人前で話をする時に聞き手の気を引いたり商品を売り込んだりするには、話のうまさが大事になります。人を魅了する物語を話す能力があると、会社や自分のキャリアに絶大な影響を与えます。話がうまくなるためのハウツーが巷に溢れているのも当然です。しかし、ストーリーを語ることは、なぜ重要なのでしょうか?
私たちはすばらしい物語が大好きです。巧みな話術で語られるストーリーに抗えないような魅力があるのはなぜなのでしょう? 苦しんでから勝利をもぎ取るような緊張感のある話が、人々を惹きつけてやまないのはなぜなのでしょう? なぜ場所の持つ匂いや、登場人物の具体的な外見や描写のようなものに、心を鷲掴みにされるのでしょうか?
脳科学は、このような好奇心をそそられる疑問に対する答えを解明しようとしています。暗い映画館でスクリーンに心奪われている時や、話上手な人の一言一句にかじりついているような時の、人間の頭の中はどのようになっているのかを明らかにするために、科学者は人間の頭脳を観察しました。当然ながら、ここで重要になるのは、感情移入をする能力です。
物語を聞いている時に脳で起こること
物語というのは、主人公の立場に自分を置き換えさせることで、単なる事実の説明や乾いた議論以上に、脳の多くの部分を引き付け、より興奮や興味を生みます。行動心理学者のSusan Weinschenkさんは、最近自身のブログでこのように説明しています。
例えば、あなたが世界経済に関するプレゼンを聞いていたとします。語り手は物語を話すのではなく、事実や数字を説明しているだけです。そのときのあなたの脳をMRIで観察することができたら、言語を処理するウェルニッケ野と聴覚皮質が活性化しているでしょう。
では、同じ情報に素晴らしい物語の衣装を着せたとしたら、どうなると思いますか?
世界経済の変化に影響を与えている、南アメリカのある家族の話をしましょう。お父さんは、家族を養うために外国に出稼ぎに行っており、お母さんは、医療施設に行くために100キロの距離を運転して行っている、という話です。
今、あなたの脳はどのようになっていると思いますか?
聴覚皮質や視覚皮質と同じように、ウェルニッケ野は再び活性化されますが、前よりももっと活発に動きます。物語の中で、家族が住んでいるアンデスの高地の松の森の強烈な匂いについて描写すると、脳の嗅覚部分もまるで森の匂いを嗅いでいるかのように活発になり、脳の多くの部分が輝き始めます。お母さんが車を左右に揺らしながら、ぬかるんだ泥の道を運転している様子を説明すると、まるで実際にでこぼこ道の上を運転しているかのように、脳の運動皮質が活性化します。
ウェルニッケ野は、つまらない話を聞いている時に活動するものですが、それ以外の部分が覚醒するのは、聞き手が大いなる興味を持ち、惹きつけられている証拠です。
共感力を高めるオキシトシン
とはいえ「物語さえあれば、効果的なツールになる」とは言えなさそうです。米クレアモント大学院大学の神経経済学研究センターでディレクターを務めるPaul J. Zak氏は、最近ハーバード・ビジネス・レビューのブログに投稿した記事によると、物語には、共感や協調を驚くほど加速させる力もありますが、カギになるのがオキシトシンと呼ばれるホルモンです。
Zak氏はこのように説明しています。
オキシトシンは、信頼されたり、親切にされている時に放出され、他人と協力し合おうという気持ちになります。共感する気持ちが高まるのです。最近、我々の研究室では、オキシトシンのシステムを使えば、人に他人と協調しようとさせることができるのではないかと考えました。それを確認するために、面と向かって話すのではなく、撮影された物語のビデオを見せて、脳でオキシトシンが放出されるか実験しました。
物語のビデオを見る前と後に採血したところ、主人公の意思で物語が進むタイプのストーリーを見ていた場合、オキシトシンが生成されることがわかりました。さらに、どの程度喜んで人を助けたいと思うかは、脳で放出されるオキシトシンの量によって決まることが証明されたのです。
つまり、いい物語というのは、人の注意を引き、共感を得て、協調しようという気にさせるということです。それはまさにビジネスで必要なことです。「感情を揺り動かす登場人物が出てくる物語は、話し手が聞き手に理解して欲しいと思う大事なことを、より良く理解させることができる」と、Zak氏は言います。だから、どんな人にも、人間的な魅力ある話から話し始めた方がいいとアドバイスしているのです。顧客の痛みを物語として詳しく描写することで、より共感を得やすくなります。
This Is Your Brain on Good Storytelling|Inc.
Jessica Stillman(訳:的野裕子)
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