Reality of ‘Ingress’

「イングレス」にハマってみて

このところ「イングレス」なるオンラインゲームに没頭した宇野常寛は何を考えたのか?
「イングレス」にハマってみて──宇野常寛

このところ「イングレス」なるオンラインゲームに没頭した宇野常寛は何を考えたのか?

文: 宇野常寛

2014年の夏はグーグルがリリースしたイングレスというゲームに没頭して、都内をひたすら歩き回った。これは位置情報と拡張現実を用いたゲームで、プレイヤーは世界を二分する勢力(青色のレジスタンス軍/緑色のエンライテンド軍)のどちらかに所属し、グーグルマップ上に配置された世界中のポータルを奪い合う。言わば現実の空間を舞台とした陣取りゲームだ。自軍の陣地を増やすには世界中の史跡名勝や地元の名物店、公園等の公共施設に設定されている拠点(ポータル)を占領する必要があるのだが、自軍のポータルを防御もしくは敵軍を攻撃するにはポータルから40メートル以内に実際にスマートフォンを持って立ち寄らなければならない。

イングレスの世界的なヒットを分析していくと現在のネットワーク社会の本質のようなものが露呈してくる。第一に挙げられるのがネットと現実の融合だ。「仮想現実から拡張現実へ」とは世紀の変わり目に発生した情報技術の応用トレンドの変化を表す言葉だが、イングレスはまさにそれを体現するゲームだろう。

私たちはいつの間にか、ネットというもうひとつの現実ではなく、既に接しているこの現実をより深掘りし、多重化して楽しむために情報技術、とくにネットワーク技術を使うようになった。これまでの位置情報ゲームの多くは、現実での移動がゲーム世界でのポイントに換算されることが主流だったのに対し、イングレスは実際に特定の場所に足を運び、目の前に存在するポータルを奪い合うゲームであることは極めて象徴的だ。実際、プレイを通して自宅や職場のちかくの名所や名店、それらにまつわるエピソードを知り、今まで気付かなかった「いま・ここ」の世界の魅力に気付かされた、と語るプレイヤーは多い。

第2に挙げたいのは、こうした「拡張現実の時代」のウィークポイントとして立ち現れる現象だ。グーグルはイングレスにおける両軍の勢力が一望できる世界地図をリアルタイムで公開している。これをみれば一目瞭然だが、青軍・緑軍ともにその勢力は先進国の都市部に集中しているのだ。これはスマートフォンの普及状況を示していると言えるだろうし、同時にプレイに興じている若いアーリーアダプター層の世界的な分布を示していると言える。そもそもイングレス自体はダウンロード数自体においては決して爆発的なヒットとは言えない。あくまで最新の情報サービスに敏感な先進国の若いインテリ層にのみ普及しているのが現状だ。

同じような指摘がたとえば「食べログ」にも可能だろう。この「拡張現実の時代」のインターネットサービスは実社会のコミュニケーションに依存しているがために、人口密集地の、それもアーリーアダプター層の多い地域とジャンルでしかその力を十二分に発揮することはできないのだ。これはインターネットが本来地理をキャンセルし、情報格差を是正するものとして期待されてきたことを考えると皮肉な現実だと言えるだろう。

第3に挙げられるのはその非完結性だ。これまでの説明から分かるように、イングレスには事実上「終わり」がない。もちろん、どちらか一方の陣営がもう一方を完全に駆逐してしまえば「終わる」のだろうがゲームバランス的、システム的に事実上それは不可能に近い。従ってプレイヤーたちは基本的にプレイ自体を目的にしている。街を歩き、さまざまな場所を訪れること、ゲーミフィケーション的に楽しくエクササイズすること自体が目的と化している。そしてこうした非完結性と自己目的化は、イングレスに二次創作的なユニークな活用法を生み出している。

たとえば、ウクライナでは国境を越えてプレイヤーたちが連携し、イングレスのマップ上に両軍の陣地でメッセージを綴り紛争回避をアピールした「フィールドアート」が生まれ話題を呼んだ。個人的には、現実社会と結託しすぎた現代のインターネットは、こうしたかたちで新しい文化を生んでいくことができるかどうか、が今後のカギになるだろうと考えている。

私たちはインターネットという「いま・ここ」にどこへでも深く潜る道具を手に入れた。そして世界を「深掘り」した結果にたどりつくのが、現実社会への最適化なのか、その変革の手がかりなのか、そこにインターネットが現実を帰るための分水嶺が存在する。

Illustration: Naoki Shoji (PORTRAIT)

宇野常寛
評論家。1978年生まれ。批評誌『PLANETS』編集長。近著に『静かなる革命へのブループリント:この国の未来をつくる7つの対話』(河出書房新社)がある。

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