宮崎駿の最新作『風立ちぬ』
現実でありながらファンタジーのようなこのアニメ、自分が見て一番最初にもった感想は「妹がかわいい」ってことでした。

「にい兄さま!」って呼び方にやられました。ぼくも「たま兄さま!」って呼ばれたい。
叱られたい。

さて、『風立ちぬ』を見る際、知っておくと面白さが増すポイントを幾つかあげておきます。
ネタバレはないです。知っているとほんのちょっとだけニヤっとできる10の項目です。

1・素晴らしいメガネ描写
主人公の堀越二郎は、メインビジュアルにもあるように分厚い瓶底メガネをしています。
で、この絵だけで、光の屈折の関係で、メガネによって顔の輪郭が歪んで見えているのがわかります。
これが全編に渡って描かれています。顔の輪郭、目、眉毛がメガネ部分、ずれています。
すごく地味ーな演出なんですが、これほとんどのマンガ・アニメでは行われない手法。
なんせめんどくさい。
いちいちずらさないといけないし、角度によって変わるし。
しかし、堀越二郎というキャラを見る時にこれ、割と重要なパーツになっているので要チェックです。
特に菜穂子と会ってから。メガネを外すのはあるシーンだけです。

2・シベリヤ
とあるシーンで「シベリヤ」というお菓子が出てきます。
これ何かというと、カステラの間に羊羹または餡が挟まっているもの。とかした羊羹をカステラの上に流しこんで固めます。
名前の由来は「永久凍土のように層状だから」という説が有力ですが、定かではありません。
まあ、最近では一部で売っているくらいですが、昭和初期は子供の食べたいお菓子のトップだったそうな。
ユニークなのは、これが出てくるシーンが非常に意味深なのと、シベリア自体が極めて、発案者など由来が謎に包まれているお菓子だということ。
さー、映画を見て深読みしたくなっちゃいますよ……?

3・タバコ
タバコ映画です。って言っていいんじゃないかってくらい、タバコを吸うシーンが実に多いし、うまい。

ここでタバコ吸うんだろうなー、ってところで吸います。ちょっと意識して見ると、タバコだけでキャラが見え隠れするくらいに。
同時に、各国の人がそれぞれの国のタバコを吸っているのも要チェック。
ちなみに堀越二郎の吸っているタバコ「チェリー」は、明治37年、煙草専売局が製造販売。吸口とフィルターのないもの。
この「チェリー」は宮崎駿も愛煙しています。

4・計算尺
堀越二郎の愛用品であり、とあるシーンで使われる大事なアイテムでもあり、さらにあるシーンでは……とにかくいっぱい出てきます。
棒状と円盤状がありますが、使っているのは棒状。掛け算・割り算のほか、三角関数や平方根も計算できる便利アイテム。
できることは電卓と同じ。今は電卓の普及で、1980年代以降絶滅しているアイテムです。
彼と同僚の本庄が、もうびっくりするほど片時もこの計算尺を手放しません。

堀越二郎というキャラを物語るアイテムの一つです。

5・ボブカット
本作のヒロイン菜穂子が、初登場時からショートヘアです。
これは他の女性キャラ(といってもほとんどモブだけど)が日本髪なのと比べて、極めて異質。
というのも、女性のショートヘア自体が第一次世界大戦後じゃないと世界的に普及をしていません。アール・デコが一次大戦後に流行し、スラリとしたスタイルのワンピースやスーツが広まり、それにともなってショートヘアが普及します。
菜穂子初登場時は、13歳で1923年。大正12年。彼女のモガスタイルは相当に早かった、と言えます。
かろうじて刈り上げおかっぱではないんです。ここ重要。
一方幼い頃の二郎の妹の加代は、バリバリの刈り上げおかっぱです。
加代の成長と髪型は必見。
ある意味ぼくにとっての一番の衝撃だったかも。かわいい。

6・モノラルの音響
公開前から発表になっていますが、この作品モノラルで、効果音を人の声で表現しています。
意外に最初、モノラルなの、耳に慣れません。なんか映画の感覚からずれていて、耳遠くなったかな?と感じるくらい。
しかし、モノラルで、機械やら自然やらをひとまとめにして人の声で表現し、庵野秀明という声優でも俳優でもない人間が演じる堀越二郎の声が聞こえてくると、耳が画面の真ん中まっすぐに集中してしまう不思議。
真ん中から聞こえるから、すごい気持ちが真ん中に持ってかれる効果絶大です。
決して懐かしくするためじゃなく、かなり実験的な、作中の言葉を借りるなら「アヴァンギャルド」な手法です。
ちなみに人の声を使った音響は、2006年ジブリ美術館上映の宮崎駿監督の短編アニメ「やどさがし」で既に一度やっています。

7・意表をついた色使い
この作品、全体的に色味に古臭さが全くありません。
ノスタルジックな色調は当然ありませんが、それだけじゃなく生活の色と思えない色があちこちに出てきます。
宮崎駿は「町はまずしかった。
建築物についてセピアにくすませたくない、モダニズムの東アジア的色彩の氾濫をあえてする」と述べています。
そう、めちゃくちゃモダンなんです。着物の色でも「それ着るか!?」って色してます。
堀越二郎のスーツなんてラベンダーですからね。すごいですよ、今でも着ないよ。
バスなんかもド派手なカラーリングになっていて、しかもぶるぶる動くからネコバスみたいになってます。
この色のメリハリが、作品の空気作りに大きな影響を与えています。大きく関わることになる、イタリア、ドイツの色の対比もこれまた面白い。
まずは深く考えず、色の波に飲まれてみるのがオススメ。実に気持ちいいです。

8・特徴的な水の描写
作中には様々な液体が出てきます。飲み水、涙、汗、石油等々。

これらが、生きているように描かれるのは、一度見たらすぐわかると思います。
生きているような水ってなんだよ、って言われたら説明のしようがないくらい、特殊。
『ポニョ』を見ている人ならわかるんじゃないかとも思います。あれをさらに細かくこだわっている感じ。
半固体なんです。自然ではない動きをします。意志を持っているかのようです。
特に涙はとんでもなくシーンごとにこだわっているので、じっくり見てください。

9・生き物みたいな飛行機たち
この作品に出てくる飛行機、すごい生物(ナマモノ)です。
例えるなら、ジュラルミンで出来たポニョ、です。
というのも夢と現実が入り交じっているからなんですが、そうじゃなくても全体的に乗り物はぶにゅぶにゅうねうねと描かれています。
さらに、効果音を人の声でやることでさらに生き物っぽくなっています。
そんな中、堀越二郎が惚れ込むのがとある動物の骨の曲線ライン。
なるほど、それは飛行機のパーツっぽい!飛びそう!という説得力あるものなんです。
ところがこれ、宮崎駿の話によると「○○好きのスタッフがいて、骨を並べていたんです。翼型とにていますからね。そんな単純なものではないでしょうけど(笑」ビジュアルガイドより)とのこと。
ええー! 関係ないの!?
というわけで、飛行機に関しては半分は緻密に計算されており、半分はファンタジーです。
加えて、あんまり詳しい説明なしに「アヒル」という単語が何度か出てきます。これは「三菱七試艦上単座戦闘機」のこと。
本物は、作られた原型2機とも墜落で、残っていません。唯一残っている一枚の写真は、主脚を大きくカバーが覆っていて、ずんぐりむっくり。
他にも、複葉機の一三式三号艦上攻撃機は、航空母艦・鳳翔に離着陸します。艦上攻撃機なので、魚雷搭載も可能です。
出てくる飛行機は、ほとんどが実在のもの。ただし大きくデフォルメされています。そここそが面白い部分なので、本物と映画を見比べると実に面白いです。
あと、羽の曲がったものは九試単座戦闘機。ドイツのでかいのはユンカースG-38。
うん、飛行機やっぱり楽しい。

10・原作について
もともとの物語は、零戦の設計者堀越二郎の半生に、堀辰雄『風立ちぬ』+『菜穂子』を重ねあわせてミックスさせたもの。堀越二郎の人生そのものとは大きく違いますので、伝記アニメではありません。
そしてほんとうの意味での原作は、2009年4月から2010年1月に連載した、月刊モデルグラフィックスのマンガ「風立ちぬ 妄想カムバック」
宮崎駿いわく「自分の道楽」として連載していたもの。『紅の豚』の原作にあたる『雑想ノート』の続き的な立ち位置で、登場人物は堀越二郎含め全員ブタです。
ただし、ヒロインの菜穂子を除いては。いやー、こうじゃなきゃね!
内容は基本的に原作と映画はほぼ一緒。ただし大きく致命的に異る部分が多くあります。
原作の方が、機械の設計についてのこだわり描写がてんこ盛り。堀越二郎像は、原作は少し不器用で朴訥感強め。
宮崎駿自身「資料的価値はない」と明言しているように、あくまでも色々あった史実と、機械偏愛と、イメージとしての「ものをつくる人間像」をかき混ぜてコネコネしているのが面白い原作。
それを極限まで磨いて形にし、新しい感覚を混ぜながら組み立てて、見せたいイメージ・カットのパーツを複雑に積み重ねた、アニメ映画。
どっちがすごいじゃなくて、どっちも面白い。
なので、大日本絵画さん、……原作の単行本化、切望していますよ!


『「風立ちぬ」ビジュアルガイド』
『宮崎駿の雑想ノート』

(たまごまご)

8人の書き手がそれぞれの視点で綴った〈エキレビ!で「風立ちぬ」〉リンク集はコチラ
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