連載FastGrow Conference 2021

ブルーオーシャンには手を出すな、「苦手なこと」こそ人に任せるな……
ドワンゴ創業者・川上量生が語る、常識外れの事業創造論

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登壇者
川上 é‡ç”Ÿ
  • 株式会社ドワンゴ é¡§å• 
  • 株式会社KADOKAWA å–ç· å½¹ 

97年株式会社ドワンゴ設立。通信ゲーム、着メロ、動画サービス、教育などの各種事業を立ち上げる。
株式会社ドワンゴ 顧問、株式会社KADOKAWA取締役、学校法人角川ドワンゴ学園理事、株式会社バーチャルキャスト取締役会長、スタジオジブリプロデューサー見習い。

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新規事業のハウツーを語るコンテンツは巷に溢れている。いわく「ブルーオーシャンを狙え」「中長期的なグロースを考えたビジネスを設計せよ」──そんな“常識”を真っ向から否定する人物がいる。ドワンゴの創業者であり、現在は同社の顧問やKADOKAWA取締役、そして角川ドワンゴ学園理事を務める川上量生氏だ。

FastGrowは2021年1月、次なる偉大な事業家を生み出すため、道を開拓してきた現役事業家の経験に学ぶ「FastGrow Conference 2021」を開催。その中のセッション「新規事業のつくりかた──だれもやっていないビジネスモデルを世の中に問うということ」では、これまで着メロサイト『16メロミックス(現・dwango.jp)』や動画配信プラットフォームサービス『ニコニコ動画』、ネットの高校『N高等学校(以下、N高)』など、日本社会に大きな影響を与えた事業を数多く立ち上げてきた川上氏が、新規事業を成功に導いてきた秘訣を明かした。

セッションは、従来の新規事業創造論とは一線を画す内容となった。事業立ち上げのポイントとして同氏が挙げたのは、「競争しない」「専念する」「すべてをマイクロマネジメントする」の3つ。通底するのは、空気を読まず、常識を疑い、本質を志向し続ける川上氏のスタンスだ。

  • TEXT BY RYOTARO WASHIO
  • EDIT BY MASAKI KOIKE
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ブルーオーシャンには、絶対に手を出してはいけない

「僕は嘘が嫌いなので、まず最初にお伝えしますが、今日参加した目的は『勧誘』です。“撒き餌”として新規事業立ち上げのポイントはお話しますが、伝えたいのは『ドワンゴに来てくれ』ということです」

セッションの冒頭、川上氏が口にした言葉にはその人柄がよく現れていた。イベントに参加する目的が採用であっても、開口一番、それを身も蓋もなく明かしてしまう起業家は珍しい。建前を嫌い、言いづらい"真実"も平然と語る──そんな川上氏のスタンスが、このセッションを唯一無二のものにした。

株式会社ドワンゴ 顧問 川上量生氏

本セッションで語られたのは、新規事業のつくり方。1997年にドワンゴを創業してから、多くの事業を生み出し、成長させてきた川上氏が事業創造のポイントとして挙げたのは、「競争しない」「専念する」「すべてをマイクロマネジメントする」の3つだ。「今日のお話の中心となるのは『競争しない』ことについて。まずはこのポイントを詳しく説明していきます。」

川上簡単そうに聞こえるかもしれませんが、「競争しない」ことはとても難しいんです。なぜならば、他の人と同じことをやると、必ず競争になってしまうから。儲かりそうなことをする、資金を調達する、人を雇う……そうした当たり前のことを当たり前にやった途端、熾烈な競争が始まってしまいます。

じゃあ、誰もやっていない奇抜なことをすればいいのかと言えば、そうではない。逆張りは必ず失敗します。誰もやっていないことには、「やってはいけない理由」がある。そういった理由を無視して「誰もやっていないから」だけを理由に、事業ドメインを決定してもうまくいかないでしょう。

つまり、競争しないためには、王道と邪道の間にある、針の穴ほどの隙間を通っていかなければならない。絶妙なバランスを保ちながら、「進むのが困難であるがゆえに競争相手もいないが、知恵と工夫次第でなんとか切り拓ける道」を進む必要があるんです。

では、川上氏は具体的にどのように進むべき道、つまりは新規事業の“土俵”を選定しているのだろうか。ポイントは「ブルーオーシャンを選ばないこと」だと語る。

川上「競争するな」と言うと、「ブルーオーシャンを選べということですね」と反応されることが多いのですが、これは間違いです。ブルーオーシャンには絶対に行ってはいけない。ブルーオーシャンは「青くて美しい海」というイメージがありますが、「青くて美しい海」ということはプランクトン、つまりは事業を成長させるためのエサがないことを意味しています。

では、どうすればいいのかというと、先程言ったことと矛盾するように聞こえるかもしれませんが、競争相手がいるところを選ぶんです。ただし、「強そうに見えて、ほんとうは弱い」プレイヤーを相手に選ぶことが重要です。強そうな相手とは、すでに一定の成功を収めているプレイヤー。そういったプレイヤーが生息している海には、当然エサがあるわけです。本当に強い相手とは競争しても負けてしまいますが、中には「強そうに見えて、本当は弱い」プレイヤーもいる。そういった相手を見つけることが重要なんです。

熾烈な競争を避け、最小のコストで勝てる相手との競争に挑めるマーケットを選ぶ。これがポイントだと考えています。

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着メロサイトなのに「半分近くを浜崎あゆみとDragon Ashの曲にした」理由

「勝てそうな相手」といっても、初期の戦いにおいては、相手の方が優位であることは間違いないだろう。多くのビジネスにおいて、先行者優位は確かに存在する。新たなマーケットに参入するとき、チャレンジャーはいかに戦うべきなのだろうか。

川上何かを犠牲にし、奇襲を仕掛けるんです。相手がこちらの存在に気付き、反撃を仕掛けてくると、ガチの競争になってしまう。そういった状況を作らないために、相手がこちらの存在に気づかないうちに攻撃を仕掛けてしまう必要がある。「相手からは競争を仕掛けられず、こちらだけが競争を仕掛けている」、そんな状態が理想ですね。

そうすることで、一時的に優位な状況を生み出せます。しかし、奇襲によって生まれた優位性はあくまでも一時的なもの。相手がこちらの攻撃に気づき、反撃されれば、その優位性は失われてしまいます。だからこそ、相手が気づくまでの間に、次の作戦を実行しなければなりません。次から次へと施策を実行していって、相手が気がついたころには、真正面からぶつかっても勝てるだけの力を付けておく必要があります。

僕が新規事業を始めるときは、どんな施策を打ち、相手よりも力を付けていくかを、細かくシミュレーションしてから着手するようにしています。奇襲によって相手を出し抜き、最終的には横綱相撲で勝つ。これが僕の戦い方なんです。

では、川上氏はこれまでどのような奇襲によって、事業を成功に導いて来たのだろうか。まずは『16メロミックス』の事例を明かしてくれた。

川上重要なのは「何かを犠牲にすること」なんです。奇襲を成功させるためには、何かを捨てなければならない。ドワンゴの着メロサイトの場合は、バリエーションでした。

競合サイトは1万曲、どんなに少ないところでも1,000曲は配信している中で、僕たちは制作リソースの都合でローンチ時に700曲しか配信できなかった。その700曲の中身について、当時人気だった浜崎あゆみとDragon Ashの曲だけを集中的に配信することにしたんです。その結果、全体の40%が浜崎あゆみとDragon Ashの曲という、非常にバリエーションに乏しいサイトになったのですが、ユーザーの3分の1が「どのサイトよりも曲が豊富なサイト」だと錯覚することになった。

とにかく人気が高かったので「この2組のアーティストの曲さえあれば満足」というユーザーが一定数いたんです。もちろん、そういった層以外からは「曲数が少ない」とクレームが入りましたが、ローンチ後、徐々に曲数を増やすことで対応しました。

バリエーションを犠牲にし、3分の1のユーザーに「自分が求める着メロが揃っているサイト」という認識を植え付けた。このように初期の戦いにおいては、何かを捨てなければ、自分たちだけの優位性は獲得できませんし、攻撃を仕掛けられないんです。

また、巨額のコストをかけたことも、奇襲の成功につながったと思います。僕たちはNTTドコモのとある子会社にコンサルティングを依頼していたんですが、その契約内容は「売上額の一定割合を、コンサルティング費用として支払う」といったものでした。コンサルティング会社はこういった契約を結びたがりますが、一般的な事業者は嫌がる契約内容なんですよね。売上が伸びれば伸びるだけコストがかかるわけですから。

しかし、僕たちはあえてコンサルティング会社の希望を飲んだ。狙いは2つ。1つ目は「ドコモの承認を得やすくすること」。着メロサイトは承認性で、ドコモユーザーに使ってもらうためには、ドコモの承認が必要だったんですよね。この承認は簡単におりるものではなかった。そこで、ドコモの子会社にコンサルティングを依頼したんです。着メロサイトをつくることが承認される確率を上げられるなら、十分に割の合う取引だと思ったからです。

もう一つの狙いは、「他のキャリアへの展開を容易にすること」です。当時、ドコモでサービスを提供すると、auやJ-PHONE(現・SoftBank)に展開するのが難しかったんですよね。なぜならば、ドコモが嫌がるから。できないわけではなかったのですが、他のキャリア向けのサイトをつくると、ドコモとの関係性が悪くなってしまうんです。

ドコモ以外のキャリアに着メロサイトを広げるときに「(子会社にロイヤリティを支払っているから)他のキャリアでの売上からもドコモグループの収益に貢献できます」と言い張れることは大きかったと思います。結果的に、他の人気着メロサイトよりもスムーズに他キャリアに展開することができました。

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競合サイトが実装している機能なんて、必要ない

何かを捨て、一気に優位性を獲得する──奇襲戦術は、他の事業においてもいかんなく力を発揮してきた。『ニコニコ動画』でもその戦術は有効だったという。『ニコニコ動画』が捨てたのは、「当たり前の機能」と「サービスの寿命」だ。

川上『ニコニコ動画』を立ち上げるとき、『YouTube』を含めてありとあらゆる動画サービスを調べ上げ、機能比較表を作りました。「この機能は『YouTube』に付いている」「この機能はこのサービスだけのもの」といった具合ですね。通常、こういった機能比較表をつくる目的は、自社のサービスに何が足りていないかを調べること。足りないものを明確にするための調査なんですね。

他方、僕たちがやったのは、その真逆のアプローチ。他のサービスが備えている機能を明確にし、それらの機能は実装しないことを選んだんです。「どこかで見たことがある機能」は全て捨てて、どこにもないサービスを作ろうと決めました。そうすることで、ユーザーに強烈な印象を残すサイトにしようと考えたんですね。

『ニコニコ動画』では他のサービスが実装している機能だけではなく、「サービスの寿命」も捨てました。どういうことかと言うと、サービスの寿命を5年に設定したんですね。そもそも、長期的に戦って『YouTube』に勝てるとも思っていなかったので、5年の間に利益をあげ、5年後には潰してもいいと。

だからこそ、一般的なプラットフォームが取らない戦略を取ったんです。それは、個性を押し出すこと。『Google』も『Facebook』も、そして『YouTube』も中立で無色透明な存在なんですよ。サービスとしての個性がなく、単なるツールとして機能する。これが多くの人に受け入れられ、長く愛されるプラットフォームの条件です。

サービスにキャラクター性をつけると、ユーザーは減ってしまい、サービスの寿命が短くなる。なぜならば、飽きられるからですね。でも、僕たちはそもそも「5年もてばいい」と考えていたので、思いっきり個性を付けました。

システムに関しても、機能を高速で実装するためにリファクタリング(※1)をすっ飛ばしていました。リファクタリングしなければ内部構造が複雑になってしまい、長期的にはシステムが破綻してしまうことは分かっていましたが、「5年もてばいい」と考えていたからこそ、こういった判断を下したんです。

どのサービスも取り入れていなかった会員制を取り入れられたのも、サービスの寿命を短く設定していたからこそですね。長期的に多くのユーザーに使ってもらうためには、会員制なんて悪手でしかない。しかし、僕らの目標は短期的に利益をあげることだったので、会員制の導入に踏み切ったんです。

現在川上氏が注力している『N高』の立ち上げにおいて、捨てたものは何だったのだろうか。2016年の開校から順調に生徒数を伸ばし、2020年12月には1万6,000人以上までに成長。その成功のために犠牲にしなければならなかったのは「お金」だ。

川上もともと株式会社が学校をつくることは認められていなかったのですが、2003年に規制が緩和され、株式会社でも学校を設置することが可能になりました。ですから、僕たちもN高を設立する際、株式会社として学校を立ち上げることも検討しました。しかし、最終的には学校法人化したんです。

なぜかというと、既存の学校からの批判を避けるため。株式会社として学校をつくると、既存の学校法人から「そんなことを許していいのか」と多少なりとも反発があると考えました。僕たちは生徒数数万人を擁する巨大な学校をつくり、規模でマーケットを制することを構想していたので、障害になる可能性のある他校からの批判は避けなければならなかった。株式会社で教育業界のアウトサイダーとして参入するより、学校法人として業界の仲間になることを選んだ。

学校法人の設立に必要なお金は、企業や個人の寄付によってまかなわれます。そして、企業による寄付は法人税上の損金にほとんど参入できないんですね。つまり、企業が学校設立のためにどれだけお金を払っても、税務上の利益額は減らず、税制面でのメリットはありません。

N高設立のためには20億円程度が必要でした。ドワンゴからの「寄付」によってこのお金は捻出されましたが、これが、N高成功のために捨てなければならないものでした。

(※1)リファクタリング・・・外部から見た時の挙動は変えずに、プログラムの内部構造を整理すること。

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「企画の飽和攻撃」を仕掛け、競合を圧倒せよ

事業の立ち上げ時、奇襲を仕掛けることで「戦わずして」競合よりも優位に立つ。これが川上氏の戦い方だ。「最後は横綱相撲で勝つ」とは川上氏の言葉だが、奇襲から横綱相撲に至るプロセスにはどのような施策があるのだろうか。

川上奇襲の後に仕掛けるのは、企画の飽和攻撃です。とにかくマーケティングに関する企画を撃ちまくり、数で圧倒する。これが僕のパターン。

テレビCMなども含むプロモーションの量で勝負する企業は少なくないとは思うのですが、まずは企画の数で勝負します。資金を持っている会社は世の中にたくさんあり、資金勝負になってしまうと負ける可能性があるからです。お金が必要なプロモーションを仕掛けるのは、確実に勝てるようになったとき。

まずは、とにかく企画を量産するんです。他社が持っていないような専門の組織を作り、組織として企画を打ちまくる。そして、さまざまな企画によって競合に勝てる状況を作ってからがプロモーション勝負です。これで横綱相撲は完成します。

企画の量で競合を圧倒し、プロモーションによってとどめを刺す。着メロサイトを例に、その戦い方を詳しく説明した。

川上着メロサイトの場合、僕らは後発だったのですが、当時はテレビCMをやっている競合は少なかったんですよね。ネットサービスでもテレビCMは効果があるだろうと予想していたので、やることは決めていたのですが、効果があると分かれば競合も手を出してきますよね。ですから、相手がテレビCMを打ってきたとしても、僕ら以上の効果は出せないであろうタイミングでCM競争を仕掛けたんです。

僕らの競合のユーザー数はだいたい500万人くらいでした。僕らがテレビCMを実施したのは、ユーザー数が100万人になった2年目のことです。規模だけで見れば相手の方が5倍大きいのですが、ユーザー単価が僕らの方が高く、先程述べたように僕らは3キャリア展開を成功させていたので、CMの効果は僕らの方が2倍以上高いだろうと予想しました。

結果的に、僕らのCMはさまざまな競合の2.5倍から3倍の効果をあげた。これで「勝負あった」ですよね。奇襲や企画の飽和攻撃によって、規模競合の5分の1の段階で、横綱相撲を取れる形が整っていたわけです。

『ニコニコ動画』と『N高』においても、その戦い方の基本戦略は変わらない。『ニコニコ動画』はローンチ後半年、『N高』については5年かけて横綱相撲で勝てる状況を作り出したという。

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経営者が確保すべきは「人脈」でも「SNSのフォロワー」でもなく、“考える時間”のみ

ここまでが、新規事業立ち上げ3つのポイント、1つ目にして最大のポイント「競争しない」ことについてのプレゼンテーションだ。2つ目のポイントは「専念する」である。

川上みなさん「専念すること」を軽く考えているんじゃないかなと思うんですよね。新規事業であれば専念することは当たり前ですし、ライバルもそうします。であれば、専念することにおいてもライバルに勝たなければならないんです。どこも誰よりも専念する。これが重要なんです。

ライバルよりもいいアイデアを出そうとするとき、多くの人は頭の良さで勝負しようとします。みんなフェアプレーが好きなので、生まれ持った頭で正々堂々勝負しようと。しかし、世の中には絶対に自分より頭の良い人がいますし、頭だけで戦ってしまうと、勝ったり負けたりになる。アイデア勝負の必勝法は、誰よりも長い時間考えること。考える時間が長くなれば長くなるほど、有利になる。

また、面白いアイデアを実行するためには決裁権が必要ですよね。決裁が下りなければ、どんな企画だって実現できません。良いアイデアをスピーディーに実行しライバルに勝つには、決裁権を持った人が誰よりも長い時間考えなければいけない。

つまり、「決裁権を持った経営トップが、いかに長い時間思考できる体制をつくるか」がアイデア勝負では重要になる。経営トップは暇になって、企画の考案や決裁にだけ時間を使うべきだと考えています。でも、経営トップって忙しいですよね。「経営トップがいかに暇になるか」が次なる課題になるわけです。

経営者が忙しい理由は2つだという。1つ目の理由は「決裁しなくてはならないから」。経営トップは事業面、人事面などさまざまな事柄についての稟議を吟味し、決裁を下す必要がある。しかし、川上氏によれば「決裁してはいけない」。新規事業の立ち上げフェーズにおいては、他の事柄に関する決裁権を移譲し、リソースを確保すべきだと語る。

そして、2つ目の理由は「人に会わなければならないから」。しかし、川上氏は経営者が人に会うことは「基本的には逃避行動にすぎない」と指摘する。

川上よく会社を立ち上げたばかりの経営者を中心に「人脈を広げるために、いろんな人に会っている」と言うのを聞きますが、これは逃避ですよ。そんなことをしても意味なんてありません。

僕は特定のフェーズにおいて、経営トップは取引先にも、そして社員にも会ってはならないと思っています。取引先とはどうしても会わなければならないこともあるかもしれませんが、社員には会わなくても事業は運営できるはずなんです。「人脈づくり」のために経営者仲間に会うことはもちろん、取引先とも、社員とも会わないことがリソースを確保するためには大切だと考えています。

あとは、時間のかかる趣味はやめるべきですね。特に、経営者が絶対にしてはならないのはSNS。ネットなんかに時間を使っているくらいなら、事業について考えるべきです。

僕もインターネット中毒なので、なかなかネットから離れられないのですが、その対策としてSNSのアカウントは定期的に削除しています。フォロワーが付くと、それが財産のように思えてきて、なかなか離れられなくなってしまうんですよね。そうなってしまう前に思い切って捨ててしまうことが重要だと考えています。

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苦手なことではなく、「得意なこと」こそ人に任せよ

セッションもいよいよ終盤。川上氏は事業創造における最後のポイント、「すべてをマイクロマネジメントする」について語り始めた。

川上今日は「競争しない」について中心的に語ってきましたが、先程も申し上げたように、競争しないためには、誰も通っていない道を行く必要がある。そうすると、すべてが手探りになるわけです。

トップも含めて経験のないことを成し遂げるために重要になるのは、トップがすべて把握することです。しかし、トップがすべての作業を行うことはできませんよね。分業してメンバーそれぞれが手を動かすことになりますが、分担を決める際にトップがやってはならないのは「自分の苦手なこと」を誰かに任せることです。

自分は得意なことをやって、苦手なことを誰かに任せようとする経営者は少なくないと思いますが、新規事業の立ち上げにおいてこれはやってはいけません。なぜならば、コントロールできなくなってしまうから。

自分が得意なことは、誰かに任せてもコントロールできるんです。たとえば、マーケティングが得意な経営者なら、ちょっと数字を見れば問題が発生していることに気付き、指示を出せますよね。でも、マーケティングに関する深い知見を持っていない経営者だとそうはいきません。気付けば手遅れになっていることもあるでしょう。

経営者は自分も含めて「誰も分かっていないこと」にコミットすべきでしょう。新たなチャレンジの肝は、誰も分からないことをうまくやれるかどうかにかかっているんですから。

誰かに任せてもいいのは「自分が得意なことだけ」。そうすることで、トップがすべてコントロールできる状況をつくる。これが新規事業創造における、大きなポイントになります。

セッションの最後、川上氏は「競争しない」「専念する」「すべてをマイクロマネジメントする」、3つのポイントの要点をまとめ、参加者にメッセージを送った。

川上僕がお伝えしてきたことは、一般的な常識とは外れていたかもしれませんが、合理的な話をしたつもりです。「合理的なんだけど、実行している人は少ないように見える」、そんな内容だったかと思います。

では、なぜ合理的なのに実行している人が少ないのか。それは、みなさんが空気を読みすぎているからだと思うんです。人は、空気を読むことを「自分の頭で考えること」だと勘違いしてしまう。本当は空気を読んで決定しただけのことを、さも自分の頭で考えて出した結論のように思い込んでしまうんです。

そういった思考が結果的に生み出すのは、「誰かがすでにやったこと」の集積でしかありません。「誰もやらないことをやる」ためには、空気なんて読んではいけない。空気を読まず、本当に自分の頭で合理的に考え続けることが何よりも重要なんです。

そして、「専念する」についてのお話をした際に、とにかく時間を作ることが大事だと言いました。そして、「決裁しない」「人に会わない」といった時間をつくるための方法もお伝えしましたが、それらを実行しようとする経営者は少ない。

なぜかというと「自分が早く決断しなければ周りに迷惑がかかってしまう」と考えている人が多いから。早く決断することがマナーだと思っているんですね。しかし、「早く決断すること」と「事業の成功」の間にはなんの因果関係もないと僕は考えています。成功につながらないマナーなんて気にする必要はないんです。

しかし、空気を読まず、そしてマナーも無視するなんてことなかなかできませんよね。大企業の経営者はもちろん、スタートアップの経営者でもよほどの権力を持っていないと袋叩きにされるでしょう。

一方で、これを実際にやっている人たちもいる。一流のクリエイターたちです。彼らはコンテンツをつくるとき、人に会わず、制作のためだけの時間を確保しています。クリエイターにとって重要なのは差別化することですから、空気を読まず、常識にとらわれないことが行動指針として染み付いている人も多い。

今日の話を聞いて「そんなことできないよ」と思った人もいるかもしれませんが、現実に実行している人たちもいるんです。ぜひ、事業立ち上げの参考にしていただければと思います。

こちらの記事は2021年03月15日に公開しており、
記載されている情報が現在と異なる場合がございます。

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執筆

鷲尾 諒太郎

1990年生、富山県出身。早稲田大学文化構想学部卒。新卒で株式会社リクルートジョブズに入社し、新卒採用などを担当。株式会社Loco Partnersを経て、フリーランスとして独立。複数の企業の採用支援などを行いながら、ライター・編集者としても活動。興味範囲は音楽や映画などのカルチャーや思想・哲学など。趣味ははしご酒と銭湯巡り。

編集

小池 真幸

編集者・ライター(モメンタム・ホース所属)。『CAIXA』副編集長、『FastGrow』編集パートナー、グロービス・キャピタル・パートナーズ編集パートナーなど。 関心領域:イノベーション論、メディア論、情報社会論、アカデミズム論、政治思想、社会思想などを行き来。

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