PickUP
法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。
私が医師を志したのは、医師だった父の影響が大きいと思います。ただ、迷いなく医学部に進学したというわけではなく、実は飛行機が好きだったので、漠然とですが将来飛行機に関わるような仕事に憧れた時期もありました。パイロットだけでなく、設計や整備の仕事も面白いと感じていましたが、視力が悪かったことや高校の先生からの後押しもあって、医学部に進学することを選びました。
大学では、テニス部に所属してスポーツに明け暮れた日々を送っていました。整形外科を選んだのは、スポーツを通して身体の痛みや不具合を経験したこと、身体機能について興味があったことが影響したように思います。もう一つ、整形外科は「自分の体の機能を回復させる」という治療方針があって、それが自分には向いていると考えました。
卒業後は、まず大学病院の研修医として、手術のサポートや入院患者の処置などを行って経験を積みました。その後、大学病院を離れいくつかの病院で勤務しましたが、そのうちの一つの勤務先の先生に「プロサッカーチームのチームドクターをやってみないか」と声をかけていただき、もともと興味があったため、引き受けることになりました。選手を診るようになって改めて気付いたことなのですが、一般の患者さんであれば、けがが完治し日常生活を送ることがゴールと考えられますが、スポーツ選手にとっては、そこがスタートとなります。つまり、選手にとっては、けがが完治するだけではなく、競技に復帰して初めてゴールとなるわけです。
スポーツの世界では、選手がけがをしてしまうと選手自身への影響はもちろん、チームの戦力も落ちてしまうため、一番良いのはけがをしないことです。そのため、けがの予防をすることの大切さを身をもって知り、「極力けがをしないように予防するにはどうしたらいいのか」ということに興味を持つようになりました。スポーツ医学では、「スポーツ外傷」(捻挫や打撲など外から加わる強い力によるけが)、「スポーツ障害」(関節痛や疲労骨折など身体を使いすぎて起こるもの)として、それらスポーツによるけがの総称を「スポーツ傷害」と呼んでいます。
法政大学に関わるようになったのは、スポーツ能力向上とキャリア形成を両立し、高度なスポーツ文化の担い手を育成することを目的に設立された、SSI(スポーツ・サイエンス・インスティテュート)の非常勤講師としてスポーツ医学に関する授業を担当したことがきっかけでした。現在は、縁があり法政大学スポーツ健康学部スポーツ健康学科に所属して、研究に取り組んでいます。
スポーツ医学についての知識は、メディカルスタッフやテクニカルスタッフはもちろん、選手にとっても、自分の身体を守るためにとても重要です。メディカルスタッフや指導者と共通の言葉で選手自身がけがや身体の機能について話ができないと自分の身体を守ることはできませんから。
授業を通してスポーツ医学の知識を教えるとともに、法政大学体育会の各クラブ、さらに学外でもサッカー・Jリーグのチーム「ヴァンフォーレ甲府」や、ラグビー・リーグワンのチーム「横浜キヤノンイーグルス」などで、様々なサポートをしています。一例を紹介しますと、選手のスポーツ傷害を未然に防ぐため、選手たちのメディカルチェック、つまり健康診断を行っており、手術に至るような大きな傷害を減らすことに努めています。中でも重視しているスポーツ傷害の一つに、「Jones(ジョーンズ)骨折」と呼ばれるものがあります。特にサッカーの動作において発症しやすい傷害で、足の甲の小指側の骨の疲労骨折なのですが、ある論文ではヨーロッパリーグのプロサッカー選手では、このJones骨折が疲労骨折の78%を占めていると報告されているほどです。一度発症してしまうと手術が必要なケースも多く、復帰までに数カ月と多くの時間を要します。そのため、未然に防ぐことが重要だと考え、超音波を用いて選手たちの状態を定期的にチェックしています。さらに、Jones骨折について講義を行い、なぜこうした検診が必要なのかについても教えています。
このように検診の大切を伝えても、選手には「骨折が見つかってしまったら試合からはずされてしまう」といった恐怖心があるのですが、チームから離脱することなく治療ができたという事実を知ってもらうことで、チームとの信頼関係を築き、選手が検診を控えることを減らすことができると考えています。
2019年に発表した「大学サッカー部に対するJones骨折検診の経験」では、Jones骨折検診を行うことは、Jones骨折の早期発見や予防に有益な方法であることを報告しました。そのため今も年1度を目途に、Jones骨折検診を継続しています。
また、選手の日常生活の様子を確認することもメディカルチェックの一つです。クラブハウスに行って「ちょっとここが痛いんだけど」と、休むほどでもなく、病院に行くほどでもない。でもドクターがいるから診てもらおうかと声がかかるのですが、それもスポーツ傷害の予防につながっていると思います。日頃の健康管理、内科的なことも意識しています。コロナの時期は大変でしたが、広がらないようにスタッフと連携して予防対策をしていました。
スポーツによって引き起こしやすい傷害の種類は異なります。例えば、リバウンド動作の多いバスケットボールであれば、前十字靭帯損傷の頻度が多くなります(2021年「女子バスケットボール選手のリバウンド動作時における下肢キネマティクス」に詳細)。こうした研究成果を通して、改めてスポーツ傷害を未然に防ぐことの大切さを伝えていきたいです。
現在は前述とあわせて「Peak Height Velocity(PHV)前中後における骨密度と骨端線、骨格筋の関係」というテーマにも取り組んでいます。性差や国によっても違いますが、日本ではおよそ12-14歳前後をPHV、つまり、最も成長が著しい時期と考えられています。実は、この成長期の傷害を知るうえで、成長期前後の人の身体の中がどのくらい変化しているのかは、よく分かっていません。そこで、この時期の子どもたちの骨密度や骨端線(成長軟骨と呼ばれる伸長する部分)、そして、骨格筋、いわゆる筋肉の関係を探索的に調べていこうという研究を現在行っています。
この研究の目的としては、例えば骨端線は成長軟骨といわれるように、柔らかな骨なので、子どもたちにとって傷害をおこしやすい場所と言えます。そのため、こうした部位にどのような負担がかかるのかが分かれば、どういったトレーニングをすればいいのかということも見えてきます。そしてその先には、これまで説明してきた通り、傷害の予防につなげたいという思いがあります。
プロスポーツ選手に限らず、スポーツに親しむ方はたくさんいらっしゃいますが、スポーツをするうえで大切なことは、やはり自分の身体をよく知ることです。難しく考えず、例えば親御さんであれば、お子さんの身長がどのくらい伸びているのか、体重がどのくらい増えているのか、50メートル走のタイムはどのくらいか、それぞれ標準値と比較するだけでも身体のことを知ることになります。
大学では研究だけではなく、学生たちの教育にも携わるわけですが、ゼミでは学生が自ら、普段の授業で得た知識とは別の視点で興味のあることを調べ、発表を行っています。また、ゼミのテーマである「傷害や疾患の予防」について、アスリートに限らず高齢者や子どもたちを含めての議論や、スポーツ健康学部にある施設や機器の活用を通じ、実践的な体験ができるよう指導しています。一人の教員が教えられる人数は限られていますが、社会人になって、スポーツ現場を中心に、大学で学んだことを周りに広めてくれる人材を育成できればと考えています。
1994年3月順天堂大学医学部卒業、同大学医学部整形外科に入局し、2004年12月博士号取得。2018年4月より法政大学スポーツ健康学部准教授、2022年4月より現職。専門分野は膝関節外科、スポーツ医学。論文に「大学サッカー部に対するJones骨折検診の経験」(法政大学スポーツ健康学研究、2019年)、「女子バスケットボール選手のリバウンド動作時における下肢キネマティクス」(日本臨床スポーツ医学会誌、2021年)、「大学男子サッカーチームの2年間の傷害調査」(日本臨床スポ