『レスポンシブル・カンパニー』(イヴォン・シュイナード+ヴィンセント・スタンリー著、井口耕二訳、ダイヤモンド社)は、アウトドア・ブランド「パタゴニア」の創業者であり、2007年に『社員をサーフィンに行かせよう ── パタゴニア創業者の経営論』で話題を呼んだ著者の新作。前作が経営哲学を説いていたのに対し、本書がクローズアップしているのは「企業の責任」。具体的にいえば、
「最高の製品をつくり、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する」(4ページ「日本版への序文」より)
というミッションステートメントを軸に、地球環境の保全と、高い品質をともに実現することの重要性について書かれています。きょうはオーナー、社員、顧客、地域社会、自然という五種の利害関係者に対する事業責任について語られた第5章、「経営責任とは」に焦点を当ててみます。
第一の側面 ── 事業の健全性に対する責任(151ページより)
最優先の責任が全うできなければ、社会や環境への責任を論ずるわけにはいかない。だから、きちんとした経営は重要。ただし、無料で使えるものと思われている自然や人類の共有財産との間で事業の健全性を測る方法は、いまだ確立されていないのが現実。そこで、自然・人類共有財産という資源を考慮できる方法が必要だと著者は主張しています。
しかし、企業の成功と共有財産が持ちつ持たれつの関係にあると考えてしまうと、この世のすべてが経済と政治のシステムに組み込まれているような抵抗を感じるともいいます。お金で買えないものの価値を定める行為や、数字で表せないものを定量化する行為は、それ自体が危険をはらんでいるから。
ここに、地球環境の保全と連動した経営責任の難しさがあります。事実この部分では、どう折り合いをつけていくかについて、著者が戸惑いながらも真剣に考え続けているさまがわかります。
第二の側面 ── 社員に対する責任(155ページより)
企業は製品をつくり、サービスを提供してくれる人々に報いるべき。生産性を高めたいなら、社員の愛社精神や献身、創造性が必要になるため、企業は製品の製造や販売に関わる人、そのサプライチェーンで働く人、全員に対して責任をもたなければならないというわけです。
そして大きくなった企業では、社員を目的に応じたサイズのグループに分けないと生産性が落ちてしまうのだとか。上下関係があまりないかたちで、小さなグループがなにかをなし遂げるには、12人程度が適当だそうです。そしてパタゴニアでも、社内のあちこちに居心地のいい場所をつくり、社員が2〜3人ずつ集まれるようにしているのだといいます。部署が違う人同士が知り合い、情報交換することの大切さを理解しているからです。
第三の側面 ── 顧客に対する責任(160ページより)
顧客を獲得・維持するためには、利用価値のあるモノをつくってサービスを提供することが大切。また「目にとまり、気に入ってもらう」必要があるわけですが、このとき、うそやでたらめで注意を引いてはならないと著者は主張します。
顧客がインターネットで情報を自由に入手でき、不満をブログなどで発信できる時代だからこそなおさら、誠実な姿勢が重要。そして販売やマーケティングばかりを重視せず、顧客が心の底から望んでいるモノを売るようにすべきだといいます。
顧客というのは獲得にも多大なコストがかかるし、入れ替えるのにも多大なコストがかかる。責任ある企業は、顧客を友だちのように遇するのではなく、ある種の衣料品でも食料品でも、住宅、教育、芸術、スポーツ、エンターテインメントでも、会社が提供するものを愛してくれる隣人や仲間として遇しなければならない。
この部分に、パタゴニアの顧客に対する意識が凝縮されています。
第四の側面 ── 地域社会に対する責任(165ページより)
会社は、事業所近隣や事業を展開する都市、業界、ソーシャルメディアを含むすべての地域社会に対して責任を果たすべきだといいます。地域社会にとって企業活動はとても重要で、会社にとっても自分の居場所は大切なポイントだから。
パタゴニアであれば(本社のある)ベンチュラ、リノ、鎌倉、アヌシー(フランス)がそれにあたり、また店舗のある場所も重要だそう。また、地域の居住環境や交通、インフラ、動植物の生息環境に対して会社の事業がどんな影響を与えるのかに必ず注目するといいます。これから半生記の間になすべきは、産業モデルのスケールアップではなく、事業を地域単位でまとめたスケールダウンだと考えているからです。
第五の側面 ── 自然に対する責任(169ページより)
経済と環境の関係を意識するにあたり大切なのは、経済が自然を頼みとしているのであって、逆ではないということ。企業が自然を破壊すれば、経済も空中分解するとも。そして、自然に対しては3つの責任があるといいます。
まずひとつ目は、もっと謙虚になり、もっと自信をもつこと。我々が自然の一部だと認識し、自然を損なわずにこの惑星で暮らせる方法を学べると信じなければならないというわけです。ふたつ目は、可能である限り自然を自然のままにすること。そして3つ目は、ごく普通の事業が自然に与える打撃をなるべく小さくすること。自分たちの名を冠するモノについて、その生成から再生までしっかりと責任をもつことだそうです。
この章だけを確認してみても、パタゴニアの明確な姿勢を感じ取れるのではないでしょうか? そしてそれは、先日ご紹介したジム・ステンゲルの著作『本当のブランド理念について語ろう』で強調されていた「ブランド理念」の理想的なあり方と、まったく同じだと感じました。
(印南敦史)