iPhone自殺は起こるべくして起こった

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    iPhone自殺は起こるべくして起こった

    この写真で前を歩いている青年は、先週、iPhone試作機紛失の責任を問われ、自宅アパート12階の窓から飛び降り自殺を図ったFoxconn(富士康)の孫丹勇(Sun Danyong)さんです。

    尋問部屋に入る姿を監視のビデオカメラが捉えていました。

    死亡したのは、この日付けの翌16日午前3時半―。

    Foxconn社は、孫さんの取調べを行った保安部門主管を停職処分とし、警察に捜査願いを提出、現在警察が殺人の可能性も含め捜査中です。状況証拠は揃ってるし、新材料が出たわけでもないんですが、当局が自殺と断定を避けている点が気になりますね...。

    亡くなった孫さんは、地方の農村から大学で工学を修めた25歳で、27万人が働くFoxconn最大の製造拠点である中国深セン工場でクライアント企業との間の製品コミュニケーションの仕事をしていました。第4世代iPhoneのプロトタイプ16個を工場からもらい、9日アップルにケースで発送したのですが、クパティーノ本社に届いた荷物には1個足りなかった。それが分かったのが10日で、孫さんは13日会社に報告(←日付け修正・加筆)。端末の所在に心当たりはないし、途中何が起こったかも分からないと訴えましたが、「はい、そうですか」と信じるFoxconnの公安ではなかったようです。

    それに続く数日間は地獄で、孫さんは大学時代の友人たちに、予告なしに繰り返し家捜しされ、尋問がエンドレスに続き、独房に監禁され、暴行を受けたと漏らしています。南方日報によると最後に友だちに送信したテキストメッセージには、アパートの中を捜し回られ、会社の上級職の人たちにボコボコに殴られたと、書いてあったそうです。

    Sunさんが、アパートの地面で遺体となって発見されたのは、その90分後。

    電話1個で人が死ぬなんて...こんな馬鹿な話ないですよ。ジェイソン・チェン記者もここで「ファ○○○グなケータイ1個で人が死んでいいわけねーだろー」と荒れまくってますけど、本当にその通りです。

    このニュースで咄嗟に考えたのは、「労働環境の規制がなってない中国だからなぁ」。Foxconnも声明では「社内管理体制の不備の現われ」と書き、保安部門責任者を処分し、捜査を警察の手に委ねましたよね。

    でもこの事件は、そういう一般論に広げて論じても、現場で実際何が起こったかの説明にはならないし、今後どう対処すべきかも見えてこないと思います。孫さんの死は、ある程度アップルにも責任があるんです。起こってしまうと、これまでこういうことが起こらなかったのが不思議なぐらいで...。

    アップルの秘密主義は歴史も古く、語り尽くされた感がありますが、これまでは恐怖の対象とは見なされてなかったように思います。僕らもアップルの秘密の壁を破って特ダネ仕入れようと何度も頑張ってるんですけど、「黒マントなんてD&Dじゃあるまいし」と笑いのネタにするぐらいでしたから。

    でもアップルにとっては、笑いごとじゃないぐらい多大な利益がかかってることですから、パラノイアになっちゃう気持ちは分かるんです。iPhoneみたいな製品は秘密にすることで自社戦略をライバルの視界から遠ざけておけるし、予定通り公開になった時マスコミがこぞって飛びつきますからね(こっちがより重要)。

    今、ハイテク業界を見回してもアップルほど秘密主義な会社はないし、iPhoneほど秘密が重要な製品もないんです。

    それにアップルは初期の頃から裏切り者には容赦ない対応の会社でした。スティーブ・ジョブズCEOが初期社員で親友のDan Kottke氏に、意見が合わないからとIPO前の株を分けなかった話もあったし、扱いにくい記者には新製品や説明会にも禁足にする話などが頭に浮かんできますが...。いや、人の命を奪う体質があるなんて言ってるんじゃないですけど、まあ、アップルに逆らうと代償を伴うこともあるんです。

    このエトス(社風)が何十億ドルという金、人権より利益を重んじる過去のあるFoxconnのような中国の製造会社(本社は台湾ですが、工場はほとんど中国)のあやふやな価値観と一緒になると、これは危険です。

    Foxconnは大企業ですが、同じことしてる会社はFoxconn以外にもあります。アップルのハードウェア開発プランを秘密に保てなければ、別の製造コングロマリットが何十億(具体的な数字は公けになってない)という規模の契約を盗んでしまいます。これは怖い。脅威です。

    アップルなら社員が製品をリークしても、最悪会社を首になっておしまいです。無料で宣伝してもらえるし、バズも盛り上がるので悪くない面もある。でもFoxconn社員が同じことをしたら、何千人という人の働き口、何十億ドルという契約、会社の生命に関わる取引関係が危険に晒されることになります。

    社員一人の肩にそんな責任負わせるなんて、現実では考えられない、途方もないことです。孫さんも、取り調べで手荒な真似したと言われてる社員も。

    孫さんの身になって考えてもみてくださいよ。世界で最も待望のガジェットを失くしたんですよ? 作ったのは、世界で最も情け容赦なく秘密主義を徹底している電機メーカーです。市民を戦車で潰す歴史、緩々の労働基準法を持つ国で、です。あなただったら、その何十億ドルという重みに耐えて生きていけます?

    あーそうそう、アップルはこう言ってましたっけ...前の記事からもう一度貼っておきます。;

    この若手社員の悲劇的な死に触れ、弊社としても悲しみで一杯です。死に関する調査の結果を待っている段階です。弊社はサプライヤには尊厳と尊敬をもって全ワーカーを処遇するよう求めています。

    アップルはラインの最後の最後の一人に至るまで10億ドルの秘密を徹底するよう求めています。Foxconnの上司たちには部下が一言も漏らさぬよう徹底するよう求めています。彼らは全ワーカーを手厚く処遇するよう求めています。―うーん、こうして並べるとアップルが最も公然と語りたがる最後の一文が、いかにも後から取ってつけたような響きです。何かを相手に「求め」ても、本気でそうなると期待してるとは限りませんし...。

    (それにアレですよ、発送段階で荷物に全部入ってなかったと誰が言い切れます? 複雑な運送経路で運送会社や航空会社の手を渡る間に重さが減った可能性は、ない? そもそもそんな大事なものなら普通はハンドキャリーでしょう。美術館はみんなやってます。産業スパイの心配もないのに。)

    正しいかどうかはともかくFoxconnは、会社が陥った厄介な問題を孫さん一人の責任に被せて始末がつけられると考え、その判断がもしかして彼を自殺に追い込んだのかもしれませんよね。でも、こういうことが起こることは容易に予見できたんです。25歳の青年が死体となる前にアップルはどれだけの人間を危険に晒して良いと計算したんでしょう? これは今後の同社の対応と同じぐらい、重要な問いかけだと思います。

    (訳注:いろんな可能性が考えられると思います。みなさんはこのニュース、どう受け止められました?)

    [Photo from Southern Metropolis Daily and The Brisbane Times, Register, Forbes]

    John Herrmanほか(原文1原文2原文3/訳:satomi)