斎藤知事が「誹謗中傷」を語る違和感

兵庫県知事選挙で再選した斎藤元彦知事が、知事の職に返り咲いたSNSでの誹謗中傷を抑止する条例案を検討する方針を発表した。これにライターの武田砂鉄は違和感を覚えるという。なぜか。
斎藤知事が「誹謗中傷」を語る違和感

「盛っている」で済ませてはいけない

ここから続く文章は2500字ほどあるので、読むのに5分くらいかかる。斜め読みでも2分くらいはかかるだろうか。面倒臭いと思ったなら、とても残念だけど、読んでいただかなくても構わない。「わかりやすく」「コンパクトに」「ハッキリと」、そうじゃなければ見てくれない・読んでくれない傾向が強まっているとしても、これまで時間をかけて伝えてきた既存のメディアがその流れに移行する必要はない。このままじゃいけないのか、もっと手短に断言しなければいけないのかと焦り、浮き足立った姿がまた、雑に断言しまくってガハハと嗤う流れの餌食になるだけである。

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兵庫県知事選挙で再選した斎藤元彦知事が、当選後、SNSでの誹謗中傷を抑止する条例案の検討を進めると言及した。昨今、どんな選挙であっても、おびただしい誹謗中傷やデマがSNSを中心に流れるようになってしまい、真偽を見極める間もなく膨れ上がっていく。この状況下で、立候補した人間に最低限求められるのは、そういった拡散を自分の票獲得に活用しない姿勢だ。今回、斎藤知事は、当選を目的としないと宣言した上で立候補した「NHKから国民を守る党」立花孝志氏から放たれた乱雑な発信を放置し続けた。むしろ、活用した。斎藤知事が街頭演説する前後の時間に立花氏がやってきた。聴衆の多くはその展開を知っており、あたかもカップリングツアーのように堪能した。

立花氏の言動を問題視しているのであれば、そうやってカップリングツアーの構図で語られるのを拒んだはずだが、斎藤知事はそれさえしなかった。選挙戦の間、誹謗中傷を放置していた人が、選挙後、SNSでの誹謗中傷を抑止する条例案が必要だと主張したことになる。ただ、この条例案については、選挙後に言い始めたわけではなく、昨年から言っていたとのこと。ならばと調べてみると、2023年10月5日の斎藤知事会見にたどり着く。県のウェブサイトに発言がしっかりと残っている。そこにはこのようにあった。

「誹謗中傷や誤った情報の安易な拡散が、兵庫県全体、社会全体として好ましくない、是正すべきだということを、しっかりと県民に認識として持ってもらうことが条例化の大きな意義だと思っています」、まったくおっしゃる通りだ。是正すべきだ。続けて、こうも言っている。「エコーチェンバーという、フォロワーの中で同質のコミュニティを作り、そこに情報を広げ、それがいろんなターゲットに対して攻撃をすることが社会問題化している」、こちらもまったくおっしゃる通りだ。「同質のコミュニティ」の中で流れてくる情報を「真実」だと言い張り、即物的な正義感で特定のターゲットへのバッシングを生む。標的にされた人物は、生活がままならなくなるほどの被害を受ける。その標的が選挙の立候補者ならば、選挙結果に影響を与えてしまう。

再び、斎藤知事の発言を引く。

「私は公人ですから一定甘受せざるをえないところはあるのかもしれませんが、一方で、私人ですごく弱い立場の人がSNS上で、例えば、店の経営などであらぬことを言われたり、間違った情報を拡散されたり、恐らく辛い状況に置かれているという状況が、例えば、ガーシー議員の問題などでもありました」

誹謗中傷の事例として、「ガーシー議員」と具体名をあげている。ガーシー議員といえば、立花氏が政治の世界に引っ張り出した人物だ。彼が当選を決めた直後の映像を改めて確認してみると、「立花さんについてきてよかった」と興奮し、「いろんな起業家や芸能人のみなさん、それぞれ、覚悟していてください。やっと、選挙終わったから。こっから行きますよ。一切引かへんから、立花さん、ケツ拭いてくださいよ」とイキっていた。

その後は周知の通り。芸能人・著名人を吊るし上げるスタイルは一時的な熱狂に終わった。そうやって熱狂を作り上げる上で発生してしまった誹謗中傷を問題視していたのが誰かといえば、斎藤知事だった。それなのに、今回の選挙では立花氏の言動を問題視せず、むしろ、活用しながら当選を果たし、当選後になって、SNSでの誹謗中傷を抑止する条例案を検討すると言い始めた。違和感を覚える。

今回の知事選で斎藤知事を支援したPR会社の社長が「note」にレポート記事を公開、その内容が事実ならば公職選挙法に抵触すると問題視されている。記事は部分的に削除されており、当のPR会社の社長は黙り込んだまま。斎藤知事はこの件についての細かな言及を避け、斎藤知事の代理人弁護士による会見では、「(社長が)盛っているという認識」との言い分に終始した。だが、検証が必要なのは、「盛っている・盛っていない」ではなく、この記事か、知事側か、いずれかが嘘をついているという根本の部分だ。

「盛る」とは「大げさに飾り立てる」意味を持つ言葉であり、「事実無根」を意味するものではない。もし、あの記事が事実無根ならば、まさしく「誤った情報の安易な拡散」を許している状態になるのだから、斎藤知事は徹底した姿勢で、事実がどうであったのか、説明しなければいけない。

何年も前に書かれた記事、すでに連絡が取れない人が書いた記事、というわけではない。つい先日まで一緒に動いていた人の文章である。ガーシー議員と立花氏がタッグを組んでいたように、PR会社の社長と斎藤知事は一緒に動いていた。どこがどのように間違っているのか、「盛っている」ではない立証が求められる。それをすれば、自分への疑念を払拭できる。なぜ、それをしないのだろうか。もしかして、できないのだろうか。

1年前、SNSの拡散によって生まれた「辛い状況に置かれているという状況」を問題視していた斎藤知事。PR会社の社長は現在、まさにその状況に置かれていると想像されるが、なぜ、そのまま放置するのだろうか。そして、「オールドメディアが伝えない真実」に気づいたらしき人たちが、この件については「真実」にたどり着こうとせずに「盛った」で済ませているのはなぜなのだろう。

武田砂鉄

1982年生まれ、東京都出身。 出版社勤務を経て、2014年よりライターに。近年では、ラジオパーソナリティーもつとめている。『紋切型社会─言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、のちに新潮文庫) で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。著書に『べつに怒ってない』(筑摩書房)、『父ではありませんが』(集英社)、『なんかいやな感じ』(講談社)などがある。10月8日、新刊『テレビ磁石』(光文社)を刊行した。

文・武田砂鉄 編集・神谷 晃(GQ)


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