日本原子力学会和文論文誌
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論文
福島第一原発港湾から流出した放射性ストロンチウム90Sr(89Sr)量の経時変化の推定
原発事故から2022年3月までの流出量変化の分析と福島沿岸および沖合への環境影響評価
町田 昌彦岩田 亜矢子山田 進乙坂 重嘉小林 卓也船坂 英之森田 貴己
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2023 年 22 巻 4 号 p. 119-139

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Abstract

We estimate the monthly discharged inventory of 90Sr from the port of Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant (1F) from Jun. 2013 to Mar. 2022 by the Voronoi tessellation method inside the port, following the monitoring of 90Sr seawater radioactivity concentration inside the port that started in Jun. 2013. From the estimation results, we find that closing the Seaside Impermeable Wall on Oct. 2015 was the most effective method in reducing the discharged inventory in the period. In addition, after its closure, we confirm that a major source of the discharged inventory is narrowed down to the drainage channels flowing inside the 1F site. As for the nonmonitoring period from Apr. 2011 to May 2013, using the technique proposed by the authors, i.e., the activity ratio of 90Sr to 137Cs of stagnant water measured at the beginning of the accident and the ratio of the discharged inventory for the period until the Seaside Impermeable Wall closure, in which both radionuclides 90Sr and 137Cs were measured, we estimate the monthly discharged inventory of 90Sr and report it from the initial month including the direct discharge accident (Apr. 2011) to the latest month (Mar. 2022) for 11 years in addition to that of 89Sr only for the initial three months. Moreover, we compare the temporal variation of 90Sr with those of 137Cs and tritium. The comparisons reveal that the discharged inventory of 90Sr is the most effectively reduced by closing the Seaside Impermeable Wall and its temporal variation is the most sensitively dependent on precipitation and seasonal changes compared with 137Cs and tritium. Since the riverine input of 90Sr into the sea is negligible compared with those of 137Cs and tritium, we can evaluate the impact of the discharged inventory of only 90Sr from the 1F port in the coastal and offshore area centered on 1F. The results reveal the rough monthly discharged inventory required to observe the visible enhancement of the sea radioactivity concentration from the background level in each area. Such an outcome is significant for considering the environmental impact on the planned future release of the treated water accumulated in the 1F site.

I. はじめに

2011年3月11日に起こった東北地方太平洋沖地震により,東京電力ホールディングス(東電)・福島第一原子力発電所(1F)事故が発生し,放射性物質が環境中に放出された。放出された放射性物質の一部は,大気拡散により地上および海洋上に降着した13。また,1F事故では,放射性物質を含んだ汚染水の海洋への直接流出も発生した4,5

1F事故により環境に放出された放射性物質の中でも,放射性セシウム(137Cs,134Cs),放射性ヨウ素(131I),放射性ストロンチウム(89Sr,90Sr),トリチウム(3H)等は環境へのインパクトが大きく,中でも137Cs(半減期:30.1年)と90Sr(半減期:28.8年)の半減期は長く,それらの環境動態は長期に渡って評価すべきと考えられている610

137Csと90Srを比較すると,その地球化学的性質は大きく異なっている。137Csは,アルカリ金属元素であり,土壌粘土鉱物に強く固着する性質11,12を有するため,その多くは土壌表層に留まる性質をもつ。一方,90Srは,アルカリ土類金属元素であり,土壌粘土鉱物への吸着力はCsより弱く,環境中で移動しやすい性質を有することが知られている1320。なお,Srの揮発温度(1,382°C)はCs(678°C)より高く,1F事故での大気への放出拡散量(90Sr)は137Csの千分の1程度であったと見積もられており,地上では1F近傍以外,その影響は137Csと比べ,ごくわずかであると考えられている21,22

以上の知見より,1F事故を通して,1つの核種90Srに着目する場合,海洋流出を評価することが最も重要と考えられる。しかし,放射性Srの流出量の推定では,事故初期の推定結果が一部ある他2325,初期(2011年)から現在(2022年)までに至る長期的かつ系統的な研究はほとんど行われていない26,27。その理由の1つとして,放射性Srは純β核種であるため,放射性物質濃度の計測が放射性Csと比べ格段に難しく28,29,サンプリング頻度が少ないこと等が挙げられる。さらに,そのサンプリングによる海水濃度(1F沿岸)は,137Csのそれと比較すると十分に低く,平均的な濃度比は137Csに対し0.025程度であると指摘されている24,26。なお,事故前の濃度比は0.63程度24,26であり,1F事故での137Csの海洋へのインパクトの大きさがわかる。

しかし,SrはCaと同族元素であり,生体内に取り込まれると,骨等への沈着により体内滞留期間はCsと比べて長く3032,内部被ばくが懸念される核種33,34であることから,環境への流出量を評価した上,環境中での動態を詳細に研究すべき放射性物質であると位置付けられている35,36。なお,海水魚における90Srのモニタリング結果(事故後~2015年)からは,1F港湾近傍で取得されたサンプル以外,ほとんどバックグラウンドレベルにあったことを付記する37

本論文の目的は,上記の事由より,放射性Srの1F港湾からの流出量を,モニタリング結果をもとに推定する他,その流出による福島沿岸および沖合海域への影響について論ずることにある。特に,放射性Srの場合,地上への放出量(大気放出量)はごくわずかであることから,放射性Csやトリチウムのように,河川等からの海洋流出を考慮する必要性は,ほとんどなく9,1F港湾からの流出のみ考えればよい。また,懸濁粒子への吸着も無視できるため,溶存成分のみの動態に集中すればよい24,26,3842。したがって,1F港湾からの溶存成分の流出量が最も重要である他,その流出溶存成分の沿岸・沖合での移流拡散挙動の知見を得る上で,最も適切な放射性核種となる。以上,本論文では,事故初期(2011年4月)から2022年3月まで,おおよそ11年間に渡り,月単位での流出量を推定し,その経時変化を分析する。

以下,本論文の構成を記す。次章(II章)にて,1F港湾内の90Srのモニタリング状況を説明し,1F港湾内のインベントリーの推定法と1F港湾から福島沿岸への流出量を推定する計算方法を示す。III章では,推定流出量の経時変化の主要要因を分析する他,1F港湾内への流入量を別途,東電が公開している排水路およびサブドレン等浄化水のデータから推定し,1F港湾外への流出量と比較評価する。IV章は,II章で示す流出量の推定結果と137Csの推定結果(発表済み)との流出比や滞留水の放射能比等をもとに港湾内90Srのモニタリング開始以前(2011年4月~2013年5月)の流出量を推定する。V章は,1F沿岸・沖合でのモニタリング結果からIV章までの推定流出量との比較より,1F沿岸・沖合での溶存態90Srの移流拡散挙動と環境影響について議論する。最後にVI章でまとめと結論を記す。

II. 1F港湾から流出する90Sr量の推定(ボロノイ分割)

本II章では,1F港湾内の90Srのインベントリーを推定するボロノイ分割法を説明し,それをもとに1F港湾から流出した90Sr量を推定する。まず,本II章1節にて,1F港湾内での90Srのモニタリング状況を説明し,港湾内での濃度とその経時変化について記す他,ボロノイ分割法と流出量の推定手法43について簡潔に記す。本II章2節では,モニタリングを開始した2013年6月から2022年3月までの月単位での推定流出量を報告する。本II章3節では,本II章2節の推定結果から,おおよそ9年に渡る経時変化の要因を分析するため,政府・東電が実施した汚染水対策工事等との関係について考察する。

1. 90Srの1F港湾内でのモニタリングとボロノイ分割による流出量の推定方法

1F港湾内で測定された90Sr放射能濃度の2地点での経時変化をFig. 1に記す。90Srの1F港湾内でのモニタリングは,2013年6月より港湾内の複数の定地点で始まった。2015年8月までは,月に1回の頻度で実施されたが,それ以降は,週に1回の頻度で行われている44Fig. 1(a)は,それらの地点の中でも,代表的2点(「港湾口」および「物揚場前」と呼ばれる2地点:Fig. 1(a)内挿図参照)についてのモニタリングデータの経時変化である。Fig. 1(a)より,港湾内濃度の変動は大きいが,陸地に近い地点ほど濃度は高く,港湾口に近いほど低い傾向がある。これは,筆者らにより,137Csおよびトリチウムで報告した状況43,45と等しく,流出源が陸側に由来するためと考えられる。次に,両地点の経時変化をみると,2015年10月(遮水壁閉合:本II章3節にて詳述)以降,両地点の濃度が顕著に減少したことがわかる。その後,変動成分は大きいが,年単位での平均的経時変化に着目すると,おおよそ一定濃度で変化はほとんどみられないことがわかる。

Fig. 1

(a) Nine-year temporal variation of 90Sr seawater concentration (Bq/L) from Jun. 2013 to Mar. 2022 at the monitoring points called “In front of shallow draft quay” and “Port entrance” displayed in the right-hand-side insert figure. (b) Focused view of the temporal variation from Oct. 2015 to Mar. 2022 of (a) with the background level and precipitation temporal variation. The boxplot of the seasonal variation of the concentration is inserted

次に,上記の変動成分の要因を探るため,2015年10月以降(遮水壁閉合後)の経時変化を抜き出し,降水量の経時変化とあわせてプロットした結果をFig. 1(b)にまとめる。Fig. 1(b)より,90Srの濃度のピークは降水量増加のタイミングとおおむね一致していることがわかる。これは,降水とともに陸域から1F港湾への流入量が増大するためと考えられる。この状況は137Csとも共通する。また,2016年から2021年の5年間に渡り4シーズンの物揚場前の箱ひげ図をFig. 1(b)の内挿図とした。この結果から,季節変動(夏季に濃度が高く春季と秋季が次に高い)も明らかにみられる。これは,降水量の多い夏季に,土壌や構造物の表層に沈着した90Srの洗い出し量が増大するためとも考えられる。しかし,本論文で結論を記すには,データや分析が不足しており,上記の指摘のみとする。なお,福島県浜通りの河川での137Csの溶存態の流出量においても,同様の季節変動が観察されているが,気温の上昇により土壌表層の有機物の分解が進み,河川水への137Cs溶出率の増大が1つの要因として議論されている46,4790Srについては,河川等での系統的モニタリング結果4850は少なく,日本のように,季節変化が顕著な温帯域での90Srの環境動態を考える上で,上記の結果(季節変化)は,解明すべき課題と考えられる。

Figure 1(b)には,現在,北太平洋沖合でみられる90Srのバックグラウンド(BG)濃度(0.0008~0.0016 Bq/L)51,52もあわせて示した。これらの結果から,現在,1F港湾内の90Sr平均濃度は,BG濃度の10倍程度あることがわかり,1Fからの流出が継続していることがわかる。しかし,IV章にて説明するように,1Fより南北10 kmおよび東に5 km離れた地点(沿岸域)の多くは,2015年10月以降BG濃度レベルにあり,137Csと比べると,その影響の範囲は限定的である。なお,モニタリングでは,検出限界値を定め,その値以下と判定された場合は検出限界値以下と発表される44Fig. 1では,測定において検出限界値以上が得られた場合のみの値をプロットしたことを記す。

Figure 2は,上記で経時変化を示した物揚場前と港湾口と呼ばれる観測点において,月ごとに観測値が検出限界値を下回った頻度(検出限界値以下が観測される回数/測定回数)をプロットした他,設定された検出限界値範囲を上に示す。当初,検出限界値は高く設定されていたが,観測濃度が下がると同時に検出限界値が下げられ,検出限界値以下となる頻度を低下させる取り組みが実施されていることがわかる。また,検出限界値は地点間で異なり,港湾内すべての観測点で検出限界値以下となる事態を避ける取り組みも行われている。

Fig. 2

Temporal variation of the monthly frequency when the measurement result was beneath the detection limit whose application periods are displayed along the upper arrows at (a) “In front of shallow draft quay” and (b) “Port entrance”

次に,1F港湾から流出する90Sr量を推定する手法を説明する。先ず,1F港湾内の90Srのインベントリーを推定する。次にそれに一日当たりの港湾内の海水交換率をかけることで,港湾からの一日当たりの流出量が推定可能となる(式は下記のとおり)43

  
\begin{align} &\text{1F港湾から流出する}^{90}\text{Sr量(/日)}\\ &\quad =\ \text{1F港湾内の}^{90}\text{Srのインベントリー} \\&\qquad\times\ \text{1F港湾の海水交換率(/日)} \end{align} (1)

ここで,1F港湾の海水交換率(/日)だが,0.44という値がKanda53により与えられており,以前の論文43,45と同様に,本論文でもこの値を利用する。この値は,事故初期に高濃度汚染水の直接流出が2号機取水口付近で起こった際,流出直後の港湾内濃度の減衰過程から算出した値であり,実測データに基づく量である。その値の利用に当たっての注意点については,以前の論文43,45にて記した。文献45)によると,通常時は保守的な値であるが,大雨時に流出量が増える際は,過小評価になる可能性があることを注意する。しかし,月および通年レベルにおいて,0.44をTarget Area(Fig. 3(a)参照)に適用し90Srの1F港湾からの流出量の評価に用いることは妥当(保守的条件)と考えられる。特に,1F事故後,港湾内の補修工事54が行われ,港湾内の閉鎖性は徐々に強化されていることから,評価の保守性は十分と考えられる。

Fig. 3

(a)Target area painted by blue color for estimation of 90Sr inventory inside 1F port and (b–c) temporal variation of monitoring system of 90Sr inside 1F port up to Mar. 2022

次に(1)式の1F港湾内の90Srのインベントリーの推定方法を記す。方法は,以前の論文45にて記したとおり,検出限界値以下となった測定に対しては,検出限界値とゼロを付与し,その幅内での推定を行う43,45。したがって,最大値と最小値の2値が推定値となる。なお,真の値は検出限界値とゼロの間にあることから,得られる幅内に真の流出量があることを記す。

次に1F港湾内での90Srのモニタリング体制(モニタリング位置とその経時変化)をFig. 3(b–c)にまとめた(Fig. 3(b–c)参照:モニタリング位置を点で表示)4490Sr濃度(Bq/L)のモニタリングは2013年6月から開始され,現在(2022年3月)まで続いている。このモニタリング体制により,港湾内のインベントリーをおおよそ評価することが可能である。その際,モニタリング点間の位置関係を勘案するボロノイ分割55Fig. 3(b–c)参照)が簡単で便利である。ボロノイ分割とは,隣接するモニタリング点間の垂直2等分線により囲むボロノイ面を定義し,対象領域をそのボロノイ面で分割することを指す(Fig. 3(b–c)参照)。その定義された各ボロノイ面に対し,面積と平均水深との積を求めることで,各ボロノイ面内の海水容積が得られ,モニタリング結果(90Sr濃度)との積を計算することで,各ボロノイ面内の海水の90Srのインベントリーが推定可能となる。したがって,それらの量をすべて足し上げることで,1F港湾内の90Srのインベントリーが推定され,(1)式を用いて流出量が推定可能となる。なお,着目する港湾内とは,Fig. 3(a)で示したTarget Areaとする。理由は,開渠部(Unit 1∼4 Intake Open Channel: 1F1~4号機が海水を取水/排水するための矩形の港湾領域)出口付近にシルトフェンス44が敷設され(Fig. 1Fig. 3(a)参照),開渠部内外の海水交換率は大幅に抑制され,Target Areaのみが海水交換率(~0.44)で自由に港湾外と交換するからである45。なお,モニタリングの開始初期は,モニタリング地点数は2地点に限定されるため,隣接地点のモニタリング濃度を,Fig. 3(b)の赤矢印のように再分配(最近接サンプリング地点の濃度を分配)することで,港湾全体のインベントリーを推定する。2015年9月以降は,Fig. 3(c)のように4地点での観測が行われ,4地点でのボロノイ分割による推定が可能となり,インベントリー推定精度は向上している。

2. ボロノイ分割による2013年6月~2022年3月までの90Sr月間流出量の推定

本節では,前節にて記した方法を用いて流出量を推定した結果を示す。なお,各ボロノイ面のインベントリー量を推定するため,各点でのモニタリング値を入力するが,そのモニタリング値は検出限界値以下となる場合もあり(Fig. 2(a–b)参照),その場合は検出限界値とゼロの2つの値を入力し,その幅内での推定とする43

上記の方法にて推定した1F港湾内からの月間90Sr流出量の経時変化をFig. 4に示す(なお,上記期間の月間流出量はTable 1にて黒字で記載)。Fig. 4(a)からわかるように,推定値は最大値および最小値の2値となり,観測初期は,最大と最小の区間幅は小さいが,2015年以降,その幅は拡大していることがわかる。これは,港湾内の90Sr濃度が減少するにつれ,各モニタリング地点において,検出限界値以下となる頻度が増大したためである(Fig. 2(a–b)参照)。

Fig. 4

(a)Temporal variation of monthly estimation of 90Sr discharged inventory from 1F port, whose comparison with that of tritium being inserted in the right-hand upper side from Jun. 2013 to Mar. 2022, (b) with the time when countermeasures being performed by TEPCO, and (c) whose comparison with that of 137Cs being given with precipitation temporal variation

Table 1 Estimation of monthly discharged inventory of 90Sr (Bq/month) from 1F port using the Voronoi tessellation method during the period from Jun. 2013 to Mar. 2022 (black), the ratio of 90Sr to 137Cs in the stagnant water in Apr. 2011 (red) and the same ratio of the discharged inventory during May 2011 to May 2013 (blue), respectively


推定された90Srの流出量は,137Cs43およびトリチウム45と比べて十分小さい(137Csとの比較:Fig. 4(c),トリチウムとの比較:Fig. 4(a)挿入図)が,事故時の炉内インベントリー56は,137Csと同程度(1F2号機での90Srと137Csの初期インベントリーは,各々,1.9 E+17 Bq,2.6 E+17 Bqと推定)であり,その環境放出量と動態は詳細に調査する必要がある。90Srの場合,大気拡散により放出された量は,137Csと比べわずか10であり,その多くが1F敷地内(その多くは炉内)に留まっていると考えられ,1F港湾からの流出量の推定が,環境影響を考える上で最も重要と考えられる。当然,事故初期の流出量が最も大きいと考えられるため,その推定については,IV章にて実施する。

3. ボロノイ分割による90Sr推定流出量の経時変化要因の分析

本節では,Fig. 4(a)で示した推定流出量のおおよそ9年分の経時変化について,その特徴的変動を分析する。まず,時間経過に伴い減少傾向にあることがみて取れるが,比較的大きな増加および減少が断続的に起こったことがわかる。そこで,1F港湾内での主要な工事57が行われた時期をFig. 4(b)に記した。増加イベントとしては,2015年4月にポンプを用いたK排水路の港湾内への付け替えがあり,港湾内からの流出量が増加した(付け替え試験は3月下旬より実施されたため3月度から上昇58したと考えられる)。一方,劇的な減少イベントとしては,2015年10月の海側遮水壁閉合59があった。この閉合工事により,流出量はおおよそ一桁(最大)程度減少し,その後の流出量の変化はあまりない。この変化は,Fig. 4(a)内挿図にて示したように,トリチウムの経時変化45と類似し,137Csの流出量推定結果43と比べ,閉合工事による効果が明白に観察されている(Fig. 4(c):90Srと137Csの経時変化43をプロット)。これらの違いは,放射性核種ごとの懸濁態(固体)への分配係数の違いにより説明できると考えられる。90Srの場合,懸濁態(固体)への分配量は小さいが,137Csの固体への分配量は大きい37,6063。したがって,放射性核種を運ぶ担体として,Srの場合は溶存態が主となる一方,Csの場合は,相当量が固体すなわち懸濁態成分となる。遮水壁閉合により,汚染水の漏えいが抑制されたと考えると,90Srの方が減少率は大きいと考えられる。一方,懸濁態への分配がほとんどないトリチウムも90Srと同様,遮水壁閉合による効果は大きく,類似の振る舞いを示している。以上より,汚染水の流出を抑制したことで,90Srの港湾内海水中濃度は,トリチウムと同様,迅速に減少したと考えられる。なお,参考情報として90Srの海水中での港湾内に設置された吸着繊維への分配係数は,1F港湾内で4.5 L/Kg程度である一方,Csは8.8 × 103 L/Kgとの報告があり,海水中での90Srの吸着量は137Csと比べ極めて小さいことが,実測により知られている64。さらに,海水と海底堆積物との分配係数については,90Sr(Kd = 1~100 L/kg)である一方,137Cs(Kd = 100~1,000 L/kg)と報告されている37,38,62,63。以上,SrはCsより水和自由エネルギーが大きく,溶存イオン態としてより安定であり65,66,この化学的性質の基本的な違いが,上記の流出量変化の違いに反映されたと考えられる67,68

次に,90Srの流出量変化の工事以外の要因について考察する。Fig. 4(c)には,比較のため,降水量(月単位)の経時変化も示した。この図から,降水量の多い月に90Srの流出量もおおよそ上昇していることがわかる。この傾向はFig. 4(a)内挿図で示したトリチウムの流出量とは異なっている。一方,137Csの流出量も同様に降水量の多い月に上昇する傾向を示すが,90Srの方がより顕著であることがわかる。この要因としては,90Srは建屋および土壌に弱く吸着しており,降雨により発生する流水により輸送される際,その多くが溶存成分に分配されると考えると,その現象がおおよそ説明できる6972137Csの場合は,溶存成分への分配は小さく,その多くが粒子成分に固着したまま移動するため,降水により流出量は増大するが,中途で堆積する成分等もあり,90Srと比べると,その流出の割合は小さくなると考えられる。すなわち,降水により,90Srと137Csを含む溶存態および懸濁態の輸送が起こるが,90Srの場合,より多くが流水中の溶存成分として港湾外へ流出すると考えられる。

また,Fig. 4(a)内挿図でみられるように,遮水壁閉合により,トリチウムより90Srの減少割合が大きいことがわかる。この理由は,遮水壁により遮断された汚染水と,遮水壁により遮断されない排水路等の地上流出水における,トリチウムと90Srの濃度比が異なっているためと考えられる。これらの結果より,遮水壁閉合が最も効果的であった核種は,90Srであったことがわかる。

III. 1F敷地内から港湾へ流入する90Sr量との比較

本III章では,前章にて推定した1F港湾外への90Sr流出量に対し,1F敷地内から港湾内への流入量と比較し,港湾外へ流出する90Srの起源について考察する。本III章1節では,1F敷地内の雨水や排水の流路73のほか,サブドレンおよび地下水ドレンの浄化水の流路74を示し,それらの排出先(港湾内/港湾外)について,東電の公開資料をもとに状況の経時変化を整理する。本III章2節では,それらの流路を考慮し,港湾内への流入量を推定し,前II章にて推定した1F港湾からの流出量と比較する。

1. 1F敷地内の浄化水および排水路の流路とその経時変化

本節では,1F敷地内のサブドレンおよび地下水ドレンの浄化水と排水路の流路を東電公開資料73,74をもとに示す。Fig. 5は,1F敷地内の浄化水と排水路の流路を示した模式図である。1F敷地内には,Fig. 5(a)に示すように,サブドレンと地下水ドレンと呼ばれる井戸(円筒形状にて模式的に図示)があり,各々,建屋内近くと護岸近くで地下水をくみ上げている。くみ上げ水は,一元化された後,浄化され,サブドレン等浄化水として排出される74。浄化に際し,90Srを始めとし,トリチウム以外の放射性物質の多くは分離除去され,低濃度となった後排出される。Fig. 6に,サブドレン等浄化水として港湾内に排出される90Sr量の経時変化を示す。Fig. 6には,比較のため,II章で推定した港湾外への流出量の経時変化も記した。Fig. 6より,サブドレン等浄化水の港湾内へのインプット90Sr量はごくわずかであり,ほとんど港湾外への流出量には寄与していないことがわかる。これは,90Srに対し,浄化が効果的に機能していると考えられる75

Fig. 5

(a) Schematic map for processing and releasing routes for water collected from both subdrain and groundwater drain and bypassing route for groundwater flowing downhill before reaching the plants, and (b–d) history of drainage route maps up to Mar. 2022, in which solid and dashed arrows indicate routes released into inside and outside 1F port, respectively [Map data: Google, ZENRIN]

Fig. 6

Temporal variation of monthly estimation of 90Sr discharged inventory from 1F port and estimated 90Sr input inventory into 1F port through both all drainages and subdrain etc. purified water (green square) with only the subdrain etc. purified water (blue square)

次に,港湾内への90Sr流入候補となる排水路に注目する(Fig. 5(b–d)参照)。排水路の流路は,事故後,年月とともに変更され,その出口は港湾外から港湾内へと変更されてきた45。この事実を考慮し,港湾内への排水路からのインプット量を推定する。推定には,東電が測定した排水中の90Sr濃度と,定期的(毎日一度の頻度)に測定されている流量(m3/s)を用いる73。ただし,90Sr濃度の測定は,他の放射性物質(137Csおよびトリチウム)と異なり,定期的に実施されておらず,一部の限定されたデータのみである。したがって,長期に渡る比較は困難であるが,おおよそのインプット量の推定のみ可能となる。

2. 港湾への流入量と流出量の比較(90Sr)

港湾内へ流入する排水路からの90Srインプット量の総和をFig. 6に記す(緑色の□でプロット)。なお,その総和には上記のサブドレン等浄化水量も加えてある。この結果から,サブドレン等浄化水と排水路の90Sr排出量を合わせて推定できる時期は少ないが,遮水壁閉合後は,それらの総量は,おおよそ港湾外への推定流出量とオーダーにおいて一致することがわかる。なお,サブドレン等浄化水からのインプット量は,わずかであることから,遮水壁閉合後の港湾外への流出量のほとんどは,排水路に起因していることがわかる。なお,排水路とサブドレン等浄化水の90Srの流入量が1F港湾からの流出量より一般に小さい原因としては,2つの理由が考えられる。1つ目は,1F港湾内の海水交換率(0.44)が保守的であり大きいこと,2つ目は,排水路でのモニタリング回数が少なく,降雨時にみられる流出量の増大が推定に際し,十分含まれていない可能性があることを記す。

上記の推定結果から,遮水壁閉合(2015年10月)以降は,排水路に流出抑制対策を施すことで,有効な環境拡散抑制効果が期待できる。なお,排水路の流量は降雨量により大きく変化する一方,90Srの流出量は主に降雨量と相関があることから,降雨時の排水路への集水経路を明らかにすること,経路上での90Srの存在量(分布量)を推定すること等が求められる67,68。以上,対象核種の存在位置と移動経路が明らかになれば,さらに有効な流出抑制および制御を講じることが可能になると考えられる。

また,上記の推定結果より,2015年10月(遮水壁閉合)前にみられた未確認の流出量が推定可能であることもわかる。実際,遮水壁閉合により,1F港湾外への流出量はおおよそ10分の1程度まで減少したことがわかった他,遮水壁閉合後の流出量のほとんどは排水路由来であることから,上記推定が可能であるとわかる。さらに,降水とともに増大する分を差し引けば,その残余の多くは,ほとんど経時変化していない。降水時以外の定常的な流出成分の多くは,おおよそ同じ経路を通り流出していることから,その流出源を同定することは,比較的容易であり,定常的な流出抑制対策を検討することも重要と考えられる。

現在(2022年3月時点),炉心への地下水流入量は,陸側遮水壁76により減少したが,いまだ汚染水が常時発生し,トリチウムを含む保管処理水の貯蔵量の増大は継続している77,78。上記課題の解決策として,2021年4月に保管処理水の海洋放出が政府により決定された79。海洋放出に伴い,保管処理水には90Srも含まれており,今後は,上記で推定した1F港湾からの流出に加えて,保管処理水分も付加され,環境中に放出されると考えられる(十分に低減が図られた後)。以上,今後は,保管処理水分も含めて,1Fからの流出総量を常にモニターする必要があると考えられる。なお,保管処理水分については,サブドレン等浄化水に対し評価した方法(流出量 = 濃度 × 流量)と同じく,流出量を把握することが可能である他,1F港湾からの流出量も上記のように推定可能であることから,海洋流出の全量の把握が可能であることを指摘する。

IV. 1F事故初期の1F港湾からの90Sr流出量の推定

本IV章では,90Srの港湾内モニタリングが開始される以前,すなわち2013年5月以前の流出量を推定する。まず,本IV章1節にて,事故直後から2022年3月までの137Csの港湾からの流出を,その減少傾向の違いより3つの期間に分類する45。本IV章2節では,分類された期間ごとに,事故初期の建屋内滞留水中の137Csとの放射能比56137Csとの流出量比の関係をもとに90Srの流出量を推定する。以上,事故初期2011年4月から2013年5月まで,おおよそ2年間(港湾内モニタリングが未実施期間)の1F港湾からの90Srの1F港湾からの流出量の推定を試みる。

1. 1F事故後(2011年4月~2022年3月)の放射性物質(137Cs)の1F港湾からの流出の経時変化の分類

まず,Fig. 7に,筆者らによる137Csの1F港湾からの流出量推定結果43と本論文にて推定した90Srの流出量との比較結果を示す。Fig. 7からわかるように,港湾内での137Csのモニタリングは事故初期(2011年4月)から行われていたが,90Srのモニタリング44は2013年6月以降のため,事故初期より2013年5月までは,II章とは異なる方法で推定する必要がある。Fig. 7をみると,どちらの核種についても,詳細にみれば,変動の違いはあるが,両者間の流出量の経時変化にはおおよその相関があることがみて取れる。次に,Fig. 7の挿入図に137Csの流出推定量の経時変化の両対数グラフを示したが,その減少傾向の違いにより,流出状況はおおよそ3つの期間に分類できることがわかる。1つ目は事故初期の約3ヵ月程度の期間(期間Iとする)であり,港湾内に高濃度汚染水が直接流入し,数日後には抑止され,港湾内濃度が素早く減少した期間53である。この期間,137Csと90Srの流出量の比は,おおよそ原子炉建屋内の滞留水の放射能比56に従うと考えられる80。その理由は,滞留水が直接流出したことが確認されており,その流出の影響が最も大きいと考えられるからである81,82。2つ目の期間は,直接流出の影響がおおよそ消失し,未確認の継続する流出があったと推定される期間(期間IIとする)である。この不明な継続流出があった期間IIは,海側遮水壁閉合59まで続いたと考えるのが自然である(前III章参照)。この期間以後については,期間IIIとし,IIおよびIII章にて分析したように基底の流出量はあまり変化しない一方,核種特有の変動がみられる。以上,放射性物質の流出の経時変化は,おおよそ3つの期間に分類可能となり,全期間にてモニタリングされていた137Csの推定流出量と滞留水の放射能比と流出量比(90Sr/137Cs)を用いれば,90Srの流出量を推定可能であることがわかる。また,上記の期間ごとに流出量比は異なっていることがわかるが,これは各核種の動態の違いを反映しているためと考えられる。

Fig. 7

Temporal variation of estimated monthly 137Cs (from Apr. 2011 to Mar. 2022) and 90Sr (from Jun. 2013 to Mar. 2022) discharged inventories from 1F port. The inserted figure is its log-log plot. The period from the beginning of the accident to Mar. 2022 is classified into three ones I to III

2. 事故初期から2013年5月までの90Srの港湾外流出量の推定および事故初期の89Srの港湾外流出量の推定

まず,前節で定義した期間Iの90Sr流出量の推定を行う。事故初期の直接流出は,その後の流出量と比べて極めて大きく,原子炉建屋内滞留水の直接流出が支配的である(特に2号機取水口付近からの直接流出の影響が支配的である81,82)。したがって,137Csの流出量が推定されている場合,建屋内滞留水の濃度比(90Sr濃度/137Cs濃度)56より,90Srの流出量が推定可能と考えられる80。事故初期のタービン建屋内等の滞留水中の各核種濃度は西原らにより報告されている56。その報告によると,滞留水の存在地点(主に号機とサンプリング地点の違い)により濃度比は異なるが,2号機の滞留水に対する濃度比を複数取得することが可能である。その濃度比の中から最大値と最小値を抜き出し,90Sr流出量の最大値および最小値を推定する。具体的には,Ref. 56)のTable 7の2号機の測定値の中から,90Sr濃度(最大値)/137Cs濃度(最小値)を濃度比の最大値(7.4E-02)と,90Sr濃度(最小値)/137Cs濃度(最大値)を濃度比の最小値(4.7E-02)とする。それらの値をもとに推定した結果は,Table 1の赤字として記し,Fig. 8(a)にプロットした(△でプロット)。

Fig. 8

(a)Temporal variation of estimated monthly 90Sr and 137Cs discharge inventories from 1F port in the period from the beginning of the accident, Apr. 2011 to Mar. 2022, and (b) log-log plot of (a). The period from the beginning of the accident to Mar. 2022 is classified into three ones I to III

次に,期間I(3ヵ月分)の事故当初の4月以外(5,6月)に着目する。この期間は,滞留水の直接流出が抑止され,高濃度汚染水の直接流出の影響が残存する一方,直接流出抑制後に継続する未確認の流出も含めて,両者が重畳する期間であると考えられる。実際,Fig. 7の内挿図より,その期間の減少傾向は,初期の直接流出後の大きな傾きから期間IIの傾きへと移行しつつあることがみて取れる。90Srの流出についても同様の振る舞いがみられると考えられ,137Csの推定流出量に対し,保守的推定の立場を取り,期間IIにて観測された流出比をもとに推定した。これは,滞留水中の濃度比(Sr/Cs) < 期間IIの流出比(Sr/Cs)という不等式が成立し,期間IIの流出比を用いた方が保守的推定になるからである。以上の考察より,期間IIにおいて,観測されている時期から求めた流出比の最大・最小値を用い推定した結果をTable 1内に示す。また,期間IIにおける90Srの未観測期間に対しても,この流出比の最大・最小値を適用することで,90Srの流出量を推定する。その結果は,あわせてTable 1内の青字で記し,Fig. 8(a)にてプロットした(△でプロット)。

以上より,未観測のすべての期間の推定を実施したが,事故初期の期間Iの2011年5,6月の過渡期の不確実性は,大きいことを付記する。しかし,上記のように,本論文で採用した流出比を用いることで,過小評価は避けられていることを指摘する(すなわち,滞留水と未確認の継続流出の両者の影響が重畳する流出がある際,後者の流出比を両者に果たすことで十分に保守的評価となる)。

以上,事故後の月間推定流出量をまとめたTable 1をもとに,年間流出量の変化を記す表をTable 2に示す。Table 2からわかるように,事故が発生した2011年の流出量は大きいが,137Csと比較すると,炉内インベントリーの放射能比(西原ら44によると2号機にて90Sr/137Cs = 0.73)と比べて90Srの流出量は抑えられたことがわかる。ここで,2011年の推定流出量(1.0~1.7E+14 Bq)と既往文献による初期流出量(5.8E+1323,0.9~9.0E+14 Bq24,1.0E+15 Bq25)を比較すると,おおよそ同じレベルの推定量となっている。なお,既往文献は主に港湾外にて測定された海水の濃度比をもとに推定していることを記す。また,遮水壁閉合により,その流出量は大きく減少し,近年(2021年)の流出量は2011年と比較し,おおよそ1万分の1になったことがわかる。

Table 2 Annual discharged inventory of 90Sr from 1F port from year 2011 to 2021

Year Min (Bq) Max (Bq)
2011 1.0E+14 1.7E+14
2012 1.6E+12 3.1E+12
2013 9.3E+11 1.2E+12
2014 1.9E+11 2.1E+11
2015 2.8E+11 3.1E+11
2016 3.1E+10 3.8E+10
2017 1.9E+10 2.6E+10
2018 8.7E+09 1.5E+10
2019 6.6E+09 1.3E+10
2020 2.9E+09 9.4E+09
2021 5.1E+09 1.2E+10

次に,89Srについても,初期流出量を推定する。Srの放射性同位体89Srの半減期は50.57日であり,90Srの1/208である。先行研究では,90Srの初期流出量が議論されたが,89Srの流出量の報告例は少ない24,25。本論文では,この89Srの流出量についても論じる。なお,89Srの半減期(50.5日)から事故初期の推定を実施すれば十分であり,かつ,滞留水中の放射能比(保守的立場から最大値を取る)から簡単に求めることが可能である。西原らの報告によれば,2号機滞留水において,その比は7.0/1.4(89Sr/90Sr)であり,2011年4月,5月,6月度の流出量は,90Srの流出量の最大値をもとに4月:7.1E+14,5月:7.6E+13,6月:2.2E+13(3ヵ月間総量:8.1E+14)と推定される。また,実測濃度比ではなく,2号機事故時(3/11)のコアインベントリー推定比22.0/1.956から求めると4月:1.6E+15,5月:1.8E+14,6月:5.1E+13(3ヵ月間総量:1.9E+15)とも推定できる1089Srの半減期を考慮すると,後者の推定は,より保守的な推定値である。

以上の未観測期間の推定結果(期間IとIIの前期)について考察する。Fig. 8(a)からわかるように,事故初期の90Srの流出量は137Csのそれと比べて小さいが,その原因は滞留水の放射能比(90Sr/137Cs)56に由来し,その値は,最大で0.074と推定される。しかし,直接流出が抑制された後の未確認の継続流出では,90Srの137Csに対する比率は増大する。期間II内の2013年6月以降より遮水壁閉合前までの期間,その比率はFig. 8(b)からわかるように1.4(最大)~0.7(最小)倍となり,期間IとIIの間で,その比は,おおよそ10~20倍ほど増加したことがわかる。しかし,この増加比率の詳細な経時変化を推定することは難しく,保守的評価を実施するため,期間Iの5,6月およびその後の未観測期間については,2013年6月以降,遮水壁閉合までの期間に測定された流出比(IV章2節参照)を用いて推定したことを注意する。

期間IとII(観測期間)の間で起こったその10~20倍もの流出比率の増加の要因を考察する。直接流出時,滞留水それ自体の流出81,82が目視されたが,直接流出の抑制後,汚染水は幾分,護岸地下等に浸透し,放射性物質は護岸土壌や構造物等と十分に接触した後,1F港湾へ流出したと考えられる。その際,粘土鉱物等への吸着力11,1290Srに比して強い137Csの流出は,90Srに比べ大きく減少したと推測される(すなわち,護岸近くの土壌等に多くの137Csが吸着)66,6972。また,各種の汚染水処理システムが2011年6月より段階的に運転を開始したことも,流出水中の137Csに対する90Srの濃度比を増加させた要因と考えられる(初期のシステムでは,放射性Csの抑制が有効であった83,84)。以上,137Csの流出量は,土壌および構造物によるフィルタリングの効果等により大幅に減少したが,易動度の高い90Srの流出量の減少は,137Csと比べ小さく,流出比率は大きくなったと推定される85Fig. 8(a)参照)。なお,この流出比の変化はII章3節で記したように両者の海水と懸濁態の分配係数の比のオーダーともおおよそ一致する38,62,63。このような現象はトリチウムの流出量推定結果においてもみられたが,トリチウムの場合はおおよそ1,000倍もの流出比の増大が推定されている45

次に,海側遮水壁閉合後の期間IIIをみる。この期間,90Srの137Csに対する流出比は,大きく減少している。これは,海側遮水壁閉合後,90Srの港湾へのインプットのほとんどが排水路となり,1Fサイト内の90Srが流出源となったが,その量は,137Csと比較し小さいと考えられるからである。一般に大気環境中に放出された90Srは137Csのおおよそ1/1,000程度21,22とみられており,環境中への放出量比は1Fサイト内でも十分に小さいと考えられる。

V. 1F港湾からの流出量と1F沿岸および沖合での90Sr濃度への影響

本V章では,前章までに推定した1F事故後の90Sr流出量と,1F沿岸および沖合で測定された90Sr濃度分布とその経時変化との関係を分析し,90Sr流出量と1F周囲の海洋環境への影響を明らかにする。なお,1F事故では,90Srの大気環境放出量は少なく,他の核種(137Csとトリチウム)と比較し,河川水による1F沿岸および沖合への影響(すなわち,陸域からの影響)は,ほぼ無視することができる。すなわち,90Srの場合,1F港湾からの流出の寄与のみ考えればよく,1F港湾から流出する放射性核種が福島沿岸や沖合をどのように移流拡散するか,その動態を長期に渡り理解するための最もよいトレーサーになると考えられる。また,II章にて記したように,90Srの海水中での固液分配係数は十分に小さく,溶存態成分のみ考慮すればよく,トリチウムの1F付近での海洋放出による環境影響を評価する際の重要な参考情報になるとも考えられる。2021年4月,政府は1F保管処理水を海洋放出すると決定したが79,その環境影響を推定する上で,90Srの推定流出量と沿岸および沖合での海水濃度のモニタリングデータは有用な情報になると考えられる。

以下,本V章1節では,福島沿岸および沖合での90Srのモニタリング体制を記し,本V章2節では,1Fからの90Sr流出量と沿岸でのモニタリング結果(経時変化)を比較し,90SrのBG濃度も含めて,放射性核種溶存態成分の沿岸での挙動について分析する。本V章3節では,同様の議論を沖合領域についても行い,1F港湾近傍からの核種の流出による沿岸および沖合の環境影響についての議論を行う。

1. 福島沿岸および沖合での90Srのモニタリング体制

1F事故後,福島沿岸および沖合の定点にて,モニタリングが定期的に行われ,その結果は規制庁のHP86より公開されている。Fig. 9は,90Srと137Csのモニタリングが行われている定点の位置を示しており,赤い点は,90Srと137Csの両者のモニタリング地点,青い点は,137Csのみのモニタリング地点である。なお,90Srの沿岸でのモニタリングは2013年11月より始まり,沖合でのモニタリングは同年5月から始まった86。沿岸での測定は,月に一度程度である一方,沖合では三か月に一度の頻度である86

Fig. 9

Map for coastal and offshore area around 1F port with positions of monitoring on 90Sr and 137Cs(134Cs). The red points indicate both 90Sr and 137Cs(134Cs), while the blue ones only for 137Cs(134Cs) [Coastal Area: Esri, Intermap, NASA, NGA, USGS, GSI, Esri, HERE, Garmin, INCREMENT P, METI/NASA, USGS, Offshore Area: Esri, CGIAR, USGS, Esri, HERE, Garmin, FAO, NOAA, USGS]

Figure 9からわかるように,モニタリングの対象となる海域は,1Fより東に5 km,南北±10 km程度の沿岸域の他,東:100 km,北:130 km,南:230 km程度の沖合域である。明らかに1F港湾からの流出がある場合,沿岸域は敏感に応答すると考えられ,その応答挙動を理解することが重要となる一方,沖合域は,より広範囲(北西太平洋)への環境影響を評価する上で,起点となる重要な海域であり,流出による影響範囲を理解する必要がある。

2. 90Sr流出量と福島沿岸域における観測濃度の経時変化:1F放出溶存態核種の動態

Figure 10は,福島沿岸域の各観測点における90Sr濃度の経時変化であり,比較のため,北西太平洋におけるBG濃度レベル51,52も示してある。Fig. 10より,明らかに遮水壁閉合59前と閉合後の観測濃度には,大きな差異があることがわかる(図中縦実線は遮水壁閉合時期)。閉合後は,1F港湾近傍の2点(M-101,M-102:名称は公開HP86に倣う)以外,ほとんどBG濃度レベルにあり,1F港湾からの流出影響は,1F近傍でのみ観測可能であることがわかる。一般に,海水濃度は,BG核種濃度と流出した核種の濃度の和として観測される。したがって,1F港湾からの流出量が減少した遮水壁閉合後は,近傍の2地点以外,流出による寄与は,BG濃度と比較し,十分に小さくなったと考えられる。これらの結果(90Srの濃度分布)は,1F保管処理水の放流による影響を考察する上で重要な知見となる。もし,注目する核種の現在のBG濃度と放流量との関係(比)がわかれば,影響がある海域を推定することが可能となるからである。

Fig. 10

Temporal variations of 90Sr concentrations monitored in coastal area around 1F port with BG (background level of sea concentration). The vertical line indicates the time of the closure of the Seaside Impermeable Wall, at which the discharge processes are divided into Period II and III [GSI, Esri, HERE, Garmin, GeoTechnologies,Inc, USGS, Esri, Intermap, NASA, USGS]

また,Fig. 10の結果を詳細にみることで,福島沿岸域での溶存核種の動態挙動の詳細もわかる。先ず,M-101とM-102の散布図(同時期にモニタリングされた濃度の散布図)をFig. 11(a)に示す。明らかにM-101の方の濃度が高く,1F港湾口からの流出核種は,先ずいったん,北側へと移行していることがわかる。これは,1F港湾口が,北側のM-101エリアに向け開かれていることに起因するものと考えられる(Fig. 1(a)およびFig. 3参照)。

Fig. 11

(a) Correlation plot between 90Sr concentrations at M-101 and those at M-102, whose monitoring locations are displayed in Fig. 10. (b) The same plot at M-103 and M-104 in Fig. 10. (c) The same plots of (b) split into four seasons

1F港湾口流出後の移行を分析するため,M-103とM-104の散布図をFig. 11(b)に示す。Fig. 11(b)より,M-103とM-104の間には,一定の偏りを示す相関があり,90Srは,北側か南側へと偏りを示し移行していることがわかる。この結果は,明らかに,沿岸に沿う形での海水流動があり,北側へ流れる場合もあれば,南側へと流れる場合もあることがわかる。この偏りの季節依存性を調べるため,春(3–5)夏(6–8)秋(9–11),冬(12–2)ごとに散布図を分類した図をFig. 11(c)に示す。データ量は十分ではないが,冬季は南側への流れが支配的であり,他の季節では両方向への偏りがおおよそ均等にみられる。このような沿岸での,南北方向のどちらか一方へ卓越する海水の流動場については1F事故前より指摘され8790,1F事故後も,シミュレーションや観測による詳細な研究91,92が行われてきたが,本結果すなわち,90Sr(主に溶存態核種)の挙動により,その流動場の存在が確認できる。なお,90Srの場合,1F港湾からの流出成分が支配的な一方,137Csやトリチウムの場合は,河川等からの流出成分が無視できないことを注意する。以上,90Srは,1F港湾からの溶存態核種の動態を明らかにする上で最も適切なトレーサーであり,上記のように明確なデータが得られることを指摘する。また,90Srのこの特質は,これまでの文献にて報告されてきたように90Sr濃度/137Cs濃度の複雑な時空間変動2326にも如実に反映されると考えられる(137Csの挙動は90Srと比較し単純ではない)。

次に沖合での90Srの濃度の経時変化をFig. 12に示す。Fig. 12からわかるように,一部,複数の地点にて,BG濃度より高い値を示す時期がみられるが,ほとんどのモニタリング地点でBGレベル内にあることがわかる。これらの結果より,流出量とBG濃度および観測濃度との関係から,流出による沖合への環境影響を示す指標が得られることがわかる(下記にて詳述)。この知見は,1F貯留処理水の放流による環境影響(沖合への影響)を推定する上で重要となる。

Fig. 12

Temporal variations of 90Sr concentrations monitored in offshore area around 1F port with BG (background level of sea concentration). The vertical line indicates the time of the closure of the Seaside Impermeable Wall, at which the discharge processes are divided into Period II and III [GSI, Esri, HERE, Garmin, FAO, METI/NASA, USGS, Esri, CGIAR, USGS]

3. 1F港湾からの流出量と沿岸・沖合への影響

以上,90Srの1F港湾からの流出量と1F沿岸・沖合での観測濃度およびBG濃度レベルとの関係をTable 3にまとめる。Table 3の作成に当たり,1F港湾内のモニタリングが始まった時期から推定した月間流出量の経時変化をFig. 13に示し,おおよそ流出量のオーダーが分類できる期間を横棒で示した。Fig. 13からわかるように,おおよそ3つのオーダーにて流出が特徴づけられることがわかる。1.0E+11レベルの流出量を示す期間は相対的に短いが,この時期は,沖合の濃度変化を示すFig. 12において,一部の地点でBGレベルを超える時期と符合することがわかる。一方,遮水壁閉合前の1.0E+10レベルの流出量を示す時期は,一定の期間継続しているが,沖合の濃度レベルはBGレベル内にある一方,沿岸域全体がおおよそBGレベルを超えることがわかる。また,遮水壁閉合後の1.0E+09レベルの流出量の期間も継続しており,その影響は1F港湾の極く近傍のみに限定されることがわかる。

Table 3 The order of the monthly discharged inventory of 90Sr from 1F port, the background (BG) concentration level, and visible area of their environmental impact

BG (Bq/L) Monthly discharged inventory of 90Sr (Bq/Mon) Area of Impact
0.008–0.016 Bq/L ~1.0E+09 1F Vicinity
(Only in M-101 and M102)
~1.0E+10 Coastal Area (T-D1 to T-D9)
~1.0E+11 Part of Offshore area
(Only in Vicinity of 1F)
Fig. 13

Temporal variation of the monthly discharged inventory of 90Sr with guiding horizontal bars indicating different three orders in the discharged inventory

保管処理水の放出に当たっては,1Fの正常稼働時のトリチウムの年間排出基準の22兆(2.2E+13)Bq以下とする方針93に従うと,トリチウムの場合,沿岸のBG濃度は0.1 Bq/Lであり94,おおよそ90SrのBG濃度の10倍程度であることから,基準量を放出した場合,Table 3における三段目に相当し,沖合域の一部に影響が現れる程度であることがわかる。しかし,トリチウムの場合,河川からの流入量も無視できない他95,96,その流入量に対し季節変動もあること94から,より複雑な挙動を示す他,保管処理水は,港湾口ではなく,沖合1 kmからの放出が予定されているため,上記の議論には注意が必要だが,おおよそ,環境影響がみられる海域の範囲が1F沿岸域へのインプット量より想定されることは,有用と考えられる。

VI. 結論

本論文では,1F港湾内から港湾外に流出する90Srの流出量を,港湾内のモニタリング結果からボロノイ分割を利用し推定した(厳密には,流出量の最大および最小の範囲を推定)。90Srの港湾内でのモニタリング44は2013年6月から開始されたため,2013年6月から2022年3月までの流出量を上記手法により推定した。推定した結果をもとに,大きな経時変化(減少)を示したイベントは,遮水壁閉合であり,その後は,季節変動が顕著な経時変化成分であることがわかった。その要因として,降水量の変化との相関が示唆された他,流出量のほとんどが排水路由来であることからも降水が季節変動の主たる一因となっていることがわかる。さらに,他の核種(137Csとトリチウム)との港湾からの流出量の比較により,降水によって最も流出量が変化(増大)する核種は,90Srであることがわかった。これらの事実は,核種の化学的性質の違いが,1F港湾からの流出量に直接反映されることを示している。

港湾内でのモニタリングの開始以前の90Srの流出量については,事故初期から測定されている137Csの推定流出量をもとに推定した。先ず,137Csの流出を経時変化により3つの区間(期間I~III)に分け,事故初期の直接流出期間Iの4月度については,滞留水の放射能比(90Sr/137Cs)から推定し,その後の期間(期間Iの5,6月と期間IIの港湾内モニタリングが始まる以前の期間)は,港湾からの流出比(期間IIの港湾内モニタリング開始月2013年6月以降から得た比)をもとに推定した(保守的推定)。また,短半減期の同位体89Srについては,滞留水中の放射能比から初期流出量(2011年4~6月度)のみ推定した。

最後に,1F港湾近傍の沿岸および沖合海域の90Sr濃度の経時変化より,1F港湾からの流出量と上記海域での観察された濃度との関係性を議論し,1F近くの沿岸域での流動場を分析した他,1Fからの流出量をオーダー単位で分類し,各単位での沿岸および沖合海域での影響について考察した。また,その考察を保管貯留水の放出にも応用し,影響が及ぶ範囲を議論した。

以上,90Srは他の核種と異なり,1F港湾からの流出成分以外はほぼ無視できる上,溶存態成分のみに着目すればよく,1F貯留水の放出に関わる環境影響を推定する上で適切なトレーサーとしての役割を果たすことがわかる。他の核種は,広く陸域の河川等からの流出が無視できない他,137Csの場合は,固体への吸着力も強く,海底への沈着や海底からのその後の溶出等,複雑な動態挙動を示すことから,90Srの挙動を知ることは,他の核種の動態を理解する際の,比較対象核種として重要であると考えられる。1F事故後,11年が経過したが,90Srや137Csの半減期はおおよそ30年であり,今後もモニタリングを同時に継続することで,さらなる知見が得られれば,将来予測の精度も向上し,海洋環境への影響評価を十分な精度で推定可能になると考えられる。

 

本論文は,日本原子力研究開発機構(原子力機構)福島研究開発部門との連携による成果です。福島研究開発部門の方々(特に,中山真一氏,渡辺将久氏,操上広志氏,佐久間一幸氏,寺島元基氏,中野政尚氏)との議論に感謝致します。

References
 
© 2023 一般社団法人 日本原子力学会
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