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連載小説 辻堂ゆめ「ふつうの家族」(1)

文化・科学 | 神奈川新聞 | 2024年9月30日(月) 05:00

 曇天から襲来する雨粒が、轟音(ごうおん)を立てて、築十七年のマイホームを叩(たた)いている。  屋根だけでなく、家じゅうの窓と外壁を。横殴りというより、もはや斜め上殴りの雨だ。暴風に煽(あお)られた雨が空中で渦巻き、住宅街に立ち並ぶ家々の壁に盛大な飛沫(ひまつ)を浴びせ、雨樋(あまどい)の出口から消火放水さながらに噴き出し、緩やかな坂になっているはずの目の前の道路を、まるで急流のように下っていく。  桜石和則(さくらいしかずのり)は、玄関脇の小窓に顔をくっつけるようにして外を覗(のぞ)いていた。小雨のうちに雨戸をすべて締め切っておいたのは大正解だったようだ。テレビのニュースによると、台風が本州に上陸するのは今日の深夜という話だったが、午後四時前からこの様子では先が思いやられる。

 

9月30日連載スタート(毎日更新)

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 曇天から襲来する雨粒が、轟音ごうおんを立てて、築十七年のマイホームをたたいている。

 屋根だけでなく、家じゅうの窓と外壁を。横殴りというより、もはや斜め上殴りの雨だ。暴風にあおられた雨が空中で渦巻き、住宅街に立ち並ぶ家々の壁に盛大な飛沫ひまつを浴びせ、雨樋あまどいの出口から消火放水さながらに噴き出し、緩やかな坂になっているはずの目の前の道路を、まるで急流のように下っていく。

 桜石和則さくらいしかずのりは、玄関脇の小窓に顔をくっつけるようにして外をのぞいていた。小雨のうちに雨戸をすべて締め切っておいたのは大正解だったようだ。テレビのニュースによると、台風が本州に上陸するのは今日の深夜という話だったが、午後四時前からこの様子では先が思いやられる。

画・伊藤健介

 
 何せ、百年に一度と言われる大嵐だ。

 桜石家が居を構えるここ神奈川県には、大雨特別警報が出ていた。いやそれだけではない、暴風特別警報、波浪特別警報、高潮特別警報、洪水警報、土砂災害警戒情報──とにもかくにも最高レベルの各種警報が、一つも欠けることなく勢ぞろいしている。個々の特別警報は数十年に一度の規模の災害を想定するものらしいが、それらが関東一円という広い範囲に一斉に繰り出される事態となると、百年に一度と言っても差し支えないだろう、そう話していたのはワイドショーのコメンテーターだったか、それともしかめ面ばかりしているMCのほうだったか。

「間違っても田んぼの様子を見にいっちゃいけない天気だ……」

「川の様子もね」

 ひんやりとした窓ガラスに額を当てたまま独り言を口にすると、耳の毛をくすぐるように、至近距離から声が返ってきた。うわっ、と肩をびくつかせて飛び退くと、妻の冴子さえこが隣に立っていた。和則の陣地を乗っ取るようにして、小窓から外の様子を窺うかがい、困ったような顔をして頷うなずいている。

「脅かすなよ、もう」

「別に足音を消したつもりはなかったんだけど。雨と風の音でき消されちゃったかな」

 辻堂ゆめ
 1992年生まれ。神奈川県藤沢市辻堂出身。 東京大学法学部卒業。2015年、第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、「いなくなった私へ」でデビュー。「トリカゴ」で大藪春彦賞受賞。「十の輪をくぐる」で吉川英治文学新人賞候補。2022年には「卒業タイムリミット」がNHK総合で連続ドラマ化された。

 

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