救命救急センター 間藤 卓 教授コラム

自治医科大学救命救急センターで、
日々、物事の狭間を覗き込み、あわよくば医療の谷間に灯火を灯す…

救命救急センター 間藤 卓 教授コラム

日々の狭間、
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ラムネのお菓子は、飲酒後に最適? その1

 
2015.01.19 2020.02.10
救命救急センター長 間藤 卓(Takashi Mato)
 
 

1. 年末・年始になると、なぜか『ラムネのお菓子』の売れ行きが上がるという話を聞いた。

 
ラムネのお菓子

 
『ラムネのお菓子』というのは、ご存じ、ラムネの容器を模した小さな小瓶に、白いタブレット状の粒が幾つも入っているお菓子だ。

子供の頃遠足なんかで食べたような気がするが、ごく最近も娘からのお裾分けで食べた気もする。きっと、チョコボールとかポッキーとかみたいに、いわゆる”定番”として定着しているお菓子なんだろう。

懐かしくなって、コンビニを探したら、しっかり売っていた。ついでに安くて驚いた(一本80円!)。

さっそく一粒食べると、軽い清涼感とともに、シンプルな親しみやすい甘さを感じる。後味もすっきり。たしかに大人が食べても割と美味しいとおもった。たしかにあの、夏休み、ビー玉をカチャカチャ鳴らしながら飲んだラムネを彷彿とさせる味だ。

とはいえ、子供たちは最早『ラムネ』飲料が何たるかもうわからないだろう。それでもお菓子として人気があるって事は、単純に美味しいのだろう。
 
夏なら、「輝かしい夏休みの日々が懐かしく感じて」おもわずラムネのお菓子に手が伸びる(涙)・・・という可能性もあるが、なぜ冬にラムネのお菓子が売れるんだろう・・・。

しらべてみると、どうやら忘年会や新年会などで、「お酒を飲んで辛いときに、ラムネのお菓子を食べると具合が良くなる」というのがネタもとだそうだ。たしかに、ネットで、「ラムネのお菓子、酒」なんかでググると結構な数がヒットする。

救命救急センターともなると流石にあんまり運ばれてこないが、若い頃、とある新宿のそばの病院で当直をしていた頃は、年末年始には歌舞伎町から老若男女、LBGTQの方々が、新年会の頃には某大学の学生が、と結構な数で泥酔者が運ばれてきて、いろいろな意味で難渋した記憶があるが、そういうお酒のみのプロに、いろいろな”酔い覚ましの工夫”を聞くのが楽しみだった。

そのころは、そういう話は無かったなあ・・・・。
 
で、ググってみると、どうやら「ラムネのお菓子は、主成分がブドウ糖」であることがミソと書いてあるものが多かった。おまけに、「ラムネのお菓子の中には、ブドウ糖主体じゃ無い場合があるから注意」という”ただし書き”まであった。

ちなみに、買ってきた森永のラムネのお菓子の成分表示をみると、『原材料名:』のところの甘みに相当する成分は、たしかにブドウ糖しか記されてない。つまり、このラムネのお菓子、甘みの成分として含まれているのは、砂糖や果糖じゃ無くて、ほとんどブドウ糖ということなんだろう。

・・・・ということで、森永製菓に直接聞いてみた。そしたら、なんとあのラムネのお菓子、主成分(90%)がブドウ糖だという。ちょっとビックリ。
 

2. さて、お酒をのんだあとに、なぜラムネのお菓子の評判がいいのか?について考察を続けよう。

ラムネのお菓子_成分

 
ネットには「飲酒後の辛さが、ラムネのお菓子は食べるとたちまち軽快する」「脳にブドウ糖が取り込まれて頭がシャキッとする」と言うようなことが書いてある。

ブドウ糖が含まれているという知識からのプラシーボ効果もあるかもしれないが、もし予備知識なしに経験的にそれを見いだした人がいたとしたら大変興味深い。

我々がカカオの効能を発見したときにも書いたけど、救命救急・集中治療の医者を長くやっていて思うことの一つに、「人間追い詰められると、本能的に自分が必要なものを見いだす力を発揮する」というものがある。

お酒飲んだ後の辛い状況も、きっとそういう”発見の時”なんだろう・・・僕もお酒は結構飲むのでよく判る。
 

ブドウ糖

 
たしかにブドウ糖は、体内にすばやく取り込まれエネルギーになりやすい物質だし、通常の健康状態での脳のエネルギー源であることはよく知られているが、それだけで飲酒後の辛い状況に効果があるというは早計だろう。
ここで個人的にというか医学的に興味を感じるのは、”ブドウ糖をたいへん美味しく効果的に感じる”という状況のワンステップ前の現象だ。

というのも最近、”飲酒後の低血糖”に個人的に注目していたところだったからだ。僕に限らず、アルコールの多飲後の患者さんのラボデータを見ると、意外と血糖が低い・・・というのは、救急やERではわりと目にするんじゃないだろうか。


注:ちなみに、昔は、急性アルコール中毒という診断名で、泥酔者が搬送された場合、「脱水を防ぐために輸液する」早くアルコールを抜くために「糖を入れた(+ビタミン剤)点滴を投与する」という治療が一般的だった。つまり医者みずから、ブドウ糖を点滴で投与する治療をしていたのは事実だ。しかし最近は、エビデンスが無い、お金の無駄!というのこで、今ではよっぽど具合が悪く無ければ、そういう治療をしなくなっている。閑話休題

 
ではアルコールを摂取するとなぜ、低血糖になるかのか?・・・というと、割と複雑な機序がからみあっているようだ。

基本的な機序としては、『エタノールは、肝臓においてアセトアルデヒドを経て酢酸に酸化され,最終的にはアセチル–CoAとなるが,その過程で肝ミトコンドリアの電子伝達系でNAD(nicotinamide adenine dinucleotide)がNADHに還元される。その結果、アルコール摂取により肝ミトコンドリアには大量のNADHが蓄積し、NADH/NAD比が高まる。


このNADH/NAD比が上昇すると、糖新生やTCA回路が抑制される』ことらしい。


簡単に言うと、「肝臓が大量のエタノールを処理していると、肝臓からの糖新生(=ブドウ糖の産生)が抑制される』ということのようだ。


肝臓に予備能がない場合や、耐糖能異常をもっている患者さんの場合は、たぶんもっと複合的でシビアな問題が生じる可能性があるが、健康的な人では、たとえこのような機序で糖新生が抑制されても、大きな問題は生じないと思う。


ただ、そういう基礎疾患がないひとでも、10%か20%くらいの人で、程度の差こそあれ、飲酒後に血糖の低下を来しているという報告もあるから、それによって空腹感を感じたり、体調が今一つと感じることはありうる。


かくいう私も、お酒を飲んだ後に、妙に小腹が空くことはしばしばで、そう言うときには無性に甘い物が食べたくなるが、たぶんこういうときは血糖が下がっているんだろう。(こんど測ってみよう)


私に限らず、お酒を飲んだ後の”締め"とか、"小腹が空いた"といってお菓子やラーメンを食べちゃう・・・潜在的にはわりとこういう人はいるんじゃなだろうか?

 

3. さて”低血糖”とは、簡単に言えば、血液中のブドウ糖の濃度が低くなることだ。医学的には、正常の半分くらい、すなわち60mg/dl未満(または50mg/dl未満)を言う。

 
ご存じのようにブドウ糖は、唯一とは言わないが、体の細胞がエネルギーを生み出す上で主力となる非常に重要な栄養素だから、そうそう簡単に低血糖にならないように体はできている。すなわち、できるだけ血中に一定の濃度で存在するように肝臓などが調節していて、それに加えて、もし血糖が軽度に低下すると、脳には、空腹感を感じさせることで、体に糖分の補給を促すのだ。

ちなみに血糖が極度に低下すると、それどころじゃなくなる。意識を失ったり、それがつづくと脳などに致命的ダメージを負うことになる。だからインシュリンを打ち過ぎたり、重篤なアルコール中毒や肝障害など、肝機能や耐糖能に問題がある患者さんが低血糖をきたした場合は、血糖をあげるために経静脈的に、すなわち点滴などでブドウ糖を補う必要がでてくる。だから低血糖というのは、ばかにならない。
 
健常な人が飲酒をした後の血糖の低下は、そういう病的な状況ではないが、それでも健常人が軽度の血糖の低下を来した場合、それを"癒す"ためにブドウ糖を摂取することは、理に適っているとおもう。

そう言うときにブドウ糖を摂取して、体が(脳が)『シャキッっとなる』ように感じることは十分予想される。
 

4. で、ラムネのお菓子の話に戻る。

 
たぶん保存性や味覚の点からからだとおもうけど、ブドウ糖が主成分の食品というのは意外に少ないんじゃないだろうか。以前、思うところあって、スーパーのケーキの材料売り場で『ブドウ糖』を買ってきたことがあるが(写真)、使い勝手は決して良くない。そう考えると、これをブドウ糖90%の美味しいラムネのお菓子に仕立て上げるのは、相当のノウハウがあるんだろうな。

もちろん、普通のお菓子やジュースにふくまれる砂糖でも体内でブドウ糖になるから、それでもいいとはおもう。そういう意味ではラーメンに含まれる炭水化物もおんなじだ。

ただ砂糖は、果糖とブドウ糖の結合した二単糖だから、ブドウ糖になるには、砂糖を酵素で分解する一手間、さらにブドウ糖じゃない片割れの果糖がブドウ糖になるにはもう一手間必要になる。
だからもしラムネのお菓子の主成分がブドウ糖だとすると、ブドウ糖を簡単に摂取できる、けっこう重宝な食品だということになる。
もちろんラムネのお菓子自体は、本来「美味しいお菓子」を目的として作られたんだろうけど、結果として、こういう目的に非常に都合が良いものになっていた・・・というのは個人的には面白いことだとおもう。

誤解が無いように言っておくけど、だからといって大量にラムネのお菓子をたべるのは論外だし、べつに健康食品でもないし、ラムネのお菓子を食べたからと言って、飲酒が帳消しになるわけじゃない。ブドウ糖の摂取によって酔いが早く醒めるかどうか?についても正直わからないけど、ただ二日酔いで具合が悪いときに摂取されやすいエネルギー源としてブドウ糖を摂るのは悪いことではないとおもう。とりあえず何粒か食べて気分が良くなる人がいたら、それはそれでいいんじゃないかというのが現場主義の意見だ。

なにより、お酒を飲んでちょっと小腹が空いたときに、思わずどーんと大量に甘い物や脂っこい食べ物を摂ってしまうよりは、ブドウ糖が主成分なラムネのお菓子をちょっと囓るほうが、トータルとしてカロリーの過剰摂取を避けられるし、なにより即効性があって体に良い。なんせ、ラムネのお菓子は、一本でも110カロリーにしかならない。今度『ラムネ・ダイエット』でも考案してみようかな(笑)

まずは僕もこんどお酒を飲んで小腹が空いたときには、餡蜜やラーメン食べずにラムネのお菓子を食べてみよう。

ついでに夏になったら、子供たちにあのビー玉の入った『ラムネ飲料』を飲ませてやろう。
 
 

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