドライバーは現在50人近くいますし、女性の活躍は日本ではダントツだと思います。

かつてのような長時間労働ではなく、インフラやITへの投資、デジタライゼーションやAIの活用で生産性も上げていく。そのような取り組みを実現した企業が、今後の競争で勝利を収めるのではないでしょうか。

人材は非常に重要ですが、人だけに頼っていては、仮に荷物の量が倍になったとしても人数を倍に増やすことは現実的ではありません。そうなれば生産性が低下してしまいます。

――  従業員のモチベーションアップも大事です。

カーン  数年前からDHLは毎年、グローバルで少しでも利益が出ると、ドライバーをはじめマネージャー職でない従業員全員に、100ユーロずつ特別ボーナスを支給しています。

日本では1万数千円と、それほど大きな金額ではありませんが、世界中のDHL従業員に等しく支給されます。事業成績によってはもちろん捻出が厳しい年もありますが、続けたいですね。

――  DHLは人に投資する会社ですね。

カーン  そうですね。人で動いている会社、まさにPeople companyです。私が36年前、DHLに入社した時は、将来自分がどんな人材になれるか全く分かりませんでした。よくここまで育ててくれました。恩返しをしたいと思っています。

私が「メンター・メンティー」の時に必ず伝えるのは、あなたが今回メンターから学んだ知見や気付きを、いつか後輩にも同じようにしてあげて、ということです。自分が受けた恩を後輩に返し、その循環を続けていけば、きっと会社は良くなっていきます。 時間をかけて投資すればPeople companyは実現します。

<東京ゲートウェイ外観>20241216dhl04 - 新春特別インタビュー/トニー カーン社長に聞く 人に投資するDHLの企業マインドとは

<大阪ゲートウェイ内部>20241216dhl06 - 新春特別インタビュー/トニー カーン社長に聞く 人に投資するDHLの企業マインドとは

<EV車両>20241216dhl07 - 新春特別インタビュー/トニー カーン社長に聞く 人に投資するDHLの企業マインドとは

施設の自動化は必須
AI活用や環境配慮も

――  今後、倉庫の自動化が進むでしょうし、今に物流会社はIT会社になっていくのではないかと感じます。新しい取り組みはいかがですか。

カーン  DHLが日本で初めて自動仕分け装置を導入したのは、2006年開設の「中部国際空港ゲートウェイ」です。2007年には大阪の施設にも導入し、2016年には世界最大級の「東京ゲートウェイ」を新木場に開設しました。こうした自動化システムは今後ますます重要になり、物流インフラの中で欠かせない存在となるでしょう。

AIを使った輸送ルートの最適化にも取り組んでいますし、デジタライゼーションにはかなりの投資をしています。

車両については、EV車両が国内で34台走っていて、今月新たに16台追加し、計50台に増える予定です。グローバルでは、2030年までに全配送車両の60%まで増やす目標です。

サステナビリティに関しては、持続可能な航空燃料(SAF)を使うことによって、輸送に伴う温室効果ガス排出量を削減する輸送サービス「GoGreen Plus」を提供するなど、環境対策にも力を入れています。

<現場に支障の出ない早朝や夜間を利用し、毎年全国の拠点を視察する>20241216dhl08 - 新春特別インタビュー/トニー カーン社長に聞く 人に投資するDHLの企業マインドとは

――  社会貢献にも力を入れ、さまざまな表彰を受けていますね。

カーン  「働きがいのある会社」としてDHLジャパンは2024年、日本の大企業部門で第2位にランクインしました。物流の最前線を担うという業務の性質上、完全な在宅ワークには適していません。しかしその分、社会に貢献できる実感があり、少なくともロジスティクス業界ではトップです。

お客さんの声を、電話だけでなくウェブやSNSなどさまざまなチャネルを通じて積極的に収集する取り組みにより、「2024 CRM (Customer Relationship Management)ベストプラクティス賞」も受賞しました。

配達先のお客さんからの細かなコメントが役員にも届くようになり、「フィードバックは贈り物」という考えのもと、いただいた意見を基に改善を重ねています。もしお客さんの声を反映させて改善し、リピーターを増やすことができれば、売上も向上します。

DHLでは「幸せな人々が素晴らしいサービスを提供する」をモットーに、従業員が満足していなければ良いサービスを提供することはできないと考えています。

<南房総での田植え>20241216dhl01 - 新春特別インタビュー/トニー カーン社長に聞く 人に投資するDHLの企業マインドとは

――  激務だと思いますが、最後に、休日はどう過ごされていますか。プライベートな話になりますが。

カーン  趣味は古民家探しです。帖佐さん(日本GLP社長)とは長いお付き合いで、彼から日本文化について学ぶことは多いです。「この神棚はどういう背景で作られたんだろう」とか「いつか良い所を見つけて住みたいな」とか、考えながらあれこれ見るのが楽しいですし、よく一緒に回っています。

実は、帖佐さん所有の田んぼで、福田さん(フクダ・アンド・パートナーズ社長)、そして3社の従業員有志も加わり、ここ数年、田植えも行っていて、南房総で作った米を、一部は子ども食堂に寄付したりしています。

ボランティア活動はその他にも、この冬は品川区の子供スポーツイベントだったり、能登半島の社会福祉法人への支援など行っています。

もともと日本文化に興味がありました。人に興味があるから、文化にも興味があるんでしょうね。DHLに入社して36年ですが、通算すると日本でのキャリアが一番長く、今回で4回目の日本生活となります。このまま日本への恩返しを続けていきたいですね。

取材・執筆 稲福祐子 山内公雄

■プロフィール
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トニー カーン
1965年5月 パキスタン生まれ
1987年 カラチ大学卒業(経済学位)
1988年 米エアボーン・エクスプレス(後にDHLグループに統合)入社(米国)
1988~1998年 同社マネージャー(東京オペレーション)
1999~2002年 同社中国法人社長
2002~2003年 同社アジア太平洋地区マネージャー(Express部門)(中国および香港)
2003~2010年 DHLジャパンでゲートウェイおよびアビエーション管理の要職を担う
2010~2012年 同社執行役員業務本部長
2012~2019年 DHL Expressアジアセントラルハブ ジェネラルマネージャー(香港)
2020年1月 DHLジャパン代表取締役社長就任

■DHL  Webサイト
https://www.dhl.com/discover/ja-jp

DHLジャパン/Well-being(幸福・健康)度で最優秀賞を受賞

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