
(→前回までの「オジスタグラム」)

いよいよ夏休みも終わりだね!このオジスタグラムを読んで読書感想文を書いてみないか?
僕は今強烈な矛盾と戦っている。
現在、2019年8月28日水曜日朝10時57分。
オジスタグラムの締め切りに追われているのだ。
勿論オジスタグラムの締め切りなんてものは毎週やって来るもので、珍しくもなんともない。
もう12週目を迎える僕は、週に一度やって来るおじさん版の生理だと思って受け入れている。
10時間もあれば書き終えるので、このまま書けば今日の夜には提出して、明日の朝には編集の鬼アライさんが完璧なるオジスタグラムに仕上げてアップしてくれて、醜態を晒す事はない。
しかし、今日はそれが出来ない。
2時間後の13時には友人とおじさんの聖地「京成立石」に集合して飲みに行く約束をしてるのだ。
こんな事になるとは思わなかった。
オジスタグラムの為にと入れた予定が、オジスタグラムの締め切りを妨害しているのだ。
未来のオジスタグラムが今日のオジスタグラムの首を絞めてくる。
京成立石に行かなければ締め切りには間に合うが、京成立石に行けば昼間から居酒屋の開店待ちをする愉快なおじさん達に会える事は確定している。
この世から戦争が無くならない訳だ。
どっちの言い分もわかるし、どっちも間違っちゃいない。
でも争わないで欲しい。
同じオジスタグラムなのだから。
本当にどうしよう……。
といいつつ、僕は電車の中でこれを書いている。
アライさんごめんなさい。
僕は締め切りも守って、京成立石にも行く。
二兎を得て今夜は兎鍋にする。

何もしてない人
とゆう事で、今週のオジスタグラムは村田さん。
駅前の噴水の前で何にもしてなかった53歳のおじさんだ。
試しに今外にいる方は顔を上げて探してみて欲しい。何にもしてない人を。
この世の中、何にもしてない人を見つけるのは意外と大変だと気付くだろう。
基本、人は一人の時は皆スマホを弄っている。
何にもしてないと思っても、音楽を聴いたり、景色を見てたり、寝てたりする。
本当に何にもしてない人はなかなかいないのだ。
村田さんは美しいくらいに何にもしてない。
夕方のベンチに座り、空を見るわけでもなく、
鳩を見るわけでもなく、ただただ心臓を動かしていらっしゃった。
これはただ者ではない……。

こんなところにいらっしゃるなんて
「す、すいません」
「ん?どうした?」
村田さんと目が合った瞬間、僕は動けなくなってしまった。
う、嘘だろ……つ、艶無しタイプのおじさんだと……信じられない……こんなところにいらっしゃるなんて…。
羽無、歯無、髪無、服無……。
今までオジスタグラムでは、色んな「無い」おじさんを紹介して来たが、村田さんはその中でも一番ヤバいとされる「目艶無」おじさんだったのだ。
近くで見た村田さんの目ん玉は、艶消しの黒と言おうか、マットブラックと言おうか、もはや碁石だ。
道理であのただならぬ雰囲気を出せる訳だ。
人の人生は目ん玉に表れる。
春から東京に出てきた大学生の目がいい例だろう。
あのキラキラした目は到底我々と同じ構造だとは思えない。

碁石が一瞬だけ輝いた?
僕は大学生のあの目を見るのが大好きだし、あの目が輝きを失って行くのを見るのも大好きだ。
別に趣味の悪い見方とかでもなく、それが自然の摂理だと思う。
大人があのまま全員キラキラした目をしていたら眩しくて、コンビニで買い物するのも一苦労だ。
普通の人はある程度人並みに輝きを失って大人になるのだが、悟りを開いて、人生を達観したり諦めたりする事により、稀に碁石レベルまで輝度を下げる事が出来る方々がいる。
それが艶無目碁石科のおじさん、村田さんなのだ
ここで言う「目は」、ややこしいがネコ目ハイエナ科とかの「目」である。
「乾杯~!」
「かぁ~!うまいですね!」
「うめぇなぁ」
一口目のビールで村田さんの碁石が一瞬だけ輝いたように見えた。
「あそこで何されてたんですか?」
「ん? 何にもしてないよ」
「パチンコで負けてとか?」
「ガハハ!俺はパチンコはやらないよ」
「えー!考え事とかですか?」
「いや、全く。本当に何にもしてなかったよ」
「どうゆう事ですか?」
「んー? いや、どうゆう事って、何にもしてなかっただけだからなぁ」
深い…深すぎる……。
悔しいが、恐らく僕にはまだ村田さんの言う「何にもしない」を理解する事が出来ないのだろう。
「何にもしない」を嘗めてた。
人生で周りから見て、何にもしてない事はあっても、自分から見て何にもしてない瞬間などない。
「何しようかなぁ」とか「何食べようか」くらいは考えているはずだ。
なんだ? 考え事もせずに本当に何にもしないって?
僕は恐らく意図的に「何にもしない」をやる事しか出来ない。
僕は何にもしない事すら出来ないのか……。
噴水の前で本当に何にもしてなかった村田さんにますます畏敬の念を抱く。
期待と裏切りはセットだからよ
村田さんは余り自分の過去の事を話したがらなかったが、その艶消し加工の施されたマットブラックの目に至るまで色んな経験をしてきたのは明白だった。
「人生、人に期待しちゃダメよ」
「そうなんですか?」
「期待されるのはいいけど、期待しちゃダメ」
「ほうほう」
「だって期待するってのは逃げだろ? 他力本願って言うか」
「確かに」
「そりゃ、期待に応えてくれた時は嬉しいよ。でもよ、期待と裏切りはセットだからよ。
期待しない人生って響きは悪いけど、いいもんだよ。なんかあったら自分のせいだしよ。人にも腹立つ事もねぇ…」
光があるから影が出来る。
だったら、全部影にすればいい。
これが碁石の目の正体なのだろう。
村田さんと並ぶのは烏滸がましいが、僕も全く同じ期待しない理論で生きている。
毎日パチンコに行ってた頃、毎日大勝ちを期待して一喜一憂してた時にこのままだと精神がもたないと、編み出した方法だ。
勝ちを期待せずにパチンコ屋に行ってからは、借金こそ増えるが穏やかな日々だった。
リーチは当たるはずがないし、勝つわけもない。
人に優しくされる訳ないし、基本唾をかけられる。
なので、当たった時は嬉しいし、優しくされたり、唾をかけられなかったら幸せだ。
僕はこれをパチンコから習得したが、パチンコをやらない村田さんがここに行き着くまでにどんな人生があったのだろうか。
何があったんですか?と聞きたかったが野暮だからやめた。

キャラを守って欲しい
凄く有意義な会だったが、途中で村田さんがぼんじりを頼んで、売り切れだった時に
「なんだよ~。まだこんな時間なのに? え~。この店のぼんじり好きだったのに~」
と、そこそこショックをうけてて、ぼんじりには期待してたんかい! と思った事は忘れない。
おっといけない。
僕は村田さんにキャラを守って欲しいとゆう期待をしている。
期待しないおじさんへの道のりは長そうだ。

(イラストと文/岡野陽一 タイトルデザイン/まつもとりえこ)