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更新日:2024.11.08 / 掲載日:2024.11.08

トヨタが出資する空のモビリティ【池田直渡の5分でわかるクルマ経済】

文●池田直渡 写真●トヨタ

 正直に言おう。この取材をするまで、自動車メーカーが関わる一連の空飛ぶモビリティには限りなく懐疑的スタンスでいた。

 第一に航空系の免許が必要になるのは目に見えているから、ハードルが高すぎて普及しないこと。第二にほぼ全てが電動機であり、モーターはエンジンと違ってパワーがないので、マルチローター化するしかない。通常4〜6ローターであり、空飛ぶクルマとしては占有面積から言って、どうやっても道路を走れるサイズに収まらない。構造的複雑さを受忍してローターをたたんでも、今度は高さ面で走れる道路が制限される。

 「空飛ぶクルマ」であるとしたら車両サイズ面からクルマとして成立しないし、道路を走らない電動ヘリコプターなら、商品としてニッチ過ぎる(ここが間違いだった)と思った。

 また200kmに満たない航続距離から言って短距離移動用を余儀なくされ、都市部ならいざ知らず、過疎地で、かつクルマに対してアドバンテージがある範囲は限られる。一方、都市部の空は下が人口密集地、墜落時には大惨事が予想され、リスクが尋常ではない。

 上記の様な想定の中で、筆者は正直、この種のサービスを「夢のまた夢」だと認識していた。

Joby 創業者兼CEO ジョーベン・ビバート氏(左)とトヨタ自動車 代表取締役会長 豊田章男氏(右)

 トヨタは2020年米国のジョビー・アビエーション(Joby Aviation)との協業を発表し、3.94億ドル(約610億円)を出資。また2024年10月には、2分割による5億ドル(約775億円)の追加出資を発表した。普通に考えて、いわゆる「ダメ元」の出資としては巨額である。いったいどう言う勝算があっての投資なのか?

 さて、11月2日。ジョビーの創業者兼CEOのジョーベン・ビバート氏(JoeBen Bevirt)が来日し、同社のeVTOL(電動垂直離着陸機)をお披露目した。本来はデモフライトも企画されていたが、あいにくの悪天候でフライトは叶わなかった。会場では、前日に行われたリハーサルで撮影した動画が流され、富士山をバックに飛行する勇姿がモニターに映し出された。ちなみに、Joby機のスペックは操縦手含め5人乗り。最高速度は約320km/h、航続距離は約160km。

テスト飛行を行なったJoby eVTOL。角度が可変するティルトローターの様子がわかる

 正直斜に構えて取材に当たった筆者は、そこで常識をひっくり返されることになる。

 一つ目、ジョビーアビエーションは、空飛ぶモビリティを作って、売るというビジネスを想定していない。彼らのビジネスは製造業ではなく、MaaSである。eVTOLを作って、空のタクシー業を始める。つまり筆者が最初に挙げた免許問題は、ジョビーが募集または養成して解決することになる。

 二つ目、マルチローターは欠点だと思っていたが、長所だという点。まず、ジョビー機には、道路を走る想定はなく、空飛ぶクルマではない。オスプレイと同じチルト翼かつ6ローターのeVTOL機。要するにチルト翼の小型電動ヘリである。

 ビバートCEOは、6ローターの最大のメリットは冗長性だと言う。6つのローターにはそれぞれ独立した6つのモーターが直結されている。モーター/インバーター/バッテリーは2つずつ対になって、独立した3つの系統に分かれているので、どれかが機能失墜しても、残る2系統で飛行を続けることができる。なのでビバートCEOは、同社のeVTOL機の最大のアドバンテージを安全だと言い切る。

低騒音、冗長性による高い安全性、低い運用コストがeVTOLのメリット

 ちなみに彼が2番目のアドバンテージとして挙げたのは運行経済性だ。絶対の安全性が求められる航空機の場合、内燃エンジンの機体の保守やオーバーホールには当然大きな手間とコストが掛かる。電気とモーターは圧倒的に構造がシンプルでコストをかなり抑えることができ、当然それはサービス価格の低減へとつながる。それでいながら300km/hの巡航速度が出せる。彼らのサービス価格の目標はタクシーと同等のレベル。航続距離に160kmという縛りがあるもの、考え方としては、タクシーよりも5倍早い移動時間で、都市間を繋ぐ高速移動手段として、タクシーと同料金を目指すと言う。

 ビバートCEOは、日本にはこのサービスについて大きなアドバンテージがあると、驚くべきことを言うのだ。ジョビー機が上空500mを飛ぶ際の地上での騒音は45デシベル。自動車の通過騒音規制値が83デシベルなので計算上の音圧はほぼ1/80となる。圧倒的に静かなのだ。

 となると都心部に無数にあるビル上のヘリポートを使う際の障壁になってきた騒音問題が解決する。東京駅を中心に半径160kmの円を描くと、房総半島をすっぽりカバーして、北茨城から那須、湯沢、上田、諏訪湖、駒ヶ根、藤枝、式根島までをカバーする。そしてその移動時間は30分程度ということになるのだ。

 もちろん160kmギリギリまで飛ぶのは現実的ではないし、帰路の充電の問題もある。しかし本当にこの利便性が提供できるのであれば、特に富裕層にとって、全く新しい高速移動手段ができることになる。多分、最大のポイントはビバートCEOが主張する、冗長性による安全性が本物かどうかだ。本当に安全なのであれば、都心の過密部で飛行が可能になる。それが社会全体に認められるかどうかが大きな岐路になるだろう。

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池田直渡(いけだ なおと)

ライタープロフィール

池田直渡(いけだ なおと)

1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(『カー・マガジン』『オートメンテナンス』『オートカー・ジャパン』)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。

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