説得力が求められる時代ということで、ロジカルシンキングとか論理的コミュニケーションの技術とかがもてはやされているが、そうした論理面のスキルがこれほど流行っても、いまだに説得力が身につかないと悩んでいる人が圧倒的に多い。

それはなぜかといえば、人間は理屈よりも気持ちで動くからだ。

(1ページより)

心理学者が教える 思うように人の心を動かす話し方』(榎本博明著、アスコム)の著者は、そう言い切っています。つまり、いくらスキルを身につけたところで説得はうまくいかない。だからこそ、人間すべてに共通する心理法則に基づき、説得の技術を伝えるために書かれたのが本書だというわけです。

書かれていることは、どれも心理学の実験によって科学的に実証されたものばかり。第1章「このキラーフレーズが、人の心を動かす」から、いくつかをご紹介します

1.「話だけでも聞いてください」

セールスマンから「話だけでも...」と言われると、気のいい人はつい聞いてしまうもの。しかし受け入れやすい小さな要請を最初にのんでしまうと、はじめから言われたとしたら承諾できない法外な要求も、いつの間にか受け入れてしまう心理状態がつくられるのだそうです。

ポイントは、前に要請を受け入れたという事実。「前は気持ちよく受け入れたのに、今度は断る」ということが、心のなかに矛盾を生じさせてしまうわけです。人は自分のなかに一貫性を持たせたいと思うので、矛盾を嫌う。したがって、軽い要請をいったん受け入れると、さらなる要請が出されたとき断りにくくなってしまうのです。(12ページより)

2.「力を合わせて成功させましょう」

励ましの言葉にもいろいろありますが、たとえば「がんばってください」は、励ます人とがんばるべき人がはっきり区別されています。「がんばってください」という場合は、心理的距離の開きや立場の違いが明らかに存在しているということ。しかし「がんばりましょう」という場合には、発話者は相手と同じステージに立っているため、そこには心理的一体感が生まれやすいのだとか。

つまり、「あなた」と「私」ではなく「私たち」、「〜してください」ではなく「〜しましょう」という言葉が有効だということ。仕事や取り引きに際しては、「やりましょう」式の一体感をかもし出す言葉に充分注意を払う必要があるそうです。(18ページより)

3.「詳しい説明は、また次の機会に」

「中断法」は、あまり乗り気でない相手の注意を喚起するために有効な方法。相手に関心がなさそうな場合、しつこく説明するのは逆効果になるので、話を中途半端に切り上げる。どんなにつまらない話でも、途中で中断されると気になってしまうため、この中途半端な中断が意外に効果的だということです。

切りのいいところで話を中断すると、続きを始めるのにかなりエネルギーを要するもの。しかし中途半端なままだと、「なんとか切りのいいところまで完成しなければ」という緊張状態が持続しているため、次のとっかかりが楽になるといいます。(28ページより)

4.「言いたいことは、次の4点です」

発言する際に話の冒頭で、話のポイントがいくつ出てくるかを明示する。そうなると相手も聞いた話を順々に整理していけばよいだけなので、非常にわかりやすい。しかもそればかりか、これができる人は頭の中がクリアに整理された頭脳明晰な人という印象を聞き手に与えることができるそうです。

ところで相手を説得したいときの方法は、相手によって異なるのだとか。あまりものごとを深く考えないタイプに対して伝える際には、最初に結論を明示するやり方が適切。反対にものごとを深く考えるタイプには、結論を保留し、こちらが望む結論に至るのに都合のよい判断材料を並べ、こちらの望む結論を本人が出すように誘導するという高等テクニックが効果的だといいます。(36ページより)

5.「お一人様3個までに限らせていただきます」

人は「お一人様3個までに限らせていただきます」というような謳い文句に弱いものですが、このような文句は、文字どおりの意味の裏に別のメッセージを流しているのだそうです。

「一人三個に限らないとすぐなくなってしまうほど人気があります(すぐに売り切れてしまいます)」

「いくつでもほしいという人が出てくるほど人気があります(お買い得です)」

買える人数や一人あたりが買える個数を制限することが人の欲望を刺激し、「買わないと損」というような気持ちに駆り立てるというわけです。だからこそ、「先着」「本日だけの」「お一人様◯◯限り」「キャンペーン中だけの」というような謳い文句の裏側に流れるメッセージにつられないよう注意が必要。(50ページより)

心理学に基づいた話し方(または話の聞き方)のメソッドであるため、ひとつひとつの主張が強い説得力を持っています。ここに書かれていることを身につければ、たしかに人の心を動かしやすくなるかもしれません。

(印南敦史)