先日、米連邦最高裁判所のアントニン・スカリア判事が急逝しました。こうしたケースの後任選びは、通常なら面白くもなんともない手続きです。しかし今回は、民主党大統領の最終任期の最後の年で、選挙中。しかも、共和党が上院を制しているというタイミングです。そして、スカリア判事が亡くなった今、最高裁は、保守派の判事とリベラル派の判事が同数となり、完璧な拮抗状態となったのです(スカリア判事がいれば、保守5名リベラル4名で、多数決の際は保守が優勢となり、オバマ政権の動きに歯止めをかけていました)。このことで、激しい政治闘争が起きているのです。どういうことか説明しましょう。

新最高裁判事の候補者選びは大統領の仕事

アメリカの公民の基礎知識がない人のために説明しますが、米連邦最高裁判所は、アメリカ合衆国の最上級の裁判所であり、9人の判事で構成されています。下級裁判所で決着がつかない事件を審理し、また、連邦法や州法が合衆国憲法に反するか否かの最終決定権(違憲審査権)をもちます。9人の判事は終身制で、基本的に自ら引退、あるいは死去するまで連邦最高裁の判事を務めます。

合衆国憲法修正第2条では、9人のうちの1人が欠員となった場合、新最高裁判事の候補者選びは、大統領の仕事であると定められています。その候補者の承認には、上院の単純過半数の多数決で、定数100のうち51の賛成票が必要となります。

『ニューヨーク・タイムズ』紙にもあるとおり、この過程にかかる時間は、通常数カ月です。合衆国史上、上院が指名人事を承認あるいは否決するのに125日以上かかったことはありません。しかし、今回の候補者が否決されれば、この過程にかかる時間はかなり長くなる可能性があります。最高裁判所判事の欠員が長く続くことは珍しいのですが、これまでに何度かは起きています。最も知られているのは、ニクソン大統領の任期中に、最高裁が391日間欠員状態になったケースです。大統領の指名した候補者が2人続けて否決されたのです。これは、南北戦争直後の1869年に判事の定員が9人と定められて以来、最も長い欠員でした。

今回の欠員は政界のパーフェクトストーム

大半の指名人事は、平凡な手続きなのですが、今回に限っては、さまざまな要因が重なって、一大事となっています。まず、オバマ大統領の最後の年であり、次期大統領選がヒートアップしていることがあります。また、定数100の上院で共和党が54議席を占めている、つまり、その気になれば、オバマ大統領の指名を阻止できるということもあります。共和党が期待しているのは、2017年に共和党の大統領が誕生し、保守寄りの候補者を指名することです。

この、後任の判事がどちら寄りかが、とても重要なポイントとなります。というのは、スカリア判事が、最高裁判事のなかで最も保守的だったからです。それにも増して、スカリア判事が亡くなる前は、連邦最高裁全体が保守に傾いていました。4人の判事――ギンズバーグ判事、ブライヤー判事、ソトマイヤー判事、ケーガン判事が、リベラル派寄りで、ブライヤー判事が時おり穏健派と見なされることもありました。そしてあとの4人――ロバーツ長官、トーマス判事、アリート判事、故スカリア判事が完全保守派でした。また、ケネディー判事は、基本的に保守派でも、時おりリベラル派に同調することがあり、浮動票と見なされていました。この状態を数値化するのはとても難しいのですが、結果的には、連邦最高裁は全体的に保守寄りだったのです。実を言えば、最高裁は60年代の中頃からずっと保守に傾いていました。しかし、スカリア判事のイスが空いた今、最高裁は、ほぼ完璧な拮抗状態です。もし、大統領がリベラル派の判事を指名し、それが承認されれば、最高裁はほぼ50年ぶりにリベラルな裁判所となるのです。

ミッチ・マッコーネル上院多数党院内総務をはじめとする、共和党の有力上院議員の一部が、新大統領が就任するまで、いかなる指名も承認しないと言っています。多くの上院議員が、大統領の任期切れが近い時期は新最高裁判事の任命をすべきでないという「サーモンド・ルール」という非公式のルールに言及しています。しかしこの「ルール」は適用されたりされなかったりと、適用事例に一貫性が見られないルールなのです。

Politifact(政治家らの発言の正確性を検証するウェブサイト)の指摘によると、1900年以降、大統領の任期最後の年に連邦最高裁判事に欠員が出たこと自体が、わずか6回しかなく、そのうち、再選を求めていない大統領の最後の年に欠員が出たのは、1回だけとのこと。つまり、こうした事態そのものが珍しいのです。過去にそうなった時は、大統領の指名が否決されました。ただその欠員は判事の引退によるもので、死去によるものではありませんでした。したがって、欠員と言っても、後任が任命されるまで穴が開くことはなく、その時の候補者選びは、今回ほど急を要するものではなかったのです。この違いは、今回の指名人事の成り行きに大きな影響を及ぼすでしょう。

空席があっても最高裁は審理を継続する

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連邦最高裁の判事が9人という制度には理由があるのです。判事の人数が奇数ならば、(忌避の場合を除いて)多数決で可否同数にならないからです。ただし、判事が8人になってしまっても、最高裁が事件の審理をやめるようなことはありません。もし、後任判事を待つ間に議決が可否同数となった場合、最高裁は、下級裁判所の判決を維持するだけです。ただし、その判決は判例としての効力を持ちません。つまり、その判決を、最高裁の最終判決として、将来の裁判の先例的規範にすることはできないということです。

そのような事態は、政治的にも社会的にも、さまざまな事態を引き起こすでしょう。すべてを数値で表すことは難しいですが、当面の重大訴訟に大きな影響を及ぼす可能性があります。例えばこのような事案があります。

  • Whole Women's Health 対 Cole:
  • 1992年以来、妊娠中絶に関して連邦最高裁が審理した初めての事案。テキサス州の中絶クリニックの半数を閉鎖に追い込んだテキサス州の規制法に対する異議申し立て。

  • Evenwel 対 Abbott:
  • この訴訟は、ある選挙の区割りを決めるのに、選挙区の総人口(移民や選挙権がない人も含まれる)を基にすべきか、有権者の数だけを基にすべきかを争うもの。どちらの解釈を取るかによって、州議会の選挙に大きな影響が出る。

  • 連邦政府 対 テキサス州:
  • この訴訟は、一定条件を満たす不法移民を強制送還の対象から外そうとした2014年の大統領権限に対する、テキサス州による異議申し立て。米国に不法に居住していても、それが米国市民や合法的永住権取得者の子供であれば、滞在を許可するとした移民制度改革関連法案だった。

    これらすべての裁判において、8人の判事による議決が可否同数になるとは限りませんが、少なくとも数件はそうなるでしょう。

    『ワシントン・ポスト』紙にもあるように、連邦最高裁は、比較的、リベラル・保守のバランスがとれた構成になっていますが、13の連邦控訴裁判所(最高裁のすぐ下に位置する)は、それほどバランスがとれているわけではありません。13のうち9つの控訴裁は、主に、民主党の大統領が指名した判事で構成されています。これらの控訴裁判事が必ずリベラルな判決を下すとは限りませんが、下級裁判所の力のバランスは、一考に値するものがあります。もし、最高裁判所判事の空席が丸1年(もしくはそれ以上)続けば、これまでなら保守寄りの最高裁で覆されるような判決も、議決が可否同数のために、リベラル寄りの控訴裁判所の原判決が維持されるケースが増えるでしょう。

    また、欠員状態が続くことによる、間接的な影響も考える必要があります。もし、後任判事の候補者が人気や評価の高い人物であるのに上院が承認しなかった場合、2016年の大統領選挙に悪影響が出る可能性があります。国民によって選ばれるのは、新大統領だけでなく、上院で改選される34議席も対象だからです。そのうち9議席は接戦で、選挙で政党が変わる可能性があるのです。そのうちの6つは共和党の議席です。注目すべき点は、大統領が指名した最高裁判事候補者を承認させるには、5人の共和党議員が賛成票を投じればよい[*補足:本来は共和党議員が民主党大統領の選んだ候補を承認することはないが、5人が寝返れれば...]ということです。また、このような、きわどい分かれ目が予想される場合は、大統領が、上院の承認を促すために、穏健派や、万人に受け入れられるような候補者を指名する可能性もあります。さもなければ、上院の共和党議員が、党派的理由で承認を阻止することが予想され、その結果、共和党は次の中間選挙で議席を失うかもしれません。

    今年の選挙にいかに自分の意見を反映させるか

    新しい最高裁判事の候補が誰になるかが、おそらくこの先数カ月にわたって大きく取り沙汰されるでしょう。非常に大事なことがかかっているので、両政党の勢力争いも過熱するはずです。スーパーボウルにたとえたら、試合終了10分前で引き分けのような状況です。

    しかし、オバマ大統領が任期を終えるまでにはまだ十分な時間があるので、それまで、関係者たちのあいだで、多くの駆け引きが行われるはずです。これまでの最高裁判事候補者の大半は、オバマ大統領の残りの任期よりも少ない日数で指名されていますが、この過程が非常に長くなったケースも、わずかながらありました。今後の行方は、両政党がいかに頑なな態度を貫くか、また、大統領と上院がどれほど協力し合えるかにかかっています。

    Eric Ravenscraft(原文/訳:和田美樹)

    Illustration by Jim Cooke, photos via AP and Jeff Kubina.