Google デバイスのチーフ デザイン オフィサーであるアイビー・ロス、そして nendo の佐藤オオキ。二人のプロダクトは人の感情に働きかける「エモーショナルデザイン」として高く評価されてきた一面がある。彼らはどのように人の感情に語りかけてきたのか。白熱した対談を紹介する。
英語が堪能な佐藤オオキがアイビー・ロスを出迎えると、二人はまるで旧友のように語りはじめた。ロスはミラノデザインウィークで佐藤の仕事をたびたび目にしており、佐藤もまたロスの著作を読んでいた。取材開始前からすでにデザイン談義をはじめていた二人。まずはロスに自身のデザインを表現する「エモーショナルデザイン」という言葉、そしてその考えから語ってもらった。
▲佐藤オオキが手にするのは Google Pixel 9 Pro XL のヘーゼル。自然環境への意識の高まりから、黒に代わる色として人気を集める。
アイビー・ロス(以下、ロス) 私たちにとってとても大切なもの、それが感情です。だからこそ私たちのプロダクトは、機能に加え、人々が手にした時の感触や見た目の印象を考慮します。テクノロジーは生活に欠かせないものの、機能だけでは自分らしさや心地よさを感じていただくことが難しい。テクノロジーが生活に溶け込むなかで、非常に重要な考えがエモーショナルデザインです。
佐藤オオキ(以下、佐藤) 僕は以前から「FUNCTION(機能)」という言葉に「FUN(たのしい)」という言葉が隠れていることに目を向けてきました。機能と情緒のどちらも、同じ価値を持っていなくてはならないことを示しているように感じるからです。情緒的価値と機能的価値のバランスを常に意識しながらデザインをしたいからこそ、ロスさんの考えにはとても共感します。
ロス 私たちは気が合いそうですね(笑)。エモーショナルデザインを取り入れるのは、五感を刺激するものすべて。形、色、それから質感、そうした要素の組み合わせで感情に訴えかけます。
佐藤 デザインとは要素が多層的に重なり、生まれるもの。それらの要素に優先順位はありますか。そしてそのプロセスに方程式のようなものはあるのでしょうか。
ロス 方程式通りに進めては退屈です。とはいえ私たちは技術を大切にしており、そこに難しさがある。すべての技術や機能を美しいフォルムに収めなくてはならない。実は、色、質感、仕上げを考えるのは最後の工程です。さらに言うと選んだ色や仕上げがフォルムに合わないことも少なくありません。デザインの作業は画家が絵を描く時に一歩下がっては確認を繰り返す作業に似て、一進一退です。色を足したり修正したりと、繊細な作業。けれど個人的にはそのプロセスに最も魅力を感じます。
佐藤 僕もまったく一緒です。アイデアを探す時はピントがぼけているほうがいいと思う。ピントを絞ると答えは見つかるけれど、面白いアイデアが見つからない。あえてピントをぼかしてアイデアを探し、何かを見つけたら今度は絞り、違うと思えばまたぼかす。そんな調節を繰り返すことで適正だと思う形が生まれます。僕の場合はそこに何かノイズ、不確定要素を入れたいと思うこともあり、過程のなかでそれらを入れることができないかと検討します。
▲アイビー・ロスが持つ Google Pixel 9 Pro Fold のポーセリンは、日本の陶磁器から着想を得た色だ。
自然はインスピレーションの宝庫
ロス 私たちのデザインチームは世界を旅し、インスピレーションのかけらを持ち帰ります。事務所の棚はメンバーが持ち帰った物だらけ。ポーセリンは日本の陶磁器にインスピレーションを得た色です。あくまで「白」ではなく、少し黄みがかった「ポーセリン」ということで、 50 個ほどのサンプルから細かな差異を検証しました。マット感と光沢感を組み合わせた仕上げにも、色同様にこだわっています。こちらのオブシディアンは限りなく黒に近い色ですが……。
佐藤 少し緑がかっていますね。
ロス そう、ほんの少し。黒は人気のある色ですが、ここでは黒いスマートフォンを望む人の興味も引く、厳密には黒ではない色を採用しました。
佐藤 ロスさんは心理学を学び、著作で神経美学をデザインに取り込んでいるとも書いています。これは色とも関連するものだと思いますが、詳しくお聞かせいただけませんか。
▲ロスのチームがデザインを手掛けたさまざまなアイテム。いずれもアートとテクノロジーを交差させたデザインを持ち込むことで、人々の日常に馴染む形を探っている。
ロス 神経美学とは、美や芸術が人間の身体や脳にどのような影響を与えるかを研究する学問です。クリエイターは感覚的にそれを理解していますが、最近はこれらを科学的に証明しようと試みる動きが出てきました。五感を刺激するすべては美。人間は感じる生き物でありながら、頭で考えてばかりでそのことを忘れがちです。神経美学をデザインに取り込むことで、感触や色がどの感覚を刺激するのかを考えています。
佐藤 これまで、美しい、かっこいいと感覚的に理解していた要素を、論理的に解析するということでしょうか。より多くの人に、より機能的なデザインを提供できるようになる可能性を秘めた考えといえそうです。重さ、質感、温度感といった、実際に触れて気持ちのいい感覚は自然物に触れた時の感覚に近いと感じることも少なくありません。心地よさというのは、はじめての体験というよりも馴染み深い時に感じることが多いですよね。
ロス まさにその通り。私たち人類はほとんどの時間を自然の中で過ごし、人工的な環境で暮らした時間は歴史上わずか 0.2% ともいわれています。ですから自然が心地いいのは当然のこと。自然はインスピレーションの宝庫であり、これほど優秀で独創的なデザイナーはいない。これこそが神経美学です。たとえばイヤホンケースは川原で見つけた小石にインスピレーションを得ており、とても手触りがいい。水があふれ出す瞬間を観察し、容器の縁で盛り上がってあふれ出す直前の状態をケースの縁の丸みに応用しました。テクノロジーと自然は対極にあるからいい。人類が洞窟で暮らしていた頃、鋭角は危険を、曲線は安全を意味していました。こうした感覚の多くはいまも意識下に生きています。私たちは自然からヒントを得て、それをデザインに落とし込むことで人と物の関係性を近づけています。
▲ロスと佐藤は互いの作品を題材にデザイン談義を交わし、共通する部分、違いなどを語らった。
佐藤 東京 2020 年オリンピックの聖火台では、球体に花の咲く動きを取り込んだ可動式の台をデザインしました。ロスさんがおっしゃるように自然とテクノロジーは対極にあります。けれど僕にはそれが、イエスでありノーであるように思う。開花の様子を何度も研究したように、自然とテクノロジーは対極でありながら、実はリングのように端で触れ合っているのではないかと思います。
▲佐藤が手掛けた、東京 2020 年オリンピックの聖火台。「太陽らしさ」を表現した球体が花のように開くことで、生命力や希望を表した。
ロス まさに関係性の問題ですね。新しいのに何となく親しみを感じるとおっしゃいましたが、私たちはそうした感覚に注目しています。
佐藤 同時に僕は、デザインにおいて不完全であることを強く意識します。というのも完璧な存在に人は親しみを感じにくく怯えてしまうから。二つ目には懐かしさを意識します。特に新しい技術や素材を使う時に強く意識しますが、既視感を抱くだけで対象との距離がグッと近づくように思います。さらに三つ目がユーモア。やはり真面目で堅すぎると、人は距離を置く。不完全であり、懐かしさがあり、ユーモアがある。この三つの要素のうち、必ずどれか一つだけでも入れたいと意識しています。
ロス どれも大事な要素ですね。特にユーモアは私も大好きです。
▲大阪・関西万博で日本館総合プロデューサーを務める佐藤オオキ。写真は日本館の外観イメージ。
クリエイティビティに重要なものとは?
佐藤 いまは 2025 年の大阪・関西万博の日本館を担当しています。全体のテーマから、建築、展示物などのすべてをデザインしていますが、そこでは特に体験のデザインを試みています。展示内容も自然から大きなヒントを得ていますが、ただ草木や花でそれを表現せずとも、光や温度の変化だけで自然を感じることができるのではないかとも考えています。
ロス スケールが大きいほどに、空間を創造する行為はとても面白いものです。私はミラノでも佐藤さんの展示を見ていますが、今回も大阪に訪れなければなりませんね。私もディレクターとしてグーグルの実店舗のデザインに関わり、プロダクトのデザイン理念を空間全体に反映したこともあります。空間には人の考え方を変える力があり、大きな影響を与えられる。大阪万博での実践は、またとない機会になりそうですね。
佐藤 ありがとうございます。僕はスケールが変わっても基本の考え方は変わらないと思うこともあります。ハードだけを作ってもうまくいかず、ソフトとどう絡み合うかが重要だと痛感することも多い。ロスさんはソフトとハードの関係をどのようにデザインしているのでしょうか。
ロス 確かに両者には密接な関係があります。グーグルが開発した〈Android〉のプラットフォームは、自社のスマートフォンができたことでハードウェアからもインスピレーションを得るようになりました。ユーザーは両者を分けて考えませんし、両者が調和を図っていくことはますます重要になるでしょう。
▲ 2 つのサイズがラインナップ。左から、 6.8 インチの Google Pixel 9 Pro XL のヘーゼル、そして 6.3 インチの Google Pixel 9 Pro のローズクオーツ。それぞれカラーバリエーションは 4 色。
佐藤 ロスさんの本には、豊かな環境や多様な体験がクリエイティブに重要であると書かれています。実を言うと僕はそれを読んでちょっとドキッとしました。というのも僕はまったく逆で、特別な場所で特別な経験をすると圧倒され、アイデアが浮かばなくなる。毎日、同じ道を歩き、同じカフェに行き、同じ席で、同じコーヒーを飲んで、同じ時間に同じような行動をして、同じ服を着ることを繰り返すうちに、日常の些細な変化に気づきます。その気づき、違和感を紐解くことがアイデアの種となり、それをできるだけわかりやすい形に育てて日常生活に返す。そうすることで誰かが自分と同じような感情を持ち、共感するのかなという期待を寄せています。ロスさんは、デザイン、感情、体験、環境などの関係性をどう考えますか。
ロス あなたは同じ体験のなかに微妙なニュアンスの違いを見つける能力に恵まれているのでしょう。同じことの繰り返しから気づきを得て、そのわずかな違いに輝きを見つけるには鋭い感性と特別な才能が必要です。プロセスはそれぞれに違っていい。心を動かすものに出会えば、そこにアイデアの種が見つかるから。本でも紹介しましたが、何か新しいことに向き合おうとしなければ新たな神経回路は作られません。
佐藤 もしかすると忘れないようにするという感覚も強いのかもしれません。人の脳は優秀なので、些細なことやものは気づかないようにしたり、すぐに忘れてしまったりする。けれど大事なことはちゃんと覚え、認識する。僕はあえてその精度を落とすことで、意識的に些細な出来事を知覚するようにしています。
ロス 人は何らかの感情を揺れ動かすものと出会えば、それを記憶に残すそうです。
佐藤 それは先ほどお話しした、物への愛着、感情的なつながりという考えに近いのかもしれない。完璧じゃない、懐かしい、ユーモアを感じるというのは、感情の揺らぎが記憶に残ることとつながるように思いました。ロスさんも三つのキーワードを掲げていますね。
ロス この8年、私たちはデザインの一貫性を保つために “Human, optimistic, and bold”(「人間」「楽観性」「大胆さ」)という理念を指標としてきました。グーグルにはもともと世界中の人がアクセスできて、使えるようにするというミッションがあり、カラフルなロゴや多様なアレンジはポジティブな驚きや喜びを感じさせます。さらに、挑戦するために大胆さは欠かせません。いまもデザインの面から「人間的な電子機器とは何か」を考えています。テクノロジーが冷たいとの認識は間違い。心地よくて感覚や感情に働きかけるものとしたい。世の中の変化に従い、言葉や価値観は変化します。これからますますAIが発展する時代が到来し、私たちが合理性を考える必要は減ります。しかし、よりイマジネーションや創造性が求められるようになる。あくまで感覚や感情が失われることはありません。
佐藤 僕はデザインを接着剤のようなものと捉えていて、人と物、人と空間、人同士などをつなぎとめ、近づけていく力だと思います。デザインを正しく活用することで、テクノロジーが人の身体の一部になったり、環境の一部になったりと、まさに空気のような存在に進化させられるのではないかという期待があります。
ロス まったくもってその通り。デザインとは課題を解決する手段です。いま私たちは多くの課題を抱えている。だからこそデザインを単なるモノではなく、あなたが言うように大きな視点で見てほしい。デザイナーがますます大きな課題を解決できるといいですね。
佐藤 まったく同感です。これからはデザイナーが新たな課題を見つけることも、ますます重要な役割となるでしょう。
アイビー・ロス(Ivy Ross)
Google デバイスのチーフデザインオフィサー。スマートフォンからスマートスピーカーに至るまでハードウェア製品ファミリーを立ち上げ、250 を超えるグローバルデザイン賞を受賞。手触りがよく、大胆で、感情に触れるGoogle ハードウェア製品のデザイン美学を確立した。ジュエリーデザイナーとしての経歴も持ち、世界各地の美術館にパーマネント・コレクションとして収蔵されている。
佐藤オオキ
建築、インテリア、プロダクト、グラフィックと多岐にわたってデザインを手掛ける。作品はニューヨーク近代美術館、ポンピドゥー・センター、ビクトリア・アンド・アルバート博物館など、世界の主要美術館に多数収蔵されている。
永山祐子と Google が探る、「感情をうごかす」エモーショナル・デザイン
ラグジュアリーブランドの空間から万博のパビリオン、街のランドマークまで幅広い設計を手がける建築家・永山祐子。その作品とグーグルの「Pixel」シリーズには、有機的なデザインという共通項がある。人の感覚に訴える製品はどう生まれるのか? その哲学を、グーグルのハードウェアデザイン部門を率いるアイビー・ロスとの会話から探る。
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川上未映子と Google アイビー・ロスが探る、デザインと小説における色彩の役割
色は記憶や感情を呼び起こす触媒だと、『乳と卵』『黄色い家』などで知られる芥川賞作家、川上未映子は語る。それは絶妙なカラーバリエーションが魅力の「Google Pixel 9 シリーズ」をデザインしたアイビー・ロスにとっても同じだ。人とテクノロジーをつなぐ色彩の役割について、ふたりが語った。
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