第2期トランプ政権で高関税賦課はあるのか(メキシコ)
USMCAに基づく対抗措置も視野に

2024年12月3日

2024年11月5日、米国の大統領選挙で、ドナルド・トランプ候補が次期大統領に選出された。氏は従前から、メキシコに対する強硬姿勢が目立つ。例えば、メキシコ産品に高率の関税を課すことをほのめかしている。

メキシコは、外資系企業の対米輸出製造拠点として発展してきた。特に新型コロナ禍以降は、アジアからの製造移転が盛んだ。最終消費地に近いところに事業拠点を移す「ニアショアリング」の流れも受けた結果と言える。進出日系企業数は目下、1,300社を超える。日本にとって重要な対米製造拠点ということも、疑いない。

こうしたことから、トランプ第2期政権(以降、トランプ2.0)の通商政策がメキシコにどのような影響を与えるのかに、注目が集まる。本稿では、現時点で入手できる情報を基に考察していく。

ニアショアリングを受け、北米経済はますます一体化

1994年の北米自由貿易協定(NAFTA)発効以降、メキシコは米国向けの低コスト製造拠点として発展を遂げてきた。近年の動きとして、(1)コロナ禍によりサプライチェーンが分断したことを契機に、ニアショアリングの流れが加速したこと、(2)米中間で貿易摩擦が激化した結果を受け、代替生産拠点としての活用が進んだこと、も後押しになった。米国向け工業製品供給国としての重要性は、さらに高まってきた。

一方、トランプ次期大統領は、メキシコに対する米国の貿易赤字を問題視する。確かに、当該赤字額は2023年に1,524億ドルを超えた。中国に次ぐ規模ということになる(表1参照)。しかも、昨今の米中対立により対中赤字は過去5年間で33.3%減少した一方、対メキシコでは96.2%増と倍増した。この背景には中国からの貿易転換効果があるとみられる(注1)。

同時にメキシコには、米国からの輸入が多いという特徴もある。米国にとってメキシコは、カナダに次ぐ第2位の輸出先なのだ。その輸出額は、中国向け輸出の2倍以上に及ぶ。

輸出入の状況を合わせてみると、米国、メキシコ、カナダの3カ国は北米経済圏として相互に依存してきたと言えそうだ。特にコロナ禍以降、ニアショアリングの流れが顕在化し、その傾向が顕著になっている。

表1:米国の貿易収支の推移(単位:100万ドル、%)(△はマイナス値)
国・地域 項目 2018年 2019年 2020年 2021年 2022年 2023年 伸び率
金額 構成比 金額 金額 金額 金額 金額 構成比 23/18年
中国 収支 △ 418,233 48.1 △ 342,629 △ 307,967 △ 352,807 △ 382,134 △ 279,107 26.3 △ 33.3
輸出 120,281 7.2 106,481 124,582 151,439 154,125 147,778 7.3 22.9
輸入 538,514 21.2 449,111 432,548 504,246 536,259 426,885 13.9 △ 20.7
メキシコ 収支 △ 77,713 8.9 △ 99,417 △ 110,964 △ 105,375 △ 127,825 △ 152,473 14.4 96.2
輸出 265,968 16.0 256,676 212,513 277,195 324,207 322,742 16.0 21.3
輸入 343,681 13.6 356,094 323,477 382,569 452,032 475,216 15.4 38.3
ベトナム 収支 △ 39,464 4.5 △ 55,615 △ 69,667 △ 90,919 △ 116,168 △ 104,583 9.8 165.0
輸出 9,676 0.6 10,822 9,915 11,020 11,344 9,843 0.5 1.7
輸入 49,140 1.9 66,437 79,582 101,939 127,512 114,426 3.7 132.9
ドイツ 収支 △ 67,957 7.8 △ 67,051 △ 56,895 △ 69,290 △ 73,741 △ 82,574 7.8 21.5
輸出 57,758 3.5 60,404 58,002 65,363 72,871 76,698 3.8 32.8
輸入 125,714 5.0 127,455 114,897 134,653 146,612 159,272 5.2 26.7
日本 収支 △ 67,065 7.7 △ 69,111 △ 55,476 △ 60,070 △ 67,777 △ 71,555 6.7 6.7
輸出 75,164 4.5 74,480 64,030 74,730 80,222 75,683 3.8 0.7
輸入 142,228 5.6 143,591 119,507 134,800 147,999 147,238 4.8 3.5
アイルランド 収支 △ 46,701 5.4 △ 52,088 △ 55,385 △ 60,143 △ 66,648 △ 65,554 6.2 40.4
輸出 10,749 0.6 9,797 10,668 13,734 15,947 16,781 0.8 56.1
輸入 57,450 2.3 61,884 66,053 73,877 82,595 82,334 2.7 43.3
カナダ 収支 △ 18,843 2.2 △ 25,769 △ 13,813 △ 47,671 △ 78,193 △ 64,263 6.1 241.0
輸出 299,732 18.0 292,820 256,212 309,604 359,237 354,356 17.6 18.2
輸入 318,575 12.6 318,589 270,026 357,275 437,429 418,619 13.6 31.4
韓国 収支 △ 17,921 2.1 △ 20,972 △ 25,033 △ 29,296 △ 43,226 △ 51,098 4.8 185.1
輸出 56,318 3.4 56,504 50,978 65,807 72,089 65,056 3.2 15.5
輸入 74,239 2.9 77,476 76,011 95,103 115,315 116,154 3.8 56.5
EU 収支 △ 174,168 20.0 △ 183,531 △ 182,579 △ 218,061 △ 202,834 △ 208,688 19.6 19.8
輸出 251,986 15.1 268,193 232,852 272,277 350,264 367,626 18.2 45.9
輸入 426,154 16.8 451,724 415,431 490,338 553,098 576,314 18.7 35.2
世界 収支 △ 870,358 100.0 △ 845,759 △ 901,482 △ 1,070,772 △ 1,173,419 △ 1,062,111 100.0 22.0
輸出 1,665,787 100.0 1,645,940 1,429,995 1,757,744 2,066,454 2,018,059 100.0 21.1
輸入 2,536,145 100.0 2,491,700 2,331,477 2,828,515 3,239,873 3,080,170 100.0 21.5

注:伸び率は2023年の2013年比。
出所:米国商務省統計から作成

メキシコへの一律高関税賦課はUSMCA違反濃厚

自動車に関連する品目の二国間貿易をみると、米国の貿易赤字は2023年、1,247億ドルを超えた。

その要因として最も大きいのは、完成車の輸入超過だ。この点は、輸出入の構成比からも読めてくる(図1参照)。米国の完成車輸出全体に占めるメキシコのシェアは7.0%(金額ベース)に過ぎないのに対し、輸入では32.8%を占める。他方、自動車部品では、完成車ほどの開きはない。米国が輸入する同部品輸入に占めるシェアは46.6%に及ぶのと同時に、輸出先でも40.7%を占める。米国にとって、圧倒的に大きな輸出先になっている。

メキシコ側の統計でも、メキシコの自動車部品輸入に占める米国のシェアは2023年、52.5%だった。メキシコにとって米国は、圧倒的な自動車部品供給国になっている。

総じていずれも、互恵関係の強さがうかがえるデータだ。米国がメキシコから輸入している完成車には、かなりの米国製部品を組み込んでいることになる。メキシコ経済省によると、北米で生産される自動車は、原材料の段階から完成車として輸出されるまでに、平均すると合計で8回国境を超えるという(注2)。

図1:米国の自動車産業の貿易相手国
完成車の輸出では、メキシコが7.0%、カナダが44.9%、ドイツが11.1%、中国が7.9%、日本が1.5%、韓国が3.5%、その他が24.1%。完成車の輸入では、メキシコが32.8%、カナダが15.7%、ドイツが11.3%、中国が0.6%、日本が15.9%、韓国が11.1%、その他が12.6%。自動車部品の輸出では、メキシコが40.7%、カナダが35.8%、ドイツが1.6%、中国が2.5%、日本が1.2%、韓国が0.4%、その他が17.7%。自動車部品の輸入では、メキシコが46.6%、カナダが11.7%、ドイツが4.1%、中国が8.6%、日本が7.6%、韓国が6.1%、その他が15.2%。

注:完成車は北米産業分類(NAIC)の3361、自動車部品は同3363でテータを抽出。
出所:米国国際貿易委員会(USITC)データベースから作成

一方、トランプ次期大統領は選挙直前の2024年11月4日、不法移民やフェンタニルなど合成麻薬がメキシコを経由して米国に流入していることを問題視。「メキシコのクラウディア・シェインバウム新政権(注3)が流入を止められない場合、全てのメキシコ製品に25%の関税を課す」と発言した。

11月25日には自身が設立したSNSトゥルースソーシャルに、メキシコとカナダからの輸入に25%の追加関税を課す意向を改めて示した。「メキシコとカナダを通じて数千人もが米国に流入し、犯罪と麻薬を持ち込んでいる」と投稿。就任日に署名予定の複数の大統領令の1つとして、両国からの全輸入品に25%の関税を課すとした。フェンタニルをはじめとする麻薬と違法な入国者の流入が止まるまで続けるという。

なお、米国法に基づく実務的観点からは、議会の承認を得ず大統領の権限でそのような関税賦課を実行することも可能という見方が一般的だ(2024年10月15日付ビジネス短信参照)。しかし、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)上、協定の原産品に対して関税を引き上げることは、同協定第2.4条1項に基づき違反になるだろう(注4)。

そうした関税措置が導入され、メキシコ政府が違反と判断した場合、メキシコ政府は直ちにUSMCA第10.2条6項に基づく対抗措置(通称「リバランス」、注5)を取ることができる。リバランスでは、相手国の協定違反による被害額か追加関税額と等しくなる範囲内で、相手国産品に課税することが認められる。仮にトランプ2.0で全メキシコ産品に対して25%の関税を課す場合、メキシコ側は、全ての米国産品に50.3%の関税を課すことができる。メキシコの対米輸入額は米国の対メキシコ輸入額の49.7%(注6)に過ぎないためだ。

また、メキシコ産品に対する高関税は、米国の製造業にとって大きなコストアップ要因になりかねない。ニアショアリングが進行する中で、北米3カ国の自動車産業は強固な相互依存関係を築いてきた。事実、米国の自動車部品輸入に占めるメキシコ製のシェアは、過去10年で大きく拡大した(図2参照)。品質と納期が重視される自動車産業で、サプライチェーンを短期間で変更することは極めて困難だ。となると、少なくとも短期的には、大幅なコストアップを自動車産業にもたらすことになる。

図2:米国の原産国別自動車部品輸入の推移
2013年はメキシコ製が37.7%、カナダ製が14.1%、中国製が10.7%、日本製が12.9%、韓国製が6.2%、ドイツ製が4.7%、その他が13.7%。2014年はメキシコ製が38.3%、カナダ製が14.1%、中国製が11.4%、日本製が11.4%、韓国製が6.0%、ドイツ製が4.6%、その他が14.1%。2015年はメキシコ製が40.2%、カナダ製が13.3%、中国製が12.1%、日本製が9.9%、韓国製が5.9%、ドイツ製が4.4%、その他が14.1%。2016年はメキシコ製が42.0%、カナダ製が12.7%、中国製が11.9%、日本製が9.7%、韓国製が5.9%、ドイツ製が4.4%、その他が13.4%。2017年はメキシコ製が41.8%、カナダ製が12.3%、中国製が12.4%、日本製が10.2%、韓国製が5.3%、ドイツ製が4.0%、その他が13.9%。2018年はメキシコ製が42.0%、カナダ製が12.1%、中国製が13.1%、日本製が9.3%、韓国製が5.1%、ドイツ製が4.3%、その他が14.0%。2019年はメキシコ製が43.5%、カナダ製が12.0%、中国製が10.8%、日本製が8.9%、韓国製が5.8%、ドイツ製が4.3%、その他が14.7%。2020年はメキシコ製が43.8%、カナダ製が11.8%、中国製が10.4%、日本製が9.0%、韓国製が5.9%、ドイツ製が4.0%、その他が15.0%。2021年はメキシコ製が41.8%、カナダ製が11.2%、中国製が10.6%、日本製が9.4%、韓国製が6.3%、ドイツ製が4.5%、その他が16.2%。2022年はメキシコ製が43.1%、カナダ製が11.3%、中国製が10.2%、日本製が9.0%、韓国製が6.4%、ドイツ製が4.1%、その他が15.9%。2023年はメキシコ製が46.6%、カナダ製が11.7%、中国製が8.6%、日本製が7.6%、韓国製が6.1%、ドイツ製が4.1%、その他が15.2%。

出所:米国国際貿易委員会(USITC)データベースから作成

米国の農業にも大打撃

では、メキシコ政府が現実に、米国の協定違反を理由に報復関税(リバランス)を導入することなど考えられるのだろうか。実は、過去に2回、導入事例がある。いずれも、USMCAの前身に当たるNAFTAの枠組み下に基づく。具体的には、(1)トラック相互乗り入れ禁止に端を発した報復関税(2009年3月~2011年10月/米国ではオバマ政権下、2011年10月26日付ビジネス短信参照)と、(2)通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム追加関税を巡る報復関税〔2018年6月~2019年5月/トランプ政権第1期(トランプ1.0)、2018年6月6日付ビジネス短信参照〕だ。双方とも、メキシコ側は特定産品を狙い撃ちして関税を賦課した。

その対象品目を選定するに当たって、国内産業や消費者への影響を最小限に抑えるため、メキシコ政府は一定の基準を設定するのが通例だ(過去の事例では、(1)国内生産チェーンに大きく影響する原材料・中間財でないこと、(2)基礎食料物資でないこと、(3)米国に代わる代替供給先が存在すること)。その上で、(1)米国の国別輸出に占めるメキシコの比率が高いこと、(2)メキシコでの生産地が有力国会議員のお膝元、と言った点を配慮して選定することが多い。結果として、(1)特定の農産品・農産由来品(豚肉やチーズ、リンゴなど)、(2)嗜好(しこう)品(アルコール飲料など)、(3)ぜいたく品(モーターボートなど)、などが選ばれやすい。しかし、それら全てに100%の関税を課したとしても、トランプ2.0で想定される米国側関税賦課額の2割にも満たないと推計される。特定産品に極端に高い関税が課す場合、それらのメキシコへの輸出は事実上不可能になるだろう。

メキシコ側がそこまで報復関税を導入した場合、米国の農業に深刻な影響を与えることになる。メキシコは、米国にとってカナダに次ぐ農水産食料品(HS01~24類)の輸出先だからだ。特に穀物や食肉、一部の果実などで、シェアが大きい。例えば、(1)トウモロコシの輸出に占めるメキシコのシェアは40.1%、(2)リンゴ・ナシ39.2%、(3)豚肉32.4%、(4)鶏肉(注7)20.4%、(5)小麦17.7%だ。これら(1)~(5)のすべてについて、メキシコが最大の輸出先になっている(図3参照)。

なお、当該産品の輸出農家はNAFTA再交渉時(2017~2018年)、「Farmers for Free Trade」という団体を結成。当該団体は、NAFTA存続を主張。重要なロビイング団体になった。

図3:米国の主要輸出農産品の輸出先
農水産食料品全体では、メキシコが16.5%、カナダが16.9%、中国が16.4%、日本が7.3%、韓国が4.6%、その他が38.4%。とうもろこしでは、メキシコが40.1%、カナダが6.3%、中国が12.0%、日本が15.3%、韓国が2.1%、その他が24.2%。小麦では、メキシコが17.7%、カナダが0.2%、中国が6.5%、日本が11.4%、韓国が6.7%、その他が57.5%。大豆では、メキシコが10.0%、カナダが0.6%、中国が54.2%、日本が4.9%、韓国が1.2%、その他が29.0%。豚肉では、メキシコが32.4%、カナダが7.4%、中国が6.4%、日本が20.9%、韓国が9.9%、その他が22.9%。鳥肉では、メキシコが20.4%、カナダが7.8%、中国が14.3%、日本が0.6%、韓国が0.2%、その他が56.8%。牛肉では、メキシコが10.2%、カナダが7.6%、中国が17.5%、日本が15.9%、韓国が23.9%、その他が25.0%。リンゴ・梨では、メキシコが39.2%、カナダが19.4%、中国が1.0%、日本と韓国が0.0%、その他が40.4%。

注:農水産食料品は、HS01~24類の合計。
出所:米国国際貿易委員会(USITC)データベースから作成

関税賦課には至らないという見方も

ここまで、北米で経済の一体化が進み、メキシコが米国農産品の重要な輸出先になっていることを確認してきた。

では、そういうメキシコを相手に、トランプ2.0で、どこまで本気になってメキシコ産品への関税賦課に踏み込むのだろうか。この点は、識者の間でも意見が分かれる。米国シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は、「トランプ氏は目を引く挑発的なアイデアを好んで打ち出す。しかし、強い反発があると断念・修正することもあり、意思決定プロセスは極めて柔軟」「トランプ氏は、交渉の駆け引きや関心を集めるために関税を含む攻撃的な脅し文句を使う『ディールメーカー(仕掛人)』。関税の脅しが現実のものとなるかどうかはわからない」とコメントしている(2024年10月15日付ビジネス短信参照)。

実際、トランプ1.0下の2019年5月末、米国はメキシコ経由で流入する不法移民を問題視。追加関税(注8)を掲げて脅しをかけてきたことがある。しかし、メキシコ政府が移民対策強化を約束することで、最終的に追加関税を回避した。なお、筆者が当時、メキシコ政府関係者に聴取したところ、(1)外務省が移民対策強化を検討する一方で、(2)経済省が米国側の追加関税賦課に備えていた(メキシコ側の報復関税の対象品目選定と税率計算を進めた)。今回のトランプ氏の発言に対しても、構えは同様だ。マルセロ・エブラル現経済相(2019年当時、外相)は、「メキシコに追加関税をかけるなら、対抗措置を取る」と発言。米国政府の圧力に臨む強い姿勢をみせている(2024年11月11日付メキシコ主要各紙)。シェインバウム大統領も11月26日、「(一方的な)関税の賦課は、対抗措置としての関税賦課を招く。そうしているうちに、両国にとって共に重要な企業を危機に晒す」と声明。メキシコを対米製造拠点として活用する米国の自動車メーカーなどに、多大な影響を与えることを示唆した。あわせて、関税ではなく対話と協力を通じた不法移民と合成麻薬の取り締まりを行うべきだという考えを示している(メキシコ大統領府11月26日付プレスリリース)。

対メキシコ関係は米国内でも意見の相違が目立ち、強硬姿勢で一枚岩になっているわけではない(注9)。この点、メキシコにとって心強いのは、米国の産業界・経済界からバックアップがあることだ。特に課税措置には、反対することが多い。

実際、トランプ1.0で2019年5月末、対メキシコ追加関税案が発表された際も、米国産業界から強い反発があった(2019年6月3日付ビジネス短信参照)。11月25日にトランプ氏が発言した後も、米国商工会議所が早くも11月26日、声明を発表。(1)メキシコとカナダに対して追加関税を賦課しても、国境にまつわる問題は解決しない、(2)代わりにインフレを招くことで、典型的な米国の家計にコストを1,000ドル以上転嫁する、(3)さらに、米国の製造業者、農家、牧場主に多大なる損害を与える、ことを指摘した。

トランプ2.0でも、こうした声を無視しきるのは困難だろう。そのため、本来の争点(移民問題、麻薬対策)である程度の譲歩をメキシコ側から引き出した後、関税措置に至る前に解決を図るとみる向きも多い(注10)。

自動車分野での関税引き上げに備えあり

トランプ氏は目下、「ユニバーサル・ベースライン関税」を導入する考えも示している。すなわち、世界からの全ての輸入に、10%(または20%)の関税を賦課するということだ。実際に適用に踏み込む場合、影響はUSMCAの原産地規則を満たさないメキシコ製品にも及ぶと懸念される。トランプ1.0で誕生したUSMCAでは、自動車分野で、NAFTAに比べて極端に厳格な原産地規則を規定した(2019年5月8日付地域・分析レポート参照)。そのため、米国への輸入に当たってUSMCAを適用できない自動車や自動車部品がNAFTA時代より増えた。排気量1.5リットル(L)超~3.0L以下のガソリンエンジン乗用車(注11)の場合、2024年9月時点で17.8%(金額ベース)がUSMCA適用外になっている(表2参照)。つまり、当該17.8%分については、米国で2.5%の一般(MFN)税率を支払っている。同様に、ステアリング系統自動車部品の場合、48.6%がUSMCA適用外だ(やはり2.5%納税)。この税率が10%(または20%)に引き上げられた場合、輸入コストが大きく増加。低コスト労働力というメリットを考慮しても、メキシコで生産するメリットを失いかねない(注12)。

表2:米国のメキシコ製自動車・同部品の輸入における特恵関税非利用率(注)(単位:%)
HS 品名 2020年 2021年 2022年 2023年 2024年
1-6月 7月 1月 7月 1月 7月 1月 7月 1月 7月 9月
8407.34 ガソリンエンジン(排気量1L以上) 4.0 13.1 11.5 12.2 12.4 16.6 9.5 26.5 26.8 35.0 33.4
8409.91 ガソリンエンジン部品 16.6 22.4 25.5 28.5 18.5 41.3 21.4 29.9 21.9 22.8 17.6
8544.30 ワイヤーハーネス 5.0 13.8 10.6 9.6 9.4 8.7 13.6 11.9 12.4 8.6 9.1
8703.22 ガソリンエンジン乗用車(排気量1L超~1.5L以下) 0.1 6.7 0.6 0.1 1.0 0.1 0.0 0.1 0.1 0.4 0.2
8703.23 ガソリンエンジン乗用車(同1.5L超~3.0L以下) 1.1 8.5 10.2 27.0 15.9 23.5 30.3 34.1 25.6 24.4 17.8
8703.24 ガソリンエンジン乗用車(同3.0L超) 4.5 12.2 4.2 13.2 17.7 5.9 24.1 2.4 4.1 3.7 3.4
8703.80 電気自動車(BEV) 100.0 14.8 0.2 1.3 0.2 0.1 19.0 2.1 3.9 10.0 7.6
8704.31 ピックアップトラック 0.0 0.4 0.1 0.1 0.1 0.1 0.1 0.1 0.1 0.1 0.1
8708.10 バンパー 32.2 29.5 36.0 26.7 35.1 27.4 30.9 17.4 22.5 19.1 19.5
8708.21 シートベルト 31.4 62.9 61.7 56.3 43.9 72.5 70.0 78.1 76.6 71.0 69.4
8708.29 その他の車体部品 20.6 23.9 26.5 27.0 23.7 33.5 30.2 30.2 29.2 23.5 23.1
8708.30 ブレーキ系統 26.1 30.6 34.0 28.7 30.3 31.5 24.2 34.6 34.6 31.3 31.4
8708.40 トランスミッション系統 16.4 16.9 22.6 26.6 23.9 17.5 17.9 37.3 45.5 43.0 34.4
8708.50 車軸系統 28.2 51.6 32.1 40.0 36.3 58.2 48.4 57.1 51.1 46.2 42.2
8708.70 車輪・同部品 2.4 3.1 0.9 6.5 1.0 15.9 1.1 8.3 0.9 1.0 1.4
8708.80 サスペンション系統 22.6 39.4 36.8 38.1 39.9 48.6 45.0 56.6 56.6 47.7 47.6
8708.91 ラジエーター 32.0 49.4 57.5 32.7 59.4 50.9 49.4 54.5 47.3 48.1 40.0
8708.92 排気系統 15.4 18.9 20.6 13.1 24.6 15.0 30.8 22.3 28.3 31.3 29.5
8708.93 クラッチ・同部品 17.5 29.5 65.0 55.1 44.0 33.2 42.8 49.1 44.3 53.6 37.4
8708.94 ステアリング系統 34.3 52.0 50.6 56.7 48.5 61.4 62.1 70.8 73.5 53.4 48.6
8708.95 エアバッグ・同部品 11.7 13.1 22.7 21.3 16.4 22.4 15.1 33.1 18.9 16.0 16.0
8708.99 その他の自動車部品 21.9 26.1 29.8 35.9 22.2 32.8 30.2 40.0 33.2 25.7 25.0

注:米国のメキシコ原産品の品目別輸入額のうち、特恵関税の適用を申請していない輸入額の比率。
出所:米国国際貿易委員会(USITC)データベースから作成

ただし、メキシコ政府はNAFTA再交渉時、米国がMFN税率を引き上げる可能性について、ある程度想定していた。そのため、USMCAでは付属書(Annex)2-Cで、特別な取り決めを設けた。この付属書は、米国の約束として規定。メキシコ製自動車・同部品がUSMCAの原産地規則を満たさないとしても、「最低限の基準(注13)」を満たす限り、2018年8月時点で適用されていた米国のMFN税率を上回って課税することはないことを盛り込んだ。これにより、米国がMFN税率を引き上げたとしても、(1)乗用車(注14)は年間160万台まで、(2)ピックアップトラックは数量制限なしで、(3)自動車部品は年間1,080億ドル相当分まで、関税率引き上げの影響を受けない。

同様に、米国が通商拡大法232条を適用する場合に備えた交換書簡(Side Letter)もある。当該条項を利用して自動車や自動車部品に追加関税を課した場合、メキシコ製については、(1)乗用車については年間260万台、(2)ピックアップトラックで無制限、自動車部品で年間1,080億ドルまでの範囲で、措置の対象外になるとした。

こうした特殊な仕組みで、USMCAの原産地規則を満たさない自動車・同部品も、おおむね(注15)関税引き上げの影響を回避できる公算が大きい。

トランプ1.0以降も、米国企業の投資増

トランプ氏のメキシコに対する強硬姿勢は、2016年の大統領選挙時からあまり変わっていない。その一方で、同氏の発言でメキシコへの投資を断念したり減らしたりした企業がそれほど多いわけではない。例えば、次のような米国企業の事例が見られる(「レフォルマ」紙2024年10月21日付)。

キャリア(大手空調メーカー)

2016年の大統領選挙キャンペーンの際、関連会社がメキシコへ生産を移転する計画を講じたかどでトランプ氏から非難を受けた(その結果、一時は生産移転を断念するとみられていた)。しかし、最終的には、インディアナの2工場を2018年に閉鎖、メキシコに生産を移管した。その後、メキシコ生産は拡大し続け、2023年には同社最大規模の工場建設を発表した(メキシコ国内8カ所目)。

モンデリーズ(菓子製造)、リーガル・レックスノード(発電機や制御機器大手)

同様に、メキシコへの生産移転について2016年に非難を受けた。その後、メキシコでの生産事業が拡大している。

事実、メキシコの対内直接投資統計をみても、米国企業によるメキシコへの直接投資は減っていない。トランプ大統領が就任した2017年には、むしろ著増(前年比46.1%)。その後も、コロナ禍下の2020年を除いて、2016年(トランプ1.0直前)の投資額を下回った年はない。その他のメキシコへの主要投資国も同様。トランプ1.0以降、概ねメキシコへの投資を大きくは減らしていない(図4参照、注16)。

図4:メキシコの主要国別対内直接投資額
2016年は米国が105億1,300万ドル、スペインが24億5,100万ドル、カナダが25億7,500万ドル、ドイツが31億800万ドル、日本が20億700万ドル。2017年は米国が153億6.200万ドル、スペインが24億7,700万ドル、カナダが38億8,700万ドル、ドイツが27億1,600万ドル、日本が24億7,200万ドル。2018年は米国が114億1,300万ドル、スペインが45億7,200万ドル、カナダが44億2,200万ドル、ドイツが31億4,100万ドル、日本が22億8,700万ドル。2019年は米国が125億8,000万ドル、スペインが44億3,700万ドル、カナダが23億700万ドル、ドイツが38億1,400万ドル、日本が16億9,900万ドル。2020年は米国が97億9,600万ドル、スペインが39億7,500万ドル、カナダが39億8,600万ドル、ドイツが15億7,200万ドル、日本が13億1,400万ドル。2021年は米国が137億5,500万ドル、スペインが47億5,000万ドル、カナダが20億7,400万ドル、ドイツが23億1,000万ドル、日本が14億5,400万ドル。2022年は米国が202億2,400万ドル、スペインが21億4,600万ドル、カナダが31億6,800万ドル、ドイツが3,800万ドルの償還超過、日本が23億300万ドル。2023年は米国が137億5,800万ドル、スペインが37億7,700万ドル、カナダが34億9,300万ドル、ドイツが24億2,100万ドル、日本が29億1,500万ドル。

注1:2024年6月30日確認。
注2:ドイツは2022年、わずかに流出超過。
出所:メキシコ経済省外資局


注1:
ベトナムに対する米国の貿易赤字も、やはり大きく拡大した(同期間で2.7倍)。
注2:
メキシコ経済省は北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉時、米国政財界に対してロビイングをかけた。そのための資料で用いたデータに基づいて記述。
注3:
シェインバウム新政権は、2024年10月に発足した。
注4:
確かにUSMCAでも、第32.2条で、安全保障を理由とした例外を認めている。しかし、全メキシコ製品への関税賦課が、この例外で認められるとは考えにくい。
注5:
WTOでも、リバランスの規定がある。WTOセーフガード協定第8条に基づく手続きは、以下のとおり。
  • セーフガード措置が、特定国に影響。
  • 当該特定国は、当該措置の適用から60日以内にリバランス措置を取る方針をWTO物品貿易委員会に通知できる。
  • 30日後に適用可能。
これに対し、USMCAのリバランス条項では、報復関税を即時適用できる。
注6:
米国の対メキシコ輸入額は2024年1~9月、3,788億8,452万ドルだった。一方、メキシコの対米輸入額は同期間で1,883億7,204万ドル。この結果を踏まえて試算した。
注7:
HS02.07項に分類されるもの。分類上、鶏肉だけでなく、七面鳥の肉なども含む。
注8:
メキシコから輸入される全製品に対し、2019年6月10日以降、5%賦課。その後不法移民問題が改善しない場合、7月1日から10%、8月1日から15%、9月1日から20%、10月1日には25%に引き上げるとした。
なお、当該措置を根拠づける米国法は、国際緊急経済権限法。
注9:
中国に対する警戒感という点では、米国側の主要2党派(共和党と民主党)双方で意見がおおむね一致している。この点で、メキシコに対する姿勢と大きな差異がある。
注10:
ローランド・ベルガー(欧州のコンサルティング企業)のオスカー・シルバ・メキシコ代表社員は、高関税賦課は「あり得ない」と主張。その根拠として、(1)米国国内の自動車生産能力は、現実の国内需要を満たすのに不十分(換言すると、メキシコ、日本、ドイツ、韓国からの輸入が必要)、(2)米国内の生産能力の引き上げは、生産コスト面の制約からも非現実的、ということを指摘した(「レフォルマ」紙2024年11月14日付)。
またバークレイズ証券は、「メキシコは、トランプ氏にとって選挙のためのピニャータ(くす玉人形/中に菓子などを入れ、割って楽しむ遊び)に過ぎない」と分析。その上で、「米国にとって重要な貿易相手国というメキシコの存在感は、トランプ政権にも認識されるだろう。メキシコ側の報復関税を招くことを考慮すると、メキシコに対する追加関税は(真に)望まないはず」とコメントした(「Investing.com」、2024年11月13日)。
注11:
メキシコからの完成車輸出の中で、当該排気量のガソリンエンジン乗用車が最大となっている。
注12:
もっともこの場合、米国とFTAを締結していない他の自動車・同部品輸出国に対しても、同様に関税が引き上げられる。ということは、他国産商品とは同条件になる。
換言すると、主に米国とのコスト比較が問題になる。
注13:
現行の「最低限の基準」とは、次を満たすこと。
  • 完成車の場合、純費用(NC)方式の域内原産割合(RVC)が62.5%以上。
  • 自動車部品の場合、(1) NC方式のRVCが50%以上、(2)取引価額(TV)方式のRVCが60%以上、(3) 4桁レベルの関税分類変更基準(CTH)のいずれか。
注14:
スポーツ用多目的車(SUV)を含む。
注15:
米国国際貿易委員会(USITC)が発表する通関統計によると、2023年のメキシコからの乗用車(SUVを含む)の輸入台数は202万4,442台。そのうちUSMCAを適用していない輸入は、44万5,203台(22.0%)だ。一方、付属書2-Cで規定した上限は160万台、交換書簡では260万台だ。いずれも実績は両上限に遠く及ばない。
同様に、メキシコからの自動車部品輸入額は同年に648億9,800万ドル。そのうちUSMCAを適用していない輸入は、242億600万ドル(37.3%)だ。これも、上限の1,080億ドルに遠く及ばない。
このことから、付属書と交換書簡に盛り込まれた数量・金額上限規定は事実上度外視できる。
注16:
ドイツからの直接投資は、2022年に流出超過だった。もっとも翌年には、復調している。
執筆者紹介
ジェトロ調査部主任調査研究員
中畑 貴雄(なかはた たかお)
1998年、ジェトロ入構。貿易開発部、海外調査部中南米課、ジェトロ・メキシコ事務所、海外調査部米州課を経て、2018年3月からジェトロ・メキシコ事務所次長、2021年3月からジェトロ・メキシコ事務所長、2024年5月から現職。単著『メキシコ経済の基礎知識』、共著『NAFTAからUSMCAへ-USMCAガイドブック』『FTAガイドブック2014』など。