XRは街の課題を解決できるのか?
電子音楽とデジタルアートの祭典「MUTEK.JP」が2024年11月22日(金)〜24日(日)の3日間、東京・渋谷で開催されました。その関連イベントとして、空間コンピューティングにおける独自の3Dストリーミング技術や DePIN(分散型物理インフラネットワーク)を提供するMAWARIが「MUTEK.JP Pro Conference 2024」を開催。11月22日(金)に「街とXRが生み出す新しい体験価値」をテーマにしたトークセッションが行なわれました。
XR技術は、今や単なる仮想体験の提供を超え、街の活性化や教育、社会課題の解決など、幅広い可能性を秘めています。特にApple「VisionPro」やMeta「Orion」など新たなXRデバイスの登場により、この動きは加速すると予想されています。このような背景のもと、本セッションでは、Nianticの白石淳二氏とMeta Osakaの毛利英昭氏が登壇。モデレーターをMAWARIの谷田部丈夫氏が務めました。
撮影から3D化まで1分。進化する「Scaniverse」
現実の場所とXR技術を組み合わせて提供される体験のことをロケーション・ベースド・エクスペリエンス(LBX)と呼びますが、従来の室内での限定的なXR体験とは異なり、街全体を舞台として展開することで新たな体験価値が生み出されます。
谷田部氏は冒頭で「『Pokémon GO』のように、ゲームと街の融合、イベント会場や公園の空間でのXR活用など、XRを自宅から屋外へと展開していく可能性」について言及しました。
『Pokémon GO』に代表されるように“人を外に出す”ことにこだわり、ゲームを開発しているNianticですが、現在、同社のプロダクトで特に注目を集めているのが3Dスキャンアプリ「Scaniverse」です。このアプリの特徴について、白石氏は次のように説明しました。
このアプリはすべての処理を端末の中で行なうのでインターネットが繋がってない人でも使うことができる。2021年頃から存在しているが、毎年3Dをいかに綺麗に撮るかという点で進化している。今は撮影したものがどの場所で撮られたのか、他の人が撮ったものを見れるように共有する仕組みとして、地図機能を導入している。(白石氏)
Scaniverseの活用事例は多岐にわたっています。食事の3D撮影から子どもの成長記録、建築や考古学での活用まで、幅広い用途で利用されています。特に考古学分野では、発掘された遺物の3Dスキャンデータ保存に活用され始めています。白石氏は長野の博物館での縄文土器撮影例を挙げ、「撮影から3Dデータ化まで約1分で完了する」と、その手軽さを強調しました。
技術面では、深度とオクルージョン(現実世界の物体と仮想オブジェクトとの前後関係を正確に表現する技術)という2つの重要な機能が実装されています。「特にオクルージョンという技術がないと、バーチャルのオブジェクトが常に前面に出てきてしまい、実際に体験する上で違和感が生じる。現実世界のものを前に出すか後ろに出すか、それだけで人の没入感が大きく変わってくる」と白石氏は説明します。
街を3D化して新たなXR・AR体験を産む
また、Scaniverseは、2023年から導入された「スプラット」という3Dモデルを構築する機能により、光るものや透明なものまで精密に3D化できるようになりましたが、白石氏は将来的なScaniverseと生成AIとの連携も示唆しました。
たとえば、プロンプトを入力して、夏に撮影した画像を冬に撮影した雰囲気に変更できるなど、スキャンデータと生成AIの相性は良い。そのようなデータの蓄積によりAIも成長していく。また、ユーザーにとって使いやすさだけでなく使う方法もどんどん増えていく。(白石氏)
街並みの3D化に関しては、ユーザーの中には自分の好きな町並みを一筆書きのように撮影し、そのデータをメタバースプラットフォーム「cluster」やゲーム「Fortnite」に取り込んでキャラクターを歩かせるといった活用例も出てきているということです。Nianticは継続的にアルゴリズムを改善し、3Dスキャンの精度向上に努めています。これにより2023年に撮影した同じデータを2024年の新しいモデルで処理すると、背景や水の質感などがより精密に再現できるようになっています。
このような技術的基盤をもとに、Nianticは新たに新宿区の都立明治公園とパートナーシップを締結し、高度なAR技術を活用した没入感のあるAR体験「Niantic Park」を提供するという取り組みを行っています。その取り組みについて、白石氏は「既存のゲームタイトルを公園で遊べるようにするだけでなく、公園全体をScaniverseで撮影し、XR・ARを楽しむための場として整備していく」と説明しました。
また、Scaniverseと同じ技術を用いて、より広域な範囲をスキャンするデバイスも開発されており、そちらを使って実際に公園全体をスキャン・3D化して、XR・ARで使えるようにするという試みも行なわれています。特筆すべきは、スキャンデータとVPS技術(画像データから位置を特定するシステム)の組み合わせにより、センチメートル単位でバーチャルオブジェクトを実際の街中に紐づけられる点です。白石氏によると、従来の緯度・経度による管理では5-10mの誤差が当たり前でした。しかし、この技術によって極めて正確な位置合わせが可能になり、ビルの階数や高さなど、さまざまな情報を正確に付与することが可能になったそうです。
地域に根ざしたメタバースとeスポーツの展開
一方、Meta Osakaは「大阪を世界一のおもろい街にする」というミッションを掲げ、さまざまな取り組みを展開しています。メタバース界の総合商社として、大阪のメタバースやeスポーツに関する相談窓口となることを目指し、地方自治体や企業とのコラボレーションを積極的に進めています。
毛利氏は、Meta Osakaのビジョンについて次のように語りました。
eスポーツとメタバースを切り口にすることでいろんな社会の課題解決ができると考えている。メタバースにはいろんな可能性があり、デジタルの技術をきっかけにしたリアルイベントでは、子供たちが作ったものをそのままバーチャル空間で再現し、それをゲームにすることで、子供たちが楽しめるだけじゃなく、大人も子供と一緒にゲームを楽しめる体験を作り出すことができる。(毛利氏)
その具体例として、なんばパークスのバーチャル空間化が挙げられます。かつて大阪球場があったこの場所に建つこの商業施設を3D化し、その中でタイムアタックレースを開催。また、「未来の宝箱」イベントでは、子どもたちが作成したペーパーハウスをFortnite上に再現するなど、リアルとバーチャルを融合させた体験を提供しています。
毛利氏はこうしたイベントを通じて、「子供たちの憧れの職業となっているゲームクリエイターやeスポーツ選手という夢を実現できるきっかけを作りたい」と意気込みを語りました。
さらにMeta Osakaは、自治体と包括連携協定を結び、大人も子供も一緒に楽しめるeスポーツイベントを各地で展開しています。このような動きは大阪府全体へと広がりを見せており、2025年の「eスポーツオリンピック」でFortniteが射撃競技として採用されることが決定したことを受け、吉村知事は「大阪をeスポーツの聖地にする」と宣言。「大阪eスポーツラウンドテーブル(OeGG)」を設立し、eスポーツ施設の整備に取り組んでいます。
注目したいのは、彼らの手掛けたeスポーツ施設「eスタジアムなんば本店」が日本で初めて中学校の出席認定制度の対象となったこと。これにより、不登校の生徒がeスタジアムに通うことで出席として認められるため、現在、この取り組みは新しい教育支援の形として期待を集めています。
空間コンピューティングと未来の街づくり
トークセッションでは、空間コンピューティング技術の今後についても議論が及びました。現在、MAWARIは現実空間に3Dをリアルタイムで配信できるサーバー技術の開発に取り組んでいます。この技術は空間コンピューティングのバックエンドを支えるものです。
谷田部氏は、近い将来の展望について次のように語ります。
今はインターネットもブラウザで見ていますが、今後はこの空間の中に3Dオブジェクトとしてリアルタイムで出てくるようになる。要は3Dインターネットがやってくる未来はそんなに先の話ではないということ。ただ、そのデバイスやサービスがまだそんなに普及していないので、一般的にはイベントごとにしか体験できない。だが今後はこういったものが当たり前になる。(谷田部氏)
トークセッションの終盤で、各登壇者は今後の展望についても言及。白石氏は「XRを街中で展開するには行政との協力関係が不可欠だ。さまざまなステークホルダーを巻き込むことで、初めて多くの人が体験できるエンターテイメントになる」と指摘。毛利氏は「大阪の子どもたちがeスポーツオリンピックで活躍できるよう、強化選手育成プログラムの構築を進めていきたい」と語りました。
このように本セッションでは、XR体験の可能性を追求していく時代が、確実に到来しつつあることが示唆されました。Nianticの街全体を舞台としたAR体験の創出、Meta Osakaの地域に根ざしたeスポーツとメタバースの展開、そしてMAWARIのバックエンド技術の開発は、それぞれが補完し合いながら、新しい都市体験の可能性を広げています。
技術、行政、教育が連携することで、これまでにない形での社会課題の解決が可能になりつつあります。その意味で、本セッションは未来の街づくりの新たな指針を示すものとなったのではないでしょうか? 今後、新たなデバイスの普及とともに、これらの取り組みがどのように発展していくのか、引き続き注目していきたいところです。