そのスーパーマンという男は
アメリカ国民だったんだよ
「アメイジング・スパイダーマン」、「ダークナイト・ライジング」、「アベンジャーズ」、アメコミ原作の映画が人気だけど、一番最初に知ったアメコミヒーローはスーパーマンだった。日頃はメガネの新聞記者だけど、電話ボックスに入ってワイシャツをはだけるとSの文字。
でも何でスーパーマンがアメリカで悪と戦っているのかといえば、結局のところはただの偶然。乗ってた宇宙船が落ちたのが、アメリカのカンザスの小さい農場だったからだ。まあアメリカは大きい国だから日本に落ちるよりは確率は高いと思うけど、地球にはもっと大きな国もある。たとえばロシア。スーパーマンが落ちてきた20世紀前半にはまだ共産主義のソビエト連邦だった。そこにスーパーマンが落ちたら一体どうなるか? そんな設定の歴史改変アメコミが「スーパーマン:レッド・サン」だ。
アメリカに落ちたスーパーマンは自由と平和を守るために世界征服を狙う悪の科学者と戦うヒーローだった。真面目で清廉潔白な優等生。ソ連に落ちても性格は変わらない。そのきまじめさで共産主義の理想を突き進めるから、ものすごく面倒見が良いスーパーヒーローになる。人民を救うために戦う相手は、悪役ではなく頻発する列車事故や化学工場の爆発。
「同士諸君、仲間に伝えてくれ。恐怖に怯えたり、飢餓に苦しむ時代は終わる。/スーパーマンがこの国を救ってみせる!」(57ページ)
こうして党首に就任したスーパーマンは、持てる能力すべてをつぎ込んでソ連を救っていく。
ちなみにまだ映画にはなっていないけど、スーパーマンとバットマンはよくクロスオーバーで作品世界を共有する。だからスーパーマンがソ連に落ちれば、バットマンだってソ連で生まれる。正史のアメリカ版では通りがかりの暴漢に富豪の両親を殺されて悪を憎む自警団になったけど、共産主義に富豪はいない。
でもスーパーマンはどこに落ちてもスーパーマン。持てる力をフルに使えば敵なんていない。人類のあらゆる悪は速やかに排除されていく。ただし先ほど書いたようにこの世界の悪は、個々人が抱えるちょっとした問題だ。つまりどうなるか? なんでも見通すXビジョンと東南アジアの蚊が小便する音だって聞こえると揶揄される超聴覚で、全人民がスーパーマンに監視されるのだ。危険思想の反乱分子に手製の思想強制グッズを付けて清掃ボランティアをさせながら、日々改善していく生産性、平均寿命、自殺率、出産率の統計を聞いて全世界は完璧に近づいているとうなづくスーパーマン。結果として生まれるのは、ニートも社畜もたぶん老害もいない理想社会だ。「すべての大人が職に就き、すべての子供が趣味を持つ。
資本主義の最後の砦になったアメリカ合衆国を支配するのは、正史でもスーパーマンの天敵となる天才科学者(実業家という設定もある)、レックス・ルーサー。休憩がてらチェスの多面差しと君主論の読書とウルドゥー語のリスニングを同時にやってのける頭脳を武器に、鋼鉄の身体と卓越した知力に加えて絶対的権力まで手に入れたスーパーマンに立ち向かう。他にも原作で有名らしい、スーパーマンのクローンのビザロ、コンピューター人間のブレイニアックにワンダー・ウーマン、あとは映画にもなったグリーン・ランタンが、原作を知っていればおそらくニヤリとできる役どころで出ていると思うので、きっと詳しい人はさらに楽しめると思う。でも、スーパーヒーローが躊躇無く人類救済の理想を推し進めたらどうなるのか? という行く末は、私のように原作に詳しくなくても十分楽しめます。(tk_zombie)