Inc.:「ブタは飼料効率がものすごく高い家畜なんだよ」とティム・ フェリスが教えてくれました。ブタは高速で成長します。私たちの目の前では、バリ島の養豚家たちが、月齢7ヶ月になる巨大なブタを円筒状の鉄カゴに入れようと格闘していました。そして、それを太い竹の棒に縛りつけて肩にかつぎ、屠殺場へと運んでいきます。これは、フェリスが間借りしている部屋から小さな庭をはさんだすぐそこでの光景。フェリスはこれから数週間、ウブドの有名なヒッピータウンにほど近い、バリ島のとある農村で数組の家族と何十頭もの家畜とともに暮らします。もっとも、フェリス本人も飼料効率が極端に高い男で、いつも、できるだけ多くのことをできるだけ速く吸収しようとしています。もはや強迫観念に近いものがあります。バリ島滞在わずか3日目にして、基礎的なインドネシア語を話し始めました。アクセントもさまになっており、ときおりホストファミリーを笑わせています。毎朝、雄鶏とともに目覚め、ブタのえさやりを手伝います。ティム・フェリスの休暇旅行は実にハードワークなのです。

■ティム・フェリスはいかにして「週4時間だけ働く男」となったか

とはいえ、フェリスの本を読んでいる人は驚きはしないでしょう。彼は超ベストセラーになったセルフヘルプ本、「4時間」シリーズの著者なのですから。(代表作は『「週4時間」だけ働く。』)これらの本を書いたことで、フェリスは、お金儲けであれスキルの習得であれ、とにかく最短の時間で最大の結果を出そうとしている起業家たちの間で有名人となりました。

『「週4時間」だけ働く。』の出版から6年、 この本の大成功のおかげで、フェリスの人生は大きく変わりました。本の執筆中、フェリスはダイエットサプリの販売会社「BrainQuicken」を経営していましたが、2009年に会社をロンドンのプライベート・エクイティ・ファンドに売却。現在では、自著の本(とフェリス自身)のプロモーションと、テック系スタートアップへの投資と顧問業務を行っており、その年収は、フェリス自身が「快適に年間何百万ドルも稼いでいる。まあ3百万ドル以上、1億ドル以下というところかな」と言うくらいはあります。

フェリスがこの地点に到達するまでのストーリーは、もはや伝説です。BrainQuicken社を経営していたころは、週に7日働き、月に4千ドル稼いでいました。ところがあるとき、とても惨めな気持ちになっている自分に気づきました。そこで、日々の仕事量を減らそうと、業務の自動化やアウトソーシングを試み始めました。また、頭をリフレッシュするためにヨーロッパで4週間の休暇を過ごすことにしました。その後、15ヶ月間、世界を旅して回りました。BrainQuickenのビジネスは、フェリスがいなくても回っていました。帰国すると、会社を自動操縦にしたまま、「人生を取り戻すために自分がしたこと」についての本を書き始めたのです。27の出版社から門前払いを食らいましたが、最後に1社だけ出版してくれるところが見つかり、12000部を刷ってくれました。フェリスのセルフプロモーションも功を奏し、本はバカ売れしました。

■提唱していることを実践しない人間にはなりたくない

BrainQuickenの経営を自動化したおかげで、遊んで暮らせるようになったとはいえ、「セフルヘルプのグル」ことティム・フェリスに休む暇などありません。『「週4時間」だけ働く。』の中で、彼は定期的な「ミニリタイアメント」を勧めています。2ヶ月ごとに1ヶ月間休むのが理想です。しかし、フェリス本人はもう1年以上、ミニリアタイアメントをとっていません。

つまり、今回のバリ島旅行は、自分の生活に、自らが提唱する「基本原則」を適用する試みでもあるのです。他人に勧めていることと、自分がやってることが違うような人間にはなりたくありません。フェリスは、今後4週間にわたり、インドネシア語とガムランの演奏を学ぶとともに、1日1時間以上、ヨガかエクササイズをして過ごす予定です。バリ人家族たちとの共同生活にどっぷり浸りたいと思っています。

バリ島にはノートPCを持ってきていません。また、携帯に触ったり、メールやカレンダーを見たりしないと誓いました。日常業務はカリフォルニアにいるパーソナルアシスタントがやってくれます。顧問契約を結んでいる起業家たちには、しばらく連絡はつかないと伝えてあります。「この旅は、ここ1年で最初の、リアルで完全な電源OFFだ」とフェリス。「システムをセットアップしたらテストしなければならない。これは耐久テストなんだよ」。

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■ハッカーのメンタリティで日々をより良く改善する

フェリスのメッセージがメインストリームで受け入れられたのは不思議ではありません。最小の労力で最大の効果を約束しているからです。フェリスの場合、クオリティ・オブ・ライフとは、裕福かどうかは別として、コロナのCMに出てくるようなリラックスしたライフスタイルのことです。とはいえ、いくつか疑問も残ります。『「週4時間」だけ働く。』がなぜテック系スタートアップの世界でこれほど成功したのでしょうか? なぜフェリスはシリコンバレーでこれほど有名人になれたのでしょうか? です。

一見、シリコンバレーの野心的な起業家と、フェリスが『「週4時間」だけ働く』でターゲットとした読者層はかけ離れて見えます。『「週4時間」だけ働く。』は、人生を仕事で埋め尽くすのが嫌になった人が、嫌になった人のために書いた本です。一方、テック系起業家の多くは仕事以外には何もしたくないという人種です。

もっとも、フェリスのライフスタイルへの取り組み方と、シリコンバレーのハッカーたちの思考法には似たところもあります。両者とも、ゴールへ到達する最短経路を探しています。また両者とも、自分の利益のために既存のルールの裏をかいたり、新しいルールを作るのを善しとしています。「『「週4時間」だけ働く。』は時間のハックだ」と、ベンチャーキャピタルファームFloodgate社の創設者で、ときどきフェリスの共同出資者にもなる、Mike Maples氏は言います。「この本は時間ハックとも呼べるものだ。そして、『4-Hour Body』はボディーハックと呼んでいい。タイトルに「ハック」こそつかないが、基本的なアイデアはハッカーのメンタリティーに通じるものがある」。

■「仕事量」を最大化するのではなく「結果」を最大化する

フェリスは、生産性を「時間管理」の観点で見ないよう、読者に訴えています。「時間管理と聞くと、24時間がまるで詰め込めるだけ詰め込むべき『枠』のようなものに思えてくる」とフェリス。生産性を最大化するには、「する」ことより「しない」ことにフォーカスすべきなのだとフェリスは言います。大切なのは「結果」を最大化することであって、「仕事量」を最大化することではありません。

フェリスの一風変わったアドバイスの一部は、彼が「80/20の原理」と呼ぶものに由来します。80%の成果は20%の労力からきており、80%の時間の浪費は、20%の要因によるというもの。つまり、時間を浪費している20%を削って、できるだけ多くのエネルギーを生産的な20%に注ぐべきなのです。フェリスのBrainQuicken時代の体験が、この法則をよく説明しています。あるときフェリスは、日常のストレスの大半が、たった2人のクレーマー顧客から来ているのに気づきました。その悪影響は私生活に及ぶほどでした。フェリスは2人の顧客に、これまで通りの取引はできないと通告しました。結果、1人は去り、1人は態度を改めてくれました。節約できた時間を優良な顧客のために使えるようになり、収益もアップしました。

「あの一節が私の目に飛び込んでたのです」とEコマース・プラットフォーム「Shopify」のCEO、Tobi Lütke氏は言います。「ビジネススクールで顧客を切るような提案をすれば、たちまち教室を追い出されてしまうでしょう。しかし、私の経験上、フェリスは真実を語っています。このやり方は、あなたが本当に一緒に働きたい顧客とは誰かを明確にしてくれます。また、あのようなプロセスを経なければ、自分がどのような顧客を真に求めているのかを知ることはできません。」

■自動化できることもあればできないこともある

フェリスのファンたちは、フェリスの本から、自分のニーズに合わせて「いいとこ取り」をします。フェリス自身も「いいとこ取り」をうまく活用しています。TaskRabbitで見つけた現在のアシスタントは、フェリスのスケジュールを管理したり、朗読会をしている街へ本を送ったり、さまざまな調べ物などをしてくれます(今回のバリ島旅行を手配したのも彼女。PowerPointで作った旅行計画書は実に40ページを超えました)。ただし、マーケティングに関してはそれほど簡単にはいきません。

「システムをセットアップするのが難しくなっている」とフェリスは認めます。「BrainQuicken時代は、ただ商品を売ればよかった。しかし、今、商品は僕自身だ。ポイントは、僕がいなくてもプロダクトを作り出せるようにすることだ」。 とはいえ、フェリスは自分でブログを書くことにこだわっており、これはサプリの製造販売を外部委託するのに比べて、多大な時間と労力がかかります。「自動化できることもあるけど、品質管理については、自分の目で確かめるしかないんだ」。

フェリスは、修行の旅らしく、今回のバリ島滞在中はアルコールを控えています。ある日、私たちはウブドのオーガニックカフェでハッピーアワーを過ごしました。健康によさそうなターメリックジュースと、あらゆる病に効くという「ボールパークマスタード」みたいな色の白亜の混合スープを飲みながら。「僕たちの口に合うように人参をブレンドしてくれちゃったのかも」と、彼は残念そうに言いました。

フェリスの3冊の本を貫くアイデアがあるとしたら、それは「終わりなき自己改善」です。フェリスは自身の生活を、完全に自動化された日本のハイテク工場みたいに運営しています。すべての行動が考え抜かれており、あらゆるインプットとアウトプットの効果がきっちり測定されています(実際フェリスは『The 4-Hour Body』の執筆中、大便の重さを計りさえしていました)。

バリ島でインドネシア語とガムランを習っているように、フェリスは常に新しいスキルを身につけようとしています。フェリスにとって、ここ数年で最難関の自己教育プロジェクトは、テック系スタートアップで働いたことがないにもかかわらず、テック系スタートアップの経営について学ぶことでした。この探求はうまくいったようです。現在、フェリスは30以上のスタートアップに投資や顧問業務(株式と交換に)を行っており、その多くは生産性ツールを開発している企業です。例えば投資先には、Shopify、TaskRabbit、Evernote、Uber、Rally、Reputation.comなどがあります。また、フェリスの共同出資者には、Diggの創設者Kevin Rose(現在、Google Venturesのパートナー)、About.meの創設者Tony Conrad,、Instagramの創設者Kevin Systrom、前出のMike Maplesなどが名を連ねます。

■隣人と張り合う人生からの撤退

ここで疑問が湧きます。フェリス自身は自分でテックスタートアップを作る気はないのか? 生産性ツールを開発したり、オンラインでライフコーチサービスを提供して、大金を稼ぎたくないのか...? フェリスはぼんやりと別のアイデアを持っているようです。「お金儲けが嫌いなわけじゃない」フェリスは言います。「でも、終わりはどこにある? 億万長者たちの仲間入りをしたとして、それが自己評価の基準になる? そんな僕のビジネスに関わった人はどこへ連れていかれる? とても暗く、退廃した場所に連れていかれるだろうさ。そして、僕は慢性的なストレスに悩むことになる。何をするにしても拡大成長へと駆り立てられているのだからね」。

フェリスはデジタルアニメーションスタジオの構想を持っているようです。ハウツービデオをつくるためのスタジオです。TV番組の製作にも興味を示しています。たぶんテーマは「いちかばちかの要素を含む高速学習」になるはず。また、フェリスは、外国の本や絶版本などの版権を獲得して、自分の読者に売ることも考えています。フェリス印のセルフヘルプ・ネットワークを構築するのです。

「僕は好きなことができるだけのお金を持っている。良い人間関係もある」とフェリス。「この旅行の目的のひとつは、隣人と張り合う人生からの撤退なんだ。それに巻き込まれるのは簡単さ。でも今回みたいに電源OFFするのは簡単じゃない。シリコンバレーの連中は絶対にやらないさ。彼らは僕と張り合いたいんだからね」。

Tim Ferriss' 4-Hour Reality Check|Inc.

Tom Foster(訳:伊藤貴之)

photo by Scott BealeAnne Helmond