Inc.:数年前、イェール大学経営学部のマーケティング理論のラヴィ・ダー教授が、ワシントンポストへのインタビューで語った言葉は有名になりました。
「無意味に見える要素が、大きな差別化をうむ」彼がそのとき取り上げた例はケチャップです。ダー教授が言及したのは、「消費者はハインツのケチャップの『濃厚さ』こそが質の高さの証拠である」と感じていることでした。商品名を隠した味覚試験においては、より味の薄いケチャップよりも「美味しい」とは判断されなかったにも関わらずです。
つまり、ケチャップの濃厚さは、美味しさと直接関係する要素ではありません。味の品質という点では、意味をもたない要素なのです。それにも関わらず、その要素のおかげで、ヘインズのケチャップは他社製品との差別化に成功しました。なぜなら、消費者が濃厚という要素を質の高さと受け取ったからです。
消費者が「これには価値がある」と、いかにして感じるのか
いわゆる「無意味な」要素が、製品を差別化できる唯一の要因ではありません。消費者にすでに認識されている要素を保ちつつ、消費者の視点を変化させて、製品の差別化を図ることも可能です。たとえば、消費者は1万円のワインと1000円のワインについて、それぞれどのように感じるでしょうか。まったく同じワインが入っていたとしても、消費者が感じる第一印象というのは異なります。値段をベースに判断する「印象」です。
値段の設定を通じて、その製品により職人技による本物らしさ、といったヴィンテージの価値を加えることができます。ワインの販売者というのは、こうした点を長年熟知しているのです。
ですが、消費者はなぜ、片方の製品がよりヴィンテージの価値が高いと強く感じるようになるのでしょうか。以下に、その理由をお伝えしましょう。
物の価値は、たどった歴史によって変化する
ダー教授と同僚研究者のジョージ・ニューマン氏が最近発表した研究結果によると、消費者は「企業が最初に製品を作り始めた場所で生産されたもの」をより好む結果が示されたと言います。
製造場所が、製品に対する品質のイメージを左右し、消費者の受け止め方に大きな影響を与えることは立証されています。この論文では、ある物の価値は過去の影響を受ける(ある物が、その物がたどった経験によって、特別なオーラや「本質的価値」を獲得する)という考え方が、日常品やブランド品に対する信頼度にどのような影響を与えるのかについて調査しました。物の価値は、その物の過去に影響を受けると消費者が信じているため、企業が最初に製品を製造していた場所でつくられた製品の方が、よりブランドの価値が高いとみなされることがわかりました。つまり、本質的な価値は移り変わると消費者は考えるため、最初に製造されていた工場でつくられた製品の方が、他の場所でつくられた製品よりも、より価値が高く、信頼のおけるものであると判断されます。
ここで重要な点は、消費者は本物らしいオーラがあると信じる製品に対して、より高い価値を置くという点です。こうした考え方は、ニューマン氏が行った別の研究でも明らかになりました。その研究では、消費者に対して新品の椅子を見せ、その椅子には1000ドルの価値があると伝えました。彼は次にこう問いました。「もし、この椅子が壊れてしまったら、交換品にいくら支払いますか?」と。
消費者は2つのグループに分けられており、一つのグループに対しては、その1000ドルの椅子は「家具である」と伝えました。もう一方のグループに対しては、その椅子は「芸術作品である」と伝えました。
まったく同じ椅子に異なる値段がつけられるのはなぜか?
どのような結果になったと思いますか? その椅子が家具であると信じたグループにおいては、44パーセントの人がその椅子を交換するのに1000ドルを支払うと答えました。交換のために支払うといった価格の平均は400ドル弱でした。一方、その椅子が芸術作品であると信じたグループでは、21パーセントの人しか1000ドルを支払うと言いませんでした。平均の価格は200ドル強でした。
その理由を尋ねると、家具として椅子を見ていたグループは「交換品はまったく同じものであるから」と答えました。同じ材料、同じ方法でつくられているもの、ということです。一方、芸術作品として椅子を見ていたグループは「最初の椅子にしか価値がない」と答えました。また、交換品は、最初の椅子をつくった芸術家によってつくられていないのではないか、という懸念を示しました。
これはまさに、まったく同じ椅子に対して、消費者が異なる価値を見出す例です。消費者に対して、その椅子が「芸術作品」であると伝えることによって、椅子に新たな価値を付け加えることができるのです。
ここで、前述のケチャップに関する「無意味な」要素の件を再度考えてみましょう。濃厚さは、品質という点では大きな意味をもたない要素であるにも関わらず、製品の差別化を実現する要素となりました。ニューマン氏の椅子に関する研究においては、ダー教授のいう「無意味に見える要素が、大きな差別化をうむ」を「人が認識する要素が、大きな差別化をうむ」と言い換えることができるでしょう。
実質的にはまったく同じものであるにも関わらず、家具としての椅子と芸術作品としての椅子のあいだに存在する違いとは、消費者がそれに対して抱く認識でしかないのです。
デュシャンとウータン・クランの試み
現実世界の物を素材にして作品をつくりだすアーティストは、何世紀にもわたって、なにかに「芸術」としての価値を加える方法をめぐって、実験を繰り返してきました。そうした試みの中でも有名なのは、マルセル・デュシャンの『 In Advance of the Broken Arm(折れた腕の前に)』という作品です。実質的にはただの雪かき用シャベルに題名を与えた作品なのですが、アーティストの技によっては、ひとつの芸術作品として価値が加わるのです。
最近では、ラップグループのウータン・クラン(Wu-Tang Clan)が、近々発売するアルバムに関して、次のような方法をとることを発表しました。アルバムといえば、ほとんどのものが大量生産され、1枚20ドル程度の値段で販売されます。一方、ウータン・クランは近々販売予定の楽曲を1枚しかつくらず、それを競売にかけて、何百万ドルもの値段で販売することを発表しました。ただ、競売は博物館やギャラリーでのプロモーションツアー後に行われます。
ビジネスの現場で応用するには
ウータン・クランが自分たちのアルバムでやろうとしていることは、本質的にはニューマンが行った椅子に関する実験と同じ試みです。つまり、それが「芸術」であると他者に訴えかけることを通じて、価値を高める行為です。
ビジネスの現場でも応用できる教訓。それは、価格設定を差別化の手段として用いるということです。
ビジネスでこの手法をもっともうまく活用した人物のひとりが、世界最大規模の化粧品メーカーである「レブロン」を築いたレヴソン・チャールズです。大恐慌時代、他社の化粧品メーカーがマニキュアを10セントで販売していたとき、レブロンは50セントで売ったのです。同じく、口紅は49セントのところを、1ドルにしました。
どうしてでしょう? レヴソンは、化粧品を普通の消費製品として扱っていた他社企業との差別化を図ったのです。レブソンは、化粧品をロマンティックな期待に満ちた表現手段とみなしました。このように、製品にただ機能を満たす消費製品以上の価値を付け加える試みは、まるでアーティストが用いる方法でした。
彼の口紅は、単なる口紅以上のものになりました。アーティストの椅子が、ただの家具以上のものであるように。同じ理由で、デュシャンの作品もただのシャベルという存在を越えているのです。
It's Proven: The Science Behind Why People Value Authentic Products I Inc.
Ilan Mochari(訳:佐藤ゆき)
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