日本でも問題になっている科学研究予算の削減。(事業仕分けなどでも顕著でした)
これは日本だけではなく先進国全体において、非常に深刻で警鐘を鳴らすべき共通の問題なのです。今回は科学研究予算の予算の削減によって、いかに我々の生活に影響を及ぼすかという問題について論じます。
先進国では、経済危機のために科学研究分野の予算が削減され続けています。中国では科学に膨大な金が注ぎ込まれている中、我々の国の鈍感な政治家達は、削減が彼らの無責任さや無関心をさらしていることを全く理解していないようです。
この短絡的かつ愚かな例は最近のEUに見られます。EUはCERN(欧州原子核研究機構)に5年間で1億3500万ドルの予算削減を求めました。5年間で1億3500万ドル。とても大きな金額に聞こえますが、その金額はあまり大した金額ではありません。なぜならEUは、官僚のためだけに1年で106億ドルの予算があるからです。
公共サービスの広告キャンペーンを控えるだけで節約できたであろう、愚かな予算カットの結果として、CERNは大型ハドロン衝突型加速器などの全ての加速器の稼働を停止するかもしれません。
地球を救った金星
非常に残念な事に、大多数の人はそのような事実を全く気にしていません。
目に見える世界で、様々な問題が毎日起こっている中、なぜ目に見えない粒子ビームを加速させて衝突させる必要があるのか。予算削減を求められるなか、2000年越しの数学の問題を解くために人を雇う必要があるのか。地球環境が失われていくなか、なぜ金星の大気を調べなければならないのか。
答えは簡単です。金星を例にとってみましょう。
金星の研究は天文分野の研究にあたります。それは我々の生活にとって全く役に立たないと思われているのです。金星の大気の研究なんて、どうでもいいと普通は思いますよね。
それが塩素でがあろうが金星の屁であろうが、そんなこと、どうでも良いですよね。でも実際にはありがたいことに、どこかの研究者が過去に、無垢で一見無意味に見える科学を研究しつ続けてきてくれたお陰で、全人類とこの地球は崩壊から救われているというのです。
Carl Sagan氏の、「Pale Blue Dot」 (暗い青い点)に書かれています。
誰がオゾン層の脅威となるフロンガス(クロロフルオロカーボン)を発見したのか...? 企業責任を遂行したデュポン社? どこかの環境保護団体? 国防省?
いや、全て違う。
フロンガスを発見したのは、別の分野の研究をしていた、カリフォルニア大学アーバイン校のSherwood Rowland氏と Mario Molina氏である。アイビーリーグに入っている大学ですらない大学に属する彼らに、誰も環境への危険を調べるよう指示したわけではない。彼らは基本的な研究をひたすら追い求める、つまり、自分たちの興味を追い続ける科学者だった。彼らの名前は全ての学生に知られるべきだ。
初期の計算では、Rowland氏とMolina氏は、NASAと協力して測定してきた塩素とその他のハロゲンを含む科学反応の速度定数を使用していた。なぜNASAか? それは金星の大気には塩素とフッ素分子を含んでおり、超高層大気物理学者は金星で何が起こっているか、理解する必要があったからだ。
※金星の大気の研究はクロロフルオカーボンの生成過程の鍵をにぎっています
全ての地球上の生物を守るオゾン層を破壊する不活性物質であるクロロフルオカーボンによる危険を特定することはSagan氏によって説明されている、多くの例のひとつにすぎません。しかし、その発見は世界中で直ちにクロロフルオロカーボンの生産停止を政府に認めさせるにいたりました。
天文分野の研究が我々の生活に重要である、というのはこの事からも自明です。
しかしながら純粋な数学研究や加速器の研究は何が目的なのでしょうか?
数学はいかなるものにおいて役に立つ
コンピュータも、携帯もゲームも純粋な数学的研究の積み重ねの上に成り立っています。(表面的には実践的な関連性はありませんが)つまり、数学は産業社会の背骨に当たるものなのです。
例えば、カオス理論の研究のように難解な分野は、実は天気予報に直接的な影響があるのです。トルネードが破滅的なインパクトを与えるのは皆理解できると思いますが、誰も一定の環境下でトルネードが発生するときのリスクを予想できる、という事は誰も知りません。
CERN(欧州原子核研究機構)における加速器実験も、全ての物質に存在するその内側の世界を理解しようとするものであります。天文学のように、この研究分野は人間が世界というものを理解し始めて以来、ずっと解明されていない問題を追い続けています。しかし、そのような困難ばかりの道のりでもこの研究は、尽きることのないエネルギー開発への扉を開くでしょう。
さらにヨーロッパの政治家たちは、すでに大型ハドロン衝突型加速器の建設に100億ドルを投入してきたにもかかわらず、研究者から5年間でたった1億3500万ドル予算削減をしようとしているのです。これは全くの無意味。この短絡的で自分勝手で強欲な金の亡者たちは、この研究、そしてこの研究プロセス自体が、人類の方向を代える重要なものであるということを全く理解していません。どうせ500億ドルの一部を削減するかわりに、次の5年間で官僚達に同じぐらい使うのでしょう。
科学を切り捨てているのです。科学者は「白衣を着たいかれた奴ら」であるという理由でね...。
1億3500万ドルの予算カットで、経済が元に戻るというのか
「Pale Blue Dot」ではまた、Sagan氏は興味深く明確な洞察を加えています。
今や他にも問題は山積みだ。追加予算は痛いほどに圧迫されている。
化学物質や放射線物質の処理の問題や、エネルギー効率、化石燃料に代わるエネルギー手段、テクノロジー革命のスピードが落ちていること、都市インフラの崩壊、AIDSの流行、がん、ホームレス化、栄養失調、幼児の死亡率、教育、就職、健康など...あらゆる範囲にわたっている。
これらを見て見ぬふりすることは、人類を危険に晒すことになるだろう。似たようなジレンマが、どの国でも問題になっている。これらのほとんどは、本格的に取り組むとなると数千億ドルもの費用が必要だ。インフラを整備するだけでも莫大がドルが必要になる。さらに化石燃料から脱却するためには、世界中で巨額の投資が必要である。
※米国の2011年度予算の内訳
1億3500万ドルの予算削減は、我々が現在直面している問題を解決してくれるのでしょうか。本当に重要なことなのでしょうか。NASAの分の予算を削るという事は、本当にアメリカの教育問題を解決するんでしょうか。失業率問題はどうするんでしょうね。
そもそも予算の少ない非商業利用の科学研究分野におけるコスト削減の効果は、あまり意味がないのです。しかしながら、それは政府や議会や上院やヨーロッパ議会、さらには、全ての西欧国家の議会で真っ先に削減される予算です。将来を見据えた構想とか、そんなものは皆無。スペインではよく言われる、「今日のパン、明日の飢え」というやつです。
しかしながら、科学のために湯水のごとく金を使えと主張している訳ではありません。
でも純粋な科学研究のために、もうすこしだけ予算を分配できれば、出来ることがたくさんあるのです。NASAの2011年度予算は、国防予算全体の1.8%でしかありませんが、その他の科学領域の予算はそれよりも遥かに少ないのです。優先されるべきことが、本当におかしいと思う。
純粋な科学研究は世界を動かします。
最初は成果がすぐに見えなくても、研究結果は計り知れないも可能性があるのです。
携帯用チップや新しい車のエンジン、新しいディスプレイのための技術など実用的な研究では、すぐに生活に役に立つものとして跳ね返ってきますが、実践的領域を可能にするのもまた純粋な科学研究が基になってるのです。実用化研究は民間企業によって成し遂げられれば良いですが、人間を火星に送り込んだり、実用的な融合エネルギーを発見したり、がん撲滅のための科学領域は、国家的なサポートを要します。
白衣を着たイカれた科学者たちがいないと、最後には我々が困るのです。彼らを支援せずに日銭を節約するのも良いでしょう。しかしそれは、私たち全員の明日が失われる事を意味しています。
Jesus Diaz(原文/翻訳:mayumine)