ビジネスの現場で汗をかく人は、優れた仕事の進め方や思想をもっている。同じく現場で戦う僕たち世代にとっての「仕事をうまく進めるヒント」は、彼らプロフェッショナルな人たち(=プロ人)の言葉にあるにちがいない。ライフハッカーではプロ人たちの現場を通じて、言葉を集めていくことにしました。

本シリーズ初回に登場してくれるのは、日本で現在はこの2人しかいないというプロ人。ケンタッキーフライドチキン(以下、KFC)で「ORマイスター」を務める笠原一樹さん、羽鳥裕昭さんです。

今回は仕事ぶりを拝見しながら、ORマイスター流の「年齢が異なるスタッフへの上手な伝え方とコーチング」「キャリア形成の上で現場感を持つ大切さ」「カーネル・サンダースの優れた格言」にいたるまで、さまざま伺ってきました。

作業の「理由」を認識してもらうために、どんどん問いかける

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笠原さんと羽鳥さんの主な仕事は、全国約1200店舗へ足を運び、調理技術やカーネル・サンダースの想いをスタッフに語り継ぐことです。役職に付く「OR(オーアール)」とは、45年間変わらぬ味の「オリジナル・レサピー・チキン(オリジナルチキン)」を意味します。

普段、ORマイスターはそれぞれに分かれ、一日に1~2店舗ずつ来訪しているそう。この日、ORマイスターの羽鳥さんと訪れたのは、神奈川県にあるKFC江の島店。

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まずはスタッフに「研修の意義」を伝える羽鳥さん。印象的なのは、会話の合間に「なぜだと思いますか?」と、スタッフに問いかけるシーン。

羽鳥:私たちORマイスターが伝えているのは、「KFCのこだわり」と、「お客様に良い体験をしてもらうために私たちは何をすべきか」という意識です。「おもてなし」というと接客に目がいきがちですが、「もてなし」を漢字で書くと「持て成し」、つまりスタッフが「何を持って、何を成すか」を考えることが大切。何のためにやるのかを考えることが、ホスピタリティの第一歩。カウンターやキッチンにおける「業務」や「テクニック」は、その考えを基本として表れるものです。

だからこそ、まずは考えてもらい、答えをその人の口から引き出すところが最も大事。すでに知っていることであっても、その「理由」を再認識して仕事へつなげてもらうためです。

「ブランドパスポート」で理解度とモチベーションを上げる

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羽鳥さんたちが手にしているのは、KFCのスタッフ全員に手渡される「ブランドパスポート」。この冊子には、カーネル・サンダースの創業ヒストリーや格言、スタッフとしての心得などが書かれています。

「忙しさの中にあっても、私は1ページ目にある『おいしさでしあわせをつくる仕事』という言葉を胸に、今日もKFCでがんばろうと気持ちを毎日切り替えています。いつも持ち歩いているツールです」と羽鳥さん。

マニュアルを超えた「おいしさの秘訣」で、チーム力を上げる

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研修の意義を伝えた後は、いよいよ調理レクチャー。まずは羽鳥さん自らが「さばき」を実践。さばきとは、揚げる前に鶏の下ごしらえをすること。

「なぜ、ファット(余分な脂肪)を取るのでしょう? 食感を良くする、鶏の臭みをのぞく、揚げ油(ショートニング)を傷めないようにするためです。家庭でも料理の前に下ごしらえをしますよね。その丁寧さに、愛情とおいしさが表れるんです」と、羽鳥さんは鶏肉ひとつずつに手を加えながら、スタッフへ問いかけます。

さばきという工程ひとつをとっても、その必要性を知っているかで、実際の作業に対する意識が変わるのでしょう。この頃には、考えることを繰り返すおかげか、スタッフの受け答えもレスポンスがよくなってきました。

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さばきが終わった鶏肉は、牛乳と卵を合わせた液体につけ、秘伝の11スパイスが含まれたフラワーへ。

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フラワーをすくって、スパイスの香りを感じるようにまんべんなくかきまぜ、最後に味をしっかりとつけるべく、両手で押さえつけるようにプレスします。

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次に、チキンを左右の手で1つずつつまみ、手首同士を当てるようにタップして、余分なフラワーを落とします。

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パーツの位置を考えて、揚げる場所に偏りがないよう網に並べて、油の中へ。

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最高温度は185℃にも及ぶ専用の圧力釜で、約15分間かけて高温高圧調理。さぁ、いよいよです。

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「オリジナルチキン」、できあがり!

見つめるスタッフの目が輝いていました。羽鳥さんは裏ワザを使ったり、設備や道具を変えたりしたわけではありません。ただ、知るべきことを知り、やるべきことをやり、日々実践した結果が、普段働くスタッフの目標となるような1ピースに仕上がっている。それが、現場で手づくりを続けるプロ人のすごさだと感じました。

KFCのキャッチコピーである「本物は真似できない。」の理由はここにあるのでしょう。羽鳥さんは「KFCはファストフードではなく、レストランです」と言い切ります。

羽鳥さんによる実演のあとは、スタッフがアドバイスをもとに実践。試食をして、調理レクチャーは終了しました。

羽鳥:KFCはスタッフが全国にたくさんいるからこそ、だれもが作業できるための「マニュアル」が大切。けれど、新人スタッフに今日教えたようなことのすべてを一度に叩きこんでしまうと、彼らのキャパシティをオーバーしてしまうでしょう。講習を受けた店長やスタッフが、メンバーのタスクやスキルを見ながら伝承していくことで、自身のスキルも磨かれ、結果として「チーム力のアップ」にもつながっていくと考えています。

「できることはすべてやる。やることには最善を尽くす。」

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その後、羽鳥さんはスタッフひとりずつと面談。ここでも「KFCの素材はどう優れているかを知っていますか?」など、問いかけと返答が中心です。

羽鳥:KFCがこだわる「ハーブ鶏」は生後約6週間の若鶏を使っているのがポイント。一般的な鶏肉は約8週間をかけます。からだの大きさは倍近くにもなって、お肉もたくさん取れるはずです。でも、KFCがそうしない理由は、生後6週間がもっとも鶏本来の旨味を感じられ、ジューシーで「オリジナルチキン」に適していた大きさだからなんです。使っている油も、小麦も、すべて専用のもの。それらすべてが合わさってできたのが「オリジナルチキン」です。

「できることはすべてやる。やることには最善を尽くす。」

最高の料理でもてなすために、カーネル・サンダースは自分で調理をして、農場もやっていましたからね。

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最後に、スタッフのブランドパスポートに羽鳥さんがメッセージを書き、面談は終わり。あとは時間の許すかぎり、少しでもKFCの魅力を知ってもらえるように、多くのスタッフと面談をしたり、来店しているお客さんとも会話をしたりするのだそう。

「現場感」がキャリアとビジョンを確かなものにする

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(左)笠原一樹さん (右)羽鳥裕昭さん

もうひとりのORマイスターである笠原さんにも、別の店舗での研修を終えてから加わっていただき、あらためてふたりにお話を伺いました。

ORマイスターに任命される前、ふたりは店舗運営に携わっていました。新卒でKFCに入社した笠原さんは「入った当時はレジ打ちを教わるところからでした」と当時を振り返ります。店長として、スタッフとして、「オリジナルチキン」をつくる現場にいたのです。

笠原:今は、現場での経験が本当に生きています。店長との親和性もありますし、彼らの苦労もわかります。

私が気に入っているカーネル・サンダースの言葉に、「安易な道ほどやがて険しく、険しい道ほどやがて楽になる」というのがあります。この言葉は、さまざまな状況に当てはまると個人的に思っています。1970年、日本にKFCがオープンして10年、20年と急成長をしていきました。今とつくり方はほとんど同じでしたが、時もバブル絶頂期。普通なら店舗で手間のかかる手づくりを続けずに、セントラルキッチン方式にかえて、チキンも冷凍加工にして...と簡略化しようと思えばできたはずです。でも、安易に考えて、それを実践していたら今のKFCはなかったでしょう。45年間にわたって下ごしらえから手づくりでやってきたから、いまがある。

つまり、「安易な道を選ばずに、続けると将来幸せになる」と信じて続けると、自分たちのプライドに変わっていくんですね。先日も新卒採用向けのインターンシップで、この話をしたところです。いまの大学生は、みんなそうではないと思うけれど、KFCに入って新商品開発やマーケティングをやりたいという人が多い。ただ、「これが店舗に出たらどうなる?」と問われたら、わからないかもしれません。店舗運営やマネージメントをやっていれば説得力がちがう。店舗で経験を積むことは、遠回りのように見えて、実はうまくいくための近道なんですよね。

羽鳥:私もこの言葉が好きです。困難はあるし、時間もかかるけれど、継続してきたから今がある。だから、「考えた苦労」はどんどんした方がいいと思います。今は現場からのスタートで良かったと思います。ビジョンをもって、道を歩むことが大切です。

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年齢が異なるスタッフとの接し方は「まず傾聴」

── KFCには年齢が異なるさまざまなスタッフがいます。コーチングをする、わかるように伝えるには苦労しそうですが、気をつけていることはありますか。

笠原:まずは基本的に彼らの話を傾聴します。そこで大切なのは、お話を伺って、ぜったいに否定をしないこと。仮に間違っていても飲み込んで全部聞く。そこから「もしかしたら...」なんて話をずらしたりした上で、伝えたいことを提案しますね。否定をしないのは、店長へ伝える際に、一緒に研修を受けているスタッフたちが「自分の店長は何も知らないのでは」と思ってしまうのを防ぐ意味合いもあります。

羽鳥:私も基本的には話す人が先輩ばかり。相手がすでに知っていることを話すケースもある。私もまずは傾聴して、汲み取ります。「ティーチング」ではない「コーチング」の意識と、「一緒にやりましょう」という姿勢で、「本人に決めてもらう」ことを大事にしています。それから、褒めた上で伝えることも忘れません。店長や上級職になると褒められることも少なくなるので、特によろこばれます。

質問の仕方としては、「この問題は、この人にとって難しいかな」と思ったことは、「三択」や「はい/いいえ」で答えられるようなクローズドクエスチョンに、発想に関するものはオープンクエスチョンにしますね。

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「お客様には、いつも期待どおりに、前回食べたときと同じおいしさを味わってもらいたい。」
ORマイスターたちのブランドパスポートは、すっかり使い込まれていた。

大人でも子どもでも、伝え方そのものは変わらない

── お二人はスタッフ研修だけでなく、「キッズスクール」でも講師を務めてらっしゃいます。子どもへの接し方は変わりますか?

羽鳥:専門用語を使わないことでしょうか。大人に伝えるときも同じですが、「どう言い換えるか」が大事。さばきなら「下準備」ですし、ブレディングは「粉にまぶす」みたいに、どれだけその人にとってわかりやすい言葉で伝えるかですね。あとは、教える側の一生懸命さも必要。手を変え品を変えながら、どれだけ共感してもらえるかを積み上げていくかしかないですね。

笠原:そういう点でも、基本的に大人でも子どもでも、伝え方そのものは一緒かなと思います。「目線を合わせる」ことはしますが、相手の立場に合わせながら、話をしていくのは変わりません。

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笠原さんと羽鳥さんは「現場感」を大切にしながら、今日も全国のKFCを巡っています。「オリジナルチキン」の調理のポイント伝えるだけではなく、KFCとは何か、こだわりとは何かを問いかけ、答えさせ、伝えていく。

記事冒頭でも紹介したKFCファンのためのイベントだけでなく、もしかしたら今日はあなたの街にいて、お客さんと会話をしているかもしれません。長く愛され、親しまれるブランドをつくるために。ORマイスターは小さな気付きを積み重ねています。

KFC アンバサダー・プログラム|ケンタッキーフライドチキン

(文/長谷川賢人 写真/廣田達也)