「幸せ」が意味するところを哲学的に解明するための論戦はあちこちで繰り広げられています。けれども、確かな答えを求めている人は、物足りなさを感じてしまうかもしれません。そこで、「幸せとは何か」、そしてさらに大事な「幸せではないこととは何か」を科学的に解明してみた結果をご紹介しましょう。

私たちはみな、幸せがどんな「気持ち」なのか知っています。でも、幸せを生み出している源を正確に突き止めるのはなかなか難しいものです。私たちは幸せになれるのでしょうか。なれるのであれば、いったいどうやって? フロリダ州立大学の歴史学教授であるDarrin M. McMahon博士によると、古代の人々は、幸せを「幸運の証し」であると考えていたようです。

特筆すべきは、インド・ヨーロッパ語族に属する言語では、古代ギリシャ語にいたるまで例外なく、「幸せ」を意味する言葉が「幸運」を意味する言葉と語源を同じくしている点です。この言語学上のパターンはいったい何を示唆しているのでしょうか。多くの古代人にとって、そしてその後に続く多数の人間にとって、幸せは自らの手でコントロールできる類のものではありませんでした。

こういった考え方は実際、現代でもかなり一般的です。多くの人が、幸せとは幸運であること、恵まれた人生であること、または単に運の良い人間であることだと思っています。しかし、ご存じのように、幸運を呼び込むのは不可能ではありません。一方で、ポジティブ心理学と、神経学などの科学分野が手を組んで、何が幸せを呼び起こしているのかを突き止めるべく、大きく前進を遂げてきました。その結果、ある程度であれば幸せはコントロール可能であることがわかっています。

幸せはどう測り、どう研究するのか

幸せは抽象的な概念のように思えますが、その研究方法は、それ以外の概念を研究する場合と同じで、多種多様な実験が用いられました。カリフォルニア大学バークレー校の心理学教授であるDacher Keltner博士は、自身のオンライン講座「The Science of Happiness」の中で、「幸せ」の研究には主に4つのタイプがあると説明しています。

  • 観測サンプリングと経験サンプリング:日常生活のある時点をとらえる研究。「皿洗いをしているとき(または仕事をしているときなど)、どの程度の幸せを感じますか」といった問いかけが用いられる。
  • 横断的研究/相関研究:ある時点における気持ちについて、問いに対する答えをもとにした調査研究。
  • 継続研究:人生を長期的に追跡し、幸せの軌跡を探る研究。
  • 実験研究:幸せと外部影響の間にある意外な関係を特定するための実験。

では、幸せの度合いはどうやって測るのでしょうか。答えは「自己申告」です。驚くくらい単純な方法です(おまけに難点もあります)。上記に挙げたような研究ではたいてい、「人生にどの程度満足していますか」とか「日常的に、どんな種類のポジティブ感情とネガティブ感情を抱いていますか」といった質問が使われますが、ここには、幸せを計測しようという努力が見られません。ジェダイの戦士がフォースを一切使っていない状態と同じです。被験者にただアンケートを行って、特定の状況下で幸せを感じているかどうかを聞いているにすぎないのですから。

しかし、心もとないやりかただと思うかもしれませんが、それしかやりようがないのです。あなたが幸せかどうかを判断できるのは「あなた」だけ。あなたの幸せレベルを測る上でもっとも信頼の置けるツールは、(現時点では)あなた自身しかいません。こういった自己申告は、経験サンプリングの際に1度限りのアンケートを行って収集する場合もあれば(被験者に突然ランダムに電話をかけ、「今何をしていますか」「今この瞬間、どの程度の幸せを感じていますか」と聞くような感じです)、行動指標を通じて他人が報告する場合もあります(乳幼児の研究ではこの方法が特に有益です)。

自己申告は決して完璧ではありません。どのみち、「幸せ」という感情はいくつかの異なる意味を持っているのですから。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン博士が「感情分析の4つのレベル」を考案したのにはそういった理由がありました。幸せを4つの概念領域に分類すれば、分析対象がはっきりしてきます。

  1. 満足感:「私の人生は全般的にうまくいっている」
  2. 性格的特徴:「私は熱心で、前向きな人間だ」
  3. 感情:「私は感謝の念を抱いている」
  4. 感動や興奮:「熱いお風呂に入るのは気持ちが良い」

こうした4つの領域は、「幸せ」と同じような意味をもっており、被験者がどんな種類の幸せを感じているのか(あるいは感じていないのか)をより詳しく特定するのに役立ちます。研究者たちが幸せの研究でもっとも活用しているのは人生に対する全般的な満足感ですが、人の幸せを正確に把握するには、すべての概念領域を考慮する必要があります。たとえば、人生に大きな満足感を抱いている人が常に感謝の念を抱いているとか、熱いお風呂に浸かるのを習慣にしているとかがわかれば、そこから相関関係を導き出し、ひいては因果関係を見いだすのに役立つかもしれません。

研究者がもう少し簡単に幸せを計測できるようにと、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の心理学教授であるEdward F. Diener博士は、「主観的幸福感」と呼ばれる指標を考案しました。心理学者たちはこの指標のおかげで、さまざまな種類の自己申告をもとに、人生に対する満足感と、ポジティブ感情およびネガティブ感情の相対頻度を組み合わせたかたちで、幸せをより正確に定義できるようになりました。この指標は2つの項目に分かれています。

  • 人生満足度:これは、5つの質問文に応える自己申告式の尺度で、人生に対する全般的な満足感を数値化できます。
  • ポジティブ感情とネガティブ感情(PANAS)の20項目:こちらも自己申告式アンケートで、回答しているその瞬間に感じている気持ちを評価します。

この2つの結果を組み合わせたものが、あなたの主観的幸福感になります。ある時点におけるあなたの「幸せレベル」は、人生満足度にPANASのスコアを加えたものに相当するわけです。もちろん、幸せのレベルは変動しますから、スコアはある時点で感じている幸せの程度をはじき出したものにすぎません。数日もしくは数カ月にわたって何度かアンケートに答え、平均スコアを出してみても良いでしょう。さて、幸せの科学的な研究方法がわかったところで、次は、心理科学が幸せをどのように定義しているか(そして、より幸せになるためにそれをいかに活用していくか)を詳しく見ていきたいと思います。

ただし、これからお話しする中で念頭に置いてほしいのですが、心理学研究の領域では近ごろ大きな議論が巻き起こっています。「心理学研究の再現性」として知られる大規模調査が新たに実施され、その結果の全文が学術誌『Science』に掲載されました。それによると、心理学研究の再現を試みたところ、もとの研究と同じ結果が得られたケースはごくわずかだったというのです。もちろん、この大規模調査は、学習、記憶、認知に関する研究を中心にしており、幸せに関する研究やポジティブ心理学などの他分野を対象としたものではありません。とはいえ、研究結果が何を指し示していようとも、それは決して不変ではないことを、常に忘れずにいてください。

研究結果が示す、「幸せではない」要素とは

幸せを科学的に定義づけようと試みるのなら(幸せに限ったことではありませんが)、消去法がベストかもしれません。「幸せではない」ことが何かわかれば、最低でも幸せとは何なのかを絞り込めるでしょうから。カリフォルニア大学バークレー校の科学研究センター「Greater Good Science Center」のサイエンス・ディレクターであるEmiliana Simon-Thomas博士は、長年にわたって究明されてきた基本原則がいくつかあると言います。結論から言えば、「幸せではない」要素は、以下の通りです。

  • 個人的な欲求がすべて満たされること
  • 人生に対して常に満足感を抱くこと
  • いつも喜びを感じていること
  • ネガティブな感情を一切持たないこと

驚きましたか? もしもそうなら、あなたの持つ幸せの定義は、ほんのちょっとずれていたのかもしれません。同大学の科学研究センターが研究を重ねて発見したのは、真の幸せとは心の平静より大きな「良いこと」に目を向けることだそうです。幸せとは、欲求を満たし、いつも「良い気分」でいたり、人生のあらゆる面に満足したりすることではありません。快楽主義や、喜びや自由の追求は、一時的に幸せをもたらすことがわかっていますが、カーネマン博士の研究によると、全般的な幸福感を長く維持する上では効果がないようです。

幸せをめぐる要素でとりわけ重要なのは、今この瞬間にあなたが感じているかもしれないネガティブな感情です。ネガティブな感情など存在しないほうが良いような気がするかもしれませんが、「ネガティブな感情がなければ幸せ」というわけではありません。社会心理学の博士研究員であるVanessa Buote氏は『ハーバード・ビジネス・レビュー』の記事の中で、真の幸せとは幸運も不運も受け入れることだと述べています。

幸せならいつも明るく、喜びに満ちて、満足しており、どんな時でも笑顔でいるだろうと思われがちですが、それは誤解です。そうではありません。幸せで豊かな人生は、楽あれば苦ありの日々を受け入れることであり、悪いことを違った視点から見る方法を学ぶことなのです。

ネガティブな感情にさいなまれながらも、人生に幸せを感じることはできます。むしろ、そうする方法を身につけるのが、幸せな人間になるために欠かせないのです。

幸せの追求には限界がある

これで、科学が幸せをどう定義しているのかがわかりました。しかし、それでは幸せについて半分しかわかったことになりません。それよりも大事なのは、「自分は幸せになれるのか」ということ。簡単に言ってしまえば、答えは「イエス」なのですが、脳内にある化学物質のアンバランスを調整するための処方薬をのぞけば、幸せになれる「魔法の薬」など存在しません。幸せになるには意識的な努力が必要であり、それには制約もついてきます。

まず、あなたの幸せの範囲は、おそらく、遺伝的に決められています。カリフォルニア大学リバーサイド校のSonja Lyubomirsky博士によると、これはつまり、受け継いだ遺伝子により、現在の、あるいは「慢性的な」幸せレベルが維持されている可能性があるという意味です。ふさぎ込むことの多い家系に生まれたのであれば、あなたもまたそういうタイプかもしれません。さらに、どこまで幸せになれるのかという最大限度も、遺伝子が決めている可能性があります。基本的に、幸せはあなたの人となりの一部、あなた自身の一部なのです。Lyubomirsky博士によると、人間の幸福感は生涯にわたってきわめて一定していることが継続研究からわかっているそうです。というわけで、みじめな人間を一夜にして世界で1番ハッピーな人間に変身させる術はありません。

次に、幸せになろうと努力するあまり、自分に対していたずらに制限を設けてしまう可能性があります。カリフォルニア大学サンフランシスコ校のLahnna I. Catalino博士は、必要以上に幸せを追求するとかえって裏目に出るかもしれないとして、極端な方法で幸せを得ようとするのはやめるべきだと警鐘を鳴らしています。自分に非現実的な目標を課したり、絶えず前向きな気持ちを維持しようとがんばったりしてはいけません。失敗するのは目に見えていますし、皮肉にも、そのせいで不幸せになってしまうでしょう。精神科医であり、『F*ck Feelings: One Shrink's Practical Advice for Managing All Life's Impossible Problems』の共著者でもあるMichael Bennett氏は、幸せを追求するなら、地に足をつけた姿勢が重要だと指摘しています。

大事なのは、どんなセラピーに従うかではなく、常識的で落ち着いた状態を保つことです。どんなセラピーをどれだけ試そうが「このセラピーで自分は到達できるところまで行けたのだろうか」と繰り返し自分自身に問いかけることが大切です。そうすれば、「もっとうまくやれれば」とか「もっと長く続ければ」「もっと良いセラピストが見つかれば」という思考を堂々巡りせずに済みます。それよりも、「自分が到達できるところまで行けたのなら、次はどうしたらいいのだろうか」と考えるべきです。

忘れてならないのは、自分の手には負えない限界があることです。それについて自分を責めてはいけません。あなたはあなたらしくいるだけなのですから。Catalino博士は、無理に幸せになろうとするよりも、一瞬一瞬に目を向け、自分に喜びをもたらす活動とじっくり向き合うようすすめています。幸せになろうとがんばるのはもうおしまいにしましょう。

幸せいっぱいの人が持つ共通点とは何か

本当のことを言えば、真の幸せと満足感は、1つしかないわけではありません。幸せとは遺伝的特徴と、気持ちと、性格と、感情と、人生におけるさまざまな事情や状況が合わさって最高の時を迎えた状態なのです。大きな声では言えませんが、幸せに関しては研究者たちもいまだ論争の最中であり、それが何なのかはよくわかっていません。とはいえ、少なくとも幸せが「どんなふうに見えるのか」は研究からかなり明らかになっています。人によって限界がまちまちとはいえ、個人的な幸せの限度を最大限に広げるためにできることがあるのです

具体的には、たっぷり運動をして(内心で目標を定めておくと効果がアップします)、十分な睡眠をとり心の知能指数(EQ)を育みモノではなく経験にお金を費やすことから始めてみると良いでしょう。何を目標にすれば良いのかわからないなら、「PERMA」を覚えておいてください。PERMAは、心理学者でポジティブ心理学の提唱者であるマーティン・セリグマン氏が編み出し、著者『ポジティブ心理学の挑戦 "幸福"から"持続的幸福"へ』の中でも紹介されているもので、健康で満足した状態を示す、5つの主要要素の頭文字を取っています。

  • Positive Emotion(ポジティブ感情):心の平和、感謝、満足、喜び、創造性、希望、好奇心、愛情がここに含まれる。
  • Engagement(エンゲージメント):興味を引きつけられるがあまり、没頭し、「我を忘れる」ほど打ち込むこと。
  • Relationships(関係性):他人と有意義かつ前向きな関係を築いている人は、そうでない人よりも幸せである。
  • Meaning(人生の意味や仕事の意義、および目的の追求):意味や意義は、私たち自身よりも大きな大義のために尽くすことから生まれる。信仰であれ、何らかのかたちで人類の役に立とうという信念であれ、人はみな、人生に意義を見いださなければならない。
  • Accomplishment/Achievement(何かを成し遂げること):人生において大きな満足を得るためには、何らかの方法で自らを高めていく努力をしなければならない。

幸せの科学的な解明は、まだまだ続きます。けれども、これまでの研究から、幸せがただ幸運を意味するものではないことが明らかになっています。実際に、手の内のカードが他人より恵まれない場合もあるでしょう。でも、それでどうプレイするかはあなた次第です。それどころか、幸せとは、いかにプレイするかということでさえありません。多くの研究者たちはこう言うのではないでしょうか。どのようなカードであっても、そのゲームを楽しむ道を見つけることが大事なのだと。

Patrick Allan(原文/訳:遠藤康子/ガリレオ)

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