悪性腫瘍をポリオウイルスに感染させて殺す――そんな毒をもって毒を制すなデューク大学の新療法を米CBS報道番組「60ミニッツ」が特集しました。臨床実験のフェーズ1からいきなりがんが治る人たちが現れ、「奇跡としか言いようがない」と衝撃を呼んでいます。
番組の流れに沿って、訳しておきますね。
最初に登場するのは2012年に悪性の脳腫瘍の「膠芽腫(glioblastoma)」と診断されたナンシー・ジャスティスさん(58)です。2年半に渡って放射線療法や化学療法で抑えてきたのですが、腫瘍が再発しました。
この腫瘍は2週間で倍に成長します。再発後は「余命長くて7ヶ月」と診断されましたが、その半分になる恐れもあります。治療法はもう何も残されていなかったため、デューク大学の臨床試験の被験者に挑むことにしました。
昨年10月、小さじ半分のポリオウイルスを脳腫瘍に注入(1:45-)。注入しながらこう語っています。「1日1日を生きる、それだけ。これでほかの人たちに希望が与えられるなら怖くなんかない」、「大学生の息子2人の卒業式も、結婚も、孫の顔も見たいんです」
ウイルスは脳内に拡散しないの?
3DのMRIでターゲットの腫瘍に狙いを定める経路の割り出しは、神経外科長ジョン・サンプソン医師が担当しました。チームの中ではスナイパーの役回り。
サンプソン医師「アタックするのも大事だが、攻撃対象でないものに当たらないようにするのも大事。ほかを感染させたら大変だからね」スコット・ペリー記者「脳内に拡散しないんですか?」医師「そんなに遠くまではいきません。ポリオは比較的大きな分子ですからね。脳はタイトなスペースなので移動距離にも限りがあるんですよ」被験者はナンシーさんが17人目です。小さじ半分のポリオウイルスの浸透には6時間半もかかりました。が、治療はそれでおしまいです。手術も放射線もなし。小さじ半分を1回注入する、それだけで終わりなんです。あとは数ヶ月後にもう1回MRI検査をやって、膠芽腫とポリオ、どっちが強いのかをチェックします。
大学のロゴのフーディーとジーンズのおっさん、この人はナンシーさんに治療を勧めたヘンリー・フリードマン(Henry Friedman)医師、同大附属脳腫瘍研究センターのお偉方です。
フリードマン副所長「これは私の全キャリアで最も期待できる治療法だ、以上ピリオド」
記者「がん治療を変えるターニングポイントになると?」
副所長「だといいね。いける手応えはある」
秘密はポリオ
実はこのポリオ。普通のポリオとは違うんです。分子生物学専門のマサイヤス・グローマイヤー(Matthias Gromeier)医師が25年間かけてつくった苦労の結晶で、遺伝子組み換えが施されています。
記者「『わかった! ポリオでがん細胞を殺せばいいんだよ 』って同僚に言うと、みなさんなんておっしゃいますか?」グローマイヤー医師「クレイジーだとか、嘘だろとか、まあいろいろ言われますね(笑)。みんな共通して言うのは、リスキーすぎるということです」副所長「私だって最初はナッツ(頭おかしい)としか思いませんでしたよ。んなもん、麻痺(まひ)になるだけだってね」グローマイヤー医師はほかにもHIV、天然痘、麻疹のウイルスも試しました。が、選んだのはポリオでした。ポリオだと腫瘍の受容体にしっかり受け入れられるからです。もう、がんを殺すためにあるんじゃないかってぐらいピッタシだったんです。
遺伝子組み換えでは、ポリオの基本的な遺伝子配列の一部をインフルエンザウイルスのものと組み換えました。こうしておけば普通の細胞ではサバイブできないので、麻痺(まひ)や死亡を引き起こす心配はありません。逆にがん細胞ではサバイブできる。そして分裂を繰り返す過程で毒素を生成し、細胞を毒殺するというわけです。
医師は米食品医薬品局(FDA)に、このフランケンシュタインみたいな継ぎ接ぎウイルスの認可を求めました。が、FDAは一般市民に感染が広まるのを警戒して慎重でした。そこで7年間に渡って安全性の研究を行い、猿39匹に注入してもポリオが発症しないことが実証されて初めて、2011年にようやく人体への臨床実験にFDAから認可が下りたのです。
被験第1号
最初に被験者になったのは、20歳で余命数ヶ月を宣告されたステファニー・リプスコーム(Stephanie Lipscomb)さん(写真上)です。やはりナンシーさんと同じ膠芽腫で、頭痛で病院に行った時にはもうテニスボールほどまで成長していました。大量の化学療法で腫瘍の98%は摘出できたのですが、2012年に再発。再発した膠芽腫にはもう治療法はありません。そこで「人間に試すのはあなたが最初だ」と説明を受けた上で納得ずくで臨床にのぞみました。
ステファニーさん「正直、もう失うものは何もなかったんです」記者「お母さんはなんて言ってましたか?」ス「医師に言われても『…はあ? なに? 今なんて?』っていう感じだったので、『いいから、やろうよ、ね!』って言ったんです(笑)。怖がる家族の気持ちはよくわかっていたから、私が怖がるところは見せたくなかった」記者「本当はもちろん、怖かったんだよね…」ス「…はい(涙ぐむ)」副所長「そりゃそうですよ。サイコロ転がすようなものだから。良い方に転がるか悪い方に転がるかは転がしてみないとわからない」
5月に注入して2ヶ月後。残念ながら腫瘍はむしろ大きくなってました。サイコロは悪い方に転がってしまった…。「これはダメだ」と判断した医師は普通の療法に戻して手術もやろうと進言します。が、ステファニーさんは「もう少し様子が見たい」と止めました。
注入から5ヶ月後。恐る恐る見てみたら腫瘍はなんと成長が止まっているではないですか! 注入後すぐ大きくなって見えたのは単に腫瘍が炎症を起こしていたからだとわかりました。身体の免疫系が覚醒し、がんと戦っていたのです。
がんはなぜ免疫系が働かない? ポリオ療法の原理とは?
記者「そもそも最初から免疫系ががんと戦ってれば済む話なのに、なぜ人体はそれができないんでしょう?」
グローマイヤー医師「がん細胞というやつは自分の周りにシールドを張り巡らして、免疫系からは見えなくなってしまうんです。そこをリバースする、それがこの療法です。腫瘍を感染させることでこのシールドを剥ぎとって、免疫系にこっちだよ、と教えて導いてやるんですよ」
記者「なるほど。ポリオにわざと感染させて免疫系にアラームを発動するわけですな」
医師「その通り」
がん殺しをスタートするのはポリオウイルスのように見えますが、実際に殺す部分は体内に備わった免疫系がメインでやる、というわけです。
そして腫瘍は消えた
こうしてステファニーさんの腫瘍は21ヶ月連続で縮小を続け、しまいには…
…消えてしまいました。これは注入3年後のMRI。腫瘍はすっかり消えてなくなってます。残っているのは初期に行った手術痕だけです。
記者「こうして今ここにステファニーが立ってること自体、従来の療法では考えられないことなんでしょ?」医師「そうです」司「ステファニー、これを最初見せられた時はどんな気持ちだった?」ステファニーさん「泣いてしまいました、うれしくて」こちらは2番目のフリッツ・アンダーセン(Fritz Andersen)博士。左が注入前、右が注入後。消えてます。
失敗
フェーズ1の臨床では注入量を少しずつ上げてゆき、適量を割り出さなければなりません。3人目で悲劇は生まれました。初めての失敗。
3倍に上げた第14号のドンナ・クレッグ(Donna Clegg)さん(60)の場合は、炎症が激しくなり過ぎて脳が圧迫され体が一部麻痺し、途中で注入を中断せざるを得ない結果に。苦しみながら3週間後に亡くなりました。
でもこれはフェーズ1の性質上、避けようがないことではあります。一方、ステファニーさんは3年経った今も元気で再発もないままです。第1号が成功したんだからもうそれで良し…というわけにはいかないのが医学の厳しいところですね…。
内側からがんを破壊
この知見を糧に、冒頭のナンシーさんでは注入量を85%カットしました。
注入後4~6ヶ月は炎症期。免疫系が目覚めて、腫瘍を殺し始める時期です。確かにナンシーさんもドンナさんのようにろれつが回らなくなり、右半身が弱まる症状が出ました。注入3ヶ月後に急患でMRI検査に戻ったところ、注入前の2倍に膨れ上がっていました。腫れを抑えるためAvastinというガン薬を服用したところ、すぐ効いて症状は落ち着きました。
ポリオ注入から4ヶ月半。通常なら2、3週間で倍に成長するはずの膠芽腫は、腫れも成長も悪化もないままです。MRIで調べてみると、腫瘍の真ん中には、ぽっかりと穴が…
ポリオで免疫系が覚醒し、内側からがんを突き崩していたのです。
これまでの結果
これまでの治験でポリオウイルス療法を試したがん患者は合計22人。うち死亡された方は11人で、ほとんどは注入量が多い試験でのことでした。それでも余命宣告よりは長く生きたというのがせめてもの救い…。
残る11人は回復を続けており、うち4人は「寛解」の状態で半年以上クリアしています。平均半年寿命が伸びた計算。ステファニーさんやアンダーセン博士のように33、34ヶ月もピンピンしてるなんて従来の療法では考えられないことだとセンターの所長は言ってますよ。
source: CBS
(satomi)