NECが「恋の味」するパン開発 100年企業がタッグを組んだ舞台裏
NECがAIを使ってユニークな一手を仕掛けた。日本で生成AIのベースとなる大規模言語モデル(LLM)開発競争で一歩先を行く同社が、老舗パンメーカー「木村屋總本店」とタッグを組んだ。
NECがAIを使ってユニークな一手を仕掛けた。日本で生成AIのベースとなる大規模言語モデル(LLM)開発競争で一歩先を行く同社が、老舗パンメーカー「木村屋總本店」とタッグを組んだ。
中高生に人気を博しているABEMAの恋愛番組「今日、好きになりました。」参加者の会話と、フルーツやスイーツが登場する曲の歌詞をNECのAIで分析。恋愛感情と食品をひも付けて味を表現した「恋AIパン(れんあいぱん)」5種を開発した。2月1日から関東近郊のスーパー、木村屋總本店の一部の直営店、オンラインショップで販売する。
開発までに約1年をかけた「恋AIパン」は、創業155年目を迎える木村屋總本店が、創業125年目を迎えるNECに開発協力を依頼したことから生まれた。
木村屋總本店は百貨店やスーパーなどの販売チャネルで商品を展開しているため、若年層の新規顧客や認知獲得が課題となっていた。同社の齊藤浩二取締役は、先立って、付き合いのあるコエドブルワリーがNECのAIを用いて開発した「人生醸造craft」 ローンチによって、新たな客層を獲得したという経緯を聞いたことも後押ししたと話す。
一見関係のない恋愛とパン AIでどう結びつけた?
NECの AI・アナリティクス統括部 シニアディレクターである孝忠大輔氏は、恋AIパン開発にあたって、3つのAIソリューションを使った開発過程を説明する。同社の音声認識技術「NEC Enhanced Speech Analytics」を使って、同番組の出演者の15時間分の会話データからテキストを抽出した。
次に、データ意味理解技術を活用した「NEC Data Enrichment」を使って、出会いや告白、初めてのデートといった恋愛シーンごとの会話文に32個の感情ワードと相関を表した感情スコアを付与。恋愛シーンごとの感情の傾向を可視化した。
さらにNEC Data Enrichmentを使って、約100万曲の日本語歌詞データベースから183種類のフルーツやスイーツなどの食品を含む約3万5000曲を抽出。食品を含む歌詞に感情スコアを付与し、恋の感情を表現する食品上位50種類をリストアップした。
木村屋總本店は、同社の人気食品である蒸しパンをベースに、AIで導かれた食品50種類から、相性の良い食品の組み合わせを選定して、恋を味として再現している。
こうして開発されたのが、「#01 運命の出会い」(生地:わたがし味、マーブル:りんご、トッピング:青クランチ)、「#02 初めてのデート」(生地:ライム、マーブル:柿、トッピング:オレンジピール)、「#03 やきもち」(生地:紫芋、マーブル:ずんだ、トリュフオイル、トッピング:レーズン)、「#04 涙の失恋」(生地:サイダー、マーブル:ぶどう、トッピング:ドライりんご)、「#05 結ばれる両想い」(生地:もも、マーブル:ドラゴンフルーツ、トッピング:はちみつ)の5種だ。
ベースとして蒸しパンを選んだのは、色付きの食品を生地に練り込みやすかったからだ。齊藤氏は、これまで同社が使ったことがない食品や色合いが多々あったこと、食物アレルギーを考えると使えない食品もあり、果たしてパンにできるのか社内で議論があったことを明かす。中でも「やきもち味はパンで表現する上でなかなか斬新な色でした。この感情を出すのに、素材にこだわりを持って開発しました。特にしっとり感を味わえると思います」と開発の苦労を話した。
最後は、NECが開発して2023年12月に発表した独自の大規模言語モデル「cotomi(コトミ)」を使って、食品や感情データを基に、商品パッケージや特設サイトで用いられる商品解説文を作成したという。孝忠氏は「恋愛感情の変化と食品の味は遠く離れている。AIを使ってひもづけることで、ベタな想起の部分もあるが、これまでとは違う組み合わせができたと思う」と手応えを感じている様子だった。
木村屋總本店にとっても、若者の恋愛離れが進んでいる現代において、若者の恋愛を応援するパンを作れば、次の世代に「木村屋」を継承できるという狙いがある。実際の販売目標数はこれから立てていくことになるというが、齊藤氏は「AIの活用は弊社内でも賛否あったが、10〜20年後を考えた時に必要だと思った」と話し、若年層取り込みに期待を寄せた。
孝忠氏は自社LLMについて「AIによって膨大なデータを活用できる時代になったことに活路を見いだしました。実際に膨大なデータを食品開発に結び付けることはNECにとってもチャンスがあると思っている。cotomiに関しても、今後は文章だけでなく、画像や動画生成など活用の幅は広がっていくと見ている」と話す。
NECは今回に限らず、22年に野菜嫌いの子どもをテーマにした『AI(愛)のプリン』(カゴメ、ブルシック)のローンチもしており、従来になかった斬新な商品開発を通して、AIのネガティブなイメージの払拭にもつなげている。
創業100年以上の老舗企業同士がパートナーを結び、AIによって新たな商機がもたらされた。LLM開発などに携わる他社にとってもビジネスチャンスを広げる先行例とも言えそうだ。
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