『スヌープ・ドッグのお料理教室』を読んで考える、料理と「男らしさ」の問題

SNSで話題の料理本について、シェイクスピア研究者でフェミニスト批評家の北村紗衣が解説する。
『スヌープ・ドッグのお料理教室』を読んで考える、料理と「男らしさ」の問題

一人前の男は料理ができる?

雑な言い方だが、料理本には2種類ある。とにかく実用的なものと、読み物として面白いものだ。

『スヌープ・ドッグのお料理教室 60のプラチナ極上レシピ』(晶文社、2022年)は後者である。使えない本だというわけではない。スヌープ・ドッグの本職はラッパーだが、料理の専門家マーサ・スチュワートと『マーサ&スヌープのポットラック・ディナー・パーティー』という番組を作ったくらいで、料理好きとして知られている(マーサがこの本に序文を書いている)。完成品の写真がない料理や、アメリカ風に豪快すぎて作りにくそうな料理もあったりするが、基本的にはちゃんとしたレシピ本だ。私も実際にこの本を使って料理を作ってみたが、美味しくできた。

筆者が実際に作ってみた「バターミジィールク・パウンド・ケーキ・ケーキ・ケーキ・ケーキ」

しかしながら、たぶんこの本は実用性よりも、スヌープの話が面白いというところが売りだ。料理には「ダ・ネクスト・レヴェル・サーモン」とか、ラッパーが自慢をしているような面白い名前がついている。スヌープ独特の話し方としてやたらと単語に-izzle(~イズル)をつけるというものがあり、それにのっとった「バターミジィールク・パウンド・ケーキ・ケーキ・ケーキ・ケーキ」なるケーキもある。代表曲「ジン&ジュース」に引っかけたカクテルは2種類、オリジナルとリミックス版のレシピが収録されている。

それぞれのレシピには、料理をめぐる思い出話やレシピのもとになったインスピレーションなど、前置きが書かれている。やたら面白い話をするラッパーが言うことをどの程度信じて良いのかはわからないが(極端に話を盛っているかもしれないし、専門のスタッフが監修しているので全て本人の話とは限らないかもしれない)、「みんなよくレストランで食べた後で同じものを家で作ってみようと思ったりするだろ?」(p. 83)という記述を信じる限り、スヌープはツアー先などで食べた料理を再現・アレンジするのが好きらしく、ヒップホップらしいDIYとリミックスの精神を食卓でも発揮しているようだ。スヌープと言えばマリファナ好きで有名だが、一応家族向けのレシピも多いのでマリファナは材料に使っていない……ものの、マリファナに関する小話はたくさん出てくる。

2018年11月27日、米ロサンゼルスで行われた"From Crook To Cook: Platinum Recipes From Tha Boss Dogg's Kitchen"の発売イベントにて (Photo by Unique Nicole/Getty Images)

おそらくポイントのひとつとして考えたほうがいいのは、料理と「男らしさ」の問題だ。スヌープは若い頃に殺人事件に巻き込まれ、売春斡旋にかかわっていたという話もあって、荒っぽい噂には事欠かなかった。最近でも、2013年に起こったという性的暴行について訴えを起こされている(これについてはあまり詳細が分かっておらず、本人は否定している)。しかしながら2020年代のアメリカにおいて、ギャングとの関係や暴力は「有害な男らしさ」と結びつけられており、セレブリティのイメージにとってはプラスに働かない。

こうした中でスヌープの料理本は、現代において料理がどう「男らしさ」と結びついているのかを考えるヒントになる。ここ数年、刑務所服役の経験もある映画スターのダニー・トレホによるタコス本や、マーベルコミックスの破天荒なキャラクターであるデッドプールに因んだ料理本など、荒っぽい男性が料理を作るというコンセプトの本が公刊されている。これは強面の男性が伝統的に女性のものとされがちだった料理を作るというギャップを楽しむ側面がある一方、料理は現代の立派な男性にふさわしい趣味だという新しい規範を示すものでもある。

『スヌープ・ドッグのお料理教室』晶文社、2022年

こうしたことを念頭に『スヌープ・ドッグのお料理教室』を読むと、スヌープとそのクリエイティヴチームが現代的で柔軟な男らしさのイメージを築こうとしていることが読み取れる。スヌープが感謝祭の料理を祖母や従姉妹から教えてもらったというくだりがあり、親族の女性に敬意を払い、家族のために料理をする家庭的な父親の姿を浮かび上がらせようとする工夫が見られる(p. 150)。

また、女の子を口説くには本格的な料理を作れるようでなければ……というような話も出てくる(p. 88)。一方で「男らしい定番料理」(p. 97)としてフィレ・ミニョンを紹介したり、ケーキを女の子のお尻にたとえる下ネタを披露したりするところもある(p. 112)。この本は、一人前の男は家族や恋人のために料理をするものだという21世紀風の男らしさ観を披露しつつ、豪快さやちょっとした下ネタを男らしいとするやや伝統的な感覚も残している。『スヌープ・ドッグのお料理教室』は、現代のセレブリティが自分の「男らしさ」をどのようにアピールしようとしているか、新旧の価値観のせめぎ合いがうかがえる本でもあるのだ。

参考文献

スヌープ・ドッグ『スヌープ・ドッグのお料理教室 60のプラチナ極上レシピ』(KANA訳、晶文社、2022)[Snoop Dogg, From Crook to Cook: Platinum Recipes from Tha Boss Dogg’s Kitchen, Chronicle Books, with Ryan Ford, 2018]。

Marc Sumerak and Elena Craig, Marvel Comics: Cooking with Deadpool, Insight,  2021 [マーク・スメラク『COOKING WITH DEADPOOL デッドプールのレシピブック』山内めぐみ訳、小学館集英社プロダクション、2021].

Danny Trejo, Trejo’s Tacos: Recipes and Stories from L.A.: A Cookbook, Clarkson Potter, 2020.

北村紗衣(きたむら さえ)
PROFILE
武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。2013年にキングズ・カレッジ・ロンドンにて博士号取得後、2014年に武蔵大学専任講師、2017年より現職。研究分野はシェイクスピア、舞台芸術史、フェミニスト批評。2015年より、大学の授業でウィキペディア記事を執筆する英日翻訳ウィキペディアン養成プロジェクトクラスを実施。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち 近世の観劇と読書』(白水社)、『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房)、『批評の教室  チョウのように読み、ハチのように書く』 (筑摩書房)など。

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