2024年7月、空間づくりを通じて心が動く体験を生みだしている株式会社丹青社と、XRやAIを強みにデジタル体験をプロデュースする株式会社ワントゥーテンが資本業務提携を結んだ。その背景には、情報が氾濫する不確実性の時代において、顧客との高いエンゲージメントを育むためには「体験」づくりが必要不可欠であるとの思いがあるという。
オンサイトとオンライン、それぞれの体験設計に強みを持つ両社がタッグを組むことで、どのような未来を思い描いているのか。11月におこなわれたトークセッション『「体験」から成果を生みだす空間DX~顧客がアクションする空間の仕掛け~』のレポートを通して伝えていく。
現代は、顧客との深いロイヤリティが求められる時代
鈴木朗裕さん(以下、鈴木):まずは私たちの会社紹介を簡単にさせていただきます。私たち丹青社は、心を動かす空間づくりのプロフェッショナルです。「空間から未来を描き、人と社会に丹青(いろどり)を。」というパーパスを掲げ、年間6,000件以上の空間づくりを通じて心が動く体験づくりに取り組んでいます。
鈴木:私が所属しているCMIセンターは、丹青社が長年培ってきた空間づくりのノウハウにテクノロジーとアイデアを掛け合わせ、より豊かな体験を生みだすことを目的に2017年から活動している専門チームです。「“こころが動く”を実装する」をミッションに、年間200件以上の案件プロデュースやコンテンツ・テクニカルディレクションを推進しています。
また、センター内のマーケティング部門とR&D部門では、さまざまな企業とのアライアンスによるソリューション開発もおこなっており、今回のワントゥーテンさんとの資本業務提携もCMIセンターを中心に進めてきました。
澤邊芳明さん(以下、澤邊):株式会社ワントゥーテン代表取締役社長の澤邊です。私は1997年の大学在学中にバイク事故で車椅子生活になりまして、見ての通り手も足も動きません。リハビリ後に大学に復学し、学生中に起業したのがワントゥーテンです。
自分の原体験として、入院中は本当にやることがなくて、退屈だったんですね。それからいままで「人間が一番病むのは退屈な状態である」と思っていて、没頭できるものとの接点づくりをワントゥーテンとしてやってきたつもりです。
澤邊:現在はAIやXRの技術者を中心にさまざまなエクスペリエンスデザインを提供しています。また、私自身の体験から社会課題視点も強く持っており、ただ答えを出すだけでなく、社会を一歩前に進めるような課題解決に対する取り組みも推進しています。地方創生や都市開発もその一環です。
私たちは技術を使ってデジタル空間を生みだすのは得意ですが、まったくもって実体のないものをつくっているので、丹青社さんが手掛けているような手触りのあるものづくりに憧れがありまして。とても相性がいいと思っています。
鈴木:それではここから本題に入りたいと思います。最初のテーマは、私たちがともに目指す「空間DXソリューション」について。私たちが普段お付き合いしているお客さまは、競合との差別化や施設の回遊性向上、また新規顧客の獲得やリピーターの確保など、施設の種類や規模、状況によって多種多様な課題を抱えています。ワントゥーテンさんのお客さまはいかがでしょう?
澤邊:私たちの祖業はWeb制作ですが、そこから技術の進化とともに事業も変化してきました。ネット上にバズを起こし、人を惹きつけてメッセージを伝えるという旧来型の広告手法は、2012年ごろまでは効いていたと思います。そこからアプリなどが出てきて、もっと深いロイヤリティづくりに変わっていきました。
つまり「目立てばいい」から「どんな関係をつくるか」に課題が変わっていったのがこの10年かなと。さらにコロナを経て、ますます「リアルな体験の場でしかできないこと」への関心が高まってきていますよね。
鈴木:そうですね。空間の力をフルに使っていくためにはどんなことができるのか。それを議論するために、ここからは空間の特徴について掘り下げていきたいと思います。
退屈の世紀から「空間コンピューティング」の時代へ
鈴木:映像や文字で伝える視聴覚のメディアと違い、五感性のある体験によって思いや価値を伝えることができる。それが空間の最大の特徴だと私たちは考えています。また、オンラインと違い時間と場所が限定されるので、その分高いエンゲージメントが発揮できると思っています。
澤邊:当社はWeb上にインタラクティブなコンテンツを提供することでエンゲージメントを高めてきましたが、やはりどこまでいっても平面上の体験はそこまで記憶に残らないと感じていて…。それよりも、家族と一緒に見た花火や友達と食べた美味しいご飯とか、そういう体験に勝るものはないと思っています。
とはいえ、コロナを経て「便利なほうがいいじゃん」という風潮ももちろんあって。出社が大変だからリモートワークになり、商品もすぐに届いたほうがいいのでAmazonが台頭する。そんな中でリアル店舗のあり方や体験のあり方は、この10年で変わってきていると思います。
つまり、「効率化を深めること」と「リアルな体験でしか得られないこと」が大きく変わってきたということです。これはスマートフォンの進化と比例して起きていて、これ以上の進化はないだろうと思います。そうすると、スマートグラスのようなものが出てきて、視覚をハックし、デジタル化していく「空間コンピューティング」の時代になる。見える世界にデータと連携したバーチャルな世界を投影し、街全体で体験できるような世界になっていくと思っています。
鈴木:ありがとうございます。澤邊さんの話にもあった通り、これまでの10年は「メディアのデジタル化」による「情報のモバイル化」の時代でした。メディアが新聞からテレビ、そしてWebになり、コンシューマーはスマートフォンによって欲しい情報をいつでも手に入れられるようになりました。
これからの10年は「空間のデジタル化」が進むことで「空間コンピューティング」の時代になると私たちは考えています。澤邊さんがいま注目している技術やトピックはありますか?
澤邊:私がヘッドマウントディスプレイ型のデバイスに興味を持ったのは2011年頃でした。VRは浸透するのが早かったのでゲーム方向で進化していきましたが、一方で女性のお化粧が崩れるとか、子どもの使用にも制限があったので、BtoBでの活用はあまり進まなかった印象です。
ですので、私は向こうが見えないヘッドマウントディスプレイ型のデバイスではなく、シースルー型デバイスの登場に注目しています。いわゆる普通の眼鏡のようなデバイスです。その間にいるのが「Apple Vision Pro」ですね。
Meta社の「Orion」をはじめ、シースルー型のコンセプトモデルは段々と発表されてきており、おそらく数年以内には市場に出てくるでしょう。最初は高価でマニア向けでも、2030〜2035年くらいの間に、多くの人がかけているようになるんじゃないでしょうか。
鈴木:デジタル化によって物理と情報が混ざり合うということですね。もう一つの視点で、私はこれから時間の価値観が変わっていくだろうと思っていて。単純な効率化ということではなく、時間を有効に使いながらいかに豊かな体験ができるかという時代になっていくのではないでしょうか。
澤邊:その視点はとても重要で、まさにいま「退屈の世紀」がはじまっていると思います。つまり、リモートワークやAIによる効率化が進むことで、可処分時間が増えるわけです。その時にSNSをずっと見たり、ソシャゲのガチャを延々と回したり。それはそれでいいけど、もう少し豊かに自分の好奇心を広げられる時間の使い方もあるはずです。人々はまわりに共有できる物語(コンテクスト)を求めています。それをうまく提供できる会社が生き残っていくんじゃないかと思います。
そこにしかない体験でロイヤリティを高め、つながりを育む
鈴木:ここからはワントゥーテンさんの体験づくりの実績を紹介していきたいと思います。
澤邊:最初にご紹介するのは北海道の都市型水族館「AOAO SAPPORO」です。動物福祉の観点から、魚や動物の展示数を増やせばいいという時代ではなくなってきている中で、いかにほかと差別化するかという課題に取り組んだ事例です。そこで、自然の脅威を実感できるデジタルアートや、寝転んでリラックスできる知床の海を意識したプロジェクションマッピングの空間など、さまざまな提案をおこないました。
鈴木:スマートフォンを使った体験もかなり一般的になってきていると思います。そこで次にご紹介するのが、B.LEAGUEのアルバルク東京さんのハーフタイムコンテンツです。こちらはどのような事例でしょうか?
澤邊:もともとはハーフタイムを盛り上げるコンテンツがほしいというオーダーでしたが、注目したのは公式アプリです。多くのブランドや商業施設が公式アプリを持っていますが、情報が載っているだけではダウンロードに繋がりづらいですよね。でも体験のためのアプリとなればどうでしょう?この事例では既存の公式アプリに体験型のAR機能を組み込むことで、ダウンロード数を倍増させることができました。
鈴木:体験をフックにすることで、アプリなどを通してコンシューマーとのつながりを育むことが期待できますよね。
澤邊:そうですね。ほかには、いわゆる「バーチャル〇〇」というようなメタバースプロジェクトはコロナ禍以降で激増しましたが、多くは成功したとは言えないと思っています。その要因は、現地の方からしたら、そのバーチャル空間と何の接点もないから。そういった課題は解決していく必要がありますね。
鈴木:そうですね。これからはオンラインとオンサイトの繋ぎ方をより意識しなければならない時代になっていくと思います。
空間DXの価値を都市へと広げていく
鈴木:CMIセンターは年間200件くらいのプロジェクトに携わっていますが、まだまだ扱えるプロジェクトが増えるといいなと感じています。そんななかでワントゥーテンさんは、僕らの会社にはいないエンジニアチームや、デジタルを扱えるディレクターが数多く在籍しています。
2社が一緒にプロジェクトを進められればできることは何倍にも拡がるし、お互いの視点で新しい空間DXをつくっていけると思っています。
澤邊:本当にそうですよね。ワントゥーテンにプロジェクトのお話が来る際、施設が完成してから声を掛けられることが多いんですが、施設が出来上がった段階で言われても実装できないことが多く……。
もっと早く言ってくれたらここにプロジェクター置けたのに、もっといい表現できたのにと思うことがあります。その点、丹青社さんならデジタル目線も持ちながら施設づくりの提案段階から入っていけるので、構造そのものから提案できるんですよね。2社の強みがうまく合わさるので、これからが楽しみです。
鈴木:最後に、私たちが思い描いている未来についても、少しお話しさせてください。ワントゥーテンさんとの資本業務提携によって、体験を軸にした街や都市づくりまで手掛けていきたいと思っています。街という体験のOSの上に空間というデバイスを載せていくというようなイメージです。
澤邊:簡単にいってしまえば、体験を中心にしたスマートシティをつくるということですね。さまざまなところで取得しているデータを活かして、体験による文化を生みだしていく。これ以上のことは、現時点では内緒です(笑)。
鈴木:空間DXの価値を空間からエリア、エリアから街、街から都市へと広げていきたいと思っています。体験設計をベースに、街の中に最適な空間をプロットしていく。そのために、両社の強みを活かしながらさまざまな取り組みを推進してまいりますので、ぜひご期待ください。本日はありがとうございました!
澤邊:ありがとうございました!
文:岡嶋航希(ランニングホームラン) 撮影:井手勇貴 取材・編集:石田織座(JDN)
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■株式会社丹青社
https://www.tanseisha.co.jp/
■株式会社ワントゥーテン
https://www.1-10.com/