南川高志「ローマ帝国時代のパンデミック」
新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、書店の店頭で疫病やその歴史に関する書物を見かけるようになった。現代を遠く離れた古代ローマ帝国の政治史をおもに研究している私でも、つい厳しい現実に影響されて、ローマ社会を襲った疫病に想いを馳せ、少し調べてみようという気になっている。
もう四〇年以上前だが、卒業論文や修士論文の研究で、『自省録』の著者でストア派哲学者として知られる皇帝マルクス・アウレリウスの治世を分析した。とくに、帝国の北に居住する諸部族が領内に侵入し、それを押し戻そうとマルクス帝指揮のローマ帝国軍が長期間戦ったマルコマンニ戦争を取り上げた。マルクス帝を含むローマ五賢帝の時代といえば、帝国の最盛期で政治は安定し、領内は平穏で繁栄していたと一般に考えられているが、マルクス帝治世では、諸部族の攻撃を受けて国は動揺し、皇帝は忙殺され、彼自身ドナウ河畔の最前線で世を去ったのであった。学生時代の私は、このマルクス帝の治世に、戦争と変わらないくらい重大な問題がローマ社会に生じていたことにあまり注目してはいなかった。しかし、実は当時ローマ帝国はパンデミックに見舞われていたのである。
この、いわゆる「アントニヌスの疫病」は、学界では天然痘と見なされている。一六六年に東方のパルティアとの戦闘に勝利して首都ローマに帰還した軍隊が遠征先からもってきたとされるこの病は、瞬く間に帝国のほぼ全領内に広がった。疫病で養子を失い自らも感染した体験をもつギリシア人弁論家アリステイデスの書き残したものなど、少なからず記録が残されている。とくに重要と思われるのが、「医学の父」ヒッポクラテスと並び称される医師ガレノスの作品にみえる記述である。
ガレノスは、小アジアの都市ペルガモンで生まれ育ち、各地で医師として修行、ローマ市では皇帝家の医師としても活躍し、三世紀初頭まで生きた人物である。北イタリアに軍隊とともに滞在するマルクス帝に招かれ、その地とローマ市で疫病の治療に当たった。このガレノスの生涯や活動については、ローマ史学者のスーザン・マターンの優れた書物が『ガレノス―西洋医学を支配したローマ帝国の医師』として翻訳・刊行されており(澤井直訳、白水社、二〇一七年)、興味深い情報を数々紹介してくれている。マターンに拠れば、黒くしばしば潰瘍化した丘疹が全身に現れる症状をガレノスは記録している。数百人を治療し、様々な薬や治療法も試したらしい。彼は、飛沫感染する病気の患者にじかに接して診察していたようである。
この疫病に対するローマ皇帝政府の対応といえば、古代末期に書かれたマルクス帝の伝記に、皇帝が勝手に墓を建てることを禁じた、とある程度である。疫病流行にもかかわらず、ローマ軍はドナウ沿岸地方での軍事作戦を止めてはいない。実はそれ以前から、ローマ帝国、とくに首都ローマはしばしば疫病に見舞われており、例えば一〇〇年ほど前のネロ帝の治世には、ひと秋に三万人が疫病で死んだと伝記作家スエトニウスは伝えている。首都での住民の生活環境は衛生的とはいえず、ローマ人自慢の公共浴場も健康面で好ましい状況ではなかった(この点については、ロバート・クナップ『古代ローマの庶民たち―歴史からこぼれ落ちた人々の生活―』西村昌洋監訳・増永理考・山下孝輔訳、白水社、二〇一五年が詳しい)。住民の栄養状態も良好ではなかったから、一度疫病が生じたら被害は直ちに広がり、皇帝や政府として打つ手はあまりなかったのかもしれない。
ところで、マルクス帝治世に活躍した文人で風刺作家のルキアノスは、神託所を開設したアレクサンドロスという名の詐欺師を告発する作品の中で、この男が疫病流行の際、託宣をあらゆる国々に送り、その詩句が悪疫を防御するまじないとして、いたるところの門口の上に書かれた、と記している。そして、何らかの巡り合わせでこの詩句を書いて掲げていた家々こそがその住人をいちばん失うことになった、と皮肉を込めて述べている(ルキアノス『偽預言者アレクサンドロス』内田次信訳、京都大学学術出版会、二〇一三年の訳文と解説に拠る)。疫病の恐怖の中で、多くの人々が超自然的な存在(この場合はポイボス、すなわちアポロン神)に頼ったのである。
この「アントニヌスの疫病」をローマ帝国衰亡の原因の一つに数える研究者もおり、欧米学界では病気の規模や影響を見定めようと熱心だが、私はむしろ人々がこのパンデミックをどのように受け止め対応したのかということの方に関心をもつ。医学の発展や生活の向上によりローマ時代と現代とでは疫病への対処法も大いに異なるが、人の心の次元で比較する意味は少なからずあるのでは、と思うからである。四〇年前には関心を持たなかったこのテーマ、今この機会にもう少しローマ帝国社会の実態を考察してみようと思う。
◇みなみかわ・たかし 一九五五年、三重県生まれ。京都大学文学部卒業。京都大学大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(文学)。現在、京都大学大学院文学研究科教授。専門は西洋史学、特に古代ローマ帝国史の研究。著書に、『ローマ五賢帝』(講談社)、『海のかなたのローマ帝国』(岩波書店)、『新・ローマ帝国衰亡史』(岩波書店)、『ユリアヌス』(山川出版社)などがある。